ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
「はい…切り傷に痣、それと火傷が……」
包丁が奏でる軽快なリズムが耳に届いて、私は瞼を開く。ここは……そうか、お姉さんの家。私は寝起きの重い体を、ゆっくりと起こした。
「あ、今起きました。はい、よろしくお願いします。」
お姉さんがスマートフォンをズボンのポケットへと入れる。通話相手と何を話していたのかは、寝ぼけていてよく分からなかった。フライパンの上で弄ばれる赤いお米達の姿がチラリと見えて、柔らかないい匂いが鼻を擽る。
「お姉しゃん……何してるの……?」
私はろくに回らない呂律と共に、ソファーから立ち上がる。近くに寄ると、キッチンの上には2つの大きなお皿があった。その傍らで、お姉さんは何かを作っている。
「おはようございます。今晩御飯を作っていますから、もう少しだけ待っていてください。えっと……後は卵と……」
見たところ、どうやらオムライスを作っているらしい。なるほど、それなら私は邪魔だろう。そう思って一度ソファーの上へと戻った。ふと、時計を確認してみる。寝る前に見た時よりも、短い針が数字一つ分だけ回っていた。
私がしばらく時計の針を見つめながら暇を潰していると、お姉さんが奥から2つのお皿を手にキッチンから出てきた。机の上にそれらを置いて、私に語りかける。
「久しぶりに作ったのであまり味の保証は出来ませんけれど、一緒に食べませんか?」
「……食べる。」
私はソファーから立ち上がって、オムライスが置かれた机に、お姉さんと向かい合うような形で腰を降ろす。目の前にあるのは綺麗なオムライス。コンビニの弁当とか、駄菓子なんかよりもよっぽど美味しそうな。
「いただきます……。」
私はスプーンを取って、軽くオムライスの表面へと押し付ける。ふわふわの卵にスルリとスプーンは入り、そのまま下のチキンライスごと上へと掬い上げた。
スプーンの上には小さなもうひとつのオムライスが作り上げられ、そのミニチュアを私は口の中へと放り込む。そんな私を、お姉さんはジッと見つめていた。
ケチャップの匂いが鼻を抜け、卵の優しい味が口に広がる。鶏肉と玉ねぎ、あとウインナーがオムライスの風味に深みを出していた。そしてその直後、これらを全て破壊するような強烈な味が私を襲う。
「……お姉さん。」
「はい。」
お姉さんは、緊張した面持ちで私の感想を待っていた。悲しいかな、私はそんな彼女に厳しい現実を突きつけることとなる。
「これ、塩と砂糖間違えてる。」
「……へ?いえ、そんな筈は……」
そう言ってお姉さんは半信半疑と言った感じに自分のオムライスを口に入れてみた。その後、かなり渋い顔をしながらスプーンをゆっくりと机に置く。
「すみません……。」
「お姉さんっておっちょこちょいなの?」
「……すみません。」
塩と砂糖以外完璧なのに、勿体ないな。本当に勿体ない。
私はもう一口、甘ったるいオムライスを口へと運んだ。到底オムライスとは思えない甘味が舌を殴る。でも一口、またもう一口。
「あの、無理して食べないでください。もう一度作り直しますから……。」
「別に無理してないよ。」
コンビニ飯の方がよっぽど美味しいし、あえて食べるようなものでは絶対無かった。実際、美味しいとは思えない。でも何故か、オムライスを食べ進める手は止まるところを知らない。
段々と、視界が歪んでくる。そうしてやがて4分の1くらい欠けたオムライスの上に、1つの雫が落ちた。1つ、またもう1つと、こちらも私の手のように留まることが出来ない。
「……ッ!大丈夫!?まさか不味過ぎて……!?」
「違う。」
「えっ……えぇ……お、美味しいの……?」
「すごく不味い。」
「えぇ…」
泣きながらもひたすらに口にオムライスを掻き込み続ける私に、お姉さんは心底困惑した様子で対応していた。どうするべきか分からなくて、アタフタとしている。
「と、とりあえずティシュを……」
「いらない。」
「じゃあ食べるのを辞めて……」
「いや。」
「えぇ……?」
お姉さんもお手上げのようだが、私にも分からない。不味い、本当に不味いのに、このオムライスは今まで食べてきたどんな食べ物よりも私に感動をあたえていた。
「なんで、分かんないのに、不味いのに……」
結局私は泣きながらオムライスを完食する。若干胸焼けも起こしていた気がするが、涙のせいでそんなことどうでもよかった。
「……落ち着きましたか?」
「うん、ありがと。」
お姉さんが持ってきてくれたティッシュが丸まって山積みになった頃に、私の涙はようやく治まった。
「えっと……なんで急に泣いてしまったのか聞いても?」
「いいけど、私にもはっきり分からないって言うのが答えだよ。ただ、誰かの手料理なんて初めて食べたから……多分それが嬉しかったんだと思う。」
私は自分の腫れた涙袋に指を沿わせて、うつ伏せながら曖昧な答えをお姉さんに返した。
「ねぇ、お姉さん。」
「はい、なんでしょうか。」
「聞かないの?私の事……」
全身の傷もある。心も不安定。治安官の仕事をしているという彼女の言葉が本当なら、職業柄私のことに口出しせずにはいられないはずだと思った。
別に聞いて欲しいわけじゃない、というかむしろ聞かないで欲しい。でもお姉さんの家でお風呂に夕飯を提供してもらい、加えて泣きじゃくる私の介護もしてもらったのだ。何を聞かれても、答えなければ筋が通らない。
「話したくはないんですよね?」
「それは……そうだけど……」
「それなら、無理に聞こうとは思いません。人には人の事情がありますから。でも……そうですね、これだけは覚えておいてください。」
そう言ってお姉さんは、私の両手をギュッと握る。うつ伏せの視界を彼女の方にやると、お姉さんの真摯で綺麗な瞳と目が合った。
「もし貴方が私に助けを求めてくれれば、私は……私達治安官は全力で貴方の味方になります。貴方がどんな所にいても助けに行きます。だから絶対にひとりで抱え込まないで……ただそれだけは、お願いします。」
私にはとある願いがあった。ゴミクズ以下のお父さんの横で息をするという地獄の中、私を今日まで生かしてきていた「願望」があった。もしお姉さんの言う通りに全てを打ち明ければ、絶対この願いは叶わぬものとなるだろう。
それを捨てて楽になるなんて、ありえないことだ。私はどうしてもその願望を叶えなければならない。そう頭では思っていたのに、私の口はそれに反した動きをした。
「私は、私のお父さんは……!」
Prrrrrrr……Prrrrrr……
電話のコール音が私の声を遮る。その拍子に、滑りそうになった私の口はすんでのところでその言葉を飲み込む。お姉さんはズボンのポケットからスマホを取り出し、コール音が切れる前に電話に出る。
「はい、はい……えぇ今は保護しています……」
通話相手の声は分からないが、十中八九治安官だろう。保護しているというのはきっと私のことだ。そんな予想をしていると、お姉さんが突然驚きの声を上げた。
「この子の保護者が治安局に……!?分かりました!直ぐに向かいます!」
それは、あのクソ親が私を探しているという報告。地獄への招待状が再び私の元へ届いたという合図であった。
PVを見返してて、朱鳶さんが子供に対してはタメ口なことに気がつきました。前話に強い違和感を感じた人はごめんなさい。