ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
一人の男がいた。絵描きの男が。その者は桜の絵を得意とし、その優美で荘厳な絵から界隈でもある程度の知名度を持っていた。
「星見家から、絵描きの依頼ですか?僕に?」
時に、男には娘がいた。この当時は七歳かその程度の、育ち盛りの娘が。娘は、食卓から少し離れたところで「はい、はい」と何度もスマートフォン越しの客へと、見えもしないのに頭を下げる父の姿を不思議そうに見つめていた。
「……まさか、あの星見家に絵を描きに行くことになるとはね。」
そんな事を言いながら、家族同様に食卓へ腰を据える父。そんな彼に「絵を描くの!?」と、少女は期待の眼差しを向けた。要は私も連れていけという意思表示なのだが、そんな彼女を母親は静止する。
「お父さんはお仕事に行くのよ。ハルはお家でお留守番。」
「えー、やだ。一緒に行きたい。」
ハルと呼ばれた少女は、口を尖らせて言う。彼女の頭の中は、今「星見家」というものへの好奇心に満ちていた。少し前テレビで聞いた事のある名前だ。どうしてもついて行きたい、だから少女はささやかな嘘を吐く。
「だってお父さんの絵、見たいんだもん!」
嘘、というのは少し語弊があるかもしれない。半分ホントで、半分嘘。彼女は父の絵が本当に好きだったし、それはそれとして星見家の人に会いたいという打算もある。
「駄目なモノはだーめ。ほら、お父さん困っちゃうでしょ。」
「ヤーだ!絶対ついてく!」
「困ったわね。いつもはこんな事言わないのに。」
少女の母は頭を抱えた。仕事に子供を連れていくというのは、それだけでリスキーなことだ。それを知っているからこそ、隣に座る夫へ困ったように眼差しを向けた。それに答えるように、彼は少し躊躇いながらも口を開いた。
「う〜ん、お願いしてみようか。お客様に。」
「大丈夫?迷惑にならないかしら?」
「あのような有名な家の人と関わるのもいい機会だろうし、掛け合うだけ掛け合ってみるよ。無理だった時は……まぁ、このお姫様にどうにか納得してもらうしかないけどね。」
「ふふ、どちらにせよ大変ね。」
「あぁ、後者だった場合は君も協力してくれよ。」
男はバツの悪そうな笑みでそんなことを言う。彼の妻はやれやれと言わんばかりのため息を吐いたが、その雰囲気には何処か和やかな幸せが含まれていた。
そして数日が経ち、絵描きの男は星見家の屋敷の長い廊下を案内されていた。彼の右手には、キラキラと輝く目をあっちこっちに向ける少女が引かれている。
「いいか、ハル。あまり失礼が無いようにな。後、挨拶はしっかりするんだぞ。」
「うん、分かった!」
眩しい笑顔で答える。そんな彼女は彼女なりに自信に溢れていたが当の父親はと言うと、不安ばかりが胸に揺らいでいた。
「こちらです。」
案内をしてくれた使用人が、襖を開く。すると奥には畳の敷き詰められた大きな和室が広がっていた。そこから左側には、開けた中庭があった。縁側に池、その傍にある桜の木。いかにもその類の屋敷につきものの、美麗な風景の庭である。その縁側に座る一人のキツネのシリオンが、振り返って男の姿を捉えた。
「貴方が、件の絵描き様ですね。」
男は以来の際に電話越しに聞いた名前を確認すると、「えぇ、その通りです。」と答える。つまるところ、彼女が今回の依頼人かと男は理解した。そして自身の名前を名乗り深々と頭を下げる。
「本日はよろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそ。ではそちらの可愛らしい女の子は、先日の…………」
無理やり父の仕事についてきた少女は、先程廊下で言われたことを思い出した。「挨拶はしっかりする」、その指示を実行しようと前に見を乗り出す。
「ハルです!よろしくおねがいします!」
「あら、元気な子ですね。こちらこそ、よろしくお願いします。」
微笑みながら、互いにお辞儀をする。少女はキツネのシリオンの揺れる耳に夢中だったが、それを相手方が知ることは無い。その時、庭の方から畳に上がってくる一人がいた。
ハルよりも一回り程小さい女の子が、不思議そうにハルを見つめてやってくる。二人の少女は向かい合って、互いに首を傾げながら見つめあった。
「えっと、あなたは?」
「星見雅。」
「へぇ、雅ちゃんか。よろしくね!」
ハルはそう言って雅へと手を差し伸べる。その手をとって、雅はフッと笑った。
「うん、よろしく。」
ハルは雅の答えに満面の笑みで返した。すると、その二人のやり取りを見ていた雅の母親が告げる。
「二人とも、お庭で遊んできてはどうです?せっかく新しいお友達ができたのですから。」
その言葉を聞いて、ハルはそのまま雅の手を引いて庭へと走っていった。引っ張られるように雅も後をついて行く。その後ろ姿を見届けて、ハルの父はカンバスを取り出し縁側に腰を据えた。
「さて、それでは僕も取りかかるとしましょう。えっと……描いてほしい風景などはありますか?」
「そうですね。この庭をお願いします。桜と、池と子供たち。それらをどうか絵にしてください。」
「承知しました。では、完成までお待ちください。」
絵描きの男が筆を持つ。彼の絵は、単純な風景がではなかった。彼の描く絵は風景ではなく、思い出を形にする。大切な思い出を風景に滲ませて、その曖昧さを絵として凍らせカンバスに閉じ込める。その絵の一筆目を、真っ直ぐと白に描き足した。
「あはは!雅ちゃん、待て待て〜!」
「鬼ごっこの修行も、なかなか悪くない。」
庭を駆け回る少女が二人。桜の花弁が散る中を、二人でグルグルと走り回る。暫くして、ハルの方の体力が尽きた。上がる息を整える為に、池の側へと腰をつく。
「雅ちゃん速いよ〜。私疲れた〜。」
「日々の修行の成果だ。」
「へぇ、修行なんてすごいねぇ。」
ハルの言葉に、雅は鼻を鳴らして「もちろん」と答えた。いわゆるドヤ顔というやつだが、その可愛らしいさにハルも思わず笑えてくる。少し目を移すと、縁側では父親が絵を描いているのが見える。ふと、ハルは思ったことをそのまま口にする。
「ね、雅ちゃんは将来の夢とかある?」
突然そんな事を聞かれて、雅は戸惑ったように首を傾げる。しかし、暫くして意図を読み取ったのかハルの質問に対し頷く形で答えることとなった。
「そうなの!?どうな夢?」
身を乗り出して話に食いつくハル。雅はそんな彼女へ、胸を張って己の夢を語る。
「私の夢は当主様たちみたいに、立派な英雄になること!」
「えいゆう?何、それ。」
「弱い人を守るヒーローのことを、そう言う。」
「へぇ!ヒーローかぁ!凄い!悪い人をやっつけるんだね!」
「いや、そうではない。英雄は守る者であると、そう母様に教えられた。だから、私は守るために英雄になる。」
「それって、悪い人をやっつけるのと何が違うの?」
「それはっ…………私にも、分からない…………。」
少女達は英雄について頭を悩まして、両者それぞれの案を出しあいはしたが結局納得できるような結論は得られなかった。最終的に、「大人の言うことは難しい」ということで話は幕を閉じる。そして、今度はハルが自分の夢を語る番だ。
「私はね、絵描きになりたいんだ!」
「それは、お前の父様のように?」
「うん!後で雅ちゃんにも見せてあげるね!お父さんの絵、とっても綺麗なんだ!」
「そうか。それは是非とも見たいものだ。」
「絶対驚くと思うよ!それでね、私はお父さんの絵が大好きなんだ。だから、私もお父さんみたいな絵が描ける絵師になりたいの!」
「いい夢だ。お互い、頑張ろう。」
「うん、ぜったい叶えてみせよ!約束だよ!」
指切りげんまん、二人の小指が結ばれる。それから、二人は日が暮れるまで遊んでいた。雅の修行に付き合わされた結果、ハルの体力が完全に底をつくまで持っていかれることになった。
「雅ちゃんの修行って…………ハァ、大変だねぇ……」
「もちろん、修行だからな。」
絵描きを目指す少女は英雄になることの大変さをその身で痛感する。その頃、既に空は赤色に染まっていた。彼女たちが来たのは朝なので、ハル達はもう一日中ここに居ることになる。その時、縁側の方から声がかかった。
「おーい、二人とも絵が完成したぞ。」
その声を聞いて、雅がそっちの方へと走っていった。その後をフラフラとハルが追う。父は、そんな彼女の姿を心配しない訳にはいかなかった。
「ハル、大丈夫か?」
「……ぜんぜん、だいじょうぶ。平気。」
とてもそうは見えないが、本人が強がれている内は大丈夫だろうと男は納得する。そして、子供たち二人ともうひとりの客へと完成品の絵を見せた。それも、二枚。
片方は、桜の樹の下で二人の子供が走り回っている絵。もう片方は桜の傍に腰をかけて、二人で話をしている子供の絵だった。
「まさか、これだけの時間で二つも絵を書き上げてしまうとは思いませんでした。」
「一応、僕は絵を描く早さも売りにしていましてね。」
傍で絵を仕上げる過程を見てきた雅の母は、驚きを隠せないといった様子である。続けて、彼女は言葉を紡ぐ。
「元々雅の部屋に飾るための絵でしたが、二人の様子をみていたらハルさんにも絵が無いと可哀想だと思ったものですから。」
「…………だとしても、わざわざ僕の娘のために貴方がお金を払う必要は無いんですよ?やはり、片方は私が自腹で……。」
「いえ、お気になさらないでくださいな。わざわざここで描いてもらったのですから、その分はきっちりお支払いいたします。」
「そこまで言うのでしたら、ご好意に甘えさせていただきます。」
そんなやり取りが大人二人の間で繰り広げられている。それを子供二人はポカンと口を開けて見つめていた。「やっぱり大人の言うことは難しい」と、二人は顔を見合せて思う。それから、彼女達の前に二枚の絵が差し出された。
「二人とも、どっちが欲しいとかあるか?」
絵描きは二人の客へと尋ねる。ハルの「せーの」の合図で指を指すと、その先は見事に別れた。ハルは話し合う少女達の絵を、雅は走り回る少女達の絵を選んだのだ。
「綺麗に意見が割れたな。まぁ、そっちの方が争いもなくていいのだけれども。」
小さなお客様達に、絵画が送られる。二人は並べられた絵画を交互に見た。雅が目を丸くしている。
「本当に……綺麗。」
「ふふん、でしょ!凄いでしょ!」
何故か自慢げなハル。そんな彼女を見て、雅はクスりと笑みを零す。
これは、誰の記憶にも残っていない昔の話。虚狩り・星見雅に憧れた彼女も、そして星見雅本人でさえ覚えていなかった幸せな思い出の記憶。
「課長、課長宛にお荷物が届いていますよ。」
対ホロウ6課のオフィス。今日もまた、この妙に背の高い机で私は修行へと臨む。幾度も重ねた「ネコと戯れる修行」。これだけ積み重なると、この獣の攻撃を指一つでいなせるようになってくる。その様子を見て、柳は深くため息を吐いた。
「また"修行"ですか?」
「あぁ、修行は極めるまで終わらない。いまやっているこれとて、同じことだ。」
私はふと窓の外に目をやる。外にある桜の木には、まだ疎らに花弁が残っていた。少し前までは満開だったのに、今ではすっかりとその様相を失ってしまっている。春の終わりが来た証拠だ。
星見雅は思い出す。あの事件のことを。友を失ったあの日、そして彼女の父親の姿。少し前に、彼は自宅で首を吊って亡くなっているのが確認された。結局のところ、私は何も守れなかったのだ。
…………なにか、私にできたことはあっただろうか。どうすればよかったろうか。無駄だとわかっているはずなのに、そんな事を何度も考えてしまう。
「……か……ち……長、課長?大丈夫ですか?」
突然、目の前に柳がいた事を思い出す。過去に思いを馳せるのに夢中で、柳が来ていたことをわすれてしまっていた。
「すまない。すこし気を遠くにやっていた。あぁ、私への荷物だったか?」
「はい。しかし差出人が示されておらず、検閲したところ中に一通の手紙と絵が入っていました。とりあえず手紙を渡しておきますね。絵画に関しては、今浅羽隊員に運ばせていますので。」
そうして、私は柳から貰った手紙を見てみる。ぐちゃぐちゃに萎れているが、柳曰く「届いた時からそうだった」とのことだ。その封を開くと、中からこれまた萎れた紙が出てくる。そこにはこう記されていた。
『これは君が持っている方がいい。家に残っていた、あの子の遺品だ。』
遺品、と言うと思い当たるのは一つだけだった。そんな時、オフィスに悠真がやってくる。
「あの〜、副課長?力だけなら僕より蒼角ちゃんの方が上だと思うんですけど〜。」
「あら、浅羽隊員。蒼角は既に今回倉庫整理の業務を手伝ってくれましたよ?何もしていないのは貴方だけです。」
「でも確かに僕は病欠の申請書を提出しましたよね?それがなんで仕事をする羽目に……。」
「提出された申請書について浅羽隊員の担当医に尋ねたところ、『今は病欠にする程は悪化してない』との返答が得られましたので。」
「いつのまに僕の担当医を突き止めたんです!?」
いつものやり取りをする悠真の腕に抱えられた絵画、それは二人の少女が桜の傍に腰をかけて、話をしている絵だった。私の中に埋もれていた記憶が、一気に掘り起こされる。
「………………ハル。」
自然とその名前が口から零れ出る。一度だけ会った、私の友人。その時に貰い、分け合った二つの絵。私の持つものは旧都陥落の際に焼け朽ちてしまった。
「そうか、お前だったのか。」
………………そうか。
………………………………そうか。
私は、友人を二度殺したのか。一度は記憶、二度はその人を。そして私は思い出を残した絵画すら、焼き消してしまった。しかしお前はずっと、ずっと持っていてくれたんだな。
「課長?どうかしましたか?」
柳が私の顔を覗いていうが、少しして察したように目を逸らした。感謝しなければならない、こんな顔……誰にも見られたくないから。
「悠真、その絵は壁に飾っておいてくれ。」
「あ、はい。というか課長……なんだか……」
「浅羽隊員、業務に戻ってください。」
そうして柳に首根っこを掴まれて、悠真は仕事に戻される。そんな二人の横を私は足速に抜けた。今は……行くべき場所がある。
立ち並ぶ墓石、その一つに彼女の名前が刻まれている。私はその前に立っていた。言うべきは謝罪か、それとも許しを乞うことか。いいや、違うな。そんな言葉をきっと彼女は欲しがらない。そんなことを考えている私は、身勝手なのだろう。私は小指を彼女の墓へと突き出して、口を開く。
「今になってようやく、あの頃した約束を思い出した。」
あの時は「悪を裁く英雄」と「守るための英雄」の違いが分からなかったが、今ならばハッキリと分かる。
「もう、忘れない。私は"英雄"になってみせる。だからどうか、見ていてくれ。お前との約束を叶える、その時まで。」
それだけ言って、私は踵を返した。そうして、この場を後に……
『期待してるよ。』
風が吹き抜ける。数枚の桜の花びらがひらりと私の横を通り抜けた。声が聞こえた気がして、振り返る。そこにあるのは墓石と、その上に乗った一枚の花弁だけだった。
もうすぐ、季節が変わる。桜が散り、春が過ぎゆく。