ゼンゼロのキャラを曇らせたくなった時に書くやつ 作:豚足と豚骨の化身
ひとつ足音が響いた。廊下を間接照明が灯し、薄暗く影を落とし込む。長い廊下の先、あるのは古ぼけた扉。手をけると、叫び声のような軋みと共に扉は開いた。
そこに現れるのは、よく言えば味のある、悪く言えば古臭いカウンター。ここはルミナススクエアにある人気の少ないバー。今日はここでとある女と待ち合わせをしている。
「……いた。」
探すまでもなく、目的の人物は見つかった。まぁ俺以外に1人しか客が居ないのだから当たり前である。カウンターの前に立ち並ぶ丸 椅子のひとつに座り、背を向けるその女は、俺の声に気がついてくるりと振り返った。
「2分遅刻ね。お詫びに何か奢って?」
「ご自由に。」
「そう、それじゃあいちばん高いやつにするわ。」
そう言ってイタズラに笑う女の横へ、腰をかける。コイツはジェーン・ドゥ。俺の仕事仲間だ。艶やかな髪と引き締まった身体、魅惑的な目、掴みどころの無い性格。頭からつま先までいい女。
「仕事は終わったの?まだならアタイが手伝ってあげるけど。」
「その必要はねぇさ。命令されたことは終わらしてある。」
「それじゃあこれを飲んだらさっさと帰りましょう。運転はよろしくね。」
ジェーンの視線の先で、カクテルが注がれる。少し青みがかったそれは、ライトの光を通して宝石のように輝いていた。彼女がこれを味わい切るには、もう暫く時間がかかるだろう。その間に用でも済まそうと思って立ち上がり、俺はトイレへと向かった。
一連の事を済ませ、洗面台で手を洗う。ふと鏡を見ると、そこにはオオカミが映っていた。傷だらけの、オオカミのシリオン。口から耳までを伝う傷跡、欠けた耳、潰れた右目と、それを覆う火傷の跡。酷く醜いそれは、俺を凝視して不快そうに顔を顰めていた。
「…いつ見てもうんざりする顔だ。」
「そう?アタイは結構良いと思うけど。」
落胆する俺の背後から、突然声が聞こえる。鏡越しに映るのは、ふわりとしたネズミの耳。驚いて振り返ると、案の定見知った顔がそこにはあった。
「ジェーン?なんだ酔って自分の性別すら分からなくなったか?」
そう、ここは男子トイレだ。少なくとも女が立ち入る場所じゃない。そんな困惑は気にも留めず、ジェーンは俺をトイレの個室へと押し込んで、器用にしっぽで鍵をかける。
人が二人入るには窮屈過ぎるその中で、目と鼻の先にいるネズミに意図を問い詰めようと口を開くと、言葉を発する前に「シーッ」と、彼女から静止がかかった。
そして返事の代わりと言わんばかりに、ジェーンは俺の眼前へ自身のスマホの画面を突き出して、耳元で誰にも聞こえないように囁く。
「ボスから招集よ。今すぐ指定の場所へ来いって……」
その言葉の通り、目の前のスマホには端的ないくつかのメッセージと簡単な位置情報が送られていた。なるほど、確かにこれはカウンター席で堂々と話すことでもない。
「全く、時間外労働もいいとこだぞ。先に車に行ってろよジェーン。金は払っとくからさ。」
「りょーかい。それじゃあ後はよろしくね。」
カチャリと鍵を開け、ジェーンは何事も無かったかのように堂々と男子トイレから去っていった。そんな彼女の尻尾には、いつの間にか俺のポケットから取り出されていた車のキーがある。
「ほんと器用だなぁ……あいつ。」
感心。その一言に尽きる。相手に全く気づかれずに物を奪う手先と、誰にも付け入る隙を与えない話術。半年ほど前に組織に入ったと思えば、トントン拍子で幹部にまで上り詰めていた。
あれだけのスキルを一体何処で培ったのやら、俺にも教えて欲しいくらいである。そんなことを考えながら、ジェーンの後を追ってこの場を後にする。
外に出ると、冷たい空気が気管を通り肺に満たされていくのが分かった。首元を通り過ぎていく風に、思わず身震いをする。
「ひぃ、寒……」
もう季節は冬。そろそろクリスマスも近くなってきた。急激に冷えた指先を、ポケットの中に突っ込んで即席で温める。そんな風にモタモタしていると、駐車場からクラクションの音が聞こえた。
見ると、俺の車の助手席から運転席に身を乗り出して、わざわざクラクションを鳴らしているジェーンの姿がある。どうやら急かされているようだ。まぁ、さっさとボスの所へ行かなきゃいけないのだから当たり前だが。
「悪い。ちょっと遅くなった。」
運転席に乗り込んで、助手席に座るジェーンに平謝りする。彼女は「早く出して」と、不満げに言いながら、まだ暖まりきらない暖房の前で手を擦っていた。
言われた通りに、俺は車を走らせる。走り出してしまえば、時期に車内も暖かくなるはずだ。そうすれば、横で忙しなく摩擦熱を起こしている彼女の様子も落ち着くことだろう。
「なぁ、ジェーン。」
「ん?なあに?」
「タバコ吸ってもいいか。」
「だめ。ニオイはキツイし、換気しようと窓を開けたらまた寒くなるでしょ。」
「チッ、ケチなやつ。」
片手で運転をしながら、胸ポケットにある小さな箱へと手を伸ばす。そうして、その中から一本を取り出して、ジェーンへと差し出した。
「なに?あたいは吸わないわよ。」
「それは分かってる。火はつけなくていいから、とりあえず口が寂しいんだよ。」
「あぁ、そういうこと……。」
何かを察したように、ジェーンはタバコを一本取って俺の口元まで持ってくる。俺は箱を再び胸ポケットに直し、目の前のそれを口にくわえた。
「それ、意味あるの?」
「いいや、全く。ただ多少落ち着く。」
「そこまでしてタバコに縋る意味が分からないわ。」
「何かに依存しないとやってられないんだよ。クスリやるよりマシってことで許してくれ。」
目的地までは早かった。ポートエルピス周辺の港、その一角に位置した倉庫の中。ここは監視カメラもなく、ホロウがすぐ近くにあって人も寄り付かないから、俺たちのような犯罪者の溜まり場としてはうってつけなのだ。
「急ぎましょ。あんまり遅いとボスが怒るわよ。」
ジェーンに急かされて、俺は適当なところにクルマを停めて外に出る。それからおもむろにライターを取り出し、満を持してくわえたタバコに火をつけた。
肺を満たした化学物質まみれの煙を味わいながら、俺たちは倉庫の中へと入っていく。奥から聞こえる声を頼りに、月光しかない暗い道を歩くと、次第に人が見えてきた。数十人規模の犯罪者集団が、円を作って立っている。
どうやらここに来るのは俺たちが最後らしく、「遅いぞ」と言わんばかりに全員の視線がこちらに向く。それらの意志を代表して、円の中央に鎮座する女が仏頂面で口を開いた。
「遅いぞ、お前ら。」
「ごめんね、ボス。こっちのオオカミがタバコ吸いたいって聞かなくて。」
「はぁ…お前も程々にしとけよ。あまりジェーンを困らせるな。」
そんなことを言われても、ニコチンが体内に常駐してないと指先が震えるのだから仕方ない。俺の唯一の生きがいみたいなものだ。
「ボスも吸います?」
そう言って俺が放り投げたタバコの箱を、ボスは見事にキャッチした。確か、彼女も喫煙者と風の噂で聞いたことがあるような気がする。このまま叱られるくらいなら、是非ボスにも俺のオススメを宣伝しておこう。
「アタシは液タバコ派だ。紙を吸ってるやつの気がしれん。」
「連れませんね。手軽でいいですよ〜紙タバコ。」
「はぁ……まぁいい。暇ができた時にでも吸ってやる。」
そのまま、まだ十数本残っていたタバコは全てボスに徴収されてしまった。1本だけ取ったら返してもらうつもりだったのだが……後でまた買えばいいか。
「話がズレたな。本題に戻るぞ、皆よく聞け。」
パンっと手の叩き音がして、この場にいる全員が口をつぐんだ。一瞬にして、空気が数段重くなる。
「昨日、この場所の隣にあるホロウへ物資輸送に向かった奴らが行方不明になった。十中八九死んでるだろう。」
曰く今回招集は、そいつらが輸送し損ねた物資を回収するメンバーを決めることを目的としたものらしい。その物資とやらが何かは教えてくれなかったが、ここまで大規模な行動をとるあたり、相当大切なものであろうことは伺える。
ボスは、ホロウに入るメンバーを順番に口にしていった。戦闘員はジェーン、ボスを含む5名。物資運搬用の非戦闘員7名。そして、プロキシである俺……計13名で仕事を遂行するらしい。その他、実行メンバー以外はこの倉庫で待機とのこと。
「キャロットは出来上がり次第、チャットで全員に配信しろ。決行は明日の朝から、以上……解散。」
そのボスの言葉で、皆は散り散りになって倉庫を出ていく。先の言葉を信じるなら、俺はあと数時間でキャロットを完成させなければならないわけだ。
「全く、人使いが荒いなぁ。」
細かいところはリアルタイムで加筆修正するとして、大まかなルートは行方不明になった奴らが使用したキャロットを参照しながら構築しなければならない。
幸い、そのキャロットも俺が作ったものだからデータは持ってある。後は少々ホロウの状態を確認して、そこから明日の作戦用にマップを作り出す。
「なぁ、ジェーン。今日は他の奴らに送り返してもらってくれないか。キャロットを作るための情報収集がいるんでな。」
「ご生憎様、アタイは乗り物酔いが酷いタイプなの。あんなのに乗ってたら普通に吐くわ。」
そう言うジェーンの後ろでは有り得ない程の轟音をかき鳴らすバイクと、ドリフトでもしてるのかという程の挙動で公道へと飛び出していく車の姿があった。アイツらいつか死ぬだろ。
「なら手伝ってくれるのか?行きも帰りもタダ乗りってことはねぇだろ?」
「手伝う?アタイが?ふふっ、冗談……ホロウの地図作りはプロに任せるわ。アタイみたいな素人が介入して無茶苦茶にする方が問題でしょう?」
「あぁ、だから話し相手になってくれ。何せ地図を書いてるだけじゃ面白みに欠けるんでな。」
そんなこんなで、俺たちはキャロット作りを開始した。その時間実に4時間。ホロウがかなり特異な空間の動きを見せているせいで、予想の倍くらい長くなってしまった。腕時計を見ると、時間は既に1時を指している。もう今日は優に終わっているようだ。
まぁ、それ自体は問題ない。問題はそう、横にいるジェーンの方にある。
「ジェーン?大丈夫か〜?」
「ふぅぅ……まさか、ここまで長引くとは思ってもみなかったわ。こんなことなら、早く帰って置けばよかった。」
「あぁ、悪い。手伝えなんて言って本当に悪かった。だからもう少し耐えてくれ。」
ジェーンは、今半分意識を失いかけていた。最近疲れているとは言っていたような気がするが、まさか過労で意識が朦朧とするレベルにまで達しているとは。
キャロットのデータが入ったデバイスを脇に抱え、もう片方の腕でジェーンを支えようとする。その瞬間、彼女の身体はプツリと糸が切れたように倒れ込んだ。そうして、大層具合の悪そうな顔で何かうわ言をブツブツと呟いていた。
「店……長、ちゃ……セ……ス……」
何を言ってるのかは分からんが、とにかくヤバそうな事は分かる。俺はデバイスを急いで床に置き、ジェーンの身体を抱き上げて、急いで車へと向かった。
俺の車の後頭部座席。両手が塞がっているので、ノブに足を引っ掛けて乱暴に開く。クソ高い車にキズが付くのは否めないが、わざわざ腕の中にいる女を床に下ろすのもナンセンスだ。
だだっ広い座席。人を寝かせるには十分なスペース。そこに彼女をゆっくりと置いて、状態を確認しておく。
息はしている。顔色も悪くない。どうやら眠っているだけらしい。それを見てようやく、俺は安堵の息を吐いた。
「疲れて眠っただけか……心配させてくれるなよ。」
バッと勢いよくジェーンが起き上がる。困惑しているのか、文字通り目を丸くして俺のことをじっと見ていた。
「おはよう、ジェーン。昨日は無茶させて悪かったな。」
「アタイ……何して…………」
今は朝の8時。集合は10時なので、ちょうど指定の2時間前には起きれたということだ。あの後結局、俺はポートエルピスの駐車場にまで車を持って行き、そこで一晩明かすことになった。
終始困惑中のジェーンにも、昨晩の諸々の事情を説明する。そうして、予め買っておいたパンと水を彼女に手渡した。
「朝ごはんだ。風呂に入りたかったら今から銭湯にでも連れていくぞ。他に、何か欲しいものはあるか?」
「いいえ、構わないわ。今は……大して悪い気分でもないから。」
「そうは言っても心配だからな。頭痛薬はどうだ?喉飴は?酔い止め、湿布、煙草……何でもあるぞ。」
常に持ち歩いてるバッグの中から、手当り次第に役に立ちそうな物をだしていく。
「ホントに何でも出てくるわね……。一体どうなってるの?というか、タバコは辞めて。少なくとも病み上がりの人間に渡す物じゃないでしょ。」
「なんでだ!タバコは百薬の長だろ!」
「百害あって一利無しの間違いよ。」
そんな下らない話の中で、俺は自身のバッグまじまじと見返した。言われてみると、ちょっと色々な物を見境なしに入れすぎな気もする。
車のキー、拳銃、ナイフ、即効性の睡眠薬、パソコン、小型盗聴器、カメラ、財布、チョコレート、その他犯罪に使う道具が諸々……。さながらスパイセットである。
「整理整頓した方がいいって言いたいところだけど、アンタに限ってそれはしないでしょうね。」
「失礼な……気が向いたらやるさ。」
「1ヶ月前も同じこと言ってたわよ。」
10時を過ぎた。ジェーンを銭湯に連れてゆき、さっぱりとした後、急いで昨日の倉庫へと車をとばしてゆく。
「ジェーン、本当にいいのか?まだ寝てるべきだと思うぜ。」
「問題ないわ。アンタのおかげで随分回復したから。」
「お前なぁ、病み上がりってことを忘れんなよ。というか昨日の今日なんだから病み上がりと言えるかすら怪しいだろ。」
「はいはいお口チャック。お節介も行き過ぎると毒になるわよ。」
「……無理したら怒るぞ。」
「りょーかい。」
そして倉庫内部、見渡すとメンバーは既に全員集合。どうやら今日も俺たちが最後尾らしい。
「お前ら遅い……ってかアタシこれ、昨日も言ったな。」
「すいません。横のネズミが寝坊しまして。」
「次はジェーンか……。というかお前、またタバコ吸ってるじゃないか。そんなものを吸う余裕があったのか?」
そう言って、ボスは俺の口から黙々と昇る煙を指さした。
「いやぁ、こうしないとニコチン不足で手が震えちゃいまして。」
「ぶん殴るぞ。」
「すいませんでした許してください。」
勢いよく頭を下げると同時に、プッと口からタバコを吐き捨てて、靴裏で踏み潰して消化する。それを見て、心底呆れたようにため息をついた後、ボスは皆に向かって口を開いた。
「今回の作戦の概要は昨日話した通り、キャロットは皆が持つ端末に転送済みだ。ホロウに入らない者はここで待機をし、アタシ達の車の見張りをしろ。くれぐれもこの場所が見つからないようにしろよ。」
「「分かりました!!」」
ここで見張り役をする数十名が大きく声を張り上げる。それに対し、「デカイ声を出すな!誰かにバレたらどうする!」とボスは一喝し、咳払いをした後、話を再開した。ここでボスの方が声が大きかったと言ったら殺されるだろうか。
「行動班も昨日言った通りだ。臨機応変に対応しろよ。特にプロキシのお前は戦闘もできるんだ。上手く動け。」
俺に指を指して、そんな難題を課した。要するに彼女の言っている事はこうだ。「常に変化し続けるホロウの予想外な動きを記録しキャロットを修正しながら、エーテリアスを殲滅しろ。」
今回はメインの戦闘員の1人であるジェーンにあまり無理をさせられないため、その分こちらも行動する必要が大きくなる。そろそろプロキシワンマンの今の体制はどうにかすべきだと、常々思うばかりだ。
そうして、俺たちの作戦は開始した。結論から話そう。何の苦難もなく目的地にたどり着いた。エーテリアスも強い個体はおらず、ホロウも珍しく安定している。
びっくりする程順調。逆に怖くなってくる。とは言え、目的地にはたどり着いたわけだ。横たわる大型車、所々は焦げ、車体の中央を分かつように異様な大きさの切創があるのを見るに、トラキアン辺りに襲撃されたようだ。ボスは暫く車を調べた後、俺の方を振り返って問いを投げる。
「あたりにエーテリアスの反応は?」
「一切ありませんね。これをやったやつも遠くに行ってるでしょう。」
「そうか、なら全員物資運び出す準備をするぞ。」
その指示に従って、輸送班のメンバーが車の中からブツを運び出す。事は完璧に進行していると、そう思われた。空から飛来した何かに、輸送班の1人が気絶させられるまでは。
「明鏡止水、好機逸すべからず。ふむ、ようやくやぶ蛇の尻尾を掴んだといったところか。」
青緑の髪の……女?いや、知能構造体か。胸のバッチと服装、明らかな治安官。そんな彼女に追随するように白髪のシリオンと、重武装の女、そして大量の治安官が現れる。
「襲撃……だよな。」
パッとみて分かるのは、シリオン、知能構造体、重武装の3名が突出して強いということ。背後にいる十数名の治安官も実力は大した物ではないが、あの数をこちらの戦力で削りきるのは無理がある。
治安官の襲撃なんて想定外もいいところだ。どこから情報が漏れた?いや、今はそんなことを思考する余裕は無い。こんなことを考えている間にも、輸送班のメンバーが全員拘束されている。
その瞬間、ボスが大声で叫んだ。
「アタシは知能構造体と後ろの治安官達全員を相手にする!白髪のガキはそこ3人で相手をしろ!!」
指を刺されたのはジェーン以外の戦闘員。戦闘員の合計は5人。俺を含めても6人。知能構造体とその後ろの治安官はボスが、白髪のシリオンを3人が相手取るとして、そうなると俺とジェーンが相手をするのは……
「朱鳶、スタンバイ。」
この堅物そうな女だろうな。
「投降を選べば、強行手段は取りません。手を後ろにまわして、今すぐその場に伏せてください。」
構えたのはハンドガン……だが明らかに形がおかしい。おそらく全て身体中のアタッチメントを取り付ける為の装置だろう。あの数の武器を扱えることに加え、全く隙の無い立ち姿。明らかな強者。
「それに大人しく従うやつが、こんなシビアな犯罪おかすと思ってんのか?」
左手にハンドガン、右手にナイフを構える。超近接戦闘特化型のスタイルだが、恐らくそれは相手も同じこと。後ろにいるジェーンを庇いつつ、制圧できるかが肝だな。
ガチャリと重苦しい音を立てて、女の拳銃がこちらを向いた。互いに見合い、距離を測る。ここから約五歩、詰める間に2、3発打たれるだろう。防御の仕方をイメージし、軽く息を吐いた。
刹那、一歩目を踏み出す。直後相手は発砲、銃弾は俺の脚目掛けて一直線に飛んでくる。本来ならこの距離での回避は不可能。しかし相手も俺の拳銃を警戒している。
その僅かな注意の分散と、捕縛目的の致命傷になり得ない箇所への発砲に対する予想をもって、俺はナイフを振り切った。
カキャァンと甲高い音が鳴り響き、火花が散る。銃弾は弾かれあらぬ方向へと飛んで行った。2歩、3歩、次を踏み出したところで再び発砲。次は右肩。
相手の視線の先を読んで、予め身を捩らせ回避する。放たれた銃弾は空を切り、地面を貫いた。4歩、5歩、たどり着いた。女は咄嗟に脚を振り上げ、俺の顎を蹴ろうとするが、顎の下にナイフを置いてそれを牽制。
その後脚を引っ掛けて、相手を横転させる。頼りだった地面を無くし、女の身体は宙に浮く。今コイツの視界は地面が壁になっていることだろう。その瞬間はあまりにも無防備。左手にある銃口をこめかみへと向けた。
「終わり」そう思った瞬間、女の身体がありえない挙動を見せる。地面に手を付き、完全に空中で横になった体を筋肉だけで逆立ちのような状態まで持っていった。
それは、圧倒的な身体の柔らかさと強靭な肉体が成せる技。重力に抗い、全身を鞭のように動かして攻撃そのものに遠心力を乗せる。俺の顔面に、左側から空気を切り裂きながら向かう脚があった。
さっきの挙動のせいで、女の頭は完全に俺の拳銃の射線外へと動いている。このまま撃っても地面のコンクリートに穴を開けるだけ。今すべきは防御。
咄嗟の判断で、俺は防御態勢に切り替える。左腕で、女の蹴りを受け止めた。受け止めることはできた。
相手の脚と、俺の腕がぶつかる。その瞬間、激痛と共に腕がミシミシと音を立てはじめた。「折れる」そんな直感が細胞ひとつひとつに危険信号を飛ばす。
俺は地面から脚を離し、糸の切れた凧のように蹴り付けられた方向へと吹き飛んだ。下手にその場に残ろうと対抗すれば、多分俺は左腕とおさらばしていたことだろう。受身を取って、もう一度立ち上がる。
顔を上げると、こちらに走り出す相手の姿。先程とは形状の変化した拳銃をこちらに向けている。今撃たれたら回避が出来ない。そんな時、俺たちの間にジェーンが割って入った。
「あんまり乱暴しないでもらえる?治安官さん。」
直後治安官は軽く地面から飛び上がり、回転の力と共に空中で脚を振り切ろうとする。要は回し蹴りである。あれをアイツに受け止めさせるわけにはいかない。
「ジェーン!」
彼女の首根っこを引っ張って、思い切り後ろに投げ飛ばす。「キャッ…」と小さな悲鳴が聞こえた。多少乱暴に扱ってしまったが、今は目の前の治安官の攻撃を防御することを優先するべきと判断し、蹴りを右手で受け止める準備をする。
先程のようにダメージを殺して受け止めた場合、俺の身体は再び遠くへと蹴り飛ばされることだろう。そうなれば、次は俺の後ろで尻餅をついているジェーンに標的が向きかねない。
この攻撃の回避は不可能。腕が折れても、受け止め切る。ぐわんと振るわれた蹴り足。それを受け止める俺の右腕。負傷を甘んじた俺の覚悟は、空振りに終わった。
目の前の女が放った蹴り技は、異様なまでに軽かったのだ。先程の腕をぶち折る勢いとは比べものにならない、まるで相手対する殺意を感じない、はりぼてのような攻撃。
元々これがジェーンに向けられるものだったとして、何故力を抜いた?相手が女だからか?いや、それにしては弱すぎる。それとも、ただ単に相手の踏み込みが甘かっただけだろうか。
何はともあれ、ここまで近づけた。ここが絶好の攻撃チャンス。俺は回避される可能性のある拳銃から手を離し、無理やり相手の胸ぐらを掴んで力の限り頭突きをした。
鈍い痛みと、重い音が同時に発生して、両者が互いに数歩後ろへとよろける。その時、ボスの「全員!撤退!」という叫び声が聞こえた。
頭突きのせいで、若干チカチカと点滅する視界ながらも周りへと視線を向ける。目に飛び込んで来た主な情報は3つ。1つ、白髪のシリオンと相対していた戦闘班が制圧されていること。2つ、ボスが大量の気絶した治安官達の上で、青緑の髪をした知能構造体と戦い、その両の腕を引きちぎっていること。
そして3つ、最初に気絶させられた1人を除いた輸送班の面々が拘束を抜け出し、荷物を持って走り出していること。俺は床に落ちた拳銃を拾い上げ、ジェーンの方へと振り返る。
「走れるか?」
「えぇ、さっきのでお尻が痛いけどね。」
「悪かったって……ほら、逃げるぞ。」
俺たち二人がこの場から逃走するとほぼ同時に、ボスは両手にある高性能機械の腕を地面へ投げ捨てて、治安官の山から飛び降り走り出す。
「待て!!」
後ろから、白髪のシリオンが吠えていた。それを、ボスと戦い両腕を失った治安官が静止する。
「待たんか、セス坊。今は我らの被害も大きい。ここは両者、一時撤退よ。」
「セス」と言われた治安官は、そうして脚を止める。俺はそんなアイツの名前に、どこか聞き覚えがあったような気がした。
その後、俺の指示のもと何とかホロウを抜けた。後ろから治安官が追ってきている様子も無く、出口にも待ち伏せはいない。どうやら俺たちは何を逃れたらしい。
「どうします?一度倉庫に戻りますか?」
横で現状に頭を抱えてるボスに尋ねる。それに対し、ボスは頭を横に振った。
「アタシ達のホロウのルートが治安官に流れてる以上、あの場所も特定されてる可能性が高い。恐らく待機してたヤツらも捕まってる。」
ボスは少し考え込んだ後、思考を纏め終わったのか静かに頷いて、今この場所にいるメンバー全員に語りかけた。
「これから、この近くにあるホテルに向かう。お前たちには、暫くそこで生活してもらうことになる。なるべく人気のあるホテルがいい。」
「人質ですか?」
「あぁ、不幸な客人たちには悪いがね。それともうひとつ、部屋は2人で1組だ。お前たちも気づいてるだろうが、この中に治安官共にアタシ達を売ったクソ野郎がいる可能性がある。互いが互いを監視し、抑止力になれ。」
そうして、次々と部屋割りが告げられていく。俺はジェーンと同じ部屋になった。お互いを監視する都合上、実力が同じ程度の者を同部屋にしなければならないため、このメンバーに疑問は浮かばない。むしろ気になることと言えば、ボスがとある可能性を排除している点である。
「もし待機組の中に裏切り者がいた場合、それか同部屋になったふたりが両者裏切り者だった場合はどうします?」
「その場合も策は考えてある。が、お前が裏切り者じゃないとは言い切れないからな。」
「別に教えてもらおうってつもりはありませんよ。まぁ、考えがあるって言うならそれでいいです。」
だいたいそれから1時間が経ち、ようやく俺たちはホテルへのチェックインを果たした。各々が、自分のバディと共に部屋に入っていく。皆の面持ちは緊張していた。まぁ、それも当たり前だ。
犯罪組織とはいえ、仮にも俺たちは仲間。最も新参であるジェーンでも、もう加入から半年は経っている。互いに、仲間意識を持っていたというヤツも少なくは無い。
そんな時に現れた裏切り者。彼ら彼女らの信頼は、何者かに蔑ろにされた訳である。それは、アイツらを疑心暗鬼にする油としては十二分に効果を発揮している。
「だいぶ気が滅入ってるみたいね。大丈夫?」
ジェーンが俺の顔を覗き込むように尋ねた。心から心配しているようなその顔も、今では嘘の仮面を被っているように見えてしまう。俺も随分毒されているようだ。
「いや、問題ない。今日はもう休もうぜ。疲れた。」
「そうね、アタイもそれは賛成。」
ため息をつきながら彼女が部屋に入るのに続いて、俺も中へと足を踏み入れる。そきてドアの鍵を閉め、ベットの上に腰掛けるジェーンの前まで歩を進めた。
「アタイも病み上がりであれはちょっと堪えるから……」
そう言って大きく伸びをした彼女を、俺はジーッと無言で見つめる。その視線に気がついて、怪訝そうに眉を顰めるジェーンが口を開いた。
「なに?そんなジロジロ見つめちゃって。もしかしてアタイに見とれ……」
話終わるよりも早く、俺は彼女の肩を掴んで思い切りベットに押し倒す。悲鳴を上げて、勢いよくベットに倒れ込んだジェーンに覆い被さるように、俺は四つん這いになった。
「一体どういうつもり?アンタはそういうタイプの人間じゃないでしょ?」
あぁもちろん、俺はこんな緊急事態に女を襲うような非常識な人間ではない。が、ジェーンが相手なら話は別だ。深く息を吸って、問う。この……忍び込んだネズミに。
「ジェーン、お前だろ?裏切り者ってのはさ。」
書いてる途中で戦闘描写なんて入れるんじゃなかったと後悔しました。無駄なことしてるから長くなるんですよ…毎度毎度ね。