新人です。エースパイロットやってます。 作:今井亜美(ハーメルンのすがた)
どんどん文字数が増える……私の悪い癖(sgst)。
どーも新人です。
私は今、かつてない程集中しています。
戦艦ドルフィンの自室。
空中に正座しながら、そばに浮かせたトランプの束から一枚抜き取り、慎重に……細心の注意を払って、同じく空中に浮いたトランプの上に乗せる。それをひたすらに繰り返していく……。
トランプタワー、という遊びをご存知だろうか。
トランプをピラミッド状に積み上げていく遊びなのだが、私は昔からよくこれをやっていた。
んで、今日。
暇を持て余していた私は、このトランプタワーを無重力下で作ってみる事にしたというわけ。
これが中々、難しい。
なんと言っても無重力。ほんのちょっとでも余計な力を入れると、すぐにカードがどこかに飛んでいってしまう。
指の僅かな震えさえ厳禁だ。一枚、一枚、ピタリとその場に止めないと綺麗なタワーは作れない。
かれこれ二十分は集中している気がする。
自慢じゃないが私は今まで作成中にトランプタワーを崩した事がない。どんなに適当に作ろうと一分もかからず大体組み終わってしまう。
その私が二十分もかけてようやく九割完成した、という事からも、これが如何に苦行かが伝わると思う。
そう、苦行である。
苦行という事は、即ち、苦しい。
苦しいのだ。私は、今、とっても苦しい。
息を吸ったのはもう何分前だったか。呼吸でさえカードの震えの原因となるのだ。ずっと息を止めてタワーと向き合っている気がする。
始めた時から吸っていなかったとしたら大体、二十分は息を止めている事になる。勿論この程度の無呼吸時間では肉体的な苦しみは訪れない。ただ精神的なストレス、苦痛は着実に私の心を蝕んでいた。
この極限集中状態をどれだけ継続させられるかが、無重力トランプタワー完成の鍵になってくるのだが……端的に言うともう飽きた。なんなら開始三分くらいで既にダルかった。ぶっちゃけ二十分のうち半分以上は端末弄ってサボってた。とっとと終わらせて楽になりたい。
(む!?)
我が灰色の頭脳、ナナシレーダーが何かを探知!
敵意や戦意の様な悪意は感じないが……何かが近づいてきている気配がする! 果たして敵かそれとも味方か……!?
コンコン、とノックされるドア。
「ナナシちゃん、起きてる〜?」
やべ、敵だ!
デカパイの野郎が訪ねて来やがった!
ここは戦略的無視を決め込んで立ち去るのを待───。
『どうぞマイ・マザー。マスターは起床済みです』
おいポンコツ! 勝手に返事をするんじゃねえ!
「入るねー?」
あーもうっ! 入ってきたじゃんバカ!
クソッ! 文句を言いたいけど大声だしたら振動でタワーが崩れる可能性大ッ……!
「えっと……ナナシちゃん何これ……?」
そこは見て分かれよ。
分かるだろ目の前にトランプ積み重なってたらさあ。
「う、うーん。まあそうなんだけどね……? 無重力でトランプタワーって……人が作れるものなのかな……」
「お墓作ってる」
「え?」
「ボブニキのお墓作ってる」
トランプタワーの基本はピラミッドの様な三角構造。
ピラミッドってお墓なんでしょ? よく知らないけど。ならこれが墓でよくない? どうせ宇宙じゃ穴なんて掘れないんだし。
人間、ヒマになってくるとお墓作りなんてしょーもない無意味な事もやりたくなってくるんだよ。墓なんか作っても、ボブニキは生き返らないのに。
「そ、そっか……お墓……」
納得した様に頷いてる所悪いけど。
こっちは集中してるんだからとっとと出てってくれないかなぁ……。
ジトリと睨みつけてやるが、デカパイは退出せず、勝手にしゃべり始める。
「えっとね、通達が二つあるよ! まず一つ目は〜……ドッグマン中尉が昇進なされて大尉になりました! 呼ぶ時に気をつけてね?」
「ふーん」
デカパイの端末から投影された通知書を冷めた目で見つめる。ちょーどーでもいい。
「でねでね? もう一つは、今日着く目的地についてなんだけど……なんと! あのコロニー・サードに行くんだって! そこで補充要員と合流するんだってさ〜」
「コロニー・サード……?」
どこだそこ? 少なくとも帝国や連合の軍事基地じゃなかったよな……?
「あれ、ナナシちゃん知らないの!? コロニー・サードは有名なリゾート地だよ! ビーチとかあるんだって!」
「ビーチ……浜辺。宇宙なのに、海があるの?」
「擬似的なものだけどね。でも塩分濃度とか成分とか拘ってるらしいよ? 魚だって泳いでるんだから!」
「……ふーん」
「あれれ? ちょっと興味ある感じ?」
「んにゃ別に……」
「そっかそっか〜興味あるんだ〜! じゃあ一緒に行こっか! 暫く停泊するらしいし! 私達自由時間一緒みたいだしね〜?」
いや、だから別に私は興味無いって言って────!
「アハハ、ナナシちゃんが照れてる〜珍し〜!」
む、ムカつく。ムカつく……!
何なんださっきからコイツは!!
デカパイの癖に! 栄養を全部胸に吸い取られた頭ゆるゆる女が! 私をからかうなんて百年早いんだよ!
『センシティブなワードは使用を禁止されています』
お前もうるせえ!
ごちゃごちゃ抜かす端末を掴んでデカパイの頭目掛けて投げ飛ばす。
「ふぎゃ!?」
綺麗にヘッドショットが決まりデカパイの身体がクラクラと揺れて倒れる……ってこっちに突っ込んでくるな!?
「ふにゅ〜……」
「あー!?」
『端末を投げてはいけません、マスター』
ああ……デカパイのデカパイに押されて私の二十分間の努力の結晶……無重力トランプタワーがバラバラに崩れていくぅ……!
なんと無情な事でしょう……赤と黒、トランプのカードが空中に散っていく様は。
このトランプは第四小隊に来たばかりの時、ボブニキがプレゼントしてくれたものだ。
もう古くて新しいのを買うからいらない、とか言って私にくれた。私にとってトランプはタワーを作るものなので、ボロボロでもプレゼントされた時は素直に嬉しかった。
(……さよなら、ボブニキ)
お墓まで作ってやったんだから夜に化けて出るなよ。ジュースはまた会った時に奢ってくれ。地獄に売ってるかは知らないけど。
☆☆☆ ☆☆☆
「おお……!」
引き続き新人です。
私は今、ちょっと感動しています。
眼前に広がるは白い砂浜と人工太陽に照らされて青く光る海。
そう、今私が立っているのはコロニー・サードの誇る超高級ホテル併設の一等級ビーチだ。
あの後、コロニー・サードの港に着いた私達は、上層部の指示により、この高級ホテルに宿泊する事になった。エレノア艦長の計らいにより、こうして交代で自由時間を取り……暫しの休息を満喫中である。
「ナナシちゃ〜ん待って待って〜!」
遠くからどすどすとデカパイが走ってくる。
タダでさえ無駄にデカい胸や尻なのに、それらを強調する様なパツパツの白ビキニを着ている。もうちょっと他になんかなかったのか? あの格好は流石に────。
『センシティブなワードは使用を禁止されています』
「まだなんも言ってねえよ」
「はあ……はあ……もーナナシちゃん! 着替えたらすぐ行っちゃうんだから……! 一緒に写真撮ろうよー。折角の水着だよ?」
お巡りさんこっちです。ロリコンのやべー女が端末片手に追いかけてきます。
「うふふ……ナナシちゃんの水着姿……ハァハァ……! じゃなかった。その成長を永遠に保存しようね〜……フヒヒ」
言い替えてもヤバさが変わってねえよ。
ていうか正気で言ってるのか、この歩くわいせつ物陳列罪は?
なんでこんな布面積の多い色気のない水着に発情してるんだこのロリコン……鼻息が荒くてキモすぎるよ……。
パシャパシャとシャッター音が鳴り続ける。デカパイが勝手に私の写真を撮りまくってる。
まだ許可出してねえぞ盗撮魔め。
『画像検索中……マスターの水着は、旧学童用の水着ですね。いわゆる、スクール水着です』
へー学校用なんだ。道理で良い水着だと思ったよ。
肌にピッタリと合うから泳ぎやすそうでさあ。
デカパイに手渡された時は、珍しくまともな服をチョイスしたんだなって思ったもん。
昔、孤児院のプールで泳いだ時はもっと泳ぎ辛い格好にさせられたっけ……見た目は普通のTシャツとズボンみたいだったけどその割には重量凄かったな……。
ま、泳ぐのはそんなに嫌いじゃないし、いっぱい泳いだらポテチくれるから良いんだけどね。
話を戻すけど。
この水着、胸の位置に白枠があるじゃん? 今はそこに『もぶ』って私の名前が書いてあるけど、これはどういう理屈なんだ?
『どうやら所属や姓名を記載するシステムの様です』
……? 何で?
『推測ですが、管理の問題かと。脱いだ後に皆が同じデザインだと間違える可能性があります』
そんなの繊維のほつれ具合を見れば一目瞭然だと思うけど……? それ以外にも匂いとか嗅げばすぐ分かるだろうし……。
『それは……人間の知覚能力では限界があると思いますが』
そうかなあ? 自分の服くらい、見たら分かるよ。
孤児院にいた時も皆同じ様な服着てたけど、私は間違えた事一回も無いし。
「ふふふ……知りたいの、ナナシちゃん? スク水に名前が書いてある理由を」
何ッ!? 知っているのかデカパイ!?
「勿論だよ! それはね……!」
それは……!?
「それがロマンだからだよッッッ!!!」
………………。
「よし、泳ぎに行くぞポンコツ!」
『準備運動が先ですよ、マスター』
「あ、あれ? ナナシちゃん〜?」
こんなにおっきなプールは人生で初めてだ!
正直思っていた以上にワクワクしている自分がいる。
沖まで泳いで、潜水しよう!
私はサメに会うんだ、サメに! 無理なら魚でもいいぞ! あの謎生物共が泳いでる所を一度じっくり見てみたかったんだよな〜。
「じょ、冗談だよナナシちゃん〜……だから戻ってきてぇ……? お姉さんと一緒に浜辺で遊ぼうよ〜ふへへ……! 遊んで疲れた後はホテルでじっくり、ゆっくりとお話しして〜最後は一緒に」
『センシティブなワードは使用を禁止されています』
「まだ何も言ってないよぉ!?」
☆☆☆ ☆☆☆
「あー美味しかった! 次のお店行こっメリちゃん!」
「わりぃ……も、もうムリだ、ベル」
ご機嫌な様子でニコニコと笑うベルとは対照的に苦しそうに脂汗を浮かべて青い顔をしているメリッサは、パンパンに膨れ上がったお腹を擦りながらギブアップ宣言をした。
「さ、流石に食いすぎた……! ハンバーグだけでもう五店舗だぞ……!?」
「えー!? まだ行きたいお店一杯あるのに!? あっちのデミグラスとか! こっちのチーズのやつとか! その後はイチゴとカボチャのお店も探さないと!」
「むしろお前、何でそんなに食えるんだよ……!? アタシは早々にセットのパン食うのやめたけど、お前毎回三つは食ってたじゃねーか!?」
「だ、だって焼き立てのパンも美味しかったんだもんっ……!」
恥ずかしそうに顔を赤く染めながら言うベルだったが、彼女自身にもどうしてそんなに食べる事が出来るのか不思議だった。
昔から大食いキャラだったという訳でも無いのに、最近のベルは満腹感を感じる事がなくなってしまっていた。
どれだけ美味しいものをどれほど食べようと、限界は訪れない。とはいえ、逆に空腹かと聞かれるとそうでもない。
試していないので分からないが、感覚では多分三日くらいなら食事を取らなくても平気な気がする。空腹感を欠片も感じずパフォーマンスに一切影響を及ぼさないのではないか……と思う。
何故かベルは、満腹とか空腹とか……人類が当たり前にしてきた食事という生命維持行為から、一歩逸脱してしまったみたいだった。
(こうなったのって、異常に勘が鋭くなってからだけど……やっぱり関係あるよね?)
自分に起こった変化が良いことなのか悪いことなのかベルには分からない。分からないけど……美味しいハンバーグがいっぱい食べれたから、まあいっか! と思っている。
この後イチゴも食べるし、カボチャも食べる気だ。ベルは幸せだった。単純な女である。
「うー……! メリちゃんっ!」
「ゴネられても腹は減らねえんだ、ベル……うっぷ」
メリッサは軽くえずいて口元に手を当てた。
「アタシは少し休んでから艦に戻って胃薬貰うよ……これ以上は行きたきゃ一人で行ってくれ……うぷっ……」
「むぅ……」
ベルは仕方なくメリッサと別れて一人で行く事にした。そうして繁華街を歩く事数分、ふと、ベルは何かに惹かれて歩みを止める。
(……なに?)
ベルの感覚が示した先は、小さな土産物店だった。
外から見た限り、一般的な土産物店と何ら変わった所はなく、自分が何に惹かれたのか良く分からなかった。
それでもまあ、折角なので入ってみる事にした。ヴェセルで待機中のティアとリオくんに何か買って帰れるかもしれない。
「いらっしゃいませー」
店員の愛想よい返事が店内に響く。
ベルは感覚に従うまま、真っ直ぐ店内の奥に向かった。
店の奥には幾つかのキーホルダーが展示されていた。なんとなしに眺めながら歩く。
(あ!)
ベルはあるモノに気付き足を止める。
彼女の視線の先にあったのは……キャラクターもののキーホルダー。ハロウィン等でよく見るパンプキンヘッドに、青い服。赤いマントを身に着けた、みんな大好き正義のヒーロー。
(カ、カボチャマンだ〜!?)
カボチャマン、という宇宙的人気を誇るアニメの主人公だった。ベルはこのアニメの大ファンで、端末に全話ダウンロードしている。勿論、海賊版ではなく公式から購入したものだ。
(しかもこれは、コロニー・サード限定仕様!?)
いわゆる、御当地キーホルダーというやつなのだろう。カボチャマンはコロニーのシンボルが入った旗を握りしめている。
(ほ、欲しいッ!! 買おう、買っちゃおうッッ!)
ベルは即座に買う事を決めた。友人へのお土産なんてなかった。そんなものより、カボチャマンだ。カボチャマンの方が何千倍も大切である。
奇跡的な事に、限定キーホルダーは残り一つだった。流石はカボチャマン、大人気だな……とベルも後方したり顔。
きっと自分が惹かれた不思議な感覚は、このカボチャマンを買う為だったんだ、とベルは考えた。ベルは吸い込まれる様にカボチャマンに向かって右手を伸ばして────別の手と触れ合った。
「え?」
「……?」
思わず互いに横を向く。隣には、ベルと同じ位の年頃の少女がいた。木漏れ日の様に淡くたなびく金色のストレートロングヘアーが、少女の動きに合わせてサラリと流れる。透き通った深紅の瞳と目が合い……瞬間。
ベルは思わず息を呑んだ。
少女があまりにも美しかったからだ。この世のものとは思えない程整った顔立ちは、AIにとびきりの美人を描かせた絵からそのまま抜け出してきたのではないか? そんな馬鹿げた疑惑さえ真剣に考えてしまう程。
暫く無言で見つめ合っていた二人だったが、やがて不思議そうな顔をした少女がこてん、と可愛らしく首を傾げた。
その仕草を見て、ようやくベルは我に返った。
「あ、ご、ごめん! えっと、貴方も買おうとしてたよね……? カボチャマン」
「カボチャ……マン?」
「え……知らないの? カボチャマン」
「……このお人形さんのこと?」
少女はキーホルダーを指差す。
「カボチャマンを……知らない人がいるなんてっ……!?」
ベルは軽くカルチャーショックを受けていた。まさかカボチャマンを知らない人間がこの世にいるとは思ってもいなかったからだ。
「ど、どうして……カボチャマンを知らないのに買おうとしたの?」
ショックすぎて、ベルはつい理由を聞いてしまった。
言ってから、失礼だったかな? と少し後悔する。
しかし少女は気にした様子すらなく、淡々と答えてくれた。
「キミに会うためだと思う」
「え?」
「私の直感が、このお人形さんに惹かれたの……そしてキミと出会った。だから、キミに会うためだと思う」
「直感……」
ベルもそうだ。ベルも直感が、キーホルダーを示すから手を伸ばしたのだ。それはキーホルダーが自分の大好きなカボチャマンだったからだと思っていた。
しかし、なるほど。その結果出会ったのが目の前の少女だと言うのなら。それは、そういうことなのかもしれない。
「私も……おんなじなのかな。貴方に会うために、ここに来たのかも」
「そうなの?」
「私、ベル。ベルガモット・リバティ! 貴方は?」
「……ライア。ライア・ソシエ」
────今。
運命に導かれ、二人の少女が出会っていたその裏側で。
土産物店のほど近く。繁華街の喧騒から離れた路地裏に。
リゾート地の雰囲気からは外れた……黒いスーツにサングラスの屈強な男が二人、顔を突き合わして話をしていた。
「……ダメだ、見つからない。そっちは?」
「いや、こちらもだ……一体どこに行ったんだあの人は」
男達は誰か……人を探している様だ。
端末を取り出して、二人ため息を吐く。
「連絡も無しに……もう時間がないぞ。何でこんな大事な日に消えるんだ、全く! これだから強化人間は信用ならん」
「もう探すのは止めないか? そろそろ戻らないと俺達まで持ち場につけなくなるぞ」
「そうだな……今日ばかりは失敗出来ん。何せコレに成功すれば────国が、ひっくり返るのだから」
「その分失敗すればマズイのは俺達だけどな……」
反乱……その種は、既に蒔かれていた。
別に、珍しい事じゃない。
ままある事。統一戦争────連合と帝国が戦ってきた期間は、実に四年。
四年間もの間、兵士達は前線に立ち、命を賭して戦ってきた。
するとどうなる? 当たり前────傷つき、倒れ、死んでいく。
親しかった友人も愛する恋人も。そうなると必然徐々に蔓延するのは……厭戦感。
兵士だけではない。その家族や、厳しい生活を強いられた国民達にも。
戦争を嫌う層……平和を望む謂わばハト派。そういった人々が出てくるのは、ある種当たり前。当然の摂理だ。
そういったハト派は暴力的行為を嫌う。なので対話……デモや、直訴。嘆願書など……平和的解決手段で以て、戦争を終わらせようとする。
……だ、なんて。
「そんな風に考えるのは、戦争のない平和な世界に生きてる奴らだけだ」
ハト派だって、平和を望んでいたって、戦うのだ。
武器を持っていれば、銃があれば、それで……戦争が無くせるなら!
暴力を以て暴力を消す! それが最も早い解決へのプラン!
今、コロニー・サードのとある高級ホテルに。
皇帝の娘……ルエリ・エル・イルーワ様がお忍びで宿泊されている。
ハト派は暴力で以て、このホテルを制圧。彼女を人質に皇帝と交渉し連合との停戦……平和への切符を勝ち取るつもりでいる。
「そんな大事な日に……一体、どこに行ったんだライア少尉は」
「知るかよ……ほら、もう行こう」
反乱……その種は、既に蒔かれている。
それは大きな火種となって、強く強く、燃え盛る。
まだ、彼らは気付いていなかった。
その炎は、“死神”の潜む地獄の炎。
自らを焼く……大きな業火になるという事を。
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(これがサメか~! なんか思ったより可愛い感じだな……)
『いえ、これはサメではありません。シャチですね……なぜコロニーのリゾート地にシャチがいるんでしょうか???』
(サメじゃないのか……残念)
疑似海洋の沖合。常人ならば生身では決して辿り着けない筈の深い海底で。
ダイバースーツどころか酸素ボンベすら身に着けずその“死神”は。
体長9m以上にもなる海の王者シャチと正面から見つめ合っていた。
そのシャチは群れの中でも最も大きく、最も強く、そして最も賢いまさに王と呼べる覇者である。正しくこの擬似海洋の生態系の頂点に立ち、彼に逆らう者はこの海にはいない。
そんな海の覇者は今日。生まれて初めて、『恐怖』という感情を知った。
群れから離れ、一人遊泳を楽しんでいた事を心の底から後悔した。
(アイツ……丸焼きにしたら美味いかな?)
『まさか……食べる気ですか?』
(あんなに丸々太ってるんだから、多分美味いんじゃないかなって)
目の前にいるのは彼より遥かに小さく痩せた、弱そうな生き物。だというのに、目が合った瞬間……ある一つの考えで思考が一杯になる。
それは────死ッ!
死死死死死死死死死死死死死死ッッッ!!!
死ぬッ! ここにいたら死んでしまうッ!
今すぐっ……今すぐ逃げねばならないっ!
網膜から脳髄へ突き刺さる様な死の虚像。
シャチは本能で、目の前の存在と自分の間にある生物としての格の違いを理解した。
理由を考える時間さえ与えられない。
シャチはすぐさま背ビレを返して、己の出せる全速力でその場を離脱しようとする。
(あ、おい! 逃げるなオヤツ!)
しかし死神から逃げられる生き物などいない。
どんな存在にだって、死は必ず訪れる。
それが今日だろうと、明日だろうと。
シャチにとってはたまたま今日、死神が通りがかった。
ただそれだけの話……。
シャチに後ろを見る余裕なんて全く無かった。
ただ一心不乱に前へ前へと泳ぐ。
シャチが本気を出せば、その泳ぐ速度は時速50〜60kmにもなる。一方、人間のオリンピック選手が泳ぐスピードは、50m以下の短距離に限っても時速9kmにさえ満たない。100m、200mと距離を伸ばせば伸ばすほどその時速は落ちていく。
人間が死神の姿をしているのか、それとも死神が人間の姿をしているのか。
シャチがどれだけ必死に泳いでも、後ろから迫るプレッシャーは一向に振り切れない。一定の距離を保ったまま、ピッタリと後ろをついてくる。
(なあポンコツ。シャチはどうやって食うのが美味いんだ?)
死神はのほほんと、片手に持った端末へ文字を打ち込み、AIと会話する。その顔に疲れの色は全く無く、目の前のシャチを無料で手に入るオヤツとしか思っていない。
『非推奨。シャチを食べるのはお勧めしません。食べられなくはありませんが、シャチは食物連鎖の頂点であるために有害物質を溜め込みやすく、あまり食用には向きません。また、シャチを食べる食文化はありません。よって美味しく食べるレシピも存在しません』
(そうなの? じゃあそんなに美味くないのか……ならいっか)
美味しくないかも、と考えた死神はあっさりとシャチを追うのをやめた。
シャチはその日、偶然生き延びた。
誰にだって死は訪れる。
シャチにとって今日訪れた死神は、たまたま途中でその気じゃなくなり去っていった。
ただそれだけの話……。
ロボアニメにありがちな幸薄系強化人間、ライアちゃん登場!
「初登場で主人公と劇的な出会いをして仲良くなる」というベタノルマを見事クリアした彼女。
次のノルマは「主人公となんか良い感じに和解した後、死亡して守護霊化する」だが、果たして彼女は死を回避する事が出来るのか……!?