新人です。エースパイロットやってます。 作:今井亜美(ハーメルンのすがた)
夢を見てたんだ────。
私が、地球の第四小隊に配属されたばかりの頃の夢…………。
私は何をするでもなく、自分の部屋のベッド、その縁に腰を掛けて、ボーッと虚空を見つめていた……。
不意にコンコン、とノックの音。
「おーい、起きてるかー?」
懐かしい……ボブニキの声だ。でもこの時の私は、まだ出会いたてだったから。
声が聞こえたって、誰かも分からない。
直接顔を見たって、名前が浮かばないくらいだった。
挨拶はしてたと思うんだけど、平隊員の雑魚なんて覚える気もなかったし。
何でって……だって、どうせすぐ死ぬじゃん。
ふつーの兵士は死ぬのが仕事って、カトせんがよく言ってたもん。
死んでエリートにデータを渡す……それがふつーの兵士の役目で、それくらいしか価値がないんだってさ。
そんな奴らと顔見知りになったら、毎日お墓をつくんないといけなくなるだろ。そんなめんどくさい事はゴメンだね。
だからマトモに顔を覚えてるのも隊長のオッサンくらいで、それ以外の奴なんて眼中になかった。
だから、私はめんどくさいから、ボブニキのノックに返事を返さない。
「寝てんのか? 開けるぞー?」
なのにボブニキはしつこくノックしてきて、終いには勝手に部屋のドアを開けやがった。
チラリと私が目を入口に向ける。
浅黒い肌に筋肉質な身体。丸太みたいに太い腕とサッパリした坊主頭。
とんでもねえマッチョマンが入ってきたなー……と私はボンヤリ思っていた。
「よう! ナナシだったよな?」
「そうだけど」
ボブニキは私に気さくに笑いかけてくる。私の表情筋はいつも通り死んでる。
「入隊ん時も挨拶したが、俺はボブ。よろしくな!」
「どうでもいいけど。何の用?」
「ああ、要件なんだが……俺らは持ち回りで街に買い出しに行っててな。今日は俺の当番なんだ。だからみんなに必要な物があるか聞いてんだよ」
「ポテチ」
ノータイムだった。
「ポテチ買ってこい。コークも」
「ポテチとコークだぁ? おいおい……それだけかよ? 生活用品は? お前、来たばっかで荷物も殆どねえじゃねえか。女の子なんだし、欲しいもんあんだろ?」
「だからポテチだっつってんだろ……おばかなの?」
「ばかで悪かったなぁクソガキがっ……まあ、いいや。そこは後でリサに聞けば……ポテチとコークだな? わあったよ」
私が頷くとボブニキはガシガシと頭を掻いて、部屋を出ていった。部屋は再び、静けさを取り戻す。
静けさとは、孤独の証だった。
だから私は静かなのが好きだった。孤独と気楽はイコールなのだ。
そうして静かな時を生きているとふと、思う……。
────クソ映画がみてぇ……と。
見る者を小馬鹿にして、時間がムダに溶けていく様な、エグい位つまらんクソ映画をみてぇ……観ながら、ポテチとコークをキメてぇ。
私の耳は常に、クソ映画の喧騒を求めていた。
画面の向こうだろうと、誰かに動いて、喋っていて欲しかった。この世界に私以外の誰かがいる事を証明して欲しかった。
部屋を包むこのどうしようもない静寂を、吹き飛ばして欲しかった。
本当は私は、孤独が嫌いだった。
買い出しから帰ってきたボブニキはちゃんとポテチとコークを買ってきてくれた。
それだけじゃなく……私に服をくれた。
黒い生地の、猫のTシャツと赤いチェックのミニスカートだった。
今度は私が街に行く番、らしい。
「軍服で買い出しに行く訳にもいかねえだろ?」
そう言って、ボブニキは笑った。
どうやら買い出し当番のローテに私も組み込もうと画策しているらしい。
いやそんなん勝手に決められてもめんどいし、私は行かないけど……?
「買い出し当番なら好きなポテチ買えるぞ」
「次の買い出しいつ? 今から?」
明後日らしい。
荷物持ちと街の案内でボブニキもついてくるとの事。
明後日が楽しみだ!
「ったく。現金なクソガキだぜ……」
むむ! ナナシイヤーは地獄耳!
私の優秀な耳はボブニキの呟きも逃さず拾う。
悪口を言われてムカついたのでぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、何故かその言葉に悪意は乗っていなくて、悪態をついていた筈のボブニキは、何処か嬉しそうに笑っていた。
「ついでにもう一着、服も買ってやるよ! 一着だけじゃ不便だろ」
「ん……別に……まあ、くれるなら貰うけど」
私は初めて感じる、首筋がボワボワする様な奇妙な感覚に首を傾げていた。
妙にくすぐったいのに、不思議と悪い感じはしない。むしろもっと────。
ふと気付くと、もうボブニキはいなかった。
部屋は真っ暗になっていて、布団の上に放り投げた端末だけがチカチカと光っていた。
私はのっそりと動いて、端末を手に取る。
【何でまだ生きてるの?】
端末の中で、白い文字が踊っている。
「ポテチが旨いから」
私が応えると、文字はゆらゆらと揺れて消えた。
所詮、ただの夢だった。
☆☆☆ ☆☆☆
『マスター……そろそろ起きて下さい……』
コンコン、とアイリスの嘴に優しく額をつつかれて、私はゆっくりと微睡みから現実へ引き戻される。
「着いた〜……? あふぅ」
グッ……と伸びをすると口からあくびが漏れた。
私の上に寝っ転がるワンコロを引き剥がしてじゃがいもの詰まったコンテナの隙間から外へと顔を出すと、退屈な田舎道はもうどこかへいってしまっていて、辺りはすっかり街だった。
立ち上がってトラックの荷台から降りると、丁度近くの建物からじっちゃんとばっちゃんが外に出てきて、私に声をかけてきた。
「おう、ナナちゃん! 起きたかぁ」
「荷台でゴメンねぇ。狭くなかった?」
『いえ、とても快適でしたよ!』
「お前が返事すんのかよ」
昨日の夜、夕飯を食っている時に私は「明日にはここを出ていくから」と、じっちゃんとばっちゃんに告げた。
じっちゃん達は驚きながらも、それなら街まで送っていこうと提案してくれた。話を聞くに、丁度じゃがいも運びの用事があるとか何とか。
そんな訳で、じっちゃんの運転するトラックに乗り込んだ私だったが、座席が運転席と助手席の二席しか無かったので、私はじゃがいもと一緒に荷台の方に乗る事となった。
コンテナでギッシリの荷台は狭かったが、幸い私の身体は小さいので、寝るスペースは何とかあった。どうせ道中暇なので寝転がっていると、ワンコロが上にのしかかってくる。
邪魔だなコイツ……とか考えてたらそのままトラックが出発してビックリした。荷運びに犬ついてくんの?
ワンコロはいつもの様にペロンと私の顔を一舐めして、寝る体勢になった。
仕方ないので抱き締めて目を瞑っていると驚くほど簡単に眠気がやってくる。そうしてガタゴトドナドナと荷台に揺られ、街までやってきたってわけ。
「んで、じっちゃんとばっちゃんの用事は終わったのか?」
「いんや、イモおろすのはこれからだぁ」
そうなの? ならこんな所に車停めて何やってたの?
「ふふ、それはなぁ……」
じっちゃんとばっちゃんは顔を見合わせて楽しそうに笑うと、手に持っていた買い物袋を私に差し出した。何これ?
とりあえず受け取ると、開けてみろ、と目で促される。仕方なく中身を確認してみると、中に入っていたのは……。
「……ポテチ?」
ポテチだった!
パッケージにはデカデカと【カニポテチ】と刻まれている。
誰もが知ってる有名なブランドで、その名の通り蟹味のポテチだ。
食べ始めたらやめられねぇからよ……止まるんじゃねえぞ……! みたいな感じのキャッチコピーがあった筈だ。たぶん。ニュアンスは合ってる。
何故うろ覚えかと言うと、実は、食べた事がない。
孤児院で貰うポテチは基本的にうすしお味かコンソメ味で、たまにのりしおが混ざる感じだった。
他の味を注文してみるとすっぱい系の味や、辛い系の味、後はピザ味なんかが出た時もあった。
が、特に注文をしないと出てくるのはやっぱりうすしおかコンソメだ。カニポテチ、は一度も出てこない。
それもその筈、なんとカニポテチは、製造企業が地球にある地球限定販売のポテチなのだ!
コロニー暮らしの帝国人には入手手段が非常に限られてしまう。
だから名前は知っていたんだけど、まだ一度も食べた事がなかったんだ。
一度は食べてみたいってずっと思ってたんだけど……まさかこんな所で出会うなんて。
「ナナちゃん、ポテチ好きなんだろ? だから婆さんと相談して……なぁ?」
「えぇ。最後にナナちゃんにお土産にって。一緒にお財布と、小物の入ったポーチも入れてるから、何かあったら使うんだよ?」
「じっちゃん……ばっちゃん……」
私は思わず顔を下に向けて、二人から目を逸らした。何故か今は、二人の顔を直視出来なかった。
多分、日差しのせいだ。私は目が良いから、光に敏感なんだ。丁度日差しの角度が反射して、目に入ってくるんだろう。
だって、こんなに眩しいんだもの。
目も開けられないくらいに。
「その…………ありがとう、ございました」
『ありがとうございました』
こういう時は頭を下げて、感謝を示すんだって、私は知っていた。私は賢い女なんだ。
アイリスと一緒にお辞儀をする。
じっちゃんは何も言わず、ただ私の頭を撫でた。ばっちゃんは私を抱き締めた。
「またいつでも遊びに来てねぇ」
二人は笑った。直感の利かない今の私でも、この笑顔が本物だって事くらいは、分かってしまった。
ありがとう、じっちゃん、ばっちゃん。
だから……私は宇宙に帰るよ。
『……そろそろ行きましょうか? マスター』
「ああ」
アイリスが鳴いて羽を広げる。
ばっちゃんが名残惜しそうに身体を離す。
二人にさよならして、足早に街の喧騒の中へと紛れる。
『目標まで先導します』
アイリスは大きく羽ばたいて飛び上がると、前方の建物の屋根に止まった。私が側まで歩くと、また別の建物に移動する。追え、という事らしい。
てこてこと、アイリスを追って歩いた。
日中の街は騒がしい。結構な人が通りを歩いている。
なんとなく通り過ぎる人達を眺めた。
手を組んで歩く若い男女、イヤホンマイクで誰かと会話してる人、喫茶店の屋外席で話し合ってる壮年の夫婦、友達とはしゃいでる子供達……。
白黒のボールを追って、六人のちっこいガキが道の脇に面した広場を駆け回っている。ワーキャー奇声を上げて、うるさいのなんのって。
(………………)
私は彼らを横目に鋼鉄のカラスを追って、連合軍基地へと歩みを進める。
(……この後の作戦でも、おさらいしとくか)
アイリスと立てた連合軍基地に潜入してアークを一機盗んじゃうぞ! 大作戦の概要をもう一度頭の中でシミュレートする。
やった事はいつぞやデカパイと行った基地潜入作戦とほぼ同じだ。デカパイの代わりにアイリスが基地の防衛設備にアクセスして、その間にコッソリ入って格納庫からアークを盗む。これだけ。
但しあの時と違って、直感が利かない、力がゴリラ並みに弱体化、サイレンサーの様な潜入用装備一切なし、と圧倒的に難易度が上がってる。
アイリスがシミュレートした最もリスクの少ない経路を通るとはいえ、何が起こるか分からないのが潜入任務というものだ。
(慎重に行動しないと流石にマズイよな〜……)
「ワンワン!」
「やっぱお前もそう思うか?」
「ワン!」
だよねー……って、ん?
「クゥーン」
「ワンコロじゃん」
なんでお前こんなとこにいんの?
「ワン!」
「ついてきちゃったの? ダメでしょーが、勝手についてきたら。ほんとバカワンコロだな〜お前ぇ〜」
しゃがんで目線を合わせると、いつもの様に擦り寄ってきて、私の顔を舐め始めた。仕方ないから頭を撫でてやると、より一層嬉しそうに尻尾を激しく振って舐めてくる。口臭いからやめろって言ってるだろ〜? もー!
「仕方ねえなぁ……じっちゃん達のとこまで連れてってやるよ」
「ワン!」
しっかりお別れも済ませたんだけどなー。
もう一回会うなんて恥ずかしいんだけどなー。
しょーがねーなーコイツはほんとにもう〜。
前にいるアイリスに手で合図を出すと、すぐに状況を理解したのか、こっちに向かって飛んできた。
今の私じゃあ直感が使えないから、じっちゃんとばっちゃんの場所は正確に分からんけど、アイリスに頼めば、街中の監視カメラにアクセス出来るからすぐ見つかるだろ。
「私の慈悲深さにちゃんと感謝するんだぞ、ワンコロ!」
「ッ────ワンッ! ワンッ!」
「おい! 服を噛むなっ!?」
このバカワンコロっ! なんか知らんけど急に興奮しだして、ワンピースの裾を引っ張ってきやがる!?
折角じっちゃん達からかっぱらってきた服なのに、お前のヨダレで汚れちゃうだろ! そんなに私に再会出来たのが嬉しかったの?
気持ちは分かるけどやめろ。服はこれしかないんだぞ!
「グルルルゥッ……ゥウゥッ!!」
「やめろって! お前何をそんな必死……に……?」
私はその時になって、ようやく感じ取る事が出来た。
ぞわ……っと肌が粟立つ様な気味の悪い感覚。
それはもうすっかり慣れて、でも暫く感じる事のなかった感覚。
────死の感覚である。
「ッ!?」
瞬間、空を見上げた。
西の方からどんどん、大きな塊が近づいてくる気配がする。
キィーン……と風を切る音が遠くから聞こえた。
周りにいる街の人間はまだ、この異変に気付いていないみたいだった。それが余計に不気味に映った。
嫌な予感がガンガン膨れ上がってくる。ナナシセンサーの危険度は既にMAXに到達していた。
『────スター!! マスターッ!!』
アイリスが叫ぶ声は、ゴオッ! という激しい風圧にかき消された。西の空から巨大な異物が、街の上空にやってきたのだ。ようやく、街の人間が騒ぎ出した。
「なんだぁ!? アーク……!?」
「基地のアークでしょう?」
「うわ、近いなぁ!」
「すごっ! 写真とろっ!!」
見たことのないアークだった。
人型ではなく、見た目だけなら戦闘機に近い。
翼の部分がVの字になっているから、シルエットだけで言えばカニモドキである。
変形機なのだろうか? それなら連合のアークの可能性が高いか?
だがこの感じるプレッシャーは、明らかに平和的なそれではなかった。
私達の上に止まったアークのお腹から、何か円筒状の物が次々と発射される。私の優秀すぎる目は、ハッキリとその正体を捉えていた。
(あれミサイル────)
「ワンッ!」
「んおっ!?」
突然ワンコロが私に体当たりをしてきた。
支えを失った私の身体は地面に倒れる。
瞬間、ミサイルが地面に落下。光と音と衝撃。
頭の中は、ぐっちゃぐちゃ。
私の身体は吹き飛んで、ゴロンゴロンと転がり壁に勢いよく激突した。
「ぐえっ」
爆風と壁に押し潰されて、肺から空気が漏れる。
クソっ……いきなり何なんだ一体!
うっさいし、眩しいし、最悪だよ!
砂が口に入ったし! けほっ! ペッペッ!
「んあ〜……! 頭がキーンってする……!」
クラクラする頭を押さえてまだ残像でチラつく目を開けてみると、周囲は火薬臭い黒い煙に包まれていて、周りの様子が全く見えなかった。
うっ……鼻が曲がりそうな程臭いし……! 臭すぎて目に染みてきた……。
なんとなくだけど、大きな怪我はしてないと思う。
とはいえ詳しく見た訳じゃないから、ひょっとすると細かい傷があるかもしれない。
万が一私のもちぷるしっとりお肌が傷物にされてたら……ぶっころ。
とはいえ肌に傷が無くても、一張羅のワンピースは泥や煤にまみれてズタボロになっているだろう……やっぱぶっころ!
……段々と、煙が晴れてきて、周囲が確認出来る様になってきた。
(あ────)
みんな、死んでる。
バラバラに吹き飛んだ奴、全身火傷してる奴、建物が崩れて瓦礫に埋もれた奴……この辺の奴等はほぼ死んでて、騒ぎになってるのか、遠くの方から叫び声が聞こえてきた。
でも────私には、そんなこと全部どうでもよかった。私の目は、目の前に広がる血溜まりに釘付けになっていた。
血溜まりの中心には、汚れた白い毛の塊が浮いていた。
「……………………ワンコロ?」
私は立ち上がって、白毛の側まで行ってみた。
白毛は未だに真新しい血をダラダラと地面に流し続けたまま、ピクリとも動かない。
「おーい」
ペシペシと身体を叩いてみる。
反応はない。
「ワンコロ……?」
顔を覗き込んでみるけど、ワンコロは虚空を見つめたまま。あんなに鬱陶しかったのに、もう、顔も舐めてこない。
うん。これは。
もう、死んでるわ。
(…………………死んだ、かぁ)
お墓……お墓つくんないと。
死人にはお墓が必要だ。あれ、ワンコロは人間じゃないけど……動物にも墓っているのかな? わかんないや。
(何で死んだ?)
ミサイル。
あの上空に現れたカニモドキのアークが撃ったミサイルがワンコロの命を奪った。アイツのせいでワンコロは死んだんだ!
…………本当に?
(私のせいだ)
私のせいでワンコロは死んだんだ。
ワンコロは私を追いかけてきてた。
私がここにいなければ、ワンコロが死ぬ事はなかった。
私が別の場所にいれば。
私が今日、帰ろうとしなければ。
────私が地球になんて来なければ。
ワンコロが死ぬ事はなかったんだ……。
だから……きっと全部、私のせいなのかなぁ……!?
『マスター、ご無事ですかっ!?』
「………………」
『バイタル異常なし────ひとまず、お怪我が無いようでよかったですが……(シロさん……)』
「………………」
『……先程のアークは、【ヴィークラヴ】です。帝国軍の誇る爆撃用特殊アーク……!』
「………………」
『恐らく地球脱出作戦に失敗した残存兵達が独断でこの街を攻撃しているのでしょう……見てください、マスター! あの機体がまだ、街の上空を旋回しています。きっと程なくして、再度攻撃が来るはずです!』
「………………」
『マスター、すぐに移動しましょう! ここにいても爆撃は防げませんよっ!?』
「…………わかってる」
『なら……動いて下さいっ! こんな所で膝をついて泣いていても、何も解決しないっ!!』
「わかってるよッ!!」
言われなくたって全部分かってるよッ!
今の私じゃあ、飛んでるアークには敵わないから!
ワンコロの仇を討ちたけりゃあ、連合軍基地まで走れってんだろっ!?
今なら基地も混乱してる。混乱に乗じて潜入し、アークを盗んで戦えって事だっ!
『そうですッ! それに仇だけじゃありません! まだこの街にはお爺さんとお婆さんがいますっ! 御二方を護らないと……!』
「それだって、分かってるッ……!」
『だったらッ────!!』
「だからっ……!」
そんな事は最初から、全部分かってるんだッ!
分かってるから────頼む。
「後、少しだけ────」
『………………』
私は黙って、ワンコロの背中を撫でた。
血と泥にまみれた毛が私の手を赤く汚したが、構わなかった。
撫で続けていれば、実は生きてたワンコロが平気な顔して起き上がってくるんじゃないか……なんて。
勿論、そんな事はなくて。
ワンコロの背中はふわふわしてるけど、もう身体にパワーは残ってなくて。
撫でれば撫でるほど、空っぽの肉の器が私の目の前に転がっているという残酷な現実が、ただただ突き付けられるだけだった。
『────そろそろ。行きましょう、マスター』
「…………うん、行こう」
立ち上がって、上空を睨みつける。
まだ空にはアイツが、我が物顔で飛んでやがる。
(お前だけは……絶対に許さない)
私はワンコロに背を向けて、走り出す。
燃え盛る街の中を駆け抜けて、目的の場所……連合軍基地へ。
ワンコロ、ちょっとだけ待ってろ。
私もその内そっちに行くから。そしたら、また一緒にお昼寝しよう。おやつだって、私のポテチを一枚やるから。
(だから……さよなら、ワンコロっ……)