新人です。エースパイロットやってます。 作:今井亜美(ハーメルンのすがた)
ナナシがテロリストと戦っている高級ホテル。
最上階に用意されているのは、最高級のロイヤルスイート。
その一室にあるグランドピアノを、ある少女が弾いていた。
その少女はまだ幼く、年は12歳になったばかり。
汚れ一つない純白のドレスに身を包んだ姿は美しく、どこか神々しささえ感じられる。
少女は小さな白い指先を巧みに動かし、繊細な旋律を奏でていく。優雅に目を閉じて、リズムに浸る少女。
首を動かす度、肩程までの淡いラベンダーカラーの髪がサラサラと流れている。
少女の後ろには、一人の精悍な男が身じろぎ一つせず、ジッと佇んでいた。
彼は長く黒い髪を高い位置で一本に結んでおり、まるで極東の地に伝わるサムライの様な風貌。
身長2mにも達しうる筋肉質な巨躯から、力強い圧力を感じさせる。鋭く光る目は瞬き一つない。帝国の誇るサイボーグ手術の賜物だった。
そんな見目麗しい少女と、サムライ風の男。
二人だけの静かな演奏会。
穏やかな空気は、扉が勢いよく開かれる音で一変した。ピタリ、と演奏が止まる。
入ってきたのは護衛の兵の一人だ。
「演奏中、失礼します!」
「……何事か?」
男が低い声で兵士に問いただす。
兵士は綺麗に敬礼を返して答えた。
「当ホテルに武装した不審な集団が現れました。既に一階は占拠済みで、従業員や宿泊客を人質に取られています。彼らは人質と引き換えにルエリ様の身柄を要求しています」
「テロリスト……か。ルエリ様、すぐに脱出しましょう」
男の言葉に、少女────ルエリは首を横に振った。
「なりません、バナン。人質がいるのでしょう?」
「しかし……」
ルエリは兵士に尋ねる。「テロリストは、私の身柄を要求しているのですね?」と。
兵士が頷く。ルエリは、暫く何かを考え込んでいたが、意を決した様に頷いた。
「ならば……交渉の余地もあるでしょう。代表の方と通信で話してみましょう」
「お待ち下さい、ルエリ様! テロリストとの交渉など、帝国の名を汚すだけです。一刻も早く脱出し、その後に兵を送るのが得策かと」
「しかしそれで人質が死ねばそれこそ帝国に傷がつきます。第一、どう脱出しようと言うのですか?」
「ご安心を。用意があります」
バナンは懐からリモコンの様な物を取り出し、スイッチを押した。そうしてから窓際に近付きカーテンを開ける。
「……何をしてるの?」
「ルエリ様、こちらへ」
ルエリは恐る恐る、手を伸ばすバナンへと近付いた。バナンは彼女が近付くとその手を取って窓を開け、そのままバルコニーに出る。
「────あれは」
ルエリの目に飛び込んできたのは、円盤の様な形をした空飛ぶ機械がこちらに向かって飛んでくる姿だった。それは俗にUFOと呼ばれるものに酷似していた。
更に下へと視線を移すと、護衛と思われる武装したアークが三機、地面に膝をついて控えているのが見えた。
「バナン、これは一体なんです?」
「秘密裏に隠していたアークのコア部分です。他にも護衛のアークも準備させています。まず安全に脱出出来るかと────」
「いいえ、そういう事を言っているのではありません。それに今の返答で……私は確信しました」
ルエリはバナンの手を振り払い静かに後ずさる。
バナンの表情は、変わらない。
「確信……? 何のことです、ルエリ様」
「準備が良すぎる」
襲撃を聞いてから逃げるまでの意思決定、その後の対応、全てが早すぎる。
そもそも兵士の話を最初に聞いた時から、ルエリには違和感があった。もっと驚くべき話なのに、バナンが大したリアクションも見せなかったから。
「今回の旅行の計画は、バナン。お前が提案したものよ。自分が指揮を取って守りを固めたホテルがテロリストに制圧されたら……普段のお前ならもっと驚いた筈」
しかし、バナンは驚かなかった。
まるで……最初から襲撃される事が、決まっていたかのように。つまり彼は知っていたのだ。今回の襲撃を。
「……このテロの首謀者はバナン、お前か」
「フッ……」
バナンはようやく表情を崩した。
しかし、その顔にルエリは困惑する。
何故なら彼が見せたのは……とても優しく、柔らかい微笑みだったから。三歳の時からルエリが知る、優しい彼のままだったから。
「本当に賢く育たれた……流石です、姫」
「認めるか……筆頭騎士の誇りは何処へいった」
「筆頭騎士なればこそ。これ以上傷つく民を、部下を、そして貴方を……! 黙って見ていられなかったのです。貴方とこのホテルに宿泊する政財界の重鎮達を人質に、陛下へ直訴する! 知って頂くのだ……我らの想いを! 平和への意志を!」
拳を握りしめて熱く語るバナンとは裏腹に、ルエリの目は冷たかった。
「愚かな……結局お前の反乱で傷つくのは、その平和を願う民と兵です」
「ルエリ様、貴方は以前仰った! 長く続く戦争に胸痛め……自分にも何か、出来る事はないのかと! それがこれです。どうか、私の計画に賛同して頂きたいっ!」
「断ります。テロリストと交渉するなと言ったのはお前です」
「そうですか。ならば……致し方なし!」
「っ!?」
バナンは素早くルエリを抱え上げた。
ルエリが手の中で暴れても、彼の身体はびくともしなかった。
「離しなさい! 無礼者!」
「無礼はもとより承知の上っ!」
バナンはルエリを抱えたままバルコニーから円盤へと飛び移り、ハッチを開いてコックピットへと乗り込んだ。
「バナン様! 我々はここで、成功を願っています!」
「ああ、諸君らの協力に感謝を」
一人残された兵士とバナンが、互いに敬礼を交わす。その時だった。部屋の外から何やら言い争う声が聞こえてきたのは。
「待て、お前! 何者だ!? 止まれ、止まらんと────」
「邪魔」
「ヴ!?」
バキバキィッ!! と激しい音を立てて壊れる扉。
同時に勢いよく部屋に吹き飛んできた兵士は、無惨にもヘルメット越しに頭が潰れていた。
「お前は────!?」
バナンに敬礼していた兵士はすぐに腕を下ろし銃を部屋の入り口に向けて構える。
外から現れたのは、銀色のサイドテールを靡かせるまだ十代の半ばにさえ満たないだろう幼い少女。
少女はこの状況を前にして顔色一つ変えず、のほほんと手に持った端末に向かって語りかける。
「んでポンコツ、どいつがルエルエ様だ?」
『あの飛行物体に乗っている二人の内の、幼い方がルエリ様です』
「よし、アイツだな」
少女が蒼く光る目をルエリに向ける。
「え……あ────」
交差する二人の視線。
一方、ルエリの隣にいたバナンは、密かに戦慄していた。
一流の戦士というものは、人を人たらしめる思考する力、『理性』もさることながら。
────『本能』。
即ち、思考とは真逆の、野生じみた感じる力もまた、一流である。
バナンは本能で、目の前の少女、ナナシの脅威を感じ取っていた。
(この娘……尋常ではないっ!)
見た目はただのか弱き少女にしか見えぬ。
しかし、その実中身は……悪鬼羅刹、物の怪の類か。見よ! 全身から発している禍々しき妖気を!
バナンにはナナシが人ではなく、何か、もっと恐ろしい神話の怪物的存在に見えた。
故に、バナンの動きは早かった。
バナンは素早くフライトコアを動かし、ホテルから離れると、まだ兵士が残っていたにも関わらず最上階に向けて機銃を掃射した。
ナナシは床を転がり、難を逃れる。避けられはしたものの、バナンにとってこれは好機だった。即座に転身し、この場を離脱する。同時に、待機していたアークパイロット達に通信を入れた。
『全機緊急発進! 予定を変更し、奥の手を起動する! 編隊を組め、私を援護せよ!』
『了解!』
『了解!』
『了か……うわぁ!?』
『どうした!?』
『お、女の子がっ! 飛び乗ってきて────肩に張り付いていますっ!』
『っソイツは敵だ! 飛んで振り払え!』
『り、了解!』
指示を出しつつバナンは冷や汗をかいた。
あれ程の化物、まず野生の存在ではない。
首輪を嵌めている者がいる……そしてソイツは間違いなく、自分達の反乱を邪魔しようと企んでいるのだ。
(一体何者……いや今は!)
考えている時ではない。今は一刻も早く、アレを起動しなくては。アレさえ……ギガアークさえ起動してしまえば!
(どの様な怪物が相手であろうともっ……!)
☆☆☆ ☆☆☆
どーも、新人です。
私は今、見知らぬアークの肩の上。
装甲の隙間に掴まって、一緒に街の上空を飛んでいます。
ホテルの最上階から下見たら丁度いい所にアークがいたんだもん。そりゃ飛び乗るよね。
つーかコイツ、さっきからグルグルグルグル回ってるけど何が楽しくて回ってるんだ? 酔っ払ってんのかな? 他の二機と同じ様に真っ直ぐ飛べばいいのに……。
ビルのてっぺんが真下に来たり頭上に来たり────景色が忙しなく巡る。風が気持ちいいな……映画で見たジェットコースターってこんな感じなのかなぁ……。
『グッ……キツイ、が……! こ、ここまで回ればっ……! 流石に張り付いてられないだろっ……!』
それにしてもこの機体。私見た事ないんだよな〜。
帝国の機体だからモノアイは当然として……白いカラーリングの分厚い装甲を仰々しく纏っている。
見た目は中世の騎士が着ていた甲冑に近い。
右手に槍を、左手に盾を装備してる。
槍の穂先に刃がついてないって事は、ビーム兵器かな……ビーム上の刃が先端から出るシステムなんだろう。
「ポンコツ、お前この機体知ってるか?」
『これは【チュナ】ですね。皇族直属の部隊にのみ配備される機体です。その性能は高く、エース用機体アンジーと同等のカタログスペックを持ちます』
「……ふーん」
皇族直属……テロリストの仲間がそれに乗ってるって事は、首謀者もそれに近しい存在。そしてソイツとやり取り出来るという事は、Xの身分は相当高いな。
帝国軍のトップ層や、或いは皇族自身……そこら辺が怪しいか。マジで何でそんな人達が私を狙うんだよ……お願いだからほっといてくれ。
ポテチを食ったり、宇宙で泳いだり、クソ映画を見たり……そんななんてことない日常を過ごせれば私は幸せなのに。
言われた通り兵士だってやってたじゃんか……一体何が不満なんだよ。
『マスター、まずはコックピットに向かいましょう。このまま回転を続けられたら落ちてしまいます。(そもそも常人ならとっくに落ちてると思いますが。マスターの能力は一体どれほど高いのか……)』
この程度で落ちたりはしないけど、コックピットに行くのは賛成だ。このまましがみついていても埒が明かないし。
よじよじと壁に張り付いた虫みたいに移動して、コックピット前面へ。外側から正規手段で開けるには、近くにあるパネルの中のコンソールにパスワードを入力すればいい。
という訳でいつも通り、勘任せで適当に番号を入力してみると、見事ロックを解除する事に成功した。
「ハ、ハッチが勝手に……!?」
「ばぁ」
「うわぁぁっ!!?」
おー……上からぶら下がって顔出してみたんだけど、めっちゃ驚いてくれた。ノリ良いなー、このパイロットのおっちゃん。
おっちゃんは直ぐに腰の銃に手を伸ばしてこっちに向ける……ん? あれ拳銃じゃないな、弾倉がない。
どっかで見た事……あ、まさかレーザーガンってやつか? 孤児院にいた時、何回かいきなり撃ってきた奴がいたから知ってるぞ! 全員ぶっ飛ばしたけど!
威力は人間が装備出来る中で最強と言われてて、マトモに当てたら強化しまくったサイボーグも殺せるらしい。その代わりコストが激高で一般兵の標準装備にはまだまだ難しいとか何とか……。
あれに当たったら相当痛そうだし、避けるしかないな。痛いのは嫌だ。私はマゾじゃないからな。
すぐに顔を引っ込めるとレーザーがどこかへ飛んでいく。
「レーザーをっ……!? 化物かよっ!」
「……んお?」
ハッチがまた閉じる……? ああ、向こうから操作してんのか。ってやべえ、ロックかけられるじゃん!
内側からちゃんとロックかけられたら、もう外からパスワード打っても開けられなくなる!
「あぁー、閉まっちゃったよ〜……」
『マスターは何をやっているのですか……?』
ガチで困惑した様なボイスを出すのはやめろポンコツ。ホラー映画ごっこだよ!
お前は分からないかもしれないが、人間にはどんな時も、遊び心というものが必要なんだ!
『そういうものなのでしょうか……(読めない……マスターの思考も、能力も、私には全く分からない……)』
そういうものさ、たぶん。
『では、その遊び心でここからどうするのですか?』
「決まってるだろ?」
パワーで無理矢理ハッチをこじ開けるんだ! きっとアイツまたびっくりするぞ!
『人間がそんな事をしてきたら誰だって驚くと思います……』
という訳でハッチの隙間に指を突っ込みまして……。
力を入れて引っ張ってみると、メキメキ! と外部装甲が悲鳴を上げだす。
「な、何だ!? 何が起きてるんだ!?」
ひひひ、驚いてる驚いてる!
混乱したおっちゃんの声が隙間から聞こえてきたぞ! 待っててね〜すぐに会いに行って殺してあげるからね〜。
「よいしょっと。ハロハロー?」
「う、うわぁぁ!!?」
バキッとハッチを破壊して、再度おっちゃんとこんにちわする。そしたら案の定おっちゃんもいっぱい驚いてくれたので、私も大満足です。だからそろそろサヨナラしようと思います。
「く、来るなッ! 来るなぁッ!?」
錯乱したおっちゃんはレーザーガンを闇雲に撃ち始めた。どこ撃ってるんだか……狙いが適当すぎてちょっと首や胸を逸らしただけで躱せる。
レーザーガンなんて殆ど反動も無いだろうに。寧ろ何で外せるの? そっちの方が謎だよ。
ジャンプして射撃を躱しつつ、コックピット内の壁を蹴ってターン。反対側の壁、おっちゃんの真横の位置へ移動。再び壁を蹴って、おっちゃんの頭を掴みつつ元の位置に戻り、そのまま外に向かって投げ捨てる。
「じゃサヨナラ〜」
「やめっ……やめろおおおお!!?」
絶叫を上げて街に落下していくおっちゃん。絶叫系マシンってこういう意味だったのか。また一つ賢くなった。
『機体が奪われたのか!?』
『仕方ない、ここで堕とすぞ!』
前にいた二機がランスを構えて突っ込んでくる。
マトモに座ってる時間はない。
反対側から身を乗り出して素早く操縦系を確認する。見た感じ基本システムはジャッコやマッキガイと変わらない。細かい違いはあるけど、今は置いといて────。
身を乗り出したまま操縦桿に手を伸ばして、右に倒す。機体が傾き、相手の攻撃を避けたと直感する。
(おー、ジャッコより反応良いじゃん……)
左手でコンソールのスイッチを素早く叩いてランスの設定をライフルモードへ変更。決定キーを押すと同時にコックピットの下へ逆立ちで潜り込み左手でフットペダルを押す。
すると機体は前進命令を受けて前へ。右足で操縦桿をキックして、機体反転。程よいタイミングで左のつま先でスイッチを押して発射命令。
近くの敵に向かってランスからビームが放たれる。目の前のチュナの頭部にビームは吸い込まれメインカメラを破壊。
『ぐおっ!? モニターがっ!?』
それを脳髄で感じ取りながらようやく私は姿勢を正して座る事に成功した。
ハッチが壊れてるので前面部のモニターもどっか行っちゃってるな。まあ戦闘するのに問題はない。とりあえず、機体をマニュアルに変更しよう。
切り替えの間、無傷の方がビームを撃ってきたので、片手でコンソールを、片手で操縦桿を操作し、小刻みにステップを入れて避ける。
マニュアル操作に変わったら棒立ちになってる手負いの方に照準合わせ。コックピットに撃ち込んでしっかりトドメを刺しておく。
『!? こ、コイツっ!!』
無傷の奴が盾を構えて向かってきたので、槍を思いっきり投げつけて動きを止める。その間に急速接近して盾に飛び蹴りをかましながら向こうの槍を奪い取る。
『うおおお!?』
勢いで後退していく敵機に奪ったランスを向けてビームを撃ち込みまくるとジェネレーターに誘爆して派手に爆散した。
「これでよし。後はさっきのUFOもどきを追いかけて、ルエルエ様を助けるだけだな!」
『(早い……同型の二機をこうもあっさりと……!)どうやって救出するおつもりなのですか?』
問題はそこだよな……ルエルエ様が乗ってるんじゃ、撃墜する訳にもいかないし。やっぱり一度乗り込んで助けないとダメだろうなー。
「ポンコツ、お前この機体動かせるか?」
『ふむ……識別コードを送信して貰えますか? 内部エナジーとリンク可能か試してみます』
コンソールを叩いて、端末に識別コードを送信すると、ポンコツはすぐに反応した。
『コード確認。リンク可能です……少々お待ち下さい』
よし、作戦はこうだ。頃合いを見て私が向こうの機体に乗り移る。んで、ルエルエ様を助けてくるから、お前が機体を操作してサポートする。いいか?
『…………』
ポンコツ? どうした?
『いえ……よろしいのですか? 私が操作しても』
まあ、それしか方法ないしな。
今回は構わんよ。私が許可する。
『承知しました。私にお任せ下さい、マスター』
ホントに分かってんのかな……頼むぞーポンコツぅ〜。お前がちゃんとしないと私はともかくルエルエ様が死んじゃうからなー?
☆☆☆ ☆☆☆
「美味しかったね! カボチャケーキ!」
「うん……イチゴのやつも、美味しかった」
繁華街の一角。
スイーツバイキングの店先。
会話をしているのはベルと、ライア・ソシエと名乗った金髪の不思議な少女だ。
土産物屋で出会った二人は、折角出会ったのだからともう少しだけ二人の時間を過ごしたくなった。ベルは次の目的地であるスイーツバイキングに一緒に行かないかとライアを誘い、彼女が承諾。
そうして、二人で仲良く会話しながらスイーツを堪能していたという訳だ。
そこにはイチゴを使ったスイーツも、奇跡的な事にカボチャを使ったスイーツもふんだんに用意されており、ベルは大変満足だった。
「イチゴもカボチャも食べたし……次はどこへ行こうかな〜……ライアは、どこか行きたい所ある?」
聞かれたライアは、右手に持った端末をちらりと覗いて、静かに首を振った。
「ごめんね、ベル……もう時間みたい」
「あ……そっか……ご、ゴメンね! 私、気が利かなくて……!」
「今日は楽しかった……私の人生で、一番。生きてて良かったって初めて思えた……」
「そ、そんなに!? た、楽しんでくれたのは嬉しいけど……」
「私達には自由がないから」
「え? 自由って────」
「お別れだね、ベル」
あっ……と思う間にライアはくるりと背を向けてベルから離れようとする。ベルは何か言わないといけないと思った。このまま離れたら、二度と会えなくなる予感があった。
「待ってッ!!」
ベルは咄嗟にライアの右腕を掴んで引き留めた。
不思議そうな顔をしてライアが振り返る。ベルは何を伝えたら関心が引けるだろうかと悩んだが、全く言葉が出て来なかった。
普段の直感は一体どうしたんだ。何でこんな大事な時に、言葉が出て来ない? いや、ひょっとすると違うのかもしれない。言葉が出て来ないという事は、言葉は要らないという事なのかもしれない。
ベルは悟った。この場に必要なのは、言葉じゃない。目に見える形で、二人の絆を確かめられる『物』。それが大事なんだと。
もう迷う事はない。ベルの答えは決まった。
カボチャマンだ。カボチャマンが全てを解決してくれる。
「こ、これ! 持ってて!」
「これって────」
ベルはライアの手の中にそれを握らせた。
それは二人が出会う事になったキッカケ。
カボチャマンのキーホルダーだ。
「また会おうよ! 今日が一番じゃない……また人生最高って思える様な日を、一緒に過ごそう? これはその、約束の証!」
ライアは手の中のカボチャマンをジッと見つめている。
「え、えへへ……どうかな……?」
「……嬉、しい。ありがとう、ベル。じゃあ……またね?」
「う、うん! またっ!」
再開を約束して、今度こそベルはライアを見送った。カボチャマンのキーホルダーこそ失ってしまったが、それでもいいと思えた。自分よりもライアの手にある方が、正しい気がしたから。
どこかスッキリした気持ちで、歩き出すベル。
ライアと過ごして満足してしまったので船に帰ろうと思った────その時。
ゴウッッッ!!
と鋭く風を切って、上空を円盤の様な何かが飛び去った。同時に、地上を強風が襲う。
(な、なにっ……!?)
続けざまに飛んできた三機のアーク。
更に最後の一機は奇妙に回転した上に、装甲の一部を地上に落下させた。落下した装甲はビルに当たり一部が崩落。更に落下し、その下の歩道橋も粉砕する。
「きゃあああ!!」
「な、何だ!? アーク!?」
「帝国軍が飛んでるぞ!」
(帝国のアーク……!?)
確かに、さっき回転している機体はモノアイだった……ベルの脳裏に浮かぶのは、先日のコロニー・セブンスでの戦い。崩壊していくコロニーの姿。
「まさか、また────!?」
そう考えた瞬間、ベルは駆け出していた。
端末を操作して、ティアナに連絡を取る。
『ん……どうした、ベル? 何があった?』
「ティア! コスモスの! 出撃の準備をしてっ!」
『!? ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体何が────』
「帝国軍がコロニーを襲ってるの!」
『帝国が、コロニー・サードを襲ってるぅ!? は、反乱? 何故……いや、そんな状態ならすぐに船を出そう。急いでここを離れた方がいい!』
「見殺しにするつもり!?」
『コロニー・サードは帝国領だよ!? 守ってやる義理なんてないだろう!?』
「どこの国かなんて関係ない! そこに住んでる人達がいて、その人達はまだ生きてるんだ! でもここで見捨てたら……セブンスと同じ事がまた起きる!」
『しかし仮にも奴らの領地で勝手にアークを動かせば後で問題に────!』
「大丈夫、問題ないよ」
ベルはそう、ハッキリと言い切った。
あまりに迷いなく言うものだから、ティアナは面食らってしまって、
『ど、どうしてそう言い切れる?』
言葉に詰まってしまったが、何とか口から疑問の言葉を出す。
それに対してベルはあっけらかんと言い放った。
────勘、だと。
『か、勘って』
「直感。そんな気がしたから……お願い、ティア!」
『う、うむむ……』
ティアナは猛烈に迷った。
可愛いベルの頼みは何でも聞いてあげたいが、判断を誤ればクルー全員の運命が危なくなるし……でも前にそうやって大人の対応をした結果、ベルを傷つけちゃったし……。
(そういえば、以前ベルが未来を見たって言い出した話……)
あの時は正直疑っていたが……結局、ベルの見た未来は現実のものとなった。
もし、今回もそうだとしたら? オカルトチックな話だが、ベルには未来が見えているのでは? 前例がある以上信じない方が科学的ではない、か……?
『分かった、コスモスの準備はしておく』
悩んだ結果、ティアナはベルの直感に従う事にした。
「! ありがと、ティア! 大好きっ!」
ベルははにかんで、通信を切る。
そうと決まれば、後は全力で戻るだけだ。
「へえっ!?!? べべべ、ベル今なんて────」
「帝国軍が来てるってマジか!? アタシのキャニオンも出せねえのか!?」
「無理ですよ、キャニオンはまだ修理中です。少尉があんなに派手に壊すから」
「アタシのせいだってのか!?」
「うわ、暴力反対ですっ!?」
「ちょ、ちょっと二人共黙っててくれ! 今ベルが私に愛の告白をしているんだっ!
べべ、ベル、き、キミの告白は嬉しいけどね! 私達の年はまあそんなに離れてるって訳じゃないけど! 女同士でも子供を作る技術はあるから旧時代程、問題があるって訳でもないが! し、収入面! は二人共十分だし……が、外聞! 外聞が悪いぞ! わ、私みたいな地味女と一緒になると外聞が悪い! お義父さんとお義母さんに何か言われるかもしれないなぁ〜! ま、まあキミがそれでもと言うのであれば? わ、私は────あれ、切れてる……」
☆☆☆ ☆☆☆
「どこまで逃げる気なのですか?」
ルエリの問いに、バナンは答えない。
無心にフライトコアを動かし、目的の地を目指している。
「潔く諦めなさい。すぐに守備隊が来る。こんな小さな機体では、大した抵抗も出来ないでしょう」
「守備隊は来ません」
ようやくバナンは口を開いた。但し内容はルエリが聞きたい事ではなかったが。
「守備隊は快く、我々に協力を約束してくれました。平和を望む者は、それ程多いという事です」
「だから諦めるつもりはない、と? 守備隊が来ようと来なかろうと、同じ事。軍が動けばすぐに鎮圧される」
「ルエリ様……お忘れか? 私は言いました、この機体はアークのコアに過ぎないと」
「たった一機のアークでは────」
「たった一機……されど一機! あるのですよ……帝国には! 一機にして戦術級────ギガアークというものが!」
やがてフライトコアは、目的の場所に到着する。
そこは海。とはいえ、あのリゾートホテルのビーチからは遠く離れた、沖合の地点である。
バナンは迷わず海の中へと機体を侵入させた。
コロニー・サードの海の中。シャチの群れで観光客も寄せ付けない沖の海底。
そこにはこのコロニーの秘密が隠されている。
派手な歓楽街の裏、普段は事情を知った者達が潜水艇で集まり暗い目的に利用する為の水中ドッグ。
バナンは遠隔操作でドッグの入り口を開けて中に入る。
「ここは一体……?」
「さあ姫。ご覧に入れましょう……我らの秘策を!」
フライトコアが水中に入って数分後。
────海が。海が、割れた。
派手な音と水飛沫を上げ、割れる海。
白波の中から姿を現したのは、従来のアークの五倍以上の大きさを誇る超巨大アーク。
コックピットの眠る頭部は、逆さにした水鉢の様に膨らみ、空っぽの胴体は細長くまるで骨組みだけの様。
そして頭部に生えた細長い大量の触手。一本一本がうねうねと動き回り、どこかエイリアンの様な宇宙的狂気を感じさせる。
「こんなアークが……帝国に!?」
驚くルエリとは対照的に、バナンが高笑いを上げた。彼の頭には機体に脳波を伝える為の特殊ヘルメットが被さっている。
「フハハハッ! そうだっ……我々は必ず、平和を勝ち取ってみせるっ! このギガアーク────この【クララゲー】でっ!!!」
●チュナ / CHUN-a
皇族直属の部隊にのみ配備される特別な量産型アーク。強靭な素材を利用した白い重鎧とビームランスを持った騎士風の機体。
ビームランスはそのまま使うランスモードと、出力を絞って前方に刃を発射するライフルモード、二パターンが使用可能な万能武器。
アンジーと同等の出力を有し、重装甲だが運動性も悪くない。
これはいいものだ……。
●クララゲー / CLARA-GA-e
ギガアークと呼ばれる超巨大アークの一つ。
逆さにした水鉢の様に膨らんだ頭部と細長い骨組みだけの胴体、そして頭部から生やした大量の触手と、エイリアンの様な宇宙的狂気を感じる特殊アーク。
触手にはエナジーキャノンが内蔵されており、擬似的なオールレンジ攻撃が可能。
身体が大きく小回りが利かない点は、ビームリフレクションを発する事の出来る大型ドローン……リフレクションドローン十二機を展開してサポートさせる。
無数の触手から繰り出されるトンデモ火力は当に戦術級。一機で戦況をひっくり返せる力があるだろう。
しかも脳波コントロール出来る。しかも(従来のアークと異なり操縦桿やフットペダルに頼らず)手足を使わずにコントロール出来る。
フハハハ……怖かろう!