ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
仕事に来る前、街路樹の桜が綺麗に色をつけていた。春のゆったりと流れる風は私の頬を撫でて、細やかな草の香りが鼻先を擽る。美しい日だ。そんな美しさの反面、今私の前に広がるのは恐ろしい光景だった。
黒く幾何学的なドームが、パソコンのバグみたいにジリジリとネオンを輝かせている。「零号ホロウ」それが、アレにつけられた名前。私は、零号ホロウの調査員だった。
嫌な仕事だ。特に、私みたいに現場に投入されるような人材にとっては。零号ホロウは、他のホロウと比べても危険度が度を超えている。さらに、奥に行けば行くほどその差は激しくなる。
言わずもがな、命を失うリスクはそれに伴い跳ね上がるのだ。私もまた、明日を迎えられるか分からない現状である。別に、だからといって仕事を辞めようとは思わなった。私が決めた道だ、私なりに覚悟はできてる……つもり。ただ、私は今の仕事を楽しめていない。それだけ。
特に辛いのは、仲間の死を見送ることだった。細心の注意を払って行われる週に2回程度の調査は、それでも毎度の如くそれなりの被害を出していた。例の若い独立調査員さんが入ってきてからは、その数も随分減ったけれど、死人は未だで続けている。
昨日一緒にご飯を食べて笑いあった人が消える、無惨に肉を切り裂かれ、ホロウという地獄の中にゴミみたいに捨てられる。その光景が、私にはあまりに残酷で……耐えられないほどに鮮烈におぞましがった。
まぁ、そんな職場でも楽しみというのは存在する。それが時折作戦に参加する、対ホロウ特別行動部6課の面々との会話だ。その中でも、虚狩りである星見雅さんとの会話を、私は好んでいた。
「彼女は死なない」っていう安心感があったから。私の前から居なくならないってそう思えるから。
「あなたは辛くないんですか?」
少しホコリを被った工具箱に腰を掛けて、私は自称170cmの大きな狐さんを見上げて言った。彼女は不思議そうな顔をして、「何がだ?」と返す。…………唐突にこんなこと言われれば、そりゃそうか。
「いえ、戦いに身を置いて辛くは無いのかなって……」
「ふむ……」
「あなたはずっと、ずっと虚狩りとしてホロウと……恐怖と戦い続けている。それは、あなたにとっての辛さにはなり得ないのかなって……」
「そうだな、戦うのが辛いと思ったことは幾度かある。」
「へぇ……」
聞いておいて何だが、雅さんのような超人でもそんなことがあるのかといたく感心してしまった。こんなに凄い人でも、虚狩りというものの在り方に重荷を感じることはあるのだと。
「だが、私はこの身を剣とすることを決めた。この切っ先が折れて朽ち果てるまで、私は守れるものを守る。」
それでも、この人はやっぱり別格だと思い知らされる。だって、こんなにも真っ直ぐで迷いの無い目をしているんだから。彼女は「英雄」なのだ。
「課長、そろそろ帰る準備を……」
遠くから柳さんの声がする。雅さんは耳をピクリと後ろに向けて、そのあと低く「むぅ……」と唸った。
「そういうことだ。それでは、また。」
「えぇ、またお話しましょう。」
軽く別れを済ませると、雅さんは踵を返して足早に6課のメンバーたちの元へと向かった。その後ろ姿はどうにも美して、大きかった。きっと私は、彼女に憧れていたんだと思う。それが分かるほどに、彼女を見る私の胸は高揚していた。
ある日、雅さんとお話をしている時に彼女の頭に桜の花びらが乗っていることに気がついた。私は手を伸ばて、それをそっと指でつまむ。軽くて柔らかいそれは、ひらりと身を翻して風に乗って飛んで行った。
「どこでつけてきたんです?あれ。」
「恐らくここに来ると中だろう。道の途中で、桜並木を走り抜けたのを覚えている。」
「…………どこから走ってきたんですか?」
「む?オフィスからだが。」
「対ホロウ特別行動部第六課って、スコット前哨基地からだいぶ距離ありますよね…………。」
この人は時折とんでもないことを口にする。その度に驚かされていたが、最近はこのびっくりおっかなな言動にも慣れてきた。ただこの前「修行」と称して道端の白線の上を歩いていたのを見かけた時は、あんなビックネームが子供みたいなことしてて良いのかと度肝を抜かれたが。
「桜といえば、こんな話知ってますか?」
私はそう前置きを置いて、とある噂話を雅さんに語った。かつて、私が父に聞いた話だ。曰く、零号ホロウには外界とは違う生態を持つ独自の桜があるらしい。普段は紫の花弁をつけているが、強いエーテル反応がそばで起こると、それに呼応するように花びらが真っ赤に染まるとか。
「そのような代物が本当にあるなら、見ていたいものだ。」
「…………桜はお好きで?」
「あぁ、昔……母様とよく二人で眺めていた。」
「そうですか……」
雅さんは懐かしいような、悲しいような目をしていた。かつて起こった未曾有の大災害、旧都陥落の際に星見家はその多くが命を落としている。当時はニュースにもなっていたから、彼女の家の事情は私のような一般人でも少しだけなら知っている。そうでなくとも、彼女の反応を見れば大体何があったかは察せられる。
「私は……父がよく絵を描いていました。綺麗な桜の絵を。」
病気がちな母と、画家の父の元に生まれた私は、家の庭に生えた大きな桜の木を描く父の背中から、それが完成に至るまでの過程を眺めるのが好きだった。
繊細に差し込まれた筆、その後ろから尾を引く絵の具が真っ白いカンヴァスに彩りを与える。散りゆく桜を、その目も眩むほどの美しさを、凍らせてそのまま絵の中に固定したみたいに、カンヴァスは確かな命を持ってそこに存在した。
「昔は画家になりたかったんです。私の父に憧れて。」
でも、その夢はついぞ叶わなかった。父が絵を描かなくなったのだ。病が祟って私の母が息を引き取ったその日から、父の持つ筆先から描き出される絵画は、どれも灰がかったみたいに霞んでいた。それを父自身も、気づいていたのだと思う。
「母が亡くなった後、だんだん父は絵を描かなく……描けなくなりました。今もそれは代わりません。あの人に見せてあげたいんです。その、零号ホロウの桜を。きっと綺麗だと思うから。」
写真でもなんでもいい、ただ父にもう一度桜を描いて欲しかった。きっとそれは、この職場のルール的には完全に違反となるのだろうけど、それでも私は確固たる意志を持っている。あの時の……絵を描く父の楽しそうな顔が忘れられないから。
雅さんは私の話を静かに聞いていた。何も遮ることなく、ただ受け止めるように。そして一連の話が終わった後、ようやく一息を吐いて、そして言う。
「では尚更その桜を見つける必要があるということだ。私も探してみるとしよう。」
「いいんですか?」
「あぁ、友人の悩みを聞くのもまた修行だ。」
「………………ありがとうございます。」
『友人』なんて、大層な称号を貰ったものだ。私はそれが嬉しかった。だからしっかりと噛み締めて、そしてありがとうを伝える。
それから数日が経った。私は零号ホロウの中にいる。いつも通りの浅い深度での調査だった。何も問題は無いはずだと、そう思っていた。そう、「彼女」が現れるまでは。
「なんでこの区域にニネヴェがいんだよ!」
空から降り立つ赤い絶望。花のようなドレスを靡かせ、優雅さすら感じる程に舞いながら、それは現れた。その巨体の後ろから、「彼女」の手下が群れをなして襲ってくる。
部下達がパニックに陥っていた。ニネヴェの出す小型のエーテリアスの数も増えていく一方である。このまま動けずにいると、間違いなく全滅するだろう。
「落ち着いて!戦闘員は周りのザコの処理、非戦闘員は負傷者を担いでさっさと離脱の準備をしなさい!」
そう指示を飛ばしては見るが、そもそも私たち如きが抗ったところでアレから逃げることはできるのだろうか。敵は既に逃走経路の方向にも溢れかえってる。もう無理じゃないか。そう思った時だった。冷たい空気が、私の横を通り過ぎた。
無数の斬撃が、空を覆いつくしたエーテリアスの群れを無造作に切り刻んでゆく。その異様な光景に私は息を呑んだ。誰の仕業かなんて言うまでもない。それは紛れもなく、星見雅だった。
私が応戦する暇もなくザコを散らし、そしてニネヴェ本体と戦闘を繰り広げる彼女の姿に、私は見惚れていた。まさに別格と評さざるを得ないその姿をみて、私もあれだけ強ければ何も失わずに済むのだろうか……なんて、タラレバを妄想する。
結局、ニネヴェは雅さんの力により追い払うことに成功した。私たちはスコット前哨基地へと帰還したのちに応急処置を受ける。幸い死傷者は居なかった。「彼女」に遭遇しておいて、これだけの被害で済んだのは奇跡とも言えるだろう。
「無事だったか。」
雅さんがそんなことを聞いてくる。心配の一色に塗りつぶされていたが、それでも虚狩りらしい勇ましさが残る美しい顔で私のことを見ていた。
「えぇ、死傷者はいませんよ。」
「…………お前の話だ。」
「私ですか?多少擦り傷はありましたが、まぁすぐ直る範疇だそうです。それより私の部下の方が心配ですね。いくらか骨をやられているようでしたから。」
「そうか。」
雅さんから出たのは、安堵のため息だった。どうやら私のことを心配してくれたらしい。迷惑をかけてしまったが、悪い気分ではなかった。憧れの人に気にかけてもらえるというのは、どうも心が踊るものだ。
「雅さん、今回の件で恩返しさせてはくれませんか?」
「その必要は無い。見返りが欲しくて助けたわけではないのでな。」
「お願いします。私の気が治まらないんですよ。」
「むぅ、しかし…………いや、そうか。」
雅さんは思い立ったように、ポケットから一枚のチラシを取り出した。グラビティシアターのポスターだろうか。
「今しがた思い出したことがある。いつか『一日中なるべく多くの映画を観る』修行をしようと考えてはいたのだが、次の休日は映画に詳しい友人が忙しいらしくてな。代わりに付き合っては貰えないだろうか。」
この人は、また変な修行をしているらしい。まぁそれはともかく、映画の誘いを断る理由なんて私は持っていなかった。
「いいですよ。それじゃあ、いつの予定が教えてください。どうにか時間を作っておきますので。」
そうして二つ返事で言葉を返し、雅さんから予定を聞き出した。断言するけれど、この時の私は浮かれていた。そう自覚できるくらいに、彼女が私を誘ってくれたことが嬉しかった。