ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
「君かな。ボスが入れ込んでるとかいう、照って子は。」
目の前にいる、小さなウサギのシリオンに話しかける。その子はにっこりと笑って、頷きながら返した。
「そうだよお。それじゃあ、そっちは金殷先輩でいいのかなぁ?」
「君みたいな小さな子がこんな物騒なとこにいるとは、世も末だね。実際、この世界は半分滅びかけてる訳だけど。よろしくね、ザオ。」
そんな戯言と共に、俺は眼下でこちらを見上げる可愛らしいウサギにそっと手を差し出した。
「うん、よろしく〜。」
彼女は快くその手を握り返す。物腰柔らかな印象……だが、握手を交わした瞬間に、妙な寒気を感じた。
「それじゃ、はじめよっかあ。ね?」
柔らかい笑みのまま、ゆっくりと瞼が開かれる。キャンディのような鮮やかなオレンジの瞳が、こちらを見ていた。それは警戒と緊張をはらんだ捕食者の目。本能的な恐怖で、思わず握っていた手を離してしまう。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないさ。こちらの都合だよ。」
顔を覗き込む彼女にそう告げると、「ふ〜ん」と興味無さそうに歩み出す。期待の新人……とは聞いていたが、ボスも面白そうな人材を引き入れたものだと、若干の上司への感心と共に彼女の背中を追う。足が短いから、歩くのが遅くてすぐ追いついてしまったけれど。
結論から言って、任務は問題なく終わった。TOPSの金を何処かへ横流しにしている不届き者を捕え、その内状を問いただせとの事だったが、ザオの交渉術と情報網のお陰でだいぶ楽が出来た気がする。
「おつかれ。いやぁ、大活躍だったね。ホント新人とは思えない仕事ぶりだったよ。」
「そお?ありがと〜。金殷先輩もお疲れ様。」
ザオはそんな労いをくれるが、今回の任務で俺がしたことなどタカが知れている。雀の涙程度の貢献に、賞賛は似合わない。
「そうだ、どうせこのまま仕事は終わりだよね。近くに美味い火鍋屋があるんだ。俺の奢りで食べにいかない?」
そんなことをふと思いついて、提案してみる。彼女への今日の礼と加入祝い...それらを同時に済ませてしまおうという魂胆だ。
「ん〜そうだねぇ。ザオちゃんはいいかなあ。」
しかし、そんな考えは無慈悲にも切り捨てられてしまう。
「この後予定でも?」
「そういうわけじゃないよ。でもねぇ、誰かに意味もなく貸しを作るのって嫌いなんだあ。」
「いや、貸しだなんて思わなくていいよ。どうせ俺なんかの願いだ。気を使う必要なんてないさ。」
「あんまりしつこいのは良くないよお、先輩。じゃあね〜、ザオちゃんはもう帰るから。」
手を振りながら、相変わらずの柔らかく冷たい笑顔でザオは去っていった。どうやらこっぴどく振られてしまったらしい。
「仲良くやっていけるかなぁ……」
そんな不安を吐露しながら、俺は悲しく帰路へと着いた。
その後も、彼女との仕事があるたびに何かしらに誘いはするのだが、ザオはそのことごとくにノーを突き付ける。気づけば、初めましてから長い時間が経ち、両者が黒枝の大先輩と呼ばれるまでに至っていた。
彼女と合同の仕事は何度もこなしたし、だいぶ仲良くできていた思うが、やはりその間に深い溝を感じる。ザオは何かと理由をつけて、貸し借りというものを作ることを拒んでいるようだ。
「等価交換ねぇ…………」
彼女が事ある毎に発するその言葉。深層心理に根付き育った確固たる思想。ザオの行動原理はきっとそれにあるのだろう。こちらから頼み事を提示しても、真っ先に求められるのは対価。
価値の平衡とは、最も簡単に存在できる互いの公平だ。「等価交換」は、それを端的に示している。ただ、それは何にでも適応される便利なものではない。
まぁ、ザオはそうは思っていないようだがね。万物に対し等価交換を求めるあの在り方は、どこか虚しく痛々しい。何が彼女をあぁさせたのか……そんなことをぼんやりと考える。
「どうしたんですか〜、商殷先輩。ザオちゃん先輩の事でも考えてるんです?」
突然、背後からダイアリンに話しかけられる。図星をつかれたせいか、思わず身体が跳ね上がるような気分に襲われた。
「……全く、君はついに死者の霧散した声だけでなく、生者の無音の声まで聞き取れるようになったのかい?」
「えぇ!まさかドンピシャでした!?」
ダイアリンの態度は、先輩に対するそれとはだいぶ異なる。態度が悪いと言ってしまえばそれまでだが、それもまた彼女の個性だ。実力主義のこの組織において、この程度の礼節の無さは許容範囲内なのである。
「そうですかぁ。やっぱり商殷先輩ってザオちゃん先輩大好きって感じなんですね〜。なるほど……。」
「勝手に話を進めないでくれないかな。今日は彼女、だいぶ出勤が遅いだろう。キッチリした性分の割には珍しいなと思っていただけさ。」
このままダイアリンに弄り倒されるのも勘弁なので、俺は適当な言葉で誤魔化した。まぁザオがまだ来ていないのも事実だし、それを気にしている自分もいるから嘘では無いだろう。
「知らないんです?ザオちゃん先輩、風邪で寝込んでるらしいですよ。」
そんな折、突然ダイアリンの口から驚きの新情報が飛び出した。彼女が風邪を引いたなんて、今まで数年仕事をしてきて初めての事だった。そういうのには細心の注意を払う子だったから。
「私でも分かるくらい驚いてますね。あ、そうだ……今日の仕事終わりに寄っていって上げたらどうです?」
「…………え、俺が?」
「はい!ザオちゃん先輩も風邪で動くのは良くないですし、一番長く居た商殷先輩が看病に行くべきですよ〜。」
「あのねぇ、行っても門前払いされるだけだよ。分かり切ってるだろうに。」
「そうですかぁ。残念ですね〜。『黒枝の眼』とも呼ばれる商殷先輩が手間暇かけて作ったお料理なんて、きっとザオちゃん先輩は泣いて喜ぶでしょうに……。」
「キミ、彼女が泣いて喜ぶ姿想像できるの?」
「いいえ?全く。」
なら何故そんな下らないことを言ったのか。彼女がその程度のことで喜ぶわけないだろう。全く、見舞いなんてバカバカしい限りだ。絶対に彼女がそれを了承するはずないのに……。
「なんで分かってるのに来ちゃうかなぁ…………」
仕事終わり、俺はザオが住居の前にいた。前回仕事絡みで玄関前まで来たことがあったから、場所に迷うことはなかった。
「ていうかこれ、俺がストーカーみたいになってるよね。」
うん、やめよう。下手なお節介は彼女にとって迷惑だ。そう思い踵を返したその直後、背後でガチャリと扉の開く音がした。咄嗟に振り返ると、そこには足元もおぼつかない様子のザオが、弱々しい目でこちらを見ている。
「先輩……?なんでここに……?」
フラフラとこちらへ歩く彼女の頬は赤くなっていた。ゆっけり俺の傍へと近寄り、脚へ力なくもたれかかった彼女のおでこに手を当てる。酷い熱だった。
「なんでこんな状態で外に出るのさ。」
「ご飯食べないと……だめだから……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。ほら、色々持ってきたから。今は俺に任せて寝ておきなさい。」
「でも……」
「等価交換だ。後々見返りは求めるさ。今はとにかく安静……わかった?」
こうでも言わないと彼女は認めてくれないだろう。案の定と言ったところか、ザオは等価交換の言葉を聞いて、渋々ながらも小さく頷いく。
彼女の小さな体躯を抱きあげて、そのまま扉の奥へと入った。至る所に観葉植物が飾られているその様相は、さながらジャングルである。それらの緑を抜けて、その最奥にあった小さなベッドに抱えたウサギのシリオンを慎重に寝かせてやった。
「経口補水液買ってきたから、今はこれを飲んで。食事はお粥でいいかな?」
ザオは言葉を発さない。手渡した経口補水液を小さな両手で持って、ボーッとした顔を動かして無音の相槌だけをうつ。
「分かった。それじゃあキッチン借りるね。あぁそれと、一応これで熱だけ測っておいて。」
彼女にシリオン用の体温計を渡して、台所へと向かう。そこにあった俺の腰の高さくらいまである踏み台……恐らくザオが作業をする時に使っていたのだろうそれをどかして、調理器具を探し出し、料理を始めた。
出来上がったのは野菜ばかりを詰めたお粥。味は薄めにし、喉を通るように硬い野菜は細かくすり潰して入れてある。これなら彼女も食べられるだろうと、適量を椀によそって持っていった。
「熱、何度だった?」
「38.5……」
「高熱だね。病院は行ったの?」
返答は首を横に振ること。まぁこの様子だと、自力で病院に受診するのも困難だったのだろう。今から行っても間に合わないだろうし、今日のところは薬無しで乗り切らないとならない。
「これ、食べれないなら残していいよ。自分で食べれる?」
「大丈夫、ありがと……」
ザオは手渡されたお粥を黙々と口へと運んでいった。どうやら食べれないということは無いらしい。その様子に、思わず胸を撫で下ろす。
「おいしい……」
彼女が小さくそんなことを呟く。
「おいしいなんて思える余裕があるなら安心かな。ある程度食べおわったら、しっかり水分補給をして安静にすること。」
それに肯定を示し、ザオはまた淡々と食事を進める。量は少なめにしたが、それでも彼女の小さな口で食べ切るには相当な時間がかかった。
「ごちそうさま……」
こちらに空になったお椀が渡される。完食してくれたことは嬉しいが、無理して食べたりしていないだろうか。心配と感激の相反する感情が、胸の中でゆらゆら境界線を揺らしていた。
「それじゃあ片付けたら俺は帰るから、もう寝なよ。」
そう言ってザオの傍を離れて一連の作業が終わったあと、帰り支度をしてもう一度彼女の方に目を向けると、そこにはスヤスヤと寝息を立てるウサギの姿があった。
魘されている様子はない。それどころか、随分と落ち着いているように見える。小さく寝息を立てる彼女の目には、カーテンの隙間から落ちた薄い月光が差していた。
ザオが寝返りをうつと、かかっていた布団が少しめくれる。体を冷やすのは良くないと思い、それをかけ直してやった。
「身体には気をつけなよ……全く……」
可愛らしい寝顔だ。いつもの「常勝不敗」の彼女の面影はどこへやら、こうして見るとただの幼子である。まぁそんな歳でもないのだろうが、それでも彼女の精神はまだ幼いと俺は思う。
恐らく、育った環境のせいなのだろう。自己を押し殺し、ひたすらに合理的に生きることで世界を渡り歩いてきたのだろう。人との繋がりを「等価交換」という形でしか保てなくなっているのも、きっとそれが原因だ。
誰かに必要とされるため、見限られないためにこの子は「常勝不敗」の名に縋っている。だから己を強く見せようとする。意地を張る。数年も一緒に仕事していれば、そのくらいはわかる。
「……どうか、俺みたいにはならないでね。」
彼女の口に入りそうになっている髪の毛を起こさないように動かして、俺はそんな言葉を紡ぐ。それがザオ届くことはないが、それでも願わざるを得なかったのだ。かつてとある青年が、二度と取り返しのつかない過ちを犯した悲劇が、再び起こらないことを。なぜなら…………
なぜならこの目に映る君は、とても孤独に見えるから。