新人です。エースパイロットやってます。   作:今井亜美(ハーメルンのすがた)

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二十八話 普通「じゃない」生活

 

 チュン、チュンと鳴く鳥の名前はスズメと言うらしい。私はあったかい布団に包まれながらスズメの鳴き声を子守唄に、思いのまま惰眠を貪っていた────。

 

「わんわん!」

『マスター! 朝ですよマスター!』

 

 ────いのに、二匹のバカのせいで無理矢理覚醒させられてしまった。ふざけんな!

 

『何言ってるんですマスター……貴方が起こしてくれと頼んだのではありませんか?』

「わぅん」

 

 にしても起こし方ってもんがあるだろ!

 アイリスの声はバカでかくてうるせえし、ワンコロは一々顔を舐めてくんな! お前、口臭いんだよ!

 

『いいじゃないですか。どうせ顔を洗うのですし』

「今感じてる不快感について言ってんだよ……!」

 

 身体の上にのしかかるワンコロを乱雑に引き剥がしてから床へ放り投げ、上体を起こし伸びをする。その横ではアイリスが嘴でカーテンを引っ張って開けていた。

 

 窓から柔らかい日差しが部屋の中に差し込んでくる。

 

 外はまだ日の出が始まったばっかりで、少しだけ仄暗い。随分早い時間に起こしてくれたなクソボケツインズめ。

 

『農業者の朝は早いのですよ、マスター』

「……顔洗ってくる」

 

 のそのそと部屋を出て階段を降りると、リビングにはもうじっちゃんとばっちゃんがいた。じっちゃんは手に青いゴムの手袋を嵌めて、頭にはガザガザしたベージュ色の植物で編み込まれた帽子を付けている。

 

「おー! ナナちゃん、おはよう! ちゃんと早起き出来て偉いなぁ」

「……うん」

 

 返事をすると同時に、大きい欠伸が出た。

 じっちゃんは何がおかしいのかニコニコと笑いだす。

 

「やっぱ眠いかぁ。どうする? 今日はやめとくか?」

「……いや、やる」

 

 確かに眠い。眠い……けど!

 

 やる。

 

(ポテチのため……ポテチのためだから……)

 

 ポテチを食うためなら、私は何だってやるぞ。

 そう……それが例え、変な大人に観察されながらガラス張りの部屋で毎日暮らす事だって、兵士として戦場に出て人殺しをする事だって……早起きして農家のじっちゃんの畑仕事を手伝う事だってっ!

 

「約束だぞじっちゃん! 畑仕事を手伝ったら、じゃがいもよこせよ!」

「ははは……おう! 約束だなや、手伝ってくれたらでっかいじゃがいも、いーっぱいやるからなぁ」

 

 何で私がこんな事をする羽目になったのか。

 それは……アイリスのバカのせいである。

 

『カー……また失礼な事考えてますね、マスター』

 

 失礼じゃない、事実だ。

 時は昨日、私がポテチが無いなら作ればいいという天才的発想に思い至った時にまで遡る。

 

 

 

 あの日、私はその考えに至った後、すぐにじっちゃんへ「じゃがいもをくれ! あと塩と油も!」とお願いをした。

 

 じっちゃんは快く私のお願いを聞いてじゃがいもを分けてくれようとした……のだが、それを止めたのがこのポンコツカラスである。

 

『カー! マスター、幾ら何でも失礼ですよ! 拾って頂いた上に衣食住まで提供して貰って……その上にじゃがいもまでタダで貰おうなんて!』

 

 そう言って、アイリスは私の頭の上で喚き出したのである。そんな事言われたって今は金も無いしどうすればいいんだよ?

 

『それならば別の形で何らかの恩返しをしましょう! 働かざる者食うべからず、です!』

 

 そんな訳で、何か手伝える仕事はないかじっちゃんに聞いた所、「なら畑仕事を手伝ってみるかい?」と言われ、よく分からんかったが私は頷いた。

 

 正直こんなに早起きしなきゃいけないんだったらもう少し考えてから頷くべきだったと思う。

 

 

 

 まあ、そんなこんなで私はじっちゃんの畑仕事を手伝う事になった訳だ。

 洗面所で顔を洗い髪をいつもの様にサイドで留める。

 

 いつも使ってたゴム紐は大気圏突破の際に燃え尽きてしまったので、洗面所に置いてあった黒いゴム紐を勝手に拝借する。ばっちゃんのやつかな、たぶん。

 

 準備を完了させてリビングに戻るとじっちゃんが着替えを渡してきた。

 

「農作業は汚れるからなぁ。これに着替えなさい」

 

 服は上がグレーの質素な長袖の服で、下が暗めの青いズボン。両方とも洗濯はされてるものの所々汚れが残っているから誰かの使い古しだろう。

 

 服と一緒にゴム手袋も混ざってた。これもじっちゃんがつけてるのと同じ奴だ。サイズは子供用だけど。

 

 その場で昨日の夜に借りたパジャマを脱ぎ捨てて服を着替え直す。サイズはちょっと大きいけど、まあ着られない程じゃない。ゴム手袋は……後でつければいっか。

 

 着替え終わると、いつのまにか部屋からじっちゃんが消えていた。

 

『全く……マスターに羞恥心はないのですか?』

「はあ?」

 

 いきなり何言ってんだこのポンコツは……。

 私は礼儀とマナーをしっかりクソ映画で学んだテーシュクな乙女だぞ? 

 

 カトせんにだってよく「貴方の礼節についてはもう何も言う事はないです……疲れました」とか「野生の猿と一体どっちがマシなんでしょうね……まあ流石に猿か」とか言われた位だもの。

 

『めっちゃ馬鹿にされてるじゃないですか』

 

 いいや、カトせんは性格がねじ曲がってるからこんなんでも最大限の褒め言葉だよ、多分、きっと。

 

 相変わらず失礼なボケカラスと会話してるとじっちゃんが戻ってきた。右手に自分の頭の上に乗せているあの変な植物製ガザガザ帽子と同じ物を持ってる。

 

『麦わら帽子ですね。地球の庶民的な帽子の一つです』

「ナナちゃん、これつけとけ。な! 畑は遮る物がなくて日差しがキツイから」

 

 じっちゃんは私の頭にガザガザ……麦わら帽子を被せて言う。

 

 乗せられた麦わら帽子に触ってみると、やっぱり見た目通り手触りもガザガザしていて、あまり良きじゃない。

 

 しかめっ面をしているとじっちゃんは自分の帽子についた紐? を指さした。紐はじっちゃんの顎に通してある。

 

 私が被ってる帽子にもおんなじ紐がついてたので、じっちゃんを見習って顎に通すとじっちゃんはニッコリと笑った。どうやら正解だったらしい。

 

「よおし、準備は出来たな! じゃあ畑に行くか!」

 

「おー」

「わんッ!」

 

「ふふ、頑張ってねぇナナちゃん。お昼ご飯作って待ってるからねぇ」

「わかった」

 

 ばっちゃんに見送られながら玄関を出る。

 靴も分厚いブーツを貸し出してくれたから、それを履いた。ちょっとブカブカするけど紐をキツく結べば履けない事もない。

 

 じっちゃんとワンコロ、そしてアイリスを伴って畑に向かって歩く。

 

 じっちゃん達の家は、地形で言うと少し小高い丘の上にあって、畑に向かう道は緩やかな下り坂となっている。

 

 じっちゃんが帽子を被せる時に言っていたが、畑には遮る物が何もないので、坂を下る最中、畑を一望する事が出来る。

 

(結構……広いんだな)

 

 一面に芋の葉っぱの緑と、その下の茶色い土が広がる光景は、見ていて新鮮な気持ちになる。

 

 宇宙にも農業用コロニーなんてものがあって、そこの中はこんな風に土でいっぱいになっているらしいが、私は立ち寄った事が無い。

 

 だから畑をまともに見るのも、クソ映画を除けばこれが初めてだったりする。

 

「ナナちゃん、どうした?」

 

 じっちゃんに呼ばれてそちらを見ると、気付けば少し距離が空いていた。いつの間にか私は立ち止まっていたらしい。

 

「何でもない」

 

 答えてまた坂を下る。あの畑に、じゃがいもがある。そして、じゃがいもは美味しいポテチになるのだ。

 

 

 

 ポテチの味を想像している内に、畑に辿り着いていた。弱体化して唯一良かった点があるとすればコレだな。

 

 バカみたいに長かった体感時間が、多少なり短くなってくれた点だ。そこだけはマジで助かった。

 

 もし普段通りの長さで、ここまでポテチを我慢しなきゃいけなかったとしたら……うーん、想像もしたくない。

 

 まあ、なんにせよ、だ。

 普段よりもマシとはいえ、実際もう限界が近い。

 とっとと仕事してポテチを食わないとっ……死ぬっ!

 

「それでどうするんだじっちゃん! 掘ればいいのか!? イモっ!」

「ああ……まずは試し掘りだなぁ」

 

「試し掘り?」

「少しだけ掘ってイモの様子を確認する事を試し掘りって言うんだよ。それで状態が良ければ本格的に掘るんだ」

 

 そう言ってじっちゃんは畑の隅を指差した。

 

「とりあえず、この辺掘ってみっか! ほれナナちゃん、スコップだ」

 

 じっちゃんからスコップを受け取って指差されたポイントに移動する。畑の上に乗ると、土が変に柔らかい事に気付いた。町中のコンクリートとも、家の中のカーペットともまた違う、不思議な歩き心地だ。

 

「根っこの下を掘り返す感じで掘ってみてくれ!」

「分かった」

 

『ゆっくりですよマスター! くれぐれもお芋を傷つけない様に、優しく!』

「分かってるってば」

 

 じっちゃんに言われた様に根っこの側に合わせてスコップの刃を畑に突き立てる。

 

 おお、土が柔らかいから上からちょっと押すだけでずぶずぶと刃が沈んでいくぞ。十分に沈めてからスコップを横へやり、根っこの下に刃を滑り込ませた。

 

 そしてゆっくりと気を遣いながら掘り起こす。

 ボコリと土が盛り上がり、根っことそれにしがみついた黄色いまん丸の何かが外へ顔を出した。

 

「おう、上手いぞぉナナちゃん!」

 

 じっちゃんは笑ってしゃがみ込んで、私が掘った根っこを引っ張り上げると黄色いまん丸を剥がして、集めていく。

 

 ワンコロが慣れた様子で根っこのあった場所を前足で掻き出した。するとまだまだ土の中に眠っていたのか、まん丸が沢山外に出てくる。

 

 あのまん丸……昨日、倉庫で見たカゴに入ってた奴だ。コレが……じゃがいもなのか?

 

「そう、コイツがじゃがいもだ。見るのは初めてか?」

「食った事はあるけど……見た目は全然違うんだな」

 

「触ってみるか?」

 

 イモをじっちゃんに手渡しされる。

 意外にデカい。私の片手じゃ乗り切らないくらいだ。

 

 土の付いたじゃがいもの表面を指でなぞると、何だかザラザラしている。食べた時の食感とは全然違うな……生だからか?

 

『それもあるでしょうが、一番は皮の部分だからかと。じゃがいもは基本的に皮を剥いて食べる物ですから』

 

 皮……なるほど。皮を剥いて食うものなのか。それで手触りが全然違ったんだな。

 

「どうだじゃがいもは? 結構おっきいだろ?」

「確かにデケェ……後は味だな!」

「え?」

 

 爪先で皮に切り込みを入れて、指を突っ込んで剥いてみる。引っ付いているのか、中々上手く剥けないな……この、このっ! 剥がれろっ! いもっ!

 

 クソッ普段とパワーが違うから力加減がムズい……!握り潰さない様に気を付けないとッ……!

 

「ま、待ったナナちゃん。じゃがいもは生じゃ食えね────!?」

 

『はぁ……(蛮族っぷりに磨きがかかってません? 知性も一緒に吸い取られたんでしょうか……)』

 

 何だかため息を吐いてるアイリスと慌ててるじっちゃんを無視して皮むきに集中する。何回か繰り返して無理矢理、一口サイズの隙間を作った。

 匂いは土っぽいけど、どれどれ……?

 

 剥いたじゃがいもに齧りつこうとした瞬間。

 

「わんっ!」

 

 とワンコロの巨体がいきなり、私に勢いよくぶつかってきた。

 

「うっ」

 

 突然の衝撃に私はそのまま押し倒されて尻餅をつく。すぐにアイリスが頭の上から飛んで逃げ、じゃがいもは私の手のひらからこぼれ落ちて土の上に転がった。

 

 そこからのワンコロの動きは素早かった。

 すぐに立ち上がって落下したじゃがいもを咥えるとそのままどこかへと走り去っていった。

 

「ど、泥棒だ……!!」

 

 泥棒だ!

 あのバカワンコロめ! 人のじゃがいも盗んで逃げやがったっ!

 

「返せワンコロっ! 私のじゃがいもだぞっ!!」

 

 とっ捕まえてお仕置きしてやる! お尻ペンペンだぞ、ペンペン!

 

 

 

☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

『全く仕方がないですねマスターは……』

「ははは……元気でいいなぁナナちゃんは!」

 

 見てて飽きない、と笑う老人の横顔を、アイリスはジッと見つめる。老人の表情は、どこまでも優しく、穏やかだった。

 

 筋組織の動きから感情の分析をしても、彼に嘘偽りはない。マスターは老人の裏切りを懸念していたが、その考えは杞憂だろう……とアイリスは結論づける。

 

『騒がしくしてしまい、申し訳ありません』

「いやいや、子供は騒がしいくらいが丁度いいんだ! ナナちゃんは見た感じ十歳になったばっかりくらいだろ?」

 

『はい』

 

 嘘である。

 本当は十三歳だ。子供である事に違いはないが、子供と呼ぶには常識の欠けっぷりが少々恥ずかしい年齢だった。

 

(まあマスターの基本的な身体データは十歳の幼児と同レベルですのであながち嘘でも無いでしょう……勿論、戦闘力は除いて、ですが)

 

 ナナシの身長や体重は十歳の時点から一切変化をしていない。まるで成長がそこで止まってしまったかの様に、いつもピタリと同じ数値なのである。

 

 その為、見た目で言えば本当に十歳の幼児と同じ。

 おじいさんが間違えるのも当然である。

 

(……あの様子では中身も子どもですけどね!)

 

 じゃがいもを咥えて逃げる犬……シロを追いかけながら大声を出すナナシを遠目に見て、アイリスはわざとらしく息を吐いた。

 

 身体の成長と一緒に脳の成長も止まってしまったのかもしれない。

 

「あの子を見ていると……孫を思い出すんだ」

『お孫さんがいらしたのですか』

 

 答えながらアイリスは、ナナシの為に用意された服装について思い浮かべた。

 最初に着ていたワンピースから始まり、畑用の作業着まで。余りにも子供用の物が揃いすぎている。それも新品ではなく、使い古された中古品として。

 

 少なくとも以前にもこの家に子供がいた……とそう推測するには十分過ぎる程だった。

 

「丁度ナナちゃんくらいの年の頃かな。夏によく遊びに来ては、農作業を手伝って貰ったっけ……」

 

 おじいさんは遠い目をして、在りし日の光景を思い浮かべていた。きっと孫が遊びに来たというのも、随分昔の話なのでしょうね、とアイリスは思った。

 

『……それは、素敵ですね』

「ああ、本当に」

 

 おじいさんは答えて、ようやく犬に追いつき、そのお尻をペシペシ叩いているナナシをボンヤリと見つめ笑みを深めた。

 

「アイリスちゃん達さえ良ければ、十日と言わず、ずっと居てくれても良いんだからなぁ」

『ご厚意、痛み入ります。マスターに代わって感謝を』

 

 アイリスは頭を下げた。

 彼らは孫の代わりをナナシに求めていた。よりにもよって、あの、ナナシに、である。

 

(ここならマスターも平和に暮らせる……このまま宇宙に上がらず、ここで暮らした方が、マスターのためなのかもしれない……)

 

 でもそれは……決して叶わない事なのだろうと、アイリスは思うのだ。十日の時が経てば、きっとマスターにも彼らの優しさが伝わるだろう。

 

(でも、きっとマスターは……ここから出ていく事を選択する)

 

 ナナシと彼ら老夫婦とでは、色々な意味でギャップがありすぎる。その差は僅か十日の間では、とてもじゃないが縮まらないだろう。

 

 縮まらなければ……別れが来るのが道理。

 

『じゃがいもは生で食べるものではないと、マスターに伝えてきます』

 

 アイリスはおじいさんを一人畑に残し、その場を飛び去った。その光景はこの先の未来を、暗示する様だった。

 

 

 

☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 遥か昔……まだ、西暦という概念があった頃。

 地球人達はより貪欲に利益を求め、互いに協力しあう事を選んだ。

 

 これが現在で言う地球連合、その前身。

 表立った国家間による争いは消え、世界には平和が訪れた。

 

 実際の所は距離が近くなった事で水面下での争いがより活発化し、地球全体で緩やかな冷戦状態が続いていたのだが……とにかく、兵器を使っての大きな戦い、戦争というものは、その時期確かに地球から姿を消していた。

 

 永く続くかと誰もが思った平和。

 しかしその代償が人類に振りかかるのは、学者達の想像よりもずっと早かった。

 

 人口の爆発的増加である。

 街からあぶれた人間達は住む場所を求め、あらゆる土地を開拓し、住処となした。各地の人口密度は刻一刻と増え続け、どんな田舎にも外部から人が侵入り込む様になる。

 

 この人口増加とそれに伴う人間の移動は、古来より一定の地域に根ざし続いてきた文化、慣習というものを粉々に破壊してしまった。

 

 今では田舎の老人達の間にひっそりと、かつての名残の様な物、その欠片が残されているだけである。

 

 行政政府は、この人口増加という危機に対抗する術を、遥か空の彼方に求めた。

 

 即ち、宇宙。

 

「────楽園は宇宙にあった。我々は箱舟【アーク】に導かれて、そこに辿り着くだろう────!」

 

 万雷の拍手によって迎えられたのは、現代まで伝えられる有名な演説、その一節。

 

 ────宇宙開拓期の始まりである。

 

 

 

「ん……ぐッ……うぅ……っ!」

 

 地球は、ユーラシア大陸。

 その中心部やや西寄り。砂の多いセントラルアジアの中にあっても、東の山々から流れる雪解け水の影響により、緑溢れる豊かな土地。

 

 かつての人口爆発の影響により生まれた、小国フォレスタンの外れ。

 

 木々が鬱蒼と生い茂る森の中で、ベルは苦しげに呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開けた。

 

「……? どこ、ここ……?」

 

 ベルは飛び込んで来た景色に疑問符を付けながら、ゆっくりと自分に何があったのかを思い出した。

 

(私は……宇宙にいて……そうだ、ライアと戦ってそれで、コスモスに乗って地球に落ちた────!)

 

 ベルは辺りを見渡した。

 湿った茶色い土の上に立つ、立派な木々が織りなす見事な森。穏やかな風が、ザワザワと木の葉を揺らす。

 

 虫と、鳥の鳴き声が、風に乗ってひっきりなしに聞こえてきた。

 

(これが、地球……)

 

 ベルはコロニー・ネーゼの出身である。

 NEZE────【Near-Earth Zone of Eden】の名の示す通り、両者の距離は近い。

 

 当然交流も盛んであり、ネーゼの学生達の旅行先にも地球は人気のスポットの一つである。

 

 ベルの周りにも地球に行ったことのある友人が何人もいた……が、ベル自身は一度も訪れた事がない。

 

 特に行きたいとも思わなかったし、その必要もなかったからである。ベルにとっては地球の自然よりも、火星のグルメ街や宇宙港でのリアルプラネタリウムの方がずっと魅力的だったのだ。

 

 そんなベルにとって、今こうして目の前に広がる地球の自然は、不思議と、とても新鮮なものとして映った。

 

 暫く神妙な気持ちでいた。が、すぐにハッとして、ある一つの不自然に気が付く。

 

(なんで私……コスモスに乗ってないの?)

 

 記憶では、自分は大気圏突破のダメージで気絶した筈である。しかし、それならば今もコスモスに乗っていなければおかしいではないか。

 

 コスモスは一体どこに行ってしまったのか。

 あのマシンは、ティアナの研究の結晶……外には決して漏らせないシークレットの塊である。

 

 ベルはすぐに起き上がって、周囲を探そうとした。

 が、その瞬間ある事に気が付き、小さく困惑の声を上げる。

 

「あれ……ぇっ……!?」

 

 両手同士と、それから両足同士……これらがツタを絡み合わせて作られた手製のロープで、しっかりと拘束されていたのだ。

 

(な、何これ……!? 何で私、捕まって……!?)

 

 目覚めてからの突然の変化に、ベルは混乱を隠せない。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、ベルの耳へと、人の話し声が飛び込んで来た。

 

 聞こえてくるのは談笑する二人の男の声。

 声はどんどんベルの寝ている場所へと近付いて来ている。

 

 ────嫌な予感がする……。

 

 直感が、ベルの脳裏に危険信号を発し始めた。

 すぐにでもここから離れなきゃ……そう思うのだが、両手足が拘束されていては逃げられない……!

 

 思考がまとまりきらない内に、男達はどんどんと近づいて来て────そして遂に、ベルと目が合ってしまった。

 

「おいおい……! 目を覚ましてるぜ?」

「マジかよ……随分長かったな」

 

 軽薄そうな笑みを浮かべてやって来たのは、短い金髪を天に向かって逆立てた、尖った鼻の男と、日に焼けた黒い肌を持ち、深い青色の髪をした長髪の男である。

 

 二人とも非常にガタイがよく、筋肉質な体付きをしている。ただ何よりベルの目を引いたのは、彼らの服装だった。

 

(ぐ、軍服……!?)

 

 それも連合軍のものではない。

 ……帝国軍の、ものだ。

 

 二人は無遠慮にベルの方へと近づいて来た。金髪が笑って、見た目通りの軽い口調でベルに語りかける。

 

「目覚めて良かったなぁ、君」

「ど、どうも……」

 

 近い。

 金髪がピッタリと、距離を離さずにベルの隣に座る。ドクン、と緊張した心臓の鼓動が跳ねた。

 

「感謝してくれよ? 俺達が君を見つけたんだぜ」

 

 金髪の男が慣れた手つきでベルの肩に腕を回した。

 ベルはビクリと肩を震わせて固まる。

 

「あ、ありがとう……ございます……」

「俺はニール! あっちのロン毛がレイフだ! 君の名前は?」

 

「えっと……べ、ベル、です」

「ベルちゃんね! 良い名前だ……そんな震えるなよ。心配ないって、俺ら優しいから。なぁ相棒?」

 

「へッ……アンタ、随分若く見えるが歳は?」

 

「え? えっと、十八……です」

 

 ヒュウ、と金髪────ニールと名乗った男が口笛を吹いた。

 

「マジかよ! 見た目が若いだけかと思ったぜ!」

「人は分からねえもんだなァオイ。そんな可愛い見た目で────人殺しかよ」

 

「え……」

 

 レイフの一言で、辺りの空気は一瞬で冷え切った。

 言葉も無く貼り付けた笑みを浮かべる二人から、殺意や敵意みたいな物が鋼鉄の針となって飛び出し、ベルの脳を突き刺す。

 

 ベルの顔からサーッと血の気が引いていった。

 

 嫌でも呼吸が荒くなる。感じるのは、恐怖だ。

 ベルは、帝国兵の捕虜になったのだ。

 

 帝国人に連合の決める国際捕虜取扱法を説いても鼻で笑われるだけだろう。つまり今のベルは……まさに何をされてもおかしくない状態、なのである。

 

 不意にニールが、ベルの身体を乱暴に押し倒した。

 

「ヒッ────ンむぅ!?」

 

 ベルが叫ぶ前にその口を大きな、ゴツゴツとした手が塞ぐ。恐怖に見開かれたベルの目と、暗い光を宿したニールの目が合った。

 

「落ち着けよ、君。別に殺したりはしないって。ただ憂さ晴らしする権利くらい、俺らにだってあるだろ?」

 

「ンーッ! ンー!?」

「やっちまえ、ニール。連合女に思い知らせてやれ」

 

(わ、私は連合軍じゃない!!?)

 

 ベルは必死に暴れるが、病み上がりの彼女に両手足を縛るツタを壊す力は残っていなかった。

 

 腹の上に男が乗り、ベルは思わず目を瞑った。これ以上の現実を見たくなかった。

 

 

 

「そこまでだよ、バカ共」

 

 ゴツンッ! と、鈍い音。

 ニールの頭に痛烈な拳骨が振り落とされ、目の奥に火花が散る。

 

 拳を握り、心の底から冷めた目でニールを見下ろすのは、無造作に肩先まで伸びた暗い赤毛の髪を持つ三白眼の女だった。

 

「イっでぇ……何すンだ、コニーッ!」

「アンタらがバカな事やってるからだろ。その子の尋問担当はアタシだよ」

 

「だからって俺だけ殴る事ねぇだろ!? レイフは────」

「もう殴った」

 

 ニールが隣を見ると、頭を押さえて苦悶の表情を浮かべるレイフの姿があった。ニールは舌打ちを一つして、ベルの身体の上からどく。

 

「あークソッ! 何でお前だけッ!!」

「いいから……とっとと今日の分のメシ取りに行きな」

 

 散々に悪態をつきながら、男二人が森の中へ消えていく。それを見送ってから、コニーと名乗った女はベルに声を掛けた。

 

「……バカ二人が悪かったね」

「…………」

 

「……? どうし────」

 

 コニーはそこで言葉を紡ぐのを止めた。

 ベルは泣いていた。大粒の涙を零し、みっともなく鼻水を垂らしながら喉をしゃくり上げた。失禁していないだけまだマシだな、とコニーはどこか冷静に考えつつ。

 

(ま、気持ちは分かるけどね……)

 

 とりあえずベルが泣き止むまで待とう、という良心が彼女にはあったのである。

 

 コニーは警戒しつつも少しだけベルから目を逸らした。そうして暫く待って、ようやくベルも泣き止み、冷静になってきた。

 

「あの……コニーさん、ですよね? 助けてくれて、ありがとうございました」

「……別に。礼なんて要らない。アタシは、自分の仕事をしたかっただけ」

 

「そ、それでも……助かったんです、私! あの時はほんとに怖くて……あのままだったら、きっと私────」

「────何か勘違いしてない?」

 

「え?」

 

 ベルはここでようやくコニーの顔をまともに見た。

 ブラウンの瞳に、光が見えなかった。

 

 突然ベルの腹に焼け付く様な痛みが走った。

 え? と困惑する内に脂汗が滲み、圧迫された胃から液体が逆流して嘔吐する。

 

 殴られた、と正常に認知出来たのは、吐いている途中だった。

 

「な、何を……」

「言ったでしょ、尋問担当だって……アタシはアタシの仕事をするだけ」

 

 コニーはゆっくりと、見せつける様に拳をベルの鼻先に突きつける。

 

「これからアンタに質問する。答えてくれたら、それで良い。答えなかったなら……もう分かってるよね」

 

 ベルは今日、二度目の絶望を味わった。

 彼女はまだ心の何処かで、現実を見切れていなかった。

 

 帝国軍の捕虜になった……その事実は、未だに健在なのである。

 





 第一回人気投票に回答して下さった方、ありがとうございました!

 色々と面白い事が分かった楽しいアンケートでした。

 また気が向いたら変なアンケートやります。
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