ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
息が上がる。ザオちゃんは、真っ直ぐと廊下を走っていた。視界を見据えた先、少し黄ばんだ白い扉を勢いよく開く。嫌な電子音だった。辛うじてある心拍を数えるように鳴る機械、その先から伸びた何本ものチューブがベッドに横たわる包帯まみれの身体の至る所に突き刺さっている。充満する薬品の匂いが、うさぎのシリオンの鼻にはキツく感じた。
「なんでっ……」
思わず声を漏らす。それに気づいたのか、ベッドの上の患者は今にも消え入りそうな声で言った。
「……ザオ?あぁ、間違ってたらごめん。いま、目が見えないんだ。」
「…………先輩、どういうこと?」
「いゃあ……しくじったね。油断したよ。」
「どうしてそうなったのって聞いてるの!」
「さてね、当時の記憶が曖昧なんだ。」
痛々しく潰れた声で話す彼を見て、話させない方がいいだろうと今更ながらに思い立つ。「もうしゃべんないでいいから」と、ザオちゃんはそう言って先輩の隣の椅子に腰をかけた。
「お医者さん曰く、命は何とか助かったって言ってたけど。」
「あぁ、それはもう聞いたよ。」
「…………ザオちゃん、しゃべんないでって言ったよね?」
「許してくれ。多分、キミともう話せるのも最後だろうから。」
そんなとんでもない事をサラリと言い放った先輩に、ザオちゃんは耳を疑った。何故……そんな当たり前の疑問に、先輩は続けて答えを口にする。
「相手方が思っていたよりも大きな組合だったらしくね。このご時世にマフィアなんてよくやるよ。今回の件で、俺はそれら組織からだいぶ恨みを買っちゃったからね。俺の治療は外部に完全秘匿、かつ治療後も死んだことにされるらしい。」
要は、ザオちゃんのような黒枝に所属する者を含め完全に外部との関係を遮断し、同時に治療後は完全な別人として生きていくということだ。これだけの怪我をすれば、きっと治療しても先輩が黒枝に帰ってくることもない。
ザオちゃんの中で、色んな物がグルグルと渦巻いていた。真っ黒くてドロドロした何かが、おかしなくらい鼻先をつんと痛くさせる。
「いやぁ、困ったね。まっさかこんな事で職を失うことになるとは。キミ達にも迷惑をかけることになるし。」
「…………なんで」
「ザオ?」
「なんで、そんなに平気そうなの!?」
病院なのにも関わらず、ザオちゃんの口からは大きな声が出た。それこそ、自分でもびっくりするくらいに。咄嗟に自分の口を覆う。
「どうしたのさ、急に。」
「……っ!どうしたもこうしたも、無いでしょ。先輩はザオちゃんに気をかける癖に、ほっとかない癖に、なんで自分が傷ついてもそんなに平気そうなの?」
「………………ザオ。」
「自分勝手だよ。なんで自分だけ孤独であろうとするの。何で一人で全部背負うの。ザオちゃんが孤独であることを許さなかったのに、なんでキミだけそうあろうとするの。」
「待ってくれ、俺は別に……」
「なんで……ザオちゃんを置いていくの……」
最後に一言、たった一言だけ、爆発した感情の中から一雫が流れ落ちるように、自分でも思っていなかったような言葉が零れた。いや、違う。気づいてなかったんだ。
胸を支配するこの真っ黒な感情を、ザオちゃんは覚えている。かつて親に相当する者に捨てられた時、大人にいいように使われてゴミみたいに捨てられた時、その時にも感じた……「恐怖」だ。
何処までも続く孤独という長い暗闇。その中で、ずっと涙を流していたような気がする。それは黒枝に入った時でも同じだった。「常勝」という肩書きを背負い、生きること。それは余りにも孤独で、真っ暗だった。
そんな中で変なくらい私を気にかけて、助けてくれる。そんな人がザオちゃんに手を差し伸べてくれて、ザオちゃんの弱い所を見ても何でもないみたいに接してくれる人がいて、初めて……孤独を忘れられたんだ。
「…………」
長い、長い長い沈黙だった。包帯の奥の先輩がどんな表情をしているかは分からないけど、それでも先輩の方を向くのが怖くて俯いていた。ザオちゃんは、彼に対して価値を示せていない。失望されて、要らないものみたいに接されるのが怖かった。
「………………そうか、怖かったんだな。」
予想よりもずっと優しい声が、頭の上から響く。
「そこにあるペンダント、君にあげるよ。」
そう言われて、この簡素な部屋に1つしかない小さな花瓶の横に置いてあるペンダントを見た。それは、かつて先輩が話してくれたもの。
「キミを独りにしてしまうことを、俺は否定できない。だからせめて、それを受け取ってくれ。」
「でも…………」
「受け取れない?なら、等価交換ということにしよう。」
「等価……交換……」
ザオちゃんがずっと言ってきた言葉。未だにこの心に強く刻まれた、世の中の真理。
「それを渡す代わりに、俺のことを忘れないでくれ。金商殷という男の名前を、その男の過去を、もう消えてしまう俺の代わりに、未来へ持って行ってくれよ。」
ザオちゃんは、ペンダントを手に取る。
「そしていつか、俺を探してくれよ。そして、そこでまた初めましてを言って、友達になろう。」
「………………」
何を言うこともできないまま、強くペンダントを握りしめる。その後に彼の言葉が続くことは無かった。電子音は響いている、心臓は動いている、きっと気を失ったのだろうと、そう思った。
静かに病室を出る。握りしめたペンダントを見ると、そこに水滴が落ちた。大粒の雫がいくつも降り注いで、ペンダントの乾いた表面を濡らしていく。
「……ぇ」
そうか、ザオちゃんは今……泣いているのか。なんでこんな……なんで……そんなこと今まで無かったのに……どうして……。
暫く泣いていたような気がする。途中でナースさんに心配されて、逃げるように病院を飛び出したザオちゃんは、腫れぼったい目のまま、適当なベンチで何処を眺めるでもなく座っていた。
今更ながら、別れの言葉ひとつ言えなかった自分が嫌になってくる。それと、余計なことを口走った自分も。お人好しだから、利他主義なんて思想を持ってるから、あんなことになるのに。何で、それでも辞めようとしないんだろう。
「なんで最後の最後まで、ザオちゃんに優しくするの……」
そんな言葉が、煩いくらいの夕焼けに溶けていった。
仕事が多い。最近は特にだ。仕事のだいたいはロスカリファの件である。でもようやく、ザオちゃんは休日を取ることに成功した。そして、明日はついにその休日である。
瞬光ちゃんとリンちゃんとのお出かけ。元はあっちからのお誘いだったけど、せっかくお友達と何処かに行くというなら、ザオちゃんもそれなりに用意をしたいものである。
何処か、みんなで一緒に楽しめるような店でも調べておくべきだろうか。そんなことを考えていると、いつものように喧しい後輩がザオちゃんの大きな耳の横で声を上げた。
「ザオちゃん先輩はどうやら何かお悩みがあるようで〜、どうです?このダイアリンコールセンターにご相談してみては?」
「ちょっと!うさぎのシリオンの耳ってすっごい繊細なんだからねぇ!?大きな声を耳元で出さないで!」
「おっとこれは失礼……。ですがザオちゃん先輩、どうやら仕事をする手が止まってますよ。珍しいな〜っと思いまして!」
「まぁ……ウサギのシリオンにも色々あるんだよぉ。」
「例えば、初めてできたお友達と三人でお出かけとか?」
「うっ、一体何処から仕入れてきたのその情報……」
「いえいえ〜、親切なプロキシさんからの情報提供があっただけですよ〜」
「リンちゃんってば……口が軽いんだから……」
ザオちゃんは軽くため息をついて、再び手元の資料に目を通す。でもどうも内容が頭に入ってこない。これは大至急、悩みの解決にあたった方が良さそうだ。…………後輩に借りを作るのは癪だけど、仕方ない。
「ダイアちゃん、何かいい案とかある?」
「待ってました!このダイアリン、既に答えを用意してあるんですね〜。」
「へぇ、それでぇ?」
「実は澄輝坪のとある古ぼけた骨董品店の店主が、すっごく面白い人らしいんですよ!これを機に会いに行ってみては?」
「骨董品かぁ……ザオちゃんは好きだけど……」
まぁ、色んなものも売っている場所だし……お出かけついでに二人に合いそうな物を買ってもいいかもしれない。
「…………そうだねぇ、今回は有難く頂戴しようかな。」
「はい、お買上げありがとうございます!」
「買ってないけどまぁ、後でお礼はしてあげるね。」
「それで……ここがその骨董品店?」
リンちゃんは目を丸くして言った。その隣の瞬光ちゃんもだいたいそんな感じ。多分、ザオちゃんも同じようになってるだろう。
「なんていうか凄く…………味があるわね。」
瞬光ちゃんがだいぶ濁した評価を下すが、言ってしまえば本当にだいぶボロかった。ダイアちゃんが「古い」とは言ってたけど、まさかこれほどとは。
「と、とりあえず中に入ろっか!」
「そ、そうそう……入ってみないと分からないこともあると思うし。」
二人が口を揃えて言う。
「そうだねぇ……」
何だか悪いことをしてしまったかもしれない。そんな事を思いながら、ザオちゃん達は三人で軋む扉を開けて中へと入った。鈴の音が爽やかに駆け抜ける。広がる骨董品の数々、どれも少しホコリを被っていて、この店の景気を物語っていた。そんな中に、店長らしき人の姿を見つける。
「お客さんかな?めずらしいね。」
ふりかえっ目に大きな傷を負い、盲目なのだろうか、ぎこちない手捌きで商品のホコリを払っている。その姿を見て、その……顔を見て、彼の名前を、呼ぶ。
「商殷……先輩……?」
「その名前……君は……まさか……」
幾つも言いたいことがあった。でも、その全ての言葉がどうにも良くないように思えて、溢れ出るそれらを捨ててしまう。そんな中で、唯一心の奥底に残ったものがあった。
初めに、それだけを伝えたいと思った。ゆっくりと彼に歩み寄って、口を開く。
「ザオちゃん、友達ができたんだ……」
名も知らぬ彼は驚いたような表情をした後、直ぐに笑って「そうか……」と温かい口調でそう答えた。そして続けて、いつかの約束の言葉をくれる。
「初めまして、ザオ。俺の友達になってくれるかな?」
「………………うん!」
色んなことがあって、色んなことを考えた。私はまだ、友達というものに慣れてはいないし、彼やリンちゃん、瞬光ちゃんみたいに優しくもなれない。でも、はっきりしていることがひとつある。
この目に映る君は……そこにいる……初めましてで、久しぶりの君は……紛れもなく、ザオちゃんの友達だ。
暫くゼンゼロを離れている間にね、すぅごい放置しちゃいました。本当に申し訳ない。