ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
「10時20分、対象を確保しました。」
女の声が聞こえる。昨日戦った治安官の声だ。俺からの距離は数メートル。
「こちらも組織のボスを除いたメンバーは、全員確保できました。」
男の声が聞こえる。これは……あの白髪のシリオンか。こちらも数メートル先にいる。両者聞こえるか否かという程の小声で話していた。
「報告ありがとうセス君。」
身体の前に位置する形で、手に手錠がかけられている。先程の話を聞くに、ウチのメンバーは全滅。ここからこの場の治安官共を一人で制圧するのは……まぁ見込みなしだろう。
「これで対象を運送すれば、片方の目的は達成。もう片方に関しても終わり次第取り掛かります。セス君、準備を。」
「了解しました。」
ゆっくりと、女の声がこちらに近づいてくる。ならば好都合と、俺は全身にグッと力を入れた。3m、2m……そして、1m。相手の声がすぐそこにある事を確認して、ベットから飛び起きる。
「なっ……!?」
目と鼻の先に女の治安官。突然俺が起き上がったことによる困惑からうまれた一瞬をついて、一気に近づき蹴り飛ばす。
「昨日の礼だ。」
女の身体は後方へと吹き飛び、背後にあったライトを破壊して壁に激突した。痛々しい悲鳴が聞こえる。横へと目を向けると、既に武器を構えてこちらに飛びかかるシリオンの姿。
流石にプロ、行動がはやい。だが明らかに動きが未熟。大盾に格納された警棒が引き抜かれ、俺に向かって振り下ろされる。その攻撃を手錠の鎖で受け止め、同時に彼の持つ大盾を思いっきり蹴り上げた。
ゴンッという重苦しい音と、足に伝わる強い衝撃。突然の事で上手くショックを受け止められず、相手は体制を大きく崩した。その隙に後ろへ周り混んで、素早く喉元に鎖を当てる。
「セス君!」
「動くな!動いたらこの子猫のクビをへし折る。」
「誰が子猫だ!」
「お前もだ。喋るな。」
男は口を噤み、女は静かに銃を下ろした。
「動くなよ。俺から距離を取って、静かにそこに待機しろ。」
俺はシリオンの治安官を何時でも殺せる状態のまま、1歩ずつ部屋のガラス張りの一面へと向かう。もう1人の治安官は、俺に言われた通り怪しい動きは見せずに距離を取っている。
「ひとつ、教えておいてやるよ。」
ガラスへと背を向け、警戒の目でキツく睨む女へとにへらと笑って言葉を発する。
「そこのパソコンのパスワードは、『Aquilegia』だ。好きに調べてくれて構わない。」
瞬間、手中にあったシリオンを解放し、踵で背面のガラスをぶち破る。そして朝のエリートを背景に、陽光を反射した破片と共に、俺は地面へと落下した。
「待て!!」
俺が去った部屋から、威勢のいい猫の威嚇が聞こえてくる。
「悪いな!俺にもやることがあるんだ!」
それだけ吐き捨てて、俺はこの場から逃走した。
………………作戦は失敗だった。
アイツを裏切り、寝起きを班長とセスで制圧。他のメンバーも治安官達に任せ、アタイと青衣はボスを尾行する。少数精鋭、かつ尾行に適した人材で、戦力も上々。抜かりはなかった。
なのにアタイは今、ボスと呼ばれる女の前で膝をついている。脚の骨を折られた……無理には立てない。
「アタシもさぁ、思ってたんだよ。お前が裏切り者じゃないかって。案の定だったな。」
「ジェ……ン……逃げ……」
目の前には、腹を貫かれた青衣の姿。最後の言葉を放って、その身体は糸が切れたようにだらりと力を失った。
「残念だが、こいつはもう高価なだけの鉄クズだ。」
青衣は放り投げられ、地面に力なく捨てられる。彼女は殺られた。アタイも……もう逃げる力も残っていない。
「アタシもさ、否定はしない。お前は仕事をまっとうしただけだ。アタシとアイツを捕まえに来たんだろ?」
アタイの顔面へ、殺意のこもった右手がゆっくりと近づいてくる。
「お前はよくやったよ。ただ、力が及ばなかった。不意打ちまでしたのに、アタシにねじ伏せられた。」
顔を鷲掴みにした手が、次第に力を増していく。
「お前のことは……好きだったんだがなぁ……」
嫌な音を立てて頭骨に痛みが響いていく。まずい……頭が潰される……。もう無理だと一抹の諦めを感じたその時、空気を裂くような銃声が聞こえた。
私の頭にあった手は咄嗟に離されて、ボスは横から飛んできた銃声を最小限の動きで避ける。その瞬間を見計らって、アタシとボスの間に誰かが割って入ってきた。
「アンタは…………」
それはここに居るはずのない人物。千切られた手錠に、破けた服。その両手に携えられたナイフと銃を……アタイは知っている。
「とりあえず安心しろよジェーン。あの知能構造体はバッテリーをやられただけ……まだ死んでない。」
かつてのバディであり、共犯者であり、アタイのもう1人のターゲットである男が、そこに立っていた。
「お前もそっち側か。」
「いや、別に俺はジェーンの味方ってワケじゃないですよ。」
「その癖、ジェーンの事は庇うのか。」
「まぁ別にコイツは悪人ってわけでもありませんから。」
彼は説得を続ける。顔面に軽い笑みを貼り付けたまま、感情の読めない声色で話す。
「アンタの計画、中止にしません?たくさん人が死にますよ。」
「『人が死ぬ』ねぇ……」
一方のボスは訝しげな顔をしていた。それは、目の前の自己矛盾に陥った男に対する疑心から来るもの。アタイも感じていた彼に対する疑問を、ボスは吐き捨てる。
「お前が、それを言うか?」
この組織に入る前の話。アタイの元に、ひとつの仕事が渡った。それは「爆弾の設計図を持つ女」と、「連続殺人犯」の同時逮捕を目的とした潜入任務。
前者は組織のボス。一目見て、彼女はアタイが見てきた誰より悪人で、利己的な人間なのだと直感した。そういう瞳をしていた。
後者は、アタイのバディとなった男。「ホロウレイダーのみを狙った連続殺人犯」という肩書きを背負っているはずの彼は、それを思わせないほど仲間思いで善良だった。
どんな仕事でも受け、仲間の相談には乗り、気さくな態度で周りの緊張感を取り払う。アタイも何度か助けられた。これまでの仕事で善人かぶれな人間は幾度と見てきたけれど、そういう奴らは大抵自分の身に危機が訪れると本性を表す。
でもアイツは、その素振りを見せなかった。性格は悪かったけど、身体を張って誰かを助けられる人間だった。いつの間にか、アタイはアイツのことを気に入っていた。
だがその感情を否定するように「彼が殺人鬼である」という情報が頭の中で渦を巻く。時折見せる仲間を切り捨ててしまうような冷酷さが、殺人鬼の片鱗なのではないかと疑ったりもした。アタイは次第に、彼に対し疑心暗鬼になっていたのだ。
アタイは今、期待している。目の前の男が返す言葉を。今までの疑問の答えを。
そして願っている。彼が「殺人鬼」なんかじゃないことを。それが一縷に満たない希望であっても、ただのホロウレイダーとして、「ほんの少しの悪」として捕まえられることが出来たならと。
「ジェーンもお前の経歴は知ってんじゃ無いのか。無自覚だろうが、お前アングラじゃ有名人なんだぜ。」
「ボスも……それを承知で組織に誘ったんですか?」
「あぁ、信用はできないが腕っ節はあるからね。それでいてプロキシとしても優秀ときた。ハイリスクハイリターンだ。」
「ハハ……ハハハハ……そうか……そっかぁ……」
彼から乾いた笑みが漏れている。笑っているような、はたまた泣きそうな声で、静かに自身に向けられた視線を噛み締め、そしてまた口を開く。
「知ってたのかよ……"僕"のこと。」
直後、彼の口から放たれたのは私の期待を無きものにする一言。そして、今までに感じたことが無いほどの威圧感。
「ホロウレイダーのみを対象としたシリアルキラー。ようやく化けの皮が剥がれたってとこか?」
「酷い言われようですね。俺は今まで本心で付き合ってきたと言うのに。」
「ハッ、アタシ達を殺そうとしてたやつの仲良しごっこが本心だって?笑えねぇ冗談だな。」
あぁ、本当に笑えない。状況は絶望的。言動から目の前の男が殺しを主とする犯罪者であることはほぼ確定。アタイが持った希望なんて、意味もなく水底へと沈んだ。
敵は2人で、両者共に負傷して倒せるような相手じゃない。唇を強く噛んで、朧気に自身の死を覚悟する。
「ひとつ聞かせてちょうだい。」
そんな崖っぷちの状況だったからだろうか。2人の会話に割って入って、アタイはアタイのやりたいようにやろうと思った。
「なんだい、正義の治安官様。殺人鬼の手札に有力な情報なんてもうないぜ。」
「違う、アタイは情報なんて求めてない。」
「そう、なら昨日のサシ飲みの続きか?今はそんな雑談してる暇ないと思うが……」
「それでもよ。どうしても聞かなきゃいけないことがあるの。」
これは、ほんのアタイの興味。『執着』とも言えるかもしれない。彼はアタイの理想だった。嘘つきだけど、誠実で、破滅的で、それでも人生を楽しそうに生きている。
店長ちゃんを見た時にも感じた、暖かな憧れ。それが今、アタイの目の前で「殺人鬼」という真っ黒なレッテルに埋め尽くされ始めている。納得できない。「理想」がアタイの中で死のうとしてる事実が、許せないのだ。
「答えて。今までのアンタの行動は、全部嘘だったの?」
「はぁ?」
「簡単な話よ。無理な仕事を請け負うのも、アタイが気絶してくれた時に介抱してくれたのも……全部、自分を見せないための仮面だったのかって聞いてるの。」
「…………当たり前だろ?僕の本性はこっちだ。」
「ダウト、アンタは嘘つきな癖に嘘が下手ね。昨日してくれた昔の話、アレはアンタの経歴とピッタリ合致してた。親を失ったのも、軍に入ったのも……紛れもない事実でしょう?」
もしアンタに情がないなら、あんな過去につけ込まれるような隙のある発言の必要はなかった。なら、何故それをわざわざアタイに行ったのか。
「……それがなんだって言うんだ。」
「それに、組織が治安官の襲撃を受けた時もそう。アンタなら、青衣との戦いで消耗したボスを漁夫の利で殺すことがてきたはず。」
「……違う。」
「でもそれをしなかった。躊躇ったんじゃないの?」
「……」
「それにアンタ、今とっても酷い顔よ。」
沈黙。ついに彼は言葉を発しなくなった。手を出さずに静観するボスに一瞬目をやって、その後に深呼吸。それから、ポツリポツリと言葉を発しはじめる。
「昨晩言ったよな……チンピラにリンチされた時に『うんざりだった』ってさ。その時思ったんだよ。『なんでこんなクズどもが生きてて、僕の家族が死ななきゃならなかったんだろう』って。」
恨みつらみ……言葉の端々に込められた殺意が、アタイにズシリと重みを感じさせる圧と変わる。
「グラスに注がれた憎悪が、縁から溢れ出すんだ。とめどなく、ただ『クズを殺せ』と僕をそそのかす。」
「俺が1番クズなんだって理解してる!」
「だがそれ以上に僕は世界への、境遇への恨みが止められなかった!」
それは悲痛な叫び。アタイには少しも理解できない、人格破綻者の人生哲学。そんなものは求めちゃいない。殺人の事実は変わらないのだ。アタイが欲しいのは、その殺人鬼の中にアンタが生きていたかどうかの答え。
「そろそろ……アタイの質問に答えて。」
「ジェーンの……僕が……?」
「いいえ。殺人鬼のアンタじゃなくて、いつものアンタに聞くの。これで最後よ……アンタの今までは、全部嘘だったの?」
「…………俺はッ」
言葉に詰まっている。言っていいのか分からないと、泣きそうな顔はそんなことを訴えているようだった。アタイは「答えて」と、冷徹に背中を押してみせる。
「嘘……じゃない。嘘じゃない。ボスの在り方に憧れた、皆でするバカ騒ぎが好きだった、そして何より……ジェーンの隣が居心地よかった。俺は……楽しかったんだ。」
ようやく聞けた、もうひとつの本音だった。
「もう分からないんだよ。憎悪に満ちた僕と、今を手離したくない俺。2つがぐちゃぐちゃに混じって、吐き気を催すような感情が巣食ってる。せめて二重人格なんて都合のいいものであれたなら、どれだけ良かったか……。」
「……最低ね。」
「……ッ!」
「アタイは、アンタのことが嫌い。殺人鬼で、嘘つきで……人格破綻者なアンタが大っ嫌い。」
犯罪者が嫌いだ。アタイみたいな嘘つきが嫌いだ。こんな男に同情も、共感もしてあげる余地なんて微塵もない。
「でもアンタのことが好き。お節介で、タバコ好きで、アタイの事を見てくれるアンタが大好き。」
優しい人が好きだ。暖かい人が好きだ。彼はアタイの持っていない物を、少しだけ分けてくれる。
「……ハハッ。何だよ、それ。」
彼は悲しそうな、呆れたような笑顔で笑っていた。見方によれば、顔が引き攣っているようにも見える。
「ねぇ、ここで選んで。アンタはどっちの自分で生きていくのか。」
そしてどうか、殺しなんて忘れて……治安官に捕まって。きっとその先に待つのは死刑だろうけれど、そんなアンタなら、アタイは笑って送り出して上げられる。
「そこまで言われちゃしかたねぇか。」
数十分に感じる程の数秒が、鼓動と共に流れてゆく。そして、答えは出される。
「悪いな、ジェーン。やっぱり僕は、憎悪を捨てられない。殺しなんてもう……散々だがな。」
そう……残念。
「……大っ嫌い。」
「あぁ、それでいいさ。」
男はアタイに背を向けて、ボスの方へと歩き出した。
「お話は終わったな。」
「えぇ、貴方を殺しますよ。ボス。」
「やれるもんならやってみろ。」
この場において、アタイは観客にしかなれない。もうあの男に何を語ろうと、道を戻ってはくれない。
そうして、アタイの視線の先。侵食されたコンクリートで出来た舞台の上で、2人の戦いが始まった。
20分。決着までの時間。アタイの目には、両腕を失い膝から崩れ落ちる男の姿と、右目から血を流し、男から奪った拳銃を相手の眉間に突きつけるボスの姿があった。
「遺言は?」
アタイに聞こえるかどうかの消え入りそうな声で、男は答える。
「俺が上げたあのタバコ……どうでした?」
「あぁ……これか。」
ボスは懐から小さな箱を取り出して、それを地面へと投げ捨てる。
「最ッ低な味だった。よくこんなの吸えるな。」
「ハハ……そりゃあ、残念です。」
ボスがトリガーに指をかける。そして引き金を引くその刹那、男が笑う。満足したと言わんばかりに、最後の力で笑みを振り絞っている。
「俺の……勝ちですよ。」
つんざくような銃声と、舞い散る血液。反り返った男の身体は、力なく地面に倒れた。虚ろな目がこちらを見ている。次はアタイの番だろう。脚が動かないのだ……逃げられるわけもない。
床にひろがった血液を踏み、赤く染った足跡を付けて、ゆっくりとボスがこちらに向かってくる。
「お前の遺言は?」
「……ないわ。アンタに言うことなんて、何も。」
「そうか……ならもう死ね。」
スライドが引かれ、飛び出した薬莢が足元に転がる。そうして向けられた殺意を前に、死を覚悟して目を瞑った。
再び銃声がする。しかし、いくら経ってもアタイの意識は無くならない。痛みもない。恐る恐る目を開くと、そこには思いもしなかった光景が広がっていた。
「貴方は先輩の保護をお願いします。」
アタイとボスの間で壁になるように、セスと班長が立っている。そして班長が飛ばした指示に、周りの治安官が従い青衣の方へと向かっていた。
「なんでアンタ達がここに……」
「犯人のパソコンにあった情報を元に、ここまで来ました。ジェーン先輩は安静にしていてください。」
「それって……」
ボスのパソコンのデータ解析時に使っていたもの?
彼はそこにあった地図情報を、予め2人に公開していた?
「アタシと殺り合ったのはハナから時間稼ぎが目的か!」
ボスもそれに気がついたようだった。元からあの男はボスに勝つ気なんて無かった。治安官が到着して、アタイを助けるまでの時間稼ぎ……そのために命を投げ打ったのだ。
ボスの目の前には、今多くの治安官が立ち塞がっている。手負いの彼女に、ここを無理やり打破する力は残っていないだろう。それを分かってか、ボスはこの場から逃げだした。
「待ちなさい!」
班長が後を追う。セスもその後に続いて、この場には保護を担当する治安官数名だけが残された。そうしてアタイはただ呆然と、動かなくなった彼の死体を見つめて、半年に及ぶ捜査は幕を閉じたのだ。
あの事件の後、アタイは少しの休暇を貰った。精神状態が良くないと、班長がそう判断したのだ。店長ちゃんの店で映画を見て、適当に昼食を見繕い、夜には軽くお酒を飲む。
アタイも軟な人間じゃない。そういう何てことのない日常を過ごしていれば、段々と考えも纏まってくる。休暇の後、アタイは普通の仕事に戻った。
ある日治安局に、アタイ宛に匿名での手紙が届いた。そこには一言、「アイツの墓を作った。」との文言が、地図と共に添えられていた。それが誰のものかは、一目で分かった。
「少し……話をしましょう。」
春が芽吹く今、アタイは彼の名前が掘られた石柱の前に初めて立つ。いつも吸っていたタバコをお供えして、その中から1本を抜き取った。
「殺された相手に墓を立てられる気分はどう?それと、助けた相手にお供えものされる感覚も。」
火をつける。タバコを口に咥える。そして、肺に広がった不快感に、思わず咳き込んでしまう。
「ゴホッ……なにこれ、最低な味ね。こんなのよく吸えたものよ。」
やっぱりアタイには葉巻は合わないらしい。それでも、今はそれを味わっていたい。咳き込みながらも、口内を満たす最悪な味を、これでもかと脳に刻み込む。
「今日はね、お別れを言いに来たの。ドタバタして結局言えてなかったでしょ?」
アタイは、殺人犯に助けられた。気分の悪い話だ。
「…………」
語ることはない。冷めた石に話しかけようと、アンタにこの言葉は届かない。これはただの自己満足。心の中で行われる、ゴミ拾いに過ぎない。
アタイの前に現れたアンタは、誰にも悟られないように殺人鬼に徹した。その時の言葉が本心だったかは確かめられなくなっちゃったけど、アンタがアタイを助けようとしてたのは確か。
それどころか、自分の死まで計算に入れられていたのかもしれない。まぁ結果として、アンタはアタイを守りきったわけね。ボス含めて、アタイ達は壮大な自殺に加担させられたお人形だった。
「ふふっ、笑える話ね。」
感謝も、謝罪もしてやらない。花も賛美歌も供えてやらない。アンタには、この煙草の煙の方が似合ってるもの。
アンタに与えられた愛は、今のアタイを生かしてる。これをアタイは忘れない。殺人犯から与えられた憎愛の輪郭を、胸に刻んで生きてあげる。
「じゃあね。もうここには来ないから。」
持ってきた荷物を回収して、アタイはこの場を後にする。その去り際に、こんなことを思い出した。
「あぁ、そういえば……」
いつかの質問の答えを、アンタに教えてあげよう。
「アタイの、ジェーン・ドゥの本当の名前は…………」
風が梅の木を揺らしていた。アタイの声は掻き消され、この声は誰にも届かない。でもアンタにあげる愛なんだから、誰かに届く必要なんてないわよね。
「地獄で会ったら、その時はそっちで呼んで。」
歩を進める。決して振り返らず。アタイは明日を生きなきゃならない。仕事を……助けられる命を助けなければならない。だから次にあんたに向き合うのは、死んだ後でも十分よ。