モンスターハンター カシワの書   作:77493

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29話 邂逅

 

 

「ごめんよ、ハンターさん。どうも、飛行船の動力源の調子が悪いみたいなんだ」

 

先が思いやられるとはこのことだ。ベルナ村を発って数時間後、困り顔の操舵主にカシワとクリノスは同時に振り向いた。耳を澄ますと、確かにどこからかカタカタと小刻みに揺れる物音が聞こえてくる。

言われるまで気がつかなかった、新米狩人は瞬きを返した。隠さずに打ち明けられたくらいなのだから、こちらの想像以上に具合が悪いのかもしれない。

飛べるんだったらいいんじゃない、先輩狩人はあっけらかんと言い放つ。彼女のさっぱりした物言いに、操舵主は安堵したように息を吐いて見せた。

 

「古代林までは保つと思うが、着いたら応急処置をするから。悪いけど、その辺で一旦降ろさせてもらうな」

「それはいいが……もしかしてこの飛行船以外は用意できそうになかったのか?」

「ああ。どうも、最近モンスターの動きが活発でな……繁殖期にしたって異常だってんで、討伐依頼があとを絶たないんだ」

 

今となってはクエスト専用のもののみならず、研究員用の調査船でさえハンターの移動手段として駆り出されているという。どうりであのユカにまで採集依頼がいくわけだ、カシワは妙に納得してしまった。

 

「修理し終わったら、いつも通りにベースキャンプに寄せておくから。なに、機材は足りているしクエストが終わるまでには間に合わせるよ」

「ああ、俺たちは大丈夫だ。むしろ、なんか悪いな」

 

運ばれてきた機内食を頬ばるクリノスを横目に、新米狩人は腰に下げていた片手剣をなんとなしに抜き、膝上で広げる。

黄色の鱗張りに、ところどころに走る緑や橙のまだら模様。刃の先端にはより色味の濃い眼玉のモチーフと無数の牙とが並んでいた。先輩狩人と合流する前に加工屋に生産、強化を依頼した業物だ。片手剣というよりも鉈に近い形状をしている。

 

「うーん、お肉うまー!! で、なに? 新しい武器?」

「お前、食うか喋るかどっちかにしろよ……ああ、前に作ったやつから派生したんだ。ヴァイパーバイト、だったかな」

「ほーん」

「攻撃力は控えめだし、斬れ味もまだまだこれからって感じなんだけどな。ちょっと気になったから、思い切って奮発してみたんだ。どうだ?」

「へー」

「いや、もう……なんでもない」

 

刃の手入れが終わる頃、操舵主から到着予告の報せが入った。得物を納め、アイテムポーチの中身を改めて確認する。

回復薬に閃光玉、シビレ罠に落とし穴……狩りは常に緊張とスリルの連続だが、片方の手が空いている分素早く狩猟道具を扱えるのが片手剣の強みといえた。もし何かあっても対応できるだろう、アイテムをしまいポーチのふたを閉めたところで、軽い衝撃が新米狩人の体を揺らす。

体感上、いつもよりやや不安定な着地を経て、飛行船はそれなりに開けた場に降り立った。

 

「……相変わらず、古代林って凄いところだな」

 

故郷では見たことのない植物が立ち並び、古代林の名に相応しい湿気とほの暗さが滞留する。

普段ならガーグァかケルビがおとなしく草を食んでいるはずの場所だったが、今日は珍しく何ものの姿もなかった。静かすぎる、思わずその場に立ち止まる。

 

「というか、ここ何番エリアだ……」

「おっ。早速、キノコはっけーん!」

「おい、クリノス!」

 

偶然にも。偶然にも狩人たちが到着したのは、地下の深奥部に近しい暗所、第十一番エリアだった。

見渡した先に特産ゼンマイや霜ふり草が点々と生える中、早くもキノコの群生を見つけたらしいクリノスが一目散に駆け出していく。

一応は警戒した方が、そうして彼女を制止しようとして、カシワは無意識に宙に手を伸ばした――そのときだ。

 

「!?」

 

ぞっと、背筋が凍った。

明確にぶつけられる殺気と敵意、つまりは強者の眼光が、狩り人たちの背中を射抜いている。

咄嗟に動けたのは狩人としての本能だった。中腰から立て直しすぐさま振り向いた二人の視界に、この場に似つかわしくないものの姿が映る。

 

「大型っ……」

「やっぱ、出たかぁー」

 

いつからそこにいたのか、どこから現れたのか……そんな疑問は双方にとって無粋というものだ。

間髪入れず放たれた咆哮は、背後という至近距離においては凶器に近い。耳を固く塞ぎながらも、二人は眼前の獣を見上げた。

群青と紺が混ざり、暗がりの中でも艶めく体躯。目を引く空色の眼、鋭い牙。電竜の棘殻より大ぶりな、まるで燃え盛る炎のようにそそり立つ背中の甲殻。なにより特筆すべきは、尻尾だ。海竜種のそれ以上に発達した長尾は平たく、見るからに硬質で、その形状から太刀か大剣の刀刃を連想させる。

 

「牙獣種……うーん、獣竜かなー、あの体格。もう、やる気満々って感じ」

「お前なあ……って、なんだ? この臭い」

 

冷静に観察するクリノスに対し、カシワは鼻をひくつかせた。獣の唸り声とともに感じられたのは、空中にほどける金属臭だ。

獣が一歩、二歩と足踏みする度、微かに大気中に鉱石由来と思わしき粉塵が舞う。青色混じりの光沢からして、臭いの発生源はそこだと予想できた。

磨き抜かれた、鉱石を纏う剣の長尾――互いに頷き合うより早く、新米狩人と先輩狩人は左右に分かれて飛び退く。

獣が左、右と連続で噛みついてきたためだ。発達した牙は研がれた刃のように光を反射させている。噛まれたら骨ごと裂かれそうだ、カシワは独り震撼した。

 

「カシワ!」

「分かってる!!」

 

クリノスの体が宙へと躍る。彼女の軌跡を追うように、急ぎ得物を眼前へと振り抜いた。双刃が獣の胴体、背中を舐めるように一直線に斬りつけ、まだらの鉈は獣竜の頭頂深くに刃をめり込ませる。

見てくれより遙かに柔らかい、手応えに驚きはしたもののそこで退くつもりもなかった。その場に留まり、縦、横に斬りつける。

噴き出る血飛沫に、黄色の飛沫が混ざった。獣の傷口に少しずつ剣先より滲み出した液体が浸透していく様が、肉眼でもはっきり見える。

……新武器のヴァイパーバイトは、神経性の麻痺毒液を双牙に蓄える鳥竜、ゲネポス、ドスゲネポスらの素材をふんだんに用いた麻痺属性特化の片手剣だ。うまく攻撃を重ねれば大型モンスターでさえ動きを抑えることも可能になる、ベルナ村の加工屋からはそう聞かされていた。 

 

(だからって、いつ麻痺毒が効くか分からないんじゃ――油断は禁物だ!)

 

二人の猛攻に、獣は二度頭を振る。麻痺毒はまだ効果を発揮していないようだが、ダメージはそこそこ通っている……そう信じたかった。

カシワは逡巡する。クリノスと二人がかりなら、このモンスターを退けることくらいは出来るかもしれない。しかし、

 

(……テツカブラのときも、そうだった)

 

いつ何時、形勢が逆転しないとも限らない。そして、このモンスターがなんの意図を持ってここに現れたのかも分からないのだ。

皮肉なことに予感は当たった。新米狩人の動きが止まった一瞬のうち、獣は軽々とその巨体を横に滑らせる。

ほとんど無意識に逆に跳び、カシワは命を拾った。刹那、差し込むように突き出された獣の尻尾が数秒前まで自身がいた場所を深々と抉り、貫いていく。

亀裂の入った地面、掘り返された苔、寸断された岩石。桁外れの威力を見て、新米狩人はぞっとすると同時にその力に素直に感心した。

見た目通り、否、それ以上にその尾は一振りの剣として存在している。

表面に青黒い鉱石のベールを纏い、硬質に鈍く輝く特徴的な長尾。しかしその重みを一切感じさせない、獣自身のしなやかで軽快な動き。尻尾だけではない、この獣竜の真の恐ろしさはその高い運動能力と機転を利かせられる頭脳、強い闘争心に他ならなかった。

軽々と地面を蹴り、横、さらにその横へ飛び、的確な間合いから剣を刺してくる。矢継ぎ早な攻撃を前に、カシワはじりじりと後退させられていった。

 

「……ああっ、もう!」

 

せめて少しでも隙を、そうして閃光玉を取り出した瞬間、クリノスの苛立つ声が届く。

獣は体こそ大きかったが、全体に比べて脚は細く前脚も小ぶり、また、体高があるため彼女の得意とする「踏みつけ跳躍」を狙う範囲が極端に狭い。

早い段階で乗り攻防へ持ち込み、一気にダウンを奪って畳みかける戦術を好む双剣使いにとってこの獣はやりにくい相手となるようだった。

 

「クリノス、落ち着け」

「だって! こいつ、でかいんだもん!」

「今、閃光玉……」

 

新米狩人は最後まで言葉を吐けない。

眼前、一度、二度と跳躍し、獣が尻尾の斬撃を叩きつけてくる。一度目の袈裟懸けを避け、カシワは辛うじて後方に跳び退いた。二度目、立て続けに振り下ろされた剣尾はごく僅かに太股を掠める。苦鳴が漏れ、草の上を滑りながら顔を上げた。

クリノスの罵声が聞こえる……唸る最中、この場にアルフォートを連れてこなかったことを密かに悔やんだ。

「囮」などと言いたくはなかったが、彼の立ち回りは大型モンスターを攪乱するのに適していた。身軽であるが故に回避自体も的確で、なおかつ機転も利く。更に、青眼のオトモメラルーは相手を観察するのが上手かった。雇用主が気付かぬ隙を見出し、確実にブーメランを当てにいく。

本人は謙遜して認めないだろうが、彼にはすでに十分な狩猟技術が身についている、そう思えた。

いつしかオトモを頼りにしている自分がいることに、カシワは内心驚く。だが、自分はハンターだ。この場にいない彼ばかりを当てにしてなどいられない。

 

「……くそっ!」

 

頭を振る余裕もない。それでも、新米狩人は一瞬脳裏をよぎった自身の甘えに喝を入れた。

勢いよく右手を振り下ろした。内部に光蟲を閉じ込めたネンチャク草――閃光玉が、獣の眼前めがけて一直線に飛んでいく。

追撃を入れようと突き進んでいた獣は噛みつきの動作に入る直前、眼の前の狩猟道具に気づいて眼を細めた。

やはり賢い。しかしその反射よりも、手投げ玉の発動の方が僅かに早い。文字通り視界全てが真っ白に染まり、獣は大きく頭を仰け反らせてたたらを踏む。

一瞬の隙を突き、改めてクリノスが駆け出した。続こうとして、カシワは足の痛みに思わず呻き立ち止まる。

歯を食い縛り顔を上げた、その瞬間。葉に絡め取られて絶命する蟲の陰影、先輩狩人の得物の残光……その端に、新米狩人は別の何かを見出した。

 

「な、なんでこんなところに……クリノス!」

「え!?」

 

獣の脚を踏もうとしたクリノスを呼び止める。即座に反応した彼女は、カシワの指差す方角にぱっと目を走らせた。

言葉を飲む相棒より早く、黒髪黒瞳は足の痛みに構わず走り出す。獣の後方、僅かな植物の茂みに、よりによって小さくうずくまるひとつの影があった。

 

「おい! あんた、大丈夫か!?」

「きゃあ! ……あ、」

 

黒曜石のように艶めく瞳が見上げてくる……そこにいたのは、一人の村娘だった。

ベルナでよく見られるムーファの毛で織られた厚手の服と刺繍の数々、長い黒髪。まだあどけなさを残す、愛らしい面立ちの美しい娘だ。

歳はクリノスと同じくらいだろうか……何故か、どうしてか。以前に、彼女とはどこかで逢ったことがあるような気がした――

 

「――あんたは……いや、君は。そんな、まさか……つ……」

「あの、ハンターさん?」

「ううっ……? いや、な、なんでもない」

 

はっとして頭を振る。考え込んでいる場合ではない、この場には大型の獣竜種がいるのだ。早くここから連れ出さなければ。

立ち上がらせようとすぐさま手を伸ばしたが、娘はそれを掴むことなく下を向いてしまった。反射的に、細い手が右の足首を押さえ込んでいる。

見せてみろ、カシワが手早くブーツの上からそこを掴んでみると、予想した通り彼女の喉から小さな悲鳴が上がった。

 

「どうした。足、怪我したのか?」

「さっき、あのモンスターから隠れようとしてくじいてしまって……」

「カシワ! 閃光玉、追加しといたからね。早く逃げないと」

「分かってる」

 

一瞬、どうすべきか躊躇する。しかしクリノスが放った閃光玉の目くらましとて永遠に時間が稼げるわけではないのだ。

こうなったら自棄だ――新米狩人は思い切って娘を勢いよく肩へと担ぎ上げた。米俵よろしく、片腕で細身を支えて走り出す。

 

「ひゃあ!? あっ、わ、おっ、降ろしてくださ、」

「ちょっとカシワ! その持ち方、」

「いいから、行くぞ」

 

女性陣の非難を聞き流して、カシワは娘を担いだまま更に深奥部の奥へと続く小道へ向かった。

諦め半分という風に、文句を吐きながらクリノスが後からついてくる。彼女はこういった状況も想定していたのか、途中で閃光玉を投げ足すことも忘れない。

光苔の薄明かりを頼りに、狩人たちは地上へ伸びる青白い植物繊維をロープ代わりにした。距離は長いが何度か使った道だ、勝手は知っている。

村娘は体が揺らされる感覚と、植物繊維の向こう側に残された「砦蟹」と呼ばれる巨大甲殻種の脱皮痕を見つけて恐れおののき、懸命に声を押し殺していた。

こんな扱いじゃ困るよね、心中察するよー、とでも言いたげな表情で、先輩狩人が彼女に同情しつつついてくる。

 

「……カシワさあ。それ、運搬クエストじゃないんだから」

 

否、我慢ならないと言わんばかりに呆れた声色が新米狩人へと向けられた。

対してカシワは全身の力を振り絞って娘を運んでいるため、歯をきつく噛み締めたままろくな反応を返せずにいる。

 

「なんっ、だよ、くっ、クリノス。話ならっ、あとに……!」

「あーあー、はいはい、なんでもなーい。全く、シメジだって少ししか採れてないし……」

 

ようやく見えてきた逃走経路、即ち崖下に臨む地上、第三番エリア。高純度の青色鉱石と、巨大な古代生物の化石とに四方を囲まれたほの暗い場所だ。ここまでくれば帰還の道順は見えたも同然だった。

植物繊維を伝った先、天然の高台から遥か下に位置するエリアを見下ろしたカシワは、流石に肩に担いでいては支えきれない、と無言で両腕に娘を抱え直す。

いわゆる横抱き、つまりはお姫様抱っこなのだが、当然新米狩人に自覚はない。今度こそ村娘は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「クリノス、あいつは?」

「え? ……ううん、ついてきてないみたい。なんとか振り切ったみたいだね」

 

飛び降りる直前。黒髪黒瞳の背中に非難めいた視線を飛ばしていた先輩狩人は、モンスターの所在を問われるや否や険しい表情で頷き返す。

……確かに、あの獣竜種は追ってきていない。しかし、納品指定の深層シメジは圧倒的に不足しているのだ。自分は数本採ることが出来たが、現相棒はまだ一本も採っていない。しかし、深奥部に戻ればあの獣と再び相見えることになるはずだ。

クリノスは短く嘆息した。今は、依頼よりも優先しなければならないことがある。眼前、娘を抱えるカシワの背中を無性に蹴りたい衝動に駆られてしまった。

 

「っと、そう簡単には行かせてくれないか」

 

先輩狩人の胸中知らず、先に崖下に飛び降りた新米狩人は、目の前にずんぐりとしたいくつかの影がたむろしている様を見て眉根を寄せる。

いつから、どこからやってきたのか。珍しい客たちを前に、娘を抱える腕に無意識に力が籠もった。

草食種リノプロス。硬い頭殼と甲殻、太い四肢が目立つ草食竜だ。多くは乾燥地帯に暮らしており、他の生き物の気配や物音にひどく敏感な性質があった。警戒心も強く、近くを通り過ぎようとしただけで突進された、頭殻で突っつかれた、といった話は何度も耳にしている。

かくいうカシワ自身もまた、彼らに吹っ飛ばされた経験があった。クエストの序盤、体力には余裕があるとはいえ無事に通り抜けるのは至難の業と思われた。

 

「はいはい、ちょーっと通してねー!」

「って、おいクリノス!」

 

新米狩人がなにか言うより早く、先輩狩人が彼の横を駆け抜けていく。交錯する刃の軌道が、リノプロスの巨体を次々と斬りつけていった。

あまりの速さに娘がすごい、と感嘆の声を挙げている。つられて感心しようとして、カシワは慌てて口を閉じた。

 

「……悪い、クリノス」

「いーから、いーから。突進されたら厄介だしね。ほら、さっさと運んであげて」

 

仲間たちの悲鳴に反応したのか、地中から他のリノプロスが土を掘り返しながら這い出てくる。それでもクリノスの対応は早かった。

娘がずり落ちてしまわないよう、カシワは足を急がせながらも双剣使いの邪魔にならないルートを選んで先を急ぐ。

……狩り人らの手慣れた動き、その連係に、村娘はひたすら息を呑むばかりだった。しがみつく手のひらに、無意識に力が入る。文字通り風のような速さで、一行はベースキャンプへと到着していた。

 

 

 

 

 

 

「……よし。ここまで来れば大丈夫だな」

 

爽やかな風が通り過ぎる。キャンプに着くや否や、新米狩人は娘を休息用に設置されているベッドのふちへと座らせた。

備えつけの納品ボックスに深層シメジを手持ち分だけ押し込めた双剣使いが、様子を見に戻ってくる。

遠慮なしに娘の足をブーツから引っこ抜くカシワを見て、クリノスは顔を歪めた。デリカシーのない――銀朱の眼差しが雄弁にその背中に文句を投げている。

 

「ああ、骨はなんともないみたいだな……少し腫れてるか」

「あの、ありがとうございました。村に着いたら、お医者様に診てもらうつもりですから」

「そうした方がいいかもねー。素人判断なんてよくないし」

「よし。とりあえず、これでも飲んどけ」

 

おもむろにアイテムポーチから回復薬を取り出し押しつけようとする新米狩人だが、その頭を先輩狩人が小気味よい音とともに引っ叩いた。

娘だけでなく、叩かれた方もまたしゃがんだまま肩を跳ね上げさせる。

 

「あたっ。な、何すんだよ!?」

「よし、じゃない! あんたね、その娘ハンターじゃないんだから」

「あの、わたしは大丈夫です。ありがとうございます」

 

本当にいい音がした。ずれたドスマッカォ素材製の帽子を被り直し、カシワはぐぎぎ、と唸りながらクリノスを睨み返す。

手渡された回復薬を、娘は両手で包んで左右に揺らした。懐かしむような眼差しが緑の液体を見つめている。

我ながら上出来なやつ選んだんだぞ、ついに不服そうにぼやき始めたカシワに娘は噴き出し、クリノスは大きく嘆息してみせた。

 

「ったく……あんたみたいな奴をなんていうか知ってる? カシワ」

「なんていうか? って、なんだよ?」

「べっつにー」

「なんだそれ? ……っと、君、そのうち飛行船が来るはずだから。仕事が終わったら一緒に村に戻るか、俺は少し出てくるから」

「あ、はい。そうします」

「って、カシワ。出てくるって……なに、キノコ拾い? あのモンスターがいるからそう簡単には、」

 

そわそわと落ち着きがない様子で立ち上がった新米狩人を、先輩狩人と娘はほとんど同じタイミングで見上げてしまう。

今、テントの影で薄ぼんやりとしか見えない彼の黒瞳は、たちの悪いイタズラを思いついた子供のようにきらきらと輝いていた。

大きな溜め息を吐くクリノスと、二人の顔を交互に見比べて慌てる娘。カシワはなんの反応もしないまま、一刻も惜しいとばかりにその場を飛び出していく。

ああなるとこちらの言うことなど聞きやしない――無謀な相棒を追いかけようとした直後、双剣使いは不意にテントの中へと振り向いた。

 

「あのさ、ここから動かないでね。絶対だよ」

 

回復薬を膝上に乗せたまま、娘はきょとんとした顔を浮かべ、クリノスの二の句を待つ。

立ち止まった狩人はそれ以上何も言わない。彼女はいつしか、追ってくることはもちろん問い返すことも許さない――そう言いたげな目をしていた。

あの獣はそれだけ危険なモンスターだったということか……気づくと同時に背筋が凍り、娘は小さく息を呑む。

実のところ、彼女の実父はハンターだった。故に、自分と同年代にしか見えない女狩人の冷淡な物言いにろくに答えられないまま、おとなしく首を縦に振る。

冷たく突き放す言動は、実際にはこちらを深く想った上での警告なのだ。その程度のことは父の背中を見ていれば十分に理解できることだった。

 

「よし。じゃ、またあとでね」

「はい。お気をつけて」

 

ふと緊張が和らいだ瞬間。にこりと柔らかく笑ったクリノスが、改めてテントから飛び出していく。

艶やかな紺と漆黒を纏う背を見送りながら、村娘ノアは、見慣れた薬液の詰まった瓶をぎゅっと両手で握り込んだ。

見知らぬ誰かのために、依頼のために、彼らは自ら狩り場に向かうのだ……娘が祈るように目を閉じたとき、どこからか鳥たちが一斉に飛び立つ音がした。

 

 





サイト掲載開始:2021/11/25
加筆修正・差し替え日:2025/08/07

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