ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
「雅さん!良かった、来てくれたのか!」
アキラが私を見るなりそんな事を言った。つい先程、ゼロ号ホロウで探索をしていた部隊の1つと連絡がつかなくなったと連絡が入り、至急六課に要請が働いた。柳達は車で、私は走った方が速いので、己の足で来たというわけである。
「それで、行方不明になったという部隊は?」
「待ってくれ。今、目の前のモニターに隊員の顔を映す。」
そうして現れたのは7人の隊員の顔。そのひとつを、私はよく知っていた。「隊長」と記された女性、昨日私と映画館へと行ってくれた彼女。その姿が、モニターに映し出される。
「プロキシ、連絡が途切れた場所は分かるか。」
「あぁ、直ぐに案内しよう。雅さん、くれぐれも気をつけて。」
「分かっている。」
今すぐにでも助けに行かなくては、いつ手遅れになってもおかしくない状況だ。だが相手はあの零号ホロウ、焦ってかかれば足下を掬われることになるだろう。最悪の場合も考え、行動する。
パエトーンが接続したボンプを抱えて、案内されるがままに零号ホロウ内部を駆け回る。ここは対してエーテル活性も高くない。湧いて出てくるエーテリアスに苦戦することは無かった。
『雅さん、その先を右に行けば目的地だ!』
視界の右側に微かに見えた赤い血の色。私は速度をより一層あげて、地面に倒れる男へと近寄った。
「無事か?息はあるか?」
「ほしみ……みやび………」
掠れた声で、男は私に手を伸ばす。その顔は恐怖と絶望のまま固められたようで、私の頬を伝う冷たい指先は小刻みに震えていた。
「桜が……隊長が俺たちを……ゴホッ………庇って、侵食が……どうか隊長だけでも……助け……」
言葉を口から出し切る前に、男の腕が力なく地面へと落ちていった。虚ろを含んだ目が、しっかりと私の顔を捉えている。
『雅さん、この人はもう……』
ボンプ越しにアキラがそう告げた。私はそっと男の目に手をやって、その瞳を閉じてやる。
「あぁ……」
私がもう少し来ていたら助けられていただろうか。いや、そんなもの幻想でしかない。それが叶うなら、私はきっと母様を失ったあの日にさえ戻りたいと思うだろう。
失ったものを数えるな。英雄の旅路には喪失が付き纏う。この手に掬った水が隙間から落ちる、その雫に目を向けても得られるものなど限られるのだ。全ては救えない、ならば私が救えるだけのものを全て救う。その為に私は、この身を刃としたのだ。
辺りを見回す。地面に落ちた、鮮やかな紫。見てくれは桜の花びら。私をこの先へ導くように、奥へ奥へと続いている。
『雅さん、この辺りだ。恐らく、この先に……。』
ナビゲートに従って道を走り抜けると、一気に視界が広がった。そこは円形の広場。地面に薄く水が張ってるいるそこへ、飛沫を立てながら着地する。私はその時、目の前の景色に息を呑んだ。広場の中央、そびえ立ったおおきな桜の木。それは、鮮やかな紫の彩色を放つ花を着飾っている。辺りは散った花びらによって、絨毯のように色めいて見えた。
そんなホロウに見合わない姿の中に、おぞましい物が散乱している。エーテリアスと職員たちの死体。そのどれもが刃物のような傷を残して、地面に伏していた。職員から流れた血が、紫色の地面と混じりあっている。
「…………遅かったか。」
歯を噛み締める。落ち着け……まずは生存者の確認をしなくてはならない。そう思った時、視界の端で嫌に規則的な機械音を立てるデバイスが写った。
『Pi……Pi……Pi……Pi……』
「あれは?」
その疑問に答えるように、イアスからパエトーンの声が響く。
『あれは確か、調査員がもっている携帯端末だ。一回なれば「反応アリ」、二回なれば「高活性」、三回なれば「強烈」、四回は……』
強烈な殺気。私は考えるよりも先に刀を抜き、それを思い切り頭上へと振り抜いた。甲高い音が空気を切り裂いて、私の足元に浮かぶ花びらがブワッと一気に舞い上がる。
人型のエーテリアス。身長は推定2m弱。手にはエーテル結晶で構築された、刀らしきものが握られている。少なくとも、無尾と鍔迫り合い出来る程の強度はあることが今、証明された。
刀を弾くと、空中でひらりと花びらのように身を翻して地面へと降り立つ。その瞬間、エーテリアスの降りた場所から伝播するように花びらが赤く染まっていった。
地面に流れる血と、花びらの境目が消えてゆく。辺りは一面の赤一色、中央にそびえ立つ桜までもが禍々しい色へと変貌を遂げていた。私は直感的な危機感の元、相手に刃を向ける。
「お前が、この惨劇を作り出した元凶か?」
意思すら感じないエーテリアスへと、私は問いかける。答えは無かった。その代わりと言わんばかりに、エーテリアスも刀を構える。
風が吹く。吹き上げられた赤い花びらの群れが私の目の前を通っていく。一枚、たった一枚がその場に残されヒラヒラと空を漂っている。それが、澄んだ水面へと……落ちた。
私とエーテリアスは互いに前へと踏み込み、ほぼ同時に刀を振る。ガキィンと音が鳴って、火花が散った。瞬間、私はぶつかった刃を受け流して、相手の懐へと入り込んだ。
胴ががら空き。私はその腹に垂直になるように刀身を滑り込ませる。が、その攻撃は空を切った。エーテリアスが上空に飛んだのだ。まるで舞でも踊っているかのような所作。いや、実際に"それ"は舞っていた。空中にハラハラと散る桜の一枚を一枚を足場に、空中を歩き回るようにして私を見下ろしている。
すると、突然そのエーテリアスの周りにある花びらが勢いよく私に向かって飛んでくる。全部で15枚……真っ直ぐ飛んできた最初の三枚を切り落とすと、金切り音が辺りに響いた。花弁を硬化させて操っているのか。
右から五枚、左から四枚、正面三枚……全て、見切った。私は一枚の漏れもなくそれらを切り伏せる。続けて地面を蹴り上げて、そのまま空中のエーテリアスに斬り掛かる。
再びぶつかる刃。今この瞬間感じた、確かな手応え。見ると、エーテリアスの持つ刀に小さくヒビが入っている。この刀……壊せる……。
私はそれを確認するや否や、後ろへ飛んで距離を取った。勝利までの流れは掴んだ。一気に距離を詰め、刀を受け止めるために構えた所を、上から速度と力で叩き折る。
グッと力に足を込める、次の瞬間私は思い切り前へと飛び出した。轟音と共に地面が抉れ、水の柱が大きく立ち上る。私は大きく刀を振りかぶる。相手に防御されること前提の、分かりやすい攻撃だ。
刹那、違和感が走る。刀が何かに引っ張られるような感覚。目を向けると、無尾の刀身に桜の花弁が纏わりついていた。これを振り払うのにかかる時間は0,数秒……だが相手の斬撃が届くこの距離でそれをしている猶予はない。
私に向かって突き出される相手の刃。私は咄嗟に無尾を手から離し、間一髪その突きを避ける。そして、私の真横に突き出されたその刃の側面を、脚で思い切り蹴りあげた。
鈍い音が響いて、折られた刃の先端が遥か上空へと飛んでいく。私は無尾に纏わりついて離れない桜を無理やり引き剥がし、折れた刀で尚斬りかかってくるエーテリアスのその腕を、切った。
宿主から切り離された腕が、地面に倒れ伏した沢山の死体のひとつになって地面に落ちる。私はエーテリアスの胴を思い切り蹴飛ばして、その身体が桜の幹へと打ち付けられたその首へと、刃を突き立てた。
エーテリアスの身体は一瞬力んで、その後全身から生気が抜けるようにバッタリと地面へと座り込む。ダラりと垂れた腕が、桜の絨毯へと静かに落ちた。
中央の桜が、ゆっくりと元の鮮やかな紫へと戻っていく。……終わりだ。私はエーテリアスの骸からゆっくりと無尾引き抜き、鞘へと収めた。
背を向ける。他に生存者がいるかもしれないし、イアスの無事も確認しなくてはならない。そう思って歩き出した時、後ろから消え入りそうな声が、耳に届いた。
「…………雅、さん。」
聞き馴染んだその声に、振り返る。だが、そこにいるのはエーテリアスだけだ。いや、違う。このエーテリアスの声だ。
「お前は……まさか……」
行方不明となった部隊の隊長、昨日私の修行の手伝いをしてくれた、その人。私は桜の木の元にいるエーテリアスの姿をした、彼女へと駆け寄った。
「そこに…………います、よね。今、どういう上記ですか…?目が見えないんです。腕の感覚も無くて、全身が痛い。」
その手を取って、私は語りかける。
「安心しろ。私がお前を助ける。」
無理だ。そんなもの存在しない。気休めだ、分かってる。私が殺した。また、守れなかった。
「私の部下達は……生きていますか。私、守れましたか?」
「…………あぁ、全員生きてる。大丈夫だ。」
せめて、せめて……絶望しないように。希望を持って死んで行けるように。それだけでも……。強く、強く強く手を握る。すると、本当に微かな力で握り返されるのが分かった。
「そう…………良かった。」
安心したような声色で、彼女は言う。
「雅さん…………ありがとう……ございます。」
私の手を握り返す力が、完全になくなった。私はまた、愛する者をこの手で殺したのだ。母様にそうしたように、私が守れなかった人々にそうしたように、友人にさえ、そうしたのだ。ゆっくりと彼女の亡骸から手を離す。
『雅さん……』
背後から、アキラの声。
「生存者は……?」
『いない。全員、亡くなっているよ。』
「………………そうか。」
皆、私が殺したのだ。
帰路に着く。何も守れなかった者が、ただ一人だけ命を持って帰る。「英雄の旅には喪失が伴う」……私はそれを認めたくはない。しかし現にそうなってしまって尚、立ち止まることは許されない。英雄の道は、一歩を踏み出す旅にその後ろが崩れていく。私が守れなかった命へせめてもの贖罪として、私は英雄であることを諦めてはならない。
……せめて、最後にいつか友人が叶った夢を叶えておこう。そう思って私はそびえ立つ桜の木へと、カメラを向けた。
呼び鈴を鳴らす。それが私にとってはどうしても重苦しい意味を持つものであった。だが引き返すことはできない。私は、目の前の家の家主を呼んだ。暫くして、仏頂面の男が玄関から顔を覗かせる。ボサボサの髪、目の深い隈、とても健康そうに見えないその男が口を開く。
「…………だれだ、キミ。」
「私は、対ホロウ特別行動部六課、星見雅だ。」
「虚狩りの?なぜこんなところに……」
一歩踏み出した男が、目を見開いて立ち止まる。その視線は、私の抱える数々の"遺品"へと向けられていた。私は今回起こったことについて、説明しようと口を開く。
「これは……」
「待て。」
それを、男が遮った。
「待て。言うな。やめろ……待て、待て待て待て。」
「それでも、お前にこれを渡さなければならない。」
「いらない!そんなもの、いらない!!辞めろ!嘘だ!嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!そんな、そんなはずっ!」
拒絶の理由もわかっている。だが、これをするのは私の仕事だ。これだけは、私がやり切らなければならない。それは間違いない。
「私は守れなかった。すまない。」
頭を下げる。せめて私の精一杯の謝罪と、残った全ての遺品を。
「…………お前っ!虚狩りなんだろ!?お前がいたなら……なんでっ!なんであの子が!!」
「一重に、私の弱さが招いた結果だ。」
私には、これっぽっちのことしかできない。なんて、無力なんだろうか。これが英雄か、これが虚狩りか。こんなものが……。
「なんで、なんでだよ!なんで……。」
「…………すまない。」
「返せっ、返せよ!あの子を返せ!!」
「……………………」
返す言葉は何も無い。返す権利もない。
「ただ……これを……」
私はそう言って、一枚の写真を取り出した。それは零号ホロウの中にしか咲かないと言われる、桜の写真だった。
「『また父に絵を描いて欲しい』という夢を、私は聞いた。だから友人の願いは、叶えたい。」
「なん…………は……?」
震えた指で、男は差し出された写真を取る。
「紫の……桜。昔の夢……。僕は、全て諦めたのに…………あの子だけが……僕の娘だけが、僕を……諦めてなかったのか…。」
男はその写真を抱え込んだまま、その場にうずくまってしまった。そして、その後に続いたのは言葉にならないほどの悲鳴。あらゆる感情がごった返した、悲痛な泣き声。
この記憶を、私は一生忘れない。
「桜、散りゆく」
かつて桜の絵を描くことで名を馳せた絵師が、自殺した。その傍らに残された彼の遺作。荘厳に咲き誇る紫の桜と、その前に立つ少女の姿。振り返る彼女の顔面には、目や鼻、口と言ったパーツが描かれていなかった。絵画の裏にはこの絵の題名と、掠れた文字で「君の顔を、もっと見ていれば良かった」とだけ、綴られている。