ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
私の今の気持ちを一言で言い表すなら、緊張である。ルミナススクエアの一角で、私は変に音を大きくした鼓動を鎮めようと深呼吸をしていた。それもこれも、要因は雅さんに映画に誘われたことにある。あの虚狩りと、しかも女同士とは言えデートをすることになったのだ。緊張しない方がおかしい。
心を落ち着けるために平和な街並みへと視線を移す。行き交う人々の見た目は様々だ。スーツの者、制服の者、はたまた私のようなオシャレな私服を着込んだ者など。そして彼ら彼女らは、各々の日常を享受している。
平和な幸せの中を生きる者たち。きっと、あれらに私達のような人間は入っていないのだろう。私の目の前で死んでいった者たちがあそこにいればよかったのになんて、ありもしない妄想を考えてしまう。
はぁ…………せっかくの休日に私は何を考えているんだ。まぁ、心を落ち着けることはできたけれど。そんな時、景色の奥から特徴的な長い耳を揺らす彼女の姿が見えた。彼女に軽く手を振ってみると、彼女もこちらに気がついたのか小走りでこちらへと近づいてくる。
「少し遅れた。待たせてしまったならすまない。」
「いえ、私も大して待っていませんよ。それじゃ、行きましょうか。そういえば、何を見るんです?」
「見たい映画があるならお前の意見を聞こう。」
「すみません、私は映画には疎いものでして……」
「それは私も同じだ。家にビデオが無いのでな。映画を観る時は、いつも友の家にあるものを借りている。」
「もしかして、例の映画好きのお友達?」
「そうだ。お前とも面識があると思うぞ。なにせ、スコット前哨基地にも独立調査員としてよく来ているからな。」
「あの兄妹ですか?」
「あぁ、あの二人は六分街でビデオ屋の店長をしている。」
「はぁぁ……そうなんですか。」
それはまた、驚かされる話だ。独立調査員としてあれ程の技術力を持っていながら、まさかビデオ屋なんてものを営んでいるとは。あの腕であれば、食い口はいくらでもあるだろうに。
それから私たちは映画を見た。とはいえ大した数ではない。なにせ一本がそこそこ時間がかかるため、二つ目を見終わった辺りで、既に時計の針が一時を過ぎていた。
私は雅さんと共に昼食を取りながら、映画館でのことを思い出す。映画の傍ら、横目に見た雅さんの真剣な面持ち。食い入って画面を見ている彼女が何を考えているのだろうと、目の前のスクリーンに映し出された物語に集中できなかったことを覚えている。
「二つ目の映画、お前は何を思った?」
二つ目の映画……確かホロウ災害の話だったろうか。ヒーローを夢見るごく普通の少年と、そんな子を愛する母親の話。ホロウで行方不明となった母親を探すために、少年は一人でホロウに入ってゆくことになる。そこで巡り会う調査員や、謎のボンプ。そんな者たちとの出会いを経て、最終的に少年は母親と再開することになる。HappyENDの物語。
はっきり言って、余りにホロウのことを舐めすぎていると思った。あそこは子供が一人で生きて行けるような場所では無いし、母親が長時間ホロウの中にいたにも関わらず、再開した時に普通に会話ができていたのにも違和感がある。監督はもう少しホロウというものの解像度を上げるべきだろう。それでも、普通に面白い映画だった。特に印象に残っていたのは……
「あの主人公の男の子が、自分の母親が行方不明になったと知るシーン。子役の悲痛な叫びが上手で、見入ってしまいました。」
「そうか、私もあの場面はよく覚えているぞ。」
「大切な誰かを失うというのは、辛いことです。親であれ、仲間であれ……。そんなことが、起こらなければいいのに。」
「そのために私たちがいる。」
「……そうですね。」
罪なき人を守る。そんな高尚な目的を掲げ、私達はホロウへと挑む。だがそれを、私は誇りに思うことができなかった。死んでいった仲間のことを思うと、どうしても素直にそれを受け入れられない。
私たちは食事を済ませ、再びシアターへと向かった。後半戦が始まる。次はなんの映画を見ようかと雅さんと話し合っていると、突然背後から鋭い声が耳の奥を貫いた。
「止まりなさい!」
振り返ろうとすると、突然私の首に腕が回された。そのまま乱暴に引きずられる。気づくと私は知らない男に首元に刃物を突きつけられ、まるで盾のように治安官らしき人と相対する。どうやら私は人質に取られたらしい。
「…………朱鳶か?」
「雅?どうしてここに……」
「たまの休暇を取れたのでな。それより、あれは?」
「近くの店に強盗が入ったと通報があったの。それらしき人物をようやく見つけたのだけれど……」
「逃走の果てに人質を取られたというわけか。」
何か二人が話している。何かこの状況を打開する策でもあるのだろうか。しかし、いくら虚狩りと言えど人質を取られていては動くこともできないだろう。私が何とかするべきだ。
「ねぇ、そこのあなた。」
「あぁ!?」
私は犯人へと話しかける。私から語りかけてくるとは思わなかったのか、男は驚きつつも声を荒らげて答えた。
「あそこを見て。あれ誰だかわかる?虚狩りの星見雅よ。」
「はぁ?何だと、クソッ。ごちゃごちゃうるせぇぞ。静かにしねぇと殺すからな。」
そう言って、男は持っている刃物を私の首元へと押しつける。金属のヒヤリとした感覚が、ハッキリと感じられた。しかし恐怖はない。怖さだけで言えば、零号ホロウでニネヴェと遭遇した時の方がよっぽどであった。
「あなたに私が殺せるの?」
「はぁ?」
「私が死ねば、人質が居なくなるでしょう?この騒ぎで周りの人が私たちから距離を取ってる。それに相手はあの虚狩りよ。彼女に捕まるよりも速く、次の人質を取ることができるかしら。」
「……っ!うるせぇ!」
「それともうひとつ……あなた、人質に気を取られすぎよ。」
ゴッと鈍い音がなった。瞬間、犯人の腕の力がみるみると抜けていき、その場にバタりと倒れる。気を失ったのだろう。それもこれも、雅さんが犯人の意識が逸れているのを確認して瞬時に制圧してくれたおかげであった。
「ありがとうございます。雅さん。」
犯人に乱暴に掴まれたせいで出来たシワを綺麗に直しながら礼を言うと、雅さんは首を横に振った。
「礼には及ばない。お前がこの男の気を逸らしてくれたおかげだ。」
「一瞬だけですよ。それを逃さなかった雅さんのおかげです。」
それから犯人の身元を治安官に渡して、再び映画館にて雅さんの独特な修行の続きをした。しかし結局一時間半くらいの映画を三本見たところで、私の方の体力が尽きる。日も傾き濃いオレンジ色の光を散らす頃、私たちは近くのカフェのテラス席で夕日を眺めながらコーヒーを嗜んでいた。
いや、コーヒーを飲んでいたのは私だけだ。雅さんの方はと言うと、抹茶を魔改造してカロリー爆弾にしたみたいな謎の飲み物を口へと運んでいる。
「すいません……気を使わせちゃって。」
「なに、気に病む必要はない。お前のおかげで、此度の修行は実に楽しめた。」
「でも、私がいなければもう少し見れたでしょうし……」
「また挑戦すればいいだけの話だ。その時はお前と、リンやアキラも誘うとしよう。」
そういえば、独立調査員の二人がそんな名前だったか。あの二人……愛想もいいし気さくだし、きっと雅さんとも仲がいいのだろうな。羨ましい限りだ。
「ねぇ、雅さん。すこし私の話を聞いてもらってもいいですか?」
「……あぁ、構わない。」
「私、前にも言いましたけど元は画家になりたかったんです。母さんを失って、父が絵を描くのを辞めた後もその気持ちは変わりませんでした。」
父を元気にしてやりたいと、子供ながらの短絡的な頭で考えていた。そのちっぽけな夢は、いつしかそれは私の将来の目標になっていた。
「それが変わったのは、旧都陥落の時です。」
当時の私が友人とよくしていたのは、校庭に咲く花の絵を描くこと。齢12にも満たない、子供のお遊びだ。その日も何時ものように色鉛筆を持って、学校の校庭で少し歪んだ花の絵をスケッチブックへと描いていた。だが、悲劇が起こる。
「その日、私の通っていた学校が丸々ひとつホロウに呑まれました。ホロウ内は高濃度のエーテル活性により動けなくなる者も多く、また校舎の中に大量のエーテリアスも入ってくる始末です。」
辺りは絶望に包まれていた。エーテリアスに細切れにされるもの、自我を失い暴れ回る子供、絶望から自死を選んだ教師。耐え難い苦痛が恐怖となって心を押しつぶす。
「そんな中でも、私は逃げようとしたんです。二人の友達を連れてね。でも一人が怖くて腰を抜かしちゃって……エーテリアスに身体を貫かれて死にました。」
子供ながらの小さな身体がぱっくりと開かれて中から赤い花が顔を覗かせていた。流れ出た血がコンクリートに染み付いて、嫌に赤黒く塗られていたのを今でも鮮明に覚えている。
「もう一人は生きて私と学校を逃げられたんですけれど、その子も浸食症状が酷くて歩けなくなっちゃって。私は彼女を見捨てて、一人で逃げました。」
死にそうな目で、掠れた声で、私に助けを求める友人の姿を夢に見る。それは私の作り出した幻などではなく、確かにこの脳みその一部に存在する記憶だった。
「結局私は、友人二人を助けることもせずに逃げ出しました。でも逃げる途中で、エーテリアスが目前まで迫っている最中に私は足を挫いたんです。」
私の目の前で鋭い刃のような腕を振り上げるエーテリアス。私はもう生きられないだろうと思っていた。これが、友達を見捨てた私への罰なのだろうと。だが、そうはならなかった。
「そんな時です。私より一回り小さな少女が現れ、私を殺そうとするエーテリアスを切り伏せました。悲痛な叫びを上げながら、それでもその子は私を守ってくれた。」
彼女は泣いていた。その異様な雰囲気を放つ刀を手に、向かって来るものを修羅の如く切り捨てながら。
「私は戦うその子を背にホロウを脱出し、それからというもの自身も強くなろうと鍛錬を始めました。強くなって、誰かを助けられるようになろうと。私は、私を助けてくれた少女に憧れたんです。」
もう何も失わないために。もう誰も、見捨てないために。それからの11年、私はずっと彼女を目標に生きてきた。かつて私の前に立った修羅の少女を、虚狩りとして語られるその人を、常に私の前を走り続ける戦友を。
「私はね、雅さん。あなたに憧れたんですよ。」
少しだけ微笑んでそう言ってみせる。これだけ……このことだけは、どうしてもいつか雅さんに伝えておきたかった。
「すみません。こんな時にする話ではありませんよね。鬱陶しいかったら、忘れてください。」
「そうか……」
「へ?」
小さく呟く彼女の方を見る。その姿は、いつもとは比べものにならないくらい弱々しく、力無く倒れた二つの耳が彼女の感情を物語っていた。
「私はあの時、この手で母様を殺した。エーテリアスにならんとする母様を刺し殺し、周りのエーテリアスと化した親族も皆、殺した。理性を失い殺し回った。」
「そんなことが……すいません、思い出させてしまいましたよね。私が自分のことなんか語ったばかりに……」
「いや、構わない。むしろ話してくれたことに感謝しよう。私は、私はあの時……」
雅さんは震えた息をする。周りにも聞こえるくらいの、深呼吸。そうして、喉の奥から噛み締めるように言葉を吐き出した。
「目に映る全てを斬り捨てたつもりでいた。エーテリアスと人間の区別すら、あの時の私はついていなかった。それでも、それでも私は……誰かを守れていたのだな。」
私たちの間に沈黙が流れる。私から話を切り出そうにも、彼女の言葉に何を返せばいいのかが分からなかった。彼女にとっては、きっと過去の自分は忌々しいものなのだろう。
それを「憧れた」などと軽々しく言ってしまう自分の軽薄さに憤りを覚える。そんな感情ばかりが先行して、まともに気の利いた言葉を捻り出すことすらできなかった。そんな重い空気を斬り裂くように、雅さんが口を開く。
「母様が『英雄の旅路には喪失が付き纏う』と話をしてくれたのを今でも覚えている。」
「喪失………」
「あぁ、それが母様の教えだ。お前は……どう思う?」
英雄として生きること。誰かを守る為に、何かを切り捨てること。それは正しく、現実的な英雄の在り方なのだと思う。雅さんのお母さんが話したその「喪失」が、もしこの手からすり抜けてゆく誰かを指す言葉であるなら私は……
「私は、それでも誰も失いたくありません。大切なものを守る、その為に私は存在しています。それでも『喪失』が必要であると言うならば……」
「己を切り捨て、英雄になるか?」
「はい。」
「…………そうか。私も同じ答えだ。どうやら、お前と私は似ているらしい。」
雅さんが遠くを見つめる。夕焼け空の奥に大きく灯った丸い光が、彼女の真っ赤な目をうっすらと輝かせていた。暫くして、その瞳が私の方に視線を移す。まっすぐと、彼女は私の目を見て言った。
「だが、私にとってお前が大切だということを忘れるな。私はお前を失いたくは無い。」
真っ向からそんな事を言われて、私は思わず雅さんから顔を逸らして逃げるように空を見た。今度は私が夕日を見る番だ。
「それはこっちのセリフですよ。雅さんも、私にとってはその……大切な存在なんですから。」
この人はこういうことを素面で言うことがあるから怖い。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
「どうした、顔が赤いぞ?熱でもあるならば、早く病院に行った方がいい。」
「…………今は夕陽のせいって事にしてください。どこも体調は悪くありませんから。」
「そうか。ならば良いのだが……。」
私たちはそうして帰路についた。今度は下らない話をしながら、私はそんな一時を噛み締める。
「そういえばこの前やってた道端の白線だけを渡って通勤する修行って、途中で完全に白線が消えたらどうするんです?」
「例え遅刻しようと、新たに道を見出すのも立派な修行だ。」
「引き返して遠回りしたんですね……。そして遅刻したと。」
「修行の途中で柳が迎えに来た。」
「あの人はお母さんが何かですか?」
明日からまた命懸けの日々が始まる。今まで失ってきた友を、仲間を心に刻みつけて……そしてもう誰も失わないように、私は明日も英雄を目指して歩いてゆくのだ。