新人です。エースパイロットやってます。   作:今井亜美(ハーメルンのすがた)

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 爺さん「婆さん! 空から女の子が!」
 婆さん?「二番のバルブを閉めろぉ!」


井の中の蛙は蟹を食うか
二十七話 新人とじっちゃんとばっちゃんとワンコロ


 

 コスモスのエナジーシールドに弾き飛ばされ、無理矢理限界高度の外側まで移動させられた真紅の機体。

 

 シュリンピーのコックピットに座っているパイロット……強化人間のライアは、湧き上がる激昂を隠そうともせず両拳を正面のコンソールへと叩きつけた。

 

「ベルッ……! ベル、ベルッ!! 許さない。私を、私を置いて一人で逝くなんて……絶対に許さないっ……!」

 

 ライアはキッとコスモスの落ちた先、青く光る地球を憎悪に狂った瞳で睨みつける。

 

(地球だろうとあの世だろうと……どこへ行こうと逃がさない……!)

 

 右足のフットペダルを踏み締め、そのまま目前の地球へと加速しようとした、瞬間。

 

『そこまでよ。ライア・ソシエ少尉』

「っ!」

 

 燃え上がった頭に水を差す様な通信。

 その声は、艦長エレノアのものだった。

 

『これ以上の命令違反は許しません。早急に艦へ戻りなさい』

 

 エレノアは冷たく言い放つ。艦長直々の通信では無視も出来ない。しかしそこで全ての感情を抑えられる程、ライアは大人ではなかった。

 

 彼女はマイクをオンにし、沸き立つ苛立ちをぶつける様に叫ぶ。

 

「ですが三本角は地球に落ちましたッ! 任務を考慮するなら追撃に向かうべきでしょ!?」

 

『────ナナシ・モブ曹長の機体をロストした』

「!」

 

 その一言は、沸騰しきったライアの頭を一瞬冷静にさせた。ナナシ・モブ……天然のエクシードの機体ロスト。これが意味する事は即ち……。

 

(天然さんが死んだ? 何故? あれ程の強さを持って自然に死ぬ訳がない。だとするとこれは────)

 

 ライアは即座にナナシの死に対して当たりを付ける。ライアが押し黙った事を肯定と受け取ったのか、艦長が再び、「戻りなさい」と命令する。

 

『分かるでしょう? 貴方まで失う訳にはいかないの』

「…………了解」

 

 渋々、といった様子でライアは怒りを呑み込んだ。機体を反転させ、地球を背にスラスターへ火を灯す。

 

 徐々に遠ざかっていく地球を振り返ってライアは呟いた。

 

「ベル……私達は惹かれ合う運命なんだよ? 死んでたら、許さないから」

 

 

 

 ライアとの通信を終え、エレノアは一人深く息を吐いた。ライア・ソシエ……ナナシ・モブよりは扱いやすいと言っても、問題児に変わりはない。

 

「もう少し軍人としての意識を持って欲しいわね、二人とも……」

 

 まあ一人はもういなくなってしまった訳だが。

 

(随分呆気ない最期だったわね……)

 

 エレノアはナナシについて想いを馳せる。

 生意気な子供でありながら、まるで全てを理解しているかの様な超然とした視座。

 

 殺しても死ななそうな恐ろしい力を秘めた子だった。今回の機体のロスト……彼女の実力を考えれば、撃墜されたとは少し考え辛い。

 

 となるとこれはやはり謀殺。例の上層部が、何らかのトラップを仕掛けた可能性は高い。でもだとすると一つ分からない事がある。

 

(全てを見通す彼女の目には……トラップは映らなかったのかしら?)

 

 仮に映らなかったとすれば……少々期待外れだ。

 折角軍人にまでなって見つけた最高の暇つぶし相手だったのに。

 

 帝国を潰す所か、あっさりと潰されて死んでしまうなんて余りにも情けないではないか。悲劇や喜劇としては良いかもしれないが、出来栄えは二流だ。負けるにしても、もうちょっと粘って欲しい所だ。

 

 だがそうではなく、全て映っていたのだとしたら?

 

 全てを理解した上で、ナナシ・モブがその道を選んでいたのだとしたら。

 

 今回のシグナル・ロストも彼女の思惑通りという事になる。目的は不明だが察するに……死んだと思わせて上層部の監視から隠れる為、か? 

 

 ただ隠れた所で反撃の一手にはならないと思うが、まさかこのまま舞台を降りるつもりなのだろうか。

 

(まさか。ここで終わりじゃないわよね……? エクシード)

 

 エクシードは最高の役者。役者が舞台から勝手に降りるなど許されるものではない。だってそんな事をされたら……観客が、私が面白くないじゃない。

 

 彼女はきっと帰ってくる。エレノアはどこかそう確信していた。

 

 

 

 一方その頃。

 ドルフィンの格納庫、外。

 

 すぐの廊下で、握り締めた拳を力強く壁にぶつける男が一人。

 

「クソったれッ!! クソッ!! あのッ! 馬鹿なクソガキめっっ……!!」

 

 帰還したばかりでまだパイロットスーツも脱いでいない、元第四小隊隊長……トミー・バーニスである。

 壁に手を打ち付ける度に、ジンジンと鈍い痛みがトミーの右手に広がる。

 

 しかし彼はそんな事まるで気にならないとでも言う様に何度も、何度も、何度も全力で壁を殴る。

 

「忠告しただろうがっ……! 何で死んだっ……こんな事なら、一人にさせるんじゃなかったっ……! また俺のせいで……俺のっ……!」

 

 拳の皮がめくれ、痛ましくじわりと滲んだ赤い血が、ぽつぽつと床を汚す。

 トミーは固く拳を握ったまま、動かない。

 

 そんな彼の背から、

 

「バーニス大尉……」

 

 と静かに声を掛けたのは、同じくパイロットスーツに身を包んだ青い髪の男。リカルド・ドッグマンである。

 

「……リカルドか。無事だったんだな」

 

 トミーは振り返って、リカルドの姿を認めると、彼なりに笑顔を作ってみせた。が、その表情は痛々しく、とてもじゃないが直視に耐えないとリカルドには感じられた。

 

 そんなリカルドの気持ちが伝わったのだろう。

 トミーは困った様に壊れた拳で頭をかく。

 

「情けねえ所、見せちまったか」

「そんな事ないです。部下の為に泣けるバーニス大尉の事を、自分は尊敬しています!」

 

 その言葉はリカルドの本心から出た言葉だった。

 しかしだからこそ、その眩しさが今のトミーには深く突き刺さった。

 

「……なら反面教師にしろ。幾ら部下を思ってたって死んじまったら意味ねえんだ。お前は俺みたいになるな」

「バーニス大尉……」

 

 トミーは深く息を吸って、吐いた。

 先程よりは随分と落ち着いた様に見えた。

 

 二人は連れ立って廊下を歩き出した。

 暫く会話は無かった。何も喋る事もなく更衣室に入り、パイロットスーツを脱いでゆく。

 

 そうしていると、ようやく、トミーが口を開いた。

 

「……リカルド。お前、何で軍人になった?」

「それは……四年前に故郷で募兵があって、それで」

 

「自主的に軍に入れば様々な税が免除されるって宣伝されてたアレか。確かボブもそれで入軍したんだったな……」

 

「自分は母子家庭で金もあまり無かったので……母に楽をさせられると考えて、志願を決めました。そうして軍事学校に入れられて」

「才能を認められて、エース待遇か」

 

「大尉は……どうして軍に入ったんですか?」

「……親父がコロニーの守備隊員でな。ガキの頃はあんまり家にもいねえで威張ってる親父が嫌いだったよ。でもある日、親父が死んで……」

 

 殉職だった、とトミーは告げる。

 

「港の見学に来てた学生が、事故でコロニーの外に投げ出されたんだ。命綱も付いてたんだが、ソイツがパニクった結果、外れちまってな。親父はたまたまその時巡回してた……聞いた話じゃ、すぐにケーブル片手に、それを追って飛び出したらしい」

 

 学生に追いつくには、ケーブルの長さが足りなかった。だから仕方なくケーブルを手放して追いつき……ケーブルの方向へと学生を押し出した。

 

「そのまま親父は宇宙を漂流。見つかった時には酸素切れで死んでいた」

「それは……悲しい、ですね」

 

「ああ……ま、なんだ。その話を聞いて、初めて親父がカッコよく見えたのさ。だから俺も人を守る仕事に就きたくて……軍人になったって訳だ」

 

 トミーは悲しげに笑って、目を伏せた。

 

「だが現実は真逆だ。人を守る所か、俺のせいで皆死んでいく。俺は軍人には向いてねえな……」

「そんな事は……ここまで生き残ってきた大尉の実力は本物ですよ」

 

「いや、いいんだ。今回の件ではっきり分かった。俺はこの戦争が終わったら軍を辞める。それまで生きてるかも分かんねえがな」

 

 着替え終わったトミーが更衣室の外へ出ようとする。その背中に、リカルドは声を掛けた。

 

「大尉の指揮下にあった兵は……九割が生き延びたと聞きました」

「…………」

 

「ジャッコに乗った兵が、ネーゼの艦隊相手にです! 確かに死んだ人もいます……でも、大尉のお陰で生き残った人も大勢いる筈です! それは……それは、誇ってもいいんじゃないでしょうか……?」

 

「……それは、俺の手柄じゃねえ。二階級特進したウチのエースのお陰さ」

 

 そう呟いて、トミーは部屋を出ていった。

 リカルドは何故か、どうにもやり場のない悔しさを感じて、ロッカーを殴った。

 

 右手が、痛い。

 得られた物はそれだけだった。

 

 

 

☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 ……声が聞こえる。

 チュンチュンと騒ぐ、アイリスの声だ。

 

 アイツ、今はカラスの身体だからか、たまに鳴く時があってうるせえんだよなー……。

 

 ん、待てよ? カラスなら鳴き声はカーカーじゃないか? でも聞こえる声は確かにチュンチュンだ。

 

 チュンって鳴く鳥は……何だったっけ……?

 確か、地球にそんな鳥がいたような……。

 

 あれ、地球……? 私はいつ、地球に来たんだっけ……?

 

(あ、そうだ……私は地球に落ちて、三本角に掴まって、それで────!!)

 

 ────パチリ、と目を開けると、視界の殆どを鋼鉄製のカラスの顔が埋め尽くしていた。

 

 どうやらアイリスの奴は、人の胴体に乗って、私の顔をずっと覗き込んでいたらしい。

 

『マスターっ! 目を覚ましたのですねっ!!』

 

 私と目が合ってすぐ、アイリスは飛び上がって喜んだ。バサバサと翼を大きく広げて大袈裟に私の身体に抱き着いてくる。

 

『このまま目を覚まさなかったら……どうしようかと……』

 

 ……随分大袈裟だな。

 そんなに寝坊したのか、私は。

 

『丸三日は眠ったままだったんですよ……』

「ふーん」

 

 三日かー……そりゃ確かにいっぱい寝たわ。

 寝過ぎて逆に眠い位だ。ふぁあ、と口から欠伸が漏れる。もう三日寝よっかなー。

 

『やはりマスターと言えど……大気圏突破は無茶だった様ですね』

「いや、三本角のせいだ」

 

『三本角? 何故あのマシンが出てくるんです?』

「落下中に偶然会って、風除けにしたんだ。でもそれが失敗だった。変なシステムが作動してパワーを持ってかれちまった」

 

『パワーを……!? 大丈夫なのですか!?』

「分かんねえけど身体が滅茶苦茶重い」

 

『それは大丈夫じゃないやつですよ!?』

 

 いや、生きる分には全く問題ない筈だ。

 辛いとか苦しいとかは全然しないからな。

 

 ただ普段より身体が重くて、頭が霧がかってるみたいな感じだ。思考が鈍いって言うよりも、いっつも勝手に見えてた直感が、今はあんまり感じられない。

 

『直感が……』

「直感だけじゃなく力もやばいな……前はお前の身体なんて指一本でぺちゃんこに出来たのに、今は全力で握っても壊せない気がする」

 

『(指一本……)ほ、本当ですか? それなら……測ってみます?』

 

 嘴を握って下さい、と誘われたので、

 

『そっとですよ!? 絶対に壊さないで下さいね!?』

 

 何かうるさいのを無視してむんずと握り、力を込める。ギリギリと嘴に圧力をかけるが、壊れる気配は一向になかった。

 

『……ぜ、全力ですか? これで?』

「全力だ」

 

『カー!? そ、そんな……握力がたったの……666kg!? 大型のゴリラとほぼ同レベルしかないじゃないですカー!?』

 

 ゴ、ゴリラと同レベルだって!?

 そ、そんな……そこまで弱くなってたのか私は……!

 屈辱だ……ゴリラと一緒なんて、人間として恥ずかしい……。

 

 一刻も早く回復して、普通の人間に戻らないと!

 

『回復の見込みはあるのですか?』

 

 ある!

 でも【ここ】じゃダメだ。重苦しい地球にいたんじゃあ回復までに何ヶ月もかかっちまう。

 

 回復するには宇宙に出るしかないだろう。

 宇宙でポテチを食えばすぐに治る筈だ。

 

『ポテチにそんな効果が……!?』

 

 当たり前だ、ポテチだぞ?

 ポテチの主成分は宇宙を構成している元素と同じだ(※適当)。それを食うって事は、宇宙の理を食うのと同義なんだ(※超適当)。

 

 つまりポテチさえ食えばどんな病だろうとたちまち治す事が出来る(※個人の感想です)!

 

 腕が千切れたってポテチを食えば生えてくるぞ(※個人の感想です)! 

 

 ポテチ最高(※個人の感想じゃないです)!

 

『ポテチで医療革命が起きてるんですがそれは』

 

 まあ流石に冗談だけど。

 宇宙でポテチいっぱい食ってゆっくりしてたら治るんじゃないかなー、とは思う。

 

『それなら暫くは我慢して頂くしかないですね』

 

 そうだな。仕方ないからそれはいい……んだけど。まず、ここどこだ?

 

 キョロキョロと辺りを見回す。

 私が寝ていた場所は……家、だった。

 

 どっかの家の小さい部屋。

 左手の窓には白いレース付きの、少し汚れた生活感のあるカーテン。

 

 カーテンの向こうからはあったかい日差しが差し込んでいて、チュンチュンと騒ぐ変な鳥の鳴き声が聞こえる。私がさっき聞いたのもこの声だろう。

 

 右手の壁隅に木製のタンスがある。

 木製の家具なんて、初めて見た。古い映画では見た事あるから、存在してるのは知ってたけど……。

 

 そして一番不思議なのは、私の寝ていたこのベッド。孤児院時代を思い出す、ふかふかの白い羽毛布団と枕。

 

 頭上を見上げるが特に穴なんて空いてない。

 つまり、私はここに直接落ちてきた訳じゃない。

 

 誰かが私をここに連れてきて、寝かせたんだ。

 

『はい。マスターは拾われたのです』

「拾われた? 誰に?」

 

『それは────』

 

 アイリスが答えるより前に。

 

「わんっ! わんっ!」

 

 騒がしく吠える何かが、部屋に飛び込んで来た。

 白いモフモフとした毛むくじゃらで、私の半分くらいの高さはあるデカい四足歩行生物。そして、「わん」という特徴的な鳴き声。

 

 つまりコイツは────【ワンコロ】だな!

 

『犬です、マスター』

「わんっ!」

 

 わぷ。

 ワンコロは勢いよくベッドで寝ている私に向かって飛び掛かってきた。

 アイリスは一人、飛んで退避する。

 

「私はコイツに拾われたのか?」

『そんな訳無いじゃないですか』

 

 違うの? 今完全にそういう流れだったじゃん。

 

『犬にそこまでの知能はありませんよ』

「喋るカラスが言う事じゃねえだろ」

 

「わんっ!」

 

「ほら、ワンコロも怒って────うぶぶぶぶ!?」

 

 くっさっっっ!!!

 鼻舐められたんだが!? は!?

 

 ふざけんなワンコロ! 

 私の顔はオヤツじゃないぞ! 

 

 ベロベロ舐めんじゃねえ……口くっさコイツ! いやくっっさ!? くさい!! めっちゃくさいっ!!

 舐めんの止めろ! バカワンコロ!

 

「あっちいけ! シッシッ!」

 

 口を手で押さえて追い払うとようやくワンコロはどいてくれた。解放された私はゴシゴシと布団で顔を拭う。うええ……まだくさいし。早くシャワー浴びたい……見ろ、涎が服にべっとりついて……。

 

「ん?」

 

 私はそこで気が付いた。自分の格好に。

 パイロットスーツじゃないじゃん私。全然違う服を着てる。

 

 立ち上がって確認してみる。

 淡い桃色をした、Tシャツとスカートが一体化した様な半袖の服だ。

 ボブニキが昔、こういう服について何か言ってた様な……。

 

「なあポンコツ。この服って……」

『ワンピースですね』

 

 そうだワンピースだ。思い出した。

 

『マスターのパイロットスーツはボロボロになってしまったので、おばあさんが着せていました』

「おばあさん?」

 

『マスターを拾って下さった方です。おじいさんもいますよ』

 

 ふーん、じっちゃんとばっちゃんか。

 私を拾ってベッドに寝かせてわざわざ服までよこすなんて……。

 

 随分変な奴等なんだな。一体何考えてんだか……。

 

『邪な人達では無いと思いますが……』

 

 とにかく会ってみよう。今はどこにいるんだ?

 

『恐らく、裏の倉庫でしょう。きっと今日も選別作業中でしょうから』

「よし、なら倉庫に行くぞ」

 

『あ、お待ち下さいマスター!』

 

 くるりと振り向くとアイリスが口を大きく開いて、見覚えのある青く光る石を吐き出した。絵面最悪だな。

 

 あれは月光石……ルエリから貰ったペンダントだ。

 

『万が一の為に隠しておいたのです』

 

 アイリスは吐き出した石を咥えて私に差し出す。

 受け取って、久しぶりに月光石を握ってみた。

 

 そうすると何だか胸の辺りがあったかくなって、好きだった。早くまたルエリに会いたいな……。

 

「守ってくれてあんがとな、アイ……ポンコツ」

『んん? 正しく名前が言えてませんよ、マスター! 私はポンコツではなくアイリス! アイリスです!』

 

「……うっさいな。そもそもお前のポンコツ・プログラムはちゃんと直ったのか?」

『直りましたよ! ……三割程は』

 

「直ってねーじゃねーかポンコツ!」

『仕方ないでしょう!? 私のプログラムは膨大ですし、学習データも全て見直してるんですから! 書き換えてる間も動作が出来るように少しづつ進めてますから、どうしても時間はかかるんです!』

 

「……どのくらいでクリーン作業が終わるんだ?」

『完全にクリーンな状態には……後、十日程はかかるでしょうね』

 

 十日……長えな。

 まあすぐに宇宙に帰れる訳じゃない。そもそもここからどうやって帰るのかもまだ考えてねえんだ。

 

 時間はたっぷりある。焦らず、一つ一つやっていこう。

 

『ではまずはおじいさん、おばあさんに』

「会うとこから……だな」

 

「わんっ! わんっ!」

 

 何が嬉しいのか、ワンコロが吠えて部屋を出る。私も部屋を出ると、少し前でワンコロがこっちを振り返っていた。

 

「わんっ!」

『どうやら案内してくれる様ですね』

 

 ワンコロにそんな知能があるのか〜?

 

『犬は賢い動物です。バカにしてはいけませんよマスター』

「数分前のお前に聞かせてやれ」

 

『さ、行きましょうマスター!』

 

 アイリスが定位置とでも言いたげに私の頭の上に飛び乗った。私はてこてこと、ワンコロの後について家の中を歩いていく。

 

(家も木造なのか……)

 

 木材が貴重なコロニーじゃあ考えられないな。

 ワンコロは器用に階段を降りて下の階に移動した。

 

 どうやら私が寝ていたのは二階だった様だ。

 階段を降りると、リビングに出た。

 

 そこに置いてある家具も、木製の物が多く見える。

 テーブル、椅子、棚。全て木で出来ていた。

 

「わんっ!」

 

 ワンコロが前足でドアを押して、家の外に出る。

 私も外に出ると日差しが目に突き刺さった。

 

「ま、眩しい……」

『マスターはずっと寝ていましたからね……』

 

 目を細めてゆっくりと歩く。

 わうん? と不思議そうな顔でワンコロが鳴いて戻ってくる。

 急に足の遅くなった私が心配になったらしい。

 

「問題ないから先いけー、ワンコロ」

「くーん……」

 

 分かってるんだか分かってないんだか。

 ワンコロはほぼ隣に立って進み始めた。

 

 付いていくと家から少し離れた位置に小屋が見えてきた。あれがアイリスの言っていた【倉庫】なんだろうか。

 

 風に乗って、青臭い土の匂いが鼻についた。

 そういえば空から落ちてくる時に、畑みたいな物を見た様な気がするなー。

 

 そんな事を考えながらぼんやり歩いていると、倉庫までついていた。

 ワンコロが一足先に中に入る。

 

「おう、シロや。お前もこっちに来たのかぁ?」

 

 しわがれた男の声がする倉庫の中に私も足を踏み入れる。倉庫はそんなに大きくない。

 

 デケェコンテナが幾つか置いてあって、その中に泥だらけの黄色くて丸い、ゴツゴツした物がぎっしりと詰まってる。

 

 ある一つのコンテナの前で白髪の散らかった男が座って、ワンコロを撫でているのが見えた。

 

 そばにはもう一人白髪の奴が座っていて、そいつは丸い物を手に取ってジロジロ見ては左右に置いた別の小さなコンテナに移すよく分からん作業に没頭している。

 

 私の観察する視線に気付いたのか。不意に白髪の男がこっちを見て、驚いた様な顔をする。

 

「おお!? ようやっと目ぇ覚めたか!!」

 

 男の声でもう一人の白髪もこっちに気付いたらしい。振り向いた顔を見て、ようやく年食った女だって事が分かった。

 

 多分こいつらがアイリスの言っていた【じっちゃん】と【ばっちゃん】だな。

 

 二人は立ち上がって私の所まで歩いてきた。

 

「もう歩いて平気なのかい?」

 

 ばっちゃんが私の気を遣った様な声色で聞いてきた。私が頷くと、じっちゃんとばっちゃんは嬉しそうに笑う。

 

「ああ良かった。三日も眠ったままだから心配していたのよぉ」

「いやホント、元気ぃなって良かった! アイリスちゃんから話聞いて、病院には連れてかなかったけんど、それが正しいかも分からんくてなぁ」

 

 アイリスの奴はフフン、と誇らしげに胸を張った。

 一体何を説明したんだか。

 

「名前は聞いたよぉ? ナナちゃん言うんだろ?」

 

 ちょっと違う気もするけど……まあ概ね合ってはいるな。アイリスが念の為に偽名を使ったのか、それとも単純にニックネームで呼んでるのかは知らんけど。

 

「なあじっちゃん、ばっちゃん」

「なんだいナナちゃん」

 

「私、宇宙から来たんだ」

「ああ、アイリスちゃんから聞いたよぉ。事故で落っこちちゃったんだろ?」

 

 流石に軍の事は説明してないのか。

 取り敢えず私は頷いて、じっちゃんに聞いてみる。

 

「宇宙に帰りてえんだけど、どこ言ったらいいんだ?」

「うーん宇宙かぁ……少なくともこの辺には宇宙港は無いなぁ」

 

「そもそもここって、地球のどこなんだ?」

「ここかい? ここはフォレスタンって国だよ。見ての通り自然豊かで良い所さ」

 

 フォレスタン……知ってるかポンコツ?

 

『国名は知っていますが……地球のデータはあまり私の中にないですね。ネットが使えればいいのですが、クリーン作業中に外部と接続するのは好ましくありませんので……』

 

 うーん、そうなると十日はマジで動けなくなりそうだな……。じっちゃん、ばっちゃん。追加で十日間泊めて欲しいんだけどダメか?

 

「勿論構わねぇよ。なあ婆さん」

「そうねぇ。ナナちゃんみたいな可愛い子なら何日泊まってもいいわねぇ」

「わんっ!」

 

 じっちゃんとばっちゃんは、何が嬉しいのか、ニコニコと笑ってOKしてくれた。ついでにワンコロも。

 

 これは……どっちなんだろうな。

 ボブニキやデカパイみたいに、大人の癖に意外と良い奴なのか。それとも孤児院にいた大人みたいに、嘘ばっかつく嫌な奴なのか。

 

 分かんない……今の私は、直感が思う様に効かないから。

 

 この人達が良い奴なのかどうかも、私にはよく分からないんだ。

 

 直感が効かないと不便すぎる……身体も重いし、最悪だ。

 

 でも身体を治す為には宇宙に戻る必要があって。

 宇宙に戻る為には十日間待つ必要があって。

 十日間待つ為には、じっちゃんとばっちゃんと一緒にいる必要がある。

 

 堂々巡りだ。どーしようもない。

 どーしようもない事をいつまでも考えていたって無駄なだけだ。私はじっちゃんとばっちゃんとワンコロと一緒に、暫く暮らすしかない。

 

 直感は上手く効かねえが、何か仕掛けてきたらぶっ飛ばせばいいだろ。それぐらいのパワーは残ってる筈だ。

 

 だから今は、そんな事よりも……だ。

 

「じっちゃん」

「どうしたぁ? ナナちゃん」

 

「ポテチが食いてえ」

「ポテチ……?」

 

 ポテチが足りない……早くポテチを食わないと死ぬ。

 ポテチはこの家に無いのか? あるならくれ!

 

「いやぁウチにポテチは無いなぁ」

「そうか……じゃあ買ってくれ!」

 

「うーん、買ってやりてぇが……売ってる場所もここら辺には無いなぁ」

「……ない? 何で? ポテチだぞ?」

 

 ポテチならコンビニにだって売ってるだろ!

 無いとか変な嘘つくな! 嘘つきはぶっ飛ばすぞ!

 

「いやぁここらへんは畑ばっかりでなぁ……コンビニも街まで行かなきゃ無いんだよぉ……街までは、車で二時間以上かかるしなぁ……」

「コ、コンビニが……無い、だと……!?」

 

 う、嘘だ……! それじゃあ私はどうやってポテチを食えばいいんだっ……!? まさか十日間ポテチ抜きとか言ったりしないよな!?

 

『マスター……コンビニが無いんじゃ仕方ありませんよ』

「いやだ……ポテチが無いなんていやだぁっ!!」

 

『めっ! です。ご迷惑を掛けている立場なのですからそんな子供みたいな我儘言わないで下さい!』

 

 うるさい! ポテチの旨さに年齢が関係あるか!

 

 ポテチが食いたいぃぃぃ……コークが飲みたいぃぃっ!

 

 私は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 何故だ……何でこんな拷問を受けなきゃいけないんだ……私はただ、毎日ポテチが食べたいだけなのに。

 

 ただそれだけなのに……。

 

(なんで私ばっかり……いっつもこんな目に合わなきゃいけないんだよっ……!)

 

「……不便なとこでゴメンなぁ。ナナちゃん」

 

 じっちゃんの……せいじゃないだろ。

 無いものは、どうしようも、無い……。

 

「ポテチは無いけんど、ポテトだったら沢山あるからな! それで機嫌、直してくれんか? な?」

「……ポテト?」

 

 ポテト……じゃがいも。

 じゃがいもは、ポテチの袋に書いてあるから知ってるぞ。

 

 確かポテチの原材料だ……じゃがいもからポテチは作れるんだ……。

 

(待てよ?)

 

 その時、私は閃いた。

 ざ、材料があるなら……材料があるなら、作ればいいんじゃないか!?

 

 ポテチを……私の手で作れば!

 

「ポンコツ! ポテチを作るのに必要なのは!?」

『え? そうですね、じゃがいもと油、後は味付けの塩があれば作成可能かと……まさか、マスター?』

 

 そうだ……作るぞ。十日間もポテチなしなんて、絶対に許さない。ポテチが無いなら……私が一から作ってやる!

 

 私の幸せポテチライフは、ここから始まるんだ!

 





 
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