モンスターハンター カシワの書   作:77493

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2話 決死の訓練と、新たな出会い

 

 

「あ、ハンターさん~。こんにちは!」

 

村に帰還した後、親しげに手を振ってきたのは一人の女性だった。金の髪は緩く纏められ、愛嬌のよさを演出している。

濃いめの青を基調とした衣服にはしわ一つなく、彼女の仕事熱心な様子が伝わった。

 

「訓練クエストお疲れさま! 首尾はどう? 軌道に乗ってきたかしら?」

 

カシワが歩み寄ると、うんうんと軽い頷きが返される。彼女の手には書類が数枚、自らの出番を今か今かと待ちわびていた。

彼女はベルナ村の受付嬢だ。訪れたハンターらにクエスト内容を明かし、概要を説明するギルド専属の窓口である。

クエストの案内以外にも、村の観光案内、果てには村の活性化のための名産品考案など、彼女は多忙な日々を送っている……と、自称含め、出会って早々強めに公言されていた。いいアイデアがあったら教えてね! とは、話半分に聞いておくことにする。

 

「ああ。覚えておきたいところは一通り、かな」

「そう。じゃあ、村長が用意して下さったベルナ村特選クエスト、行ってみる?」

 

わくわく、うきうき、といった愛らしい笑顔である。

カシワは首を振ることでやんわりと否定する。何度か瞬きした後で、彼女はそう、と力なく呟いた。

 

「……なんか、悪いな」

「え? ああ、ううん~、私はいいの!」

 

落ち込んだかと思いきや、ピシ、とまっすぐ背筋を伸ばして彼女は微笑んだ。

この明るさといい前向きさ加減といい、ベルナ村はいいところなのだろうなあ、とカシワはしみじみ思う。

 

「ハンターさんにも考えがあるんだろうし、急ぎでもないから大丈夫! 気にしないでね」

「それは助かるなあ」

「ふんふん、じゃあ、今日も教官さんと訓練に出かけるって話でいいのかしら? まだ色々残ってるけど!」

 

ずずいっ、と音がしそうな勢いで差し出された書類には、訓練クエストの概要がびっちりと書き込まれていた。

「クエスト受注書」。

ハンターは受付やギルドカウンターを通じてこれを受け取り、指定されたターゲットの遂行のため控えとして持ち歩き、狩りに出る。

カシワが進めている訓練専用のものや、特定のモンスターの捕獲、アイテムの納品依頼といった特別な内容も含まれていた。たとえ歴戦錬磨のハンターであろうと、これは基本、鉄則だ。ギルドの許可なく身勝手な狩りは行えない。

それらは伝統を重んじるハンター同士の暗黙の了解でもあり、ハンターズギルドに公認された誰もがこのルールに従っている。

狩りばかりが能ではない。それを知ったのは、事実ハンターになってから。つまりはごく最近のことだった。

 

「……訓練クエストに、武器指南専用のやつがあったと思うんだ」

 

すぐ近くでムーファの鳴き声がして、我に返る。背後からすりすりと頭をぶつけられていた。

後ろに手を回し、さりげなくもふもふの毛の感触を楽しむ。受付嬢に微かに苦笑されたような気がした。

 

「いきなり実戦よりかは、いいかと思って」

「ふんふん、それもそうかも……っと、あった。武器は全部で十三種類あるけど、どうする? どれでいくの?」

 

ムーファの頭が、腰のあたりでごりごりと硬い音を鳴らした。目線だけで振り返る。

カシワの腰には荷馬車で整えた装備の中にあった、一振りの剣と小ぶりな盾――ベルダーソードが提げられていた。

ハンター登録を済ませた際に支給された一品で、化石で出来ているからか思いのほか軽くて持ちやすい。

 

「……片手剣にする?」

 

受付嬢も視線をベルダーソードに向けていた。

片手剣といえば、ギルドから初期装備として渡される初心者向けと「言われている」武器でもある。訓練にはもってこいだろう。

もっとも彼女の場合、ムーファが誤って小剣の切っ先に触れでもしないかと心配していただけなのかもしれないが。

 

「いや、やめとくよ」

「え?」

 

間髪入れずに、カシワは首を左右に振った。

 

「考えがあるんだ。少し、気になってるやつがある」

「気になってる?」

 

受付嬢は何度目かの瞬き。彼女の目の前で、男はニカリと子供じみた笑みを浮かべた――

 

 

 

 

 

 

――乾いた砂が敷き詰められた大広間。視界をぐるりと囲む巨大な鉄柵、そのふもとにひっそりと埋められたなんらかのスイッチ。

高く連なる鉄柵の向こうには、いくつかの観客席がある。そこにいるのは、今は直立不動のカリスタのみだった。

鼻を突く砂埃の臭い。心音が耳元で唸り声を上げているような気がして、カシワは手にした「得物」を強く握りしめる。

舞台は龍歴院管轄の闘技場。件の新米狩人は今、単独で武器指南訓練に赴いていた。

 

「……目標! ターゲット、『ドスマッカォ』一頭の狩猟!!」

 

カリスタの声が轟く。同時に、眼前の正面ゲートから広間に堂々と侵入してくるものがいた。

軽快なリズムと足踏み、頭部に生やした金の冠羽を小刻みに揺すりながら、それは一度広間の中央で立ち止まった。

目が合う……否や、天に向かってけたたましく雄叫びを挙げた。

しなやかな体の表面は、赤皮と艶やかな緑の鱗に覆われている。額から喉にかけての造りは、さながら大型の鳥のくちばしだ。柔らかな曲線を描いて地面に伸びる尾はそこそこ長く、先端部が不自然に膨らみ、無数の鋭い棘を生やしている。

「跳狗竜の尾棘」。鳥竜種の中でもまだ新種であるモンスター、ドスマッカォの最大の特徴にして固有武器。その尾棘をダンダン、と何度も力強く地面に打ち付けながら、ドスマッカォは臨戦体勢に入った。

あの尾棘、当たれば痛そうだな――知らず、口角が吊り上がっていく。

 

「よし! 制限時間は十時間! リタイアもありだが……勇気と知恵をもって、目標を達成するのだ!!」

「応ッ!!」

 

ここで、おう、とは応えたものの。

よもや訓練クエストで大型モンスターが出てくるとは思わなかった! カシワは手に嫌な汗をにじませる。

せいぜい小型の肉食モンスター数匹、あるいは的の一つや二つでも用意されているものだとばかり思っていたのに。

故に歯噛みする。

 

(か、格好良さそうだからって、『弓』なんて選ぶんじゃなかったなあ!)

 

いざ大型モンスターに対峙して、初めに感じたのは好奇心と興奮による気分の高揚。

しかしそれも一瞬で、一度冷静になってしまえば自分がいかに無謀な挑戦をしようとしているのか思い知らされた。

選んだ得物は中距離攻撃の王道武器種、弓。それも当然、初心者用のシンプルな造りのものである。

弓を扱う基礎については、前もってカリスタから太鼓判を押されている。とはいえ実戦向けに使いこなせているかといえば、

 

(落ち着け! 弦を引いて、矢を放つ、それだけだ!)

 

答えは、否だ!

ドスマッカォと目が合う。尾棘による打音がいっそう強くなる。両者の目玉がぎょろりと動く。

刹那、音がピタリと止み――来る! 躊躇わず、男は手早く矢をつがえ、力の限り弦を引き絞った。

ケキャア、ドスマッカォの雄叫びは一つ。空中を駆けるようにして、突進してくる跳狗竜と一気に距離が狭まる。

避けようとして、しかしカシワはタイミングを逃した。ぶんと勢いよくしなる尾に、盛大に側頭部を打ち抜かれる。

 

「う……!」

 

狩人がうめきながら地面を転がるのと、カリスタが身を乗り出したのは同時だった。 教官の顔に色濃い焦りが浮かぶ。

 

(いかん! 『まずは攻撃を避ける』、それが分かっておらんのか)

 

大型モンスターの脅威は多岐に渡るが、中でも恐ろしいのは一撃一撃が重く、掠めただけでも命取りになるという点だ。故に熟練のハンターたちは、まず大型モンスターの行動パターンを覚え、攻撃を避けきってしまうことを優先する。

一撃が重いからこそ、受けた場合のリスクは大きくなる。攻撃するより先に相手の動きを見切ること……それが要なのだ。

弓の扱いがどうこうではない。あの新米は、まずそこが分かっていないのだ……カリスタは拳を握りしめた。

 

(だからといって、これは訓練。これくらいこなせないようでは、貴様は……)

 

またもやカシワが殴り飛ばされた。ドスマッカォは余裕そのものといった様子で、天高く仰ぎ、吠えている。

手助け無用。するとすれば、挑戦者自身がリタイア宣言した場合のみ。

長年教官として過ごしてきたが、ここまで何の予備知識もないままに大型モンスターに挑んだ輩はそうそういない。耐えるよりあるまい、乗り出した身を後退させ、カリスタは口を一文字に結んで腕を組み直した。

悲痛な声が響いている、蓄積されたダメージは相当だろう。今や、新米の弓には飛び散った血が多量に付着していた。

むろん、獲物であるドスマッカォの血ではない。ひざを地に突き、それでもなお弦を強く引く、若い狩人のものだ。

その目はまだ諦めていない。声を張り上げたくなる衝動を、教官はぐっと飲み込んだ。

 

「――ッ、でぇいっ!!」

 

気合い一閃、カリスタの眼下、カシワは怒号を吐き鳴らした。殴られ蹴飛ばされ、四肢の感覚は半分も残っていない。

膝が、すねが、砂を容赦なくえぐる。滑りながら、後退しながら、それでもターゲットから目は離さない。

目標、ドスマッカォ一頭の狩猟! のどの奥からふつふつと込み上げるものがある。心臓が耳元で早鐘を打ち鳴らす。

意識は朦朧としているのに、体を突き動かす何かがあった。たまらず叫びたくなるような衝動だ。

 

(……やってやる!)

 

ブンッ、尾が脇をかすめた。すんでのところで回避する。地面を蹴り、一歩、二歩と後退し、すぐさま体勢を整える。

距離が空く。ドスマッカォが何度目かの雄叫びを挙げた……チャンスだ、頭に血が昇る感覚があった。

矢をつがえ、弦を引き、まっすぐに獲物を見やる。力をありったけ込め、解き放つ――

 

「「よし!!」」

 

――命中! 尾棘で立ち上がり、何度目かの突進をしようと身構えていたドスマッカォの体が吹っ飛んだ。

もんどり打って地べたに転がり、ギャアギャア鳴きわめきながら手足をばたつかせている。

カシワとカリスタが叫んだのは、本当にほぼ同時だった。間髪入れず矢筒から矢を引き抜き、すぐさま構える。

目が爛々と血走る。体中が痛みに軋む。だというのに、感覚も麻痺しているはずなのに、頭は急激に冷やされていった。

カシワは短く息を吐く。ほとばしる激痛から察するに、長くは保たない、そんな気がした。

 

「――『狩技』だ! 三本の矢を束ねて、まとめて撃ち込め!!」

 

カリスタの声は間に合ったのか。愚問だった。

言われたままに矢は取り出され、渾身の力で弦は引かれた。直線を描き、前方に矢の束、後方に狩人の血潮が飛ぶ。

口端から血を噴きながら、しかしカシワは笑っていた。矢は一寸も外れず獲物に刺さり、その身をえぐる。

ドスマッカォがひときわ甲高い雄叫びを挙げた。ぐらりと体を大きく持ち上げ、次の瞬間、がくりとその場に崩れ落ちる。

金の冠羽が闘技場の灯りを反射して、細かく輝き……そのまま、ぴくりとも動かなくなった。

 

「……は、はは……ヌハハ! ヌハハハハーッ!! でかした、よくやったぞ! 見事、目標達成だ!!」

 

カリスタの声は、これ以上ないほど力強く闘技場内に響いた。

ドスマッカォの最期を看るかのように、ふらふらと立ち上がったカシワは、緩慢な動きで教官に振り返る。

片手に血濡れの弓、されど声援に応えるべく、もう片方の手を挙げようとして、

 

「! おい、貴様! 貴様、しっかりするのだ!?」

 

狩人はバタンと顔面から倒れた。ドスマッカォの横で、身動きひとつせずうつぶせになったまましんと沈黙している。

どうしたことか、会場に続く門へ向かおうとして、カリスタは不意に足を止めた。場内に、奇怪な音が響き渡っていたからだ。

……寝息だった。振り向き、新米の背中を視線を注ぐ。ずたぼろのその体は、ごくわずかに上下に動いていた。

思わず腰に提げた金時計を手に取る。針の大きな変動を見て、カリスタはほっと息を吐いた。

 

「まったく、先が思いやられるな。貴様」

 

憎々しげに、誇らしげに、少量の苦みを混ぜて。先達である熟練のハンターは、小さく皮肉めいた笑みをこぼした。

あとで弓でも磨かせるか――肩をぐるぐる回し、くたびれ尽くした新米を拾いに会場へ歩を進める。

若者のこれからの道のりを示唆するかのように、天窓からは日差しが降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

……闘技場、正門付近。

新米ハンターの訓練になど目もくれず、慌ただしく行き交う受付担当と、腕試しに挑戦するべく訪れるハンターたちの姿があった。

皆が血気盛んな顔を浮かべるその中に、ひとり、上から下まで混沌とした暗色の衣に身を包んだ影がある。

 

(カシワ……カシワ、ねえ?)

 

「スパイオシリーズ」。毒クモリという、体内に多量の猛毒を含んだ危険な昆虫をベースとした装備品一式だ。

ことさら目立つ色のフードを指でつまみ、その人影は闘技場内部、訓練クエスト専用の門を一瞥した。

 

「ニャ。旦那さん」

「んー? どうしたの、『リンク』」

 

ふと、その細められた双眸がゆるむ。人影の横に、いつしか寄り添うように一匹の黄色毛並みのアイルーが立っていた。

リンクと呼ばれたそのアイルーは、件の人影のオトモだった。

どちらも鋭い目つきをしているが、互いを見つめる眼差しには強い信頼の情が浮かんでいる。

 

「あのはんたーさん、見た限り、思いっきり初心者ニャ。ボコボコだったのニャー」

「そーだねー。うーん」

「旦那さん? もしかして、何か気になってるニャ?」

 

見上げるリンクに応える声は思いのほか小さい。顎に手を当て、人影は唇に綺麗な孤の字を描いた。

 

「いやあ? そんなことないけど」

 

一人と一匹はカシワの訓練を見ていた。慣れない武器、未熟そのものの、なっていない戦いぶり。

どれを取っても、「自分にすら」劣っている新米のハンターだ。得物に振り回される姿は、もはや滑稽ですらあった。

きっかけなどなかった。武器選び失敗してやんのー、程度の野次馬根性、暇つぶしに過ぎなかった。

しかし、最後まで見ていて考えが変わった。フードが下ろされる。白日の下、年若い女は不敵な笑みを口元にたたえた。

 

「『騙しやすそうなやつ』って、世の中ひとりやふたり、いるもんだよね?」

 

空の王、火竜リオレウスに近しい色の瞳がうっそりと細まる。

ふと、訓練クエスト専用門付近がざわついた。

道を開けるハンターたちに見送られる中、訓練所から飛び出してきたのはアイルー族ご自慢の緊急搬送車ネコタクだ。乗せられた先の黒髪黒瞳の新米狩人は、周囲の視線などお構いなしにのんきに爆睡なぞかましている。

何事かと覗き込む多数の視線を振り切るように、ネコタクはベルナ村方面に消えていった。

 

「ふぅん、やっぱり龍歴院所属のお仲間かー……リンク。次の行き先、決まったよー」

「ニャイ!? ま、待ってほしいニャ、旦那さ~ん!」

 

群がる人ごみにまぎれるように身を潜めていた女は、ぱっと身をひるがえすと足早にネコタクの後を追った。

その名は「クリノス」。カシワに同じく、龍歴院に籍を置く、正真正銘のハンターだ。

 

 





サイト掲載開始:2020/01/15
加筆修正・差し替え日:23/01/29

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