ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
私たちには名前が無い。家もない、親もいない。それが私たち。ファヌス区に捨てられ身元を無くし、子供だけで生きている。辛いことも多いけれど、自分なりに楽しい生き方ができているんじゃないかなって、そう思ってる。
「ね、見て。ロウソクちゃん。これ拾ったんだ。」
同じ浮浪児の友達が、そんなことを言った少しひしゃげたクシを見せつけてきた。名前を持たない私たちにとっては、互いの認識はあだ名の元に行われる。
私の名前はロウソクちゃん。夜の暗闇の中だと皆より目が悪くなっちゃうから、いつも蝋燭を持つ係を担当していたらそんな名前がついた。そして、クシを持つ彼女の渾名はハンター。フラッと消えては、色んな宝物を見つけてくるから、「トレジャーハンター」から取って「ハンター」。
「ふふん、これでロウソクちゃんの髪の毛綺麗にしてあげる。安心して、ちゃんと水で洗ってきたから!」
「え〜、ちゃんと洗えてるの〜?」
「洗えてるよ!私、水洗いもできないと思われてるの!?」
「ひひっ、冗談冗談。」
私たちは海辺にある洞窟を寝ぐらとして暮らしていた。市街地でホームレスとして暮らしていると、大人たちに追い出されるしね。みんなは洞窟の外で話してるみたいだから、今ここにいるのは二人だけ。夜の闇の中、私が持つロウソクの日だけが光源として、私たち二人の間を受け持ってくれている。
「それじゃ、お願いしちゃおっかな。」
そう言って、私は適当な椅子に腰掛けた。"椅子"と言っても、ただのプラスチックの箱だけれど。これもハンターが取ってきたものだ。
「よーし、頑張っちゃうよ!」
ハンターは優しく私の髪に、クシを通す。しかし暫くもしない内に、ギシギシの髪と曲がったクシが相まって、髪が絡まってしまった。髪の毛を引っ張られる痛みに襲われ、私は思わず小さく悲鳴をあげる。
「ごめん!強く引っ張りすぎた!?」
「…………私たち、あんまりお風呂とか入れないもんね。仕方ないよ。」
そう言って、髪の毛からクシを引き抜いて彼女に返す。彼女は申し訳なさそうにそれを懐に直した。
「ごめんね。次お風呂入れた時にやろっか。」
「うん、お願い。」
微妙な空気、少し気まずいその中で私たちはどちらから言葉を発するでもなくただそばに居た。ゆらゆらと揺れるロウソクの火が、洞窟のぬてらとした壁を照らしている。それからどれくらいだろう、長かった気もするし、短かった気もする。まぁ定かでない時間の果てに、おもむろにハンターは口を開いた。
「ね、ロウソクちゃん。フィブリンって知ってる?」
「んーん?何それ?」
「この前拾った本に書いてたんだ。血小板を絡めとって、傷口に固定してくれるタンパク質って。」
私には彼女が何を言っているのかよく分からなかった。難しい言葉の羅列、右から左に言葉が流れていって、それを私の頭はキャッチできずにリリースしてしまう。だから私は、なんとなく困ったような表情をして頷いた。
「まぁともかく、傷を治してくれるネットってことだよ!多分ね!」
「ハンターも曖昧じゃん。」
「…………そうだけどさ〜、なんかロウソクちゃんに言われるとムカつく。ていうか、私が言いたいのはそんな事じゃないの!」
後ろからハンターが抱きついて来た。人体特有のしっとりとした温もりが私の肌を通して伝わってくる。その時、この場は妙に静かだった。洞窟の天井から滴る水滴の音すら消えていた。それ故に、耳元で囁く彼女の声がまるで空間から切り離されたみたいに私の鼓膜をまっすぐ揺らしたのだ。
「私たちの関係ってさ……フィブリンみたいじゃないかな。私たちは互いに傷物で、その傷を舐め合う為に一緒にいる。傷を治す為に、絡まって、集まってる。だから、フィブリン。」
同時に、ハンターの抱きつく力が一層強くなった。
「ね、ずっと一緒にいようね。ロウソクちゃんの傷は私が舐めるから、私の傷をロウソクちゃんが舐めて。私たちの間にあるこのドロドロの糸みたいな関係を、ずっと続けていこう?ね、約束。」
彼女の声は震えていた。私と二人になった時、たまにこの子はこういう感じに凄くネガティブになることがある。独りになるのが怖いのだ。それは痛いほど分かる。だって私も同じだから。
「うん、約束。私たちはずっと一緒だよ。」
「えへへ、ロウソクちゃん。大好き。」
「また甘えん坊モードかなぁ?ハンターもまだまだ子供だねぇ。」
こんな日常がずっと続けばいいのにってそう思ってた。決していつも幸せではないけれど、皆と過ごす時間はかけがえのないもので、その存在が私自身を肯定するから。
私の視界が曖昧になる。おかしいな、ここは洞窟なのに太陽の光が指している。…………あぁ、そうか。
これ、夢だ。
ボヤけた目を擦る。凝り固まった身体を伸ばして、カーテンの隙間から指す光に目を瞑った。
「眠…………」
思わずそんなことを口走る。とはいえ、二度寝をする訳にはいかない。そんなことしたら確定で学校に遅刻するし、兄弟の朝の支度を手伝ってやらないといけない。
「懐かしい夢、だったなぁ。」
まだ朧気に覚えているその記憶を振り返り、私はそんなことを零した。あの後、私は研究員に捕まってモルモットにされたあの日から、私はハンターに会えてはいない。今どうしているだろう。彼女も、あの研究員たちに捕まってしまったのだろうか。
「あ〜、ごちゃごちゃ考えても仕方ない!過去は過去、今はあの子たちを学校に遅刻させないようにするのが先!」
自分にそう言い聞かせて、私はベッドから飛び起きる。また、いつもの一日が始まった。
放課後。私はアリスと共に、怪談話の調査……もとい、最近話題のスイーツ店へと足を運んでいた。甲高い音を鳴らして降りる踏切の前で、私は隣に立つ友人に今回の調査内容を説明する。
「だ・か・ら、今回は噂のスイーツ店に出没するというケーキオバケについて調べようってワケ!噂によると、出会うと超絶カロリー爆弾のケーキを食べさせられるんだとか!」
「それは、別の意味でおそろしいのだわ……」
他愛もない会話。私たちは二人で笑い合いながら、下らないことを話す。その瞬間が、私にとっては酷く幸せだった。幸福の度に現れる心臓につっかえるような僅かな痛みさへを、忘れさせてしまう程に。
電車が通って、視界が晴れる。踏切が再び甲高い音を立てて道を開いた。そして私たちは目的地へと歩き出した。同時に、奥からこちら側に一人の少女が歩いてくる。
なんてことは無い。きっと彼女も踏切が上がるのを待っていただけの一般人だ。紛うことなき他人だ。なのにどうしてか、不思議と視線が奪われる。そんな違和感を抱えながらも、私はそんな彼女とすれ違った。
その瞬間は、恐ろしい程に静かだった。踏切の音は止み、隣のアリスは口を開かない。さっきまで遠くに聞こえていたはずの車の走る音すら、その時は一切聞こえなかった。だからその声は、余りにも真っ直ぐと私の鼓膜を揺らすのだ。
「ロウソクちゃん……?」
いつかより凄く大人っぽくなったその声が、いつかの私の名前を呼んだ。思わず振り返ると、目を見開いてこちらを見る彼女と視線がぶつかった。私は、彼女を知っている。
「…………もしかして、ハンター?」
その名前を呼ぶと、彼女は辛そうに目を細めた。必死にこらえたのだろうけど、それでも彼女から涙が溢れてくる。彼女は嬉しそうに、でも苦しそうに笑って、震えた声で口を開いた。
「本当にっ、久しぶりだね……。」