モンスターハンター カシワの書   作:77493

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今話にて掲載初期の話の加筆修正が完了しました。次話から下位編完結(ハメさん転載予定分)まで連続更新してみようかと思います。
教授の本気は…こんなもんじゃない……ッ(G級獰猛化にボコボコにされたおもひでぽろぽろ)(こら)


33話 霧中の新米狩人

 

 

「カシワ、そっち行ったよ!」

 

緊張こそ張っていたが、クリノスの声に切羽詰まったものは感じられない。剣の柄を強く握り、カシワは前へ、黒狼鳥の眼前へと走り出る。

跳狗竜を狩る合間、目にする機会があった怪鳥イャンクック。愛嬌ある面立ちの彼らに姿形だけは似ているが、眼前の鳥竜の眼光や纏う気配はただただ鋭い。

蛇鉈を構えた瞬間、新米狩人を迎えたのは前方へのついばみ攻撃。横に滑るようにして転がって、一撃、二撃目をなんとか躱した。

イャンガルルガのくちばしは、イャンクックのそれを遥かにしのぐ密度と硬度、破壊力を持っている。更に身軽さ、獲物への強い攻撃性や対抗心が岩をも砕くような重い連撃を可能とするのだ。飛び上がりの予備動作がなければ避けきれなかったかもしれない。

むせるような土の臭いと、視界を過る落葉の欠片。ぱっと振り向き、大穴の開いた地面を見てカシワは震撼した。当たれば無事では済まされない。

 

(落ち着け、速さならナルガクルガと同じくらい……か、少し下あたりだ)

 

咆哮が宙を叩く、しかし体の自由は利くままだった。ステラの旋律が今も攻勢を後押ししてくれている。

心臓が早鐘を鳴らしていた。正面へ突っ込むも、振り回された尻尾に斬撃を阻害される。盾で防ぐも勢いよく弾かれて、されるがままに後ずさった。

 

「くそっ!」

「カシワー、大丈夫ー?」

「平気だ! お前こそ、前見てろ!!」

 

スピード、攻撃力ともにこれまで対峙した鳥竜種らとは比べものにならない。じわりと額に汗が滲む。

真っ向から獲物を見据え、執拗に連撃を叩き込んでくる黒狼鳥。その姿は、まるで戦いそのものに喜びを見出しているかのようだった。

 

「もう少し……でっ、たてがみ、いけそう!!」

「ステラ!! 深追いしない!」

「分かってる、よ!」

「もうっ、絶対分かってないでしょ!」

 

その間もステラの強化旋律は宙に溶け続け、同時に得物の先端でイャンガルルガの頭部は殴られていく。さながら狩り場で舞踊を披露しているかのようだ。

音色につられるようにクリノスが駆け、尻尾に双刃を叩きつけた。重く硬い音が跳ね返されるが、確かに赤い飛沫は上がっている。

……傍観することしか出来ない、対称的に魅せられる狩猟の様相、コンビネーション。素材の話までし始める彼女たちの余裕に黒髪黒瞳は知らず歯噛みした。

一方で、自身はじりじりと後退させられつつあった。格下と見なされたのか、黒き禍の猛攻は新米狩人のみに一点集中しつつある。

 

「っ、俺だって!」

「あっ、ばか! あぶな……」

 

反撃しなければ――ついばみをギリギリのところで避け、振り向くと同時にヴァイパーバイトを振り下ろした。

そのときだ。突進のモーションに入ったイャンガルルガの体が、不意にふわりと宙に浮き上がった。一瞬のことに僅かに反応が遅れる。

見上げた先、地面を蹴り上げた濃紫の体躯が「旋回」した。神速の宙返りにつられて伸びた尾の先端が、胸部を掠める。一連の動作を、カシワは目で追うことしかできない。

退がる最中、思い出していた。古代林で乱入してきた、雌火竜リオレイアのサマーソルト……この一撃の速さはあの悪夢の光景そのものによく似ている、と。

 

「う、」

 

視界が明滅する。何が起きたか分からない。脱力とともに膝を地面に着き、無意識に胸元に手を当てた。

黒狼鳥の尻尾の先端には複数の棘が生えている。リオレイアのそれほどではないが、不吉な色合いと先端の鋭さは他の類を見ない。

傷は浅い。表面をなぞられた切り傷の上に、禍々しい液体がじわじわと滲んでいた。まだ動ける、そうして立ち上がろうとした瞬間、口から血が噴いていた。

 

「嘘だろ、毒か……」

「しまった、カシワ! ……ステラ!」

「クリノス、あの人、解毒薬持ってないかも……わたしが」

「お願い!!」

 

視界が暗くなる。いつしか全身に走る激痛、吐き気を感じて、新米狩人は俯いた。それでも蛇鉈は手放さない。

まだだ、まだやれる、これくらいで済むものか――自前の解毒薬を手渡そうと駆け寄っていたステラは、目で訴えてくるカシワを見て一瞬息を呑む。

……リオレイアのそれと同じように、イャンガルルガの尾に含まれる毒は出血性をもたらす強毒素だった。血管を破壊して凝固を阻害し、組織を溶かし、ときに神経をも蝕む危険なもの。強靱な肉体を持つハンターであろうとも、放置すれば命に関わることもある。

尻尾で強打されたことによるダメージも無視できない。経験上、キャンプ送りにされた者の姿も多く見てきたのだ。

カシワとて同じはずだ。ましてやクリノスや自分よりも狩猟経験の浅い初心者であるのなら、必殺の一撃を受けたことで心が折れてもおかしくない。

 

(なのに、この人)

 

思わず立ち止まった笛吹きとすれ違うようにして、脂汗を多量に滴らせながらも新米狩人は黒狼鳥の元へ向かった。

はっと我に返り振り向くも、ステラは何故かカシワを制止することができない。声を掛られないような気迫が、ひしひしと青年の背中から伝わってくる。

一歩、足をふらつかせ。二歩、力強く。三歩、前に身を乗り出して。黒髪の狩人は、目の前の獲物めがけて一直線に駆け出した。

 

「おい! ハンターならここにもいるだろ、こっちだ!!」

 

クリノスに夢中になっていたはずのイャンガルルガは、すぐさまぐるりと振り返る。威嚇するように翼を広げ、がぱりと大口を開ききった。

くちばしの奥にまたあの業火が浮かんでいる。早いな、言い終えるより早く右に転がり、カシワは目で火球の行方を追った。中央、左、右。着弾、地面がぱっと燃え上がる。もう一度横に転がって、すぐさま立て直し、火花を掻い潜るようにして頭部へ猛進した。

 

「でぇいっ!!」

 

イャンガルルガと思考が重なる……そんな気がした。爛々と光る、好戦的な眼が黒瞳を見上げている。頭頂、眉間、鼻筋、くちばし。まっすぐ振り下ろされた黄と緑の軌跡は、ぶれもせず綺麗に黒狼鳥の頭に喰らいついた。

くちばしの端からちらちらと赤い炎が漏れ出ている。新米狩人は剣を取って返しながら、刹那のうちにこの鳥竜を真っ向から見た――

 

「バカ、カシワ!! 解毒っ!」

「うっ!?」

 

――後ろから引かれる。その勢いで、カシワは咆哮と風圧、続けざまに放たれたサマーソルトから難を逃れた。

素早く駆け寄ったステラが、イャンガルルガに何かをぶつける。その瞬間広がった強烈な臭いに、思わず足が固まっていた。直後、黒狼鳥もまた「興を殺がれた」と言わんばかりに翼を広げ、上空へと飛び上がる。

 

「逃げる……」

 

呟くと同時、大きく嘆息した。黒影が次第に東の方角へと遠ざかっていく。

刹那、視界が傾いで、毒を受けていたことを思い出した。支えられながら踏ん張っていると、笛吹きが足早に寄ってくる。

 

「こやし玉だよ。あなたも……体勢、整えないと。解毒薬、わたしが調合したものだけどよかったら使って」

「ほらカシワ、さっさと飲む! あと武器も手入れしないと。全く……ステラがこやしてくれなかったら、危なかったよ」

 

カシワの腕を離しながらクリノスは荒く嘆息した。ステラへの礼もそこそこに、差し出された解毒薬に静かに口をつける。自前のものより、苦みが強い。

一息つく頃にはエリアに静寂が戻されていた。黒き禍が起こした風に踊らされた銀杏の葉が、時間差ではらはらと零れ落ちてくる。

……気分はいい。解毒作用が体を巡り、赤黒く腫れていた傷口も乱れた呼吸も整いつつあった。連戦に次ぐ連戦で重くなり始めた肩をぐるぐる回す。

隣で得物を研いでいた先輩狩人は、イャンガルルガが飛び去った方角を目で追っていた。彼女の顔には険しさが残ったままでいる。

 

「よし。追うか、イャンガルルガ」

「よし、じゃない。武器研ぐのが先でしょ。あいつの甲殻、硬いんだから」

「わ、分かってる……」

「カシワ。あなた、体力も回復しておいた方がいいと思う。夜鳥とやりあった後でしょう、疲れは残さない方がいい」

 

言うことはごもっともだ、手慣れている――新米狩人が二人を見ていて感じたのは、その一点だった。

回復薬を追加で飲み干しながら、カシワは小声で今後の狩猟方針をやりとりし続ける先輩狩人らの姿をそっと見つめる。

打撃武器による気絶付与、滅気効果付与のためにモンスターの頭部周りに張りつく笛吹き、ステラ。一方で切断可能な尻尾を中心に立ち回りつつ、踏みつけ跳躍を活かして翼や背中の封殺をも狙う双剣使い、クリノス。

彼女たちの中では各々の担当が明確に決められている。なによりこの二人は狩りの最中、言葉を交わさずとも互いの立ち位置を譲り合うことができたのだ。

仲間に刃を向けないように、狩りを有利に進められるように……どんなコンビネーションだよ、と新米狩人は空瓶をきつく握った。

 

「俺だって……」

「え? なんか言った?」

「なんでもない」

 

この狩りは、そのうち無事滞りなく完了する。そんな予感がカシワにはあった。

ヴァイパーバイトの刃を研ぐ。所持アイテムの確認を終え、女狩人たちはこちらの用意が終わるのを待っている様子だった。

「俺だって」。言いかけた言葉は、今の自分にはあまりにも重い苦みを含む。新米狩人は双剣使いらとともに、ペイントの臭気を辿り東に足を急がせた――

 

 

 

 

 

 

「――これは、ハンター殿。イャンガルルガの狩猟、よくぞ遂行してくれた……さぞや苦労されたであろう」

 

夜と朝を交互に見送った航路の後。クリノスとステラの猛攻により滞りなく黒狼鳥を捕獲した一行は、ベルナ村に戻ってきた。

労いの言葉を述べながら、ベルナ村の村長は目尻を下げて帰還したハンターたちを出迎える。双剣使いと笛吹きはまんざらでもない顔でこの賛辞を受け取り、大したことないよ、とそれぞれ小さく笑い返した。

 

「今や龍歴院の研究員たちの間でも、ハンター殿らの名は音に聞こえておるよ。今後ともよろしく頼むぞ、クリノス殿、ステラ殿」

「ちょっと、大袈裟! 村長ー、そういうのはカシワに言ってやってよ。わたしは面倒ごとはゴメンなの!」

「面倒ごととは……それは、すまない。気分を害されてしまっただろうか」

「や、それは、そこまでは言ってないけど……」

「村長。クリノスは『目立つのが嫌い』なだけだから。あまり気にしないであげて」

「……そーだよ……ステラやカシワと組んだのだって、英雄扱いの隠れ蓑にしたかったからだし……って! ちがっ、ああ、もうっ!!」

 

賛辞はあっけなく流される。一方で女狩人たちの気の知れた者同士特有の応酬に、村長は珍しく声を出して笑った。

唐突な褒め言葉にクリノスは居心地悪そうに体をよじらせていたが、そういった言動を見慣れているステラはそれ以上を指摘せず、肩を竦めるに留める。

 

「ハンター殿らが活躍されていることは周知の事実だ。なに、皆感謝しておるのだよ。あまり悪く取らないでもらいたい」

「そういうの、いらないのにー! わたしはレアアイテムさえ手に入れば、それでいいの!!」

「……ところで、クリノス。カシワは?」

「え? さっきまでそこに」

 

振り返れど、いつもの新米狩人の姿はどこにもなかった。

 

「……防具の手入れでも、依頼しにいったかな?」

「さあ。わたしも、知らないかな」

「あいつ! なんか一言、言っていけばいいのにっ」

「カシワ殿にはカシワ殿の考えがおありなのだろうが……龍歴院から新しいクエストが届いておったから、そちらかもしれん」

 

村長はクエストカウンターへ目を向けた。つられるように視線を動かした二人に向かって、受付嬢の可憐な笑みが返される。

つられて手を振り返すも、カシワの姿はやはり見えない。すでにクエストに出発した後らしく、カウンター横のボードに受注書の控えが一枚貼られていた。

ふと、コロン、と軽やかな音が鳴り響く。村の至るところに見られる黄金ベルを提げたムーファが、先輩狩人に「撫でろ」と言うように迫っていた。彼らは、ベルナ村入口近辺に控える看板雲羊鹿だ。

 

(んー。これくらい分かりやすかったらいいのに。あいつを撫でたって、面白くなさそうだけど)

 

……気休めにはちょうどいいのかもしれない。どのみちアイルーメラルーを含め、クリノスは大の動物好きだ。

言われるまでもない、むしろ願ったり叶ったりだ。柔らかく豊かな毛に指を沈めてわしゃわしゃと撫で回しながら、それでも双剣使いは小さく嘆息した。

 

「……ニャ、クリノスさん、ステラさん」

 

そこに新たな懸念が加わる。ムーファ越しに、クリノスはステラの背後からこちらの様子を窺うように顔を見せたアルフォートを見下ろした。

今ひとりということは、彼は雇用主のクエストに同行できなかったのかもしれない。知らず眉間に皺が寄る。

 

「アルくん。えーと、ただいま?」

「お帰りなさいですニャ。その……旦那さんは一緒じゃないですニャ? マイハウスにはいなかったのですニャ」

「あー、うん。見てない、かなー……ね、リンク」

「ニャー。カシワさんなら、多分クエストに出かけちゃったのニャ。頑張ってるニャ、バリバリニャ! 元気な証拠ニャ!!」

「……そうですかニャ。クエストなら、仕方ないですニャ」

 

あからさまに、青眼のメラルーはいっそう落ち込んでしまった。それもそうだろう、先輩狩人はなお眉間に皺を寄せる。これほど一途なオトモを避けるようにして、新米狩人は単身出立してしまったのだ。

何やってんのあいつ、とは口にしない。それでも、嫌われたわけじゃないと思うよ、そうフォローする笛吹きの励ましすら届いていないように感じられた。

居たたまれないとはこのことだ。どう声をかけるべきか、自分には分からない。

必死にリンクが言葉巧みに慰め始めるが、アルフォートは寂しそうに笑い返すだけだった。空元気であるのは端から目に見えている。

 

「あー……もう。あいつ、また暴走してるんじゃないの……」

「カシワ殿は、責任感が非常に強いのだろうな。これも彼の働きがあればこそだが、もちろん、クリノス殿。あなたのことも広く噂になっておるよ」

「村長。だからそういうのは」

「今はよそう……なに、あくまで私の予想だが彼は我々の期待に応えようとしているのではないだろうか。性分なのやもしれん」

 

クリノスはほとんど無意識に村長から目を逸らしていた。そんなことは、短いつきあいながら大体予想がついている。

その上で、彼女は新米狩人の考えを丸ごと否定しようとは思っていなかった。肯定も同様。

カシワはカシワ、自分は自分だ。狩り場に出るからには全てが自己責任、それがハンターという生業。先輩狩人はこの場にいない黒髪黒瞳の背中を思い返す。

 

(村長の言いたいことも分かるけど、期待に応えるかどうかはカシワ次第だし。わたしは、自分がこなせる分しか受注するつもりないしね)

 

なにより、やりたいこと、当然のことをこなしているだけなのに過分に持ち上げられるのは性に合わない。

……無理はせず、他人やモンスターとは適度に距離をとり入れ込みすぎない。「自分という個は誰の代わりにもなれない」、「何事にも限界はある」のだと。

クリノスは傍らに立つかつての相棒に一瞥を投げた。いつもと変わらず、ステラは人の話を聞いているのかいないのか判断し難い、眠たげな顔のままでいる。

 

(そうだよ、期待に応えるも応えないもそれぞれ次第。でも『限界を見誤ったらどうなるか』……『わたしたち』は、それを知ってる)

 

重要なのは命を浪費せず、軽視もしないこと。自分も周りも自然の一部なのだから、見下すような憐れみの視線を送ってはいけない。

同時に自らを軽んじる真似もしてはいけない。ハンターは結果を重ねるほど注目される職種なのだから、決して安請け合いしてはいけないのだと。

……そのように家では指導されてきた。それと同時に、自分は旧友ともどもモンスターに関して過去に苦汁を舐めさせられたことがある。

ハンターとモンスター、狩るものと狩られるもの。その区分を見定め守ってきたからこそ、生まれた地以外の場でも今日まで功績を挙げることができたのだ。

 

(……全く、カシワのやつ)

 

それとは真逆に。あの新米狩人は「困っている依頼人を放置しておけない」と豪語する上に、それを強引に押し進める度胸もあった。

英雄呼ばわりの隠れ蓑として有用な存在ではあるのだが、へたに実力がついてきたからか、近頃は注目を集める一方である。同類扱いだけは勘弁願いたい。

村長が言うように、それがあの青年の美点であり本質でもあるのだろう。クリノスもそこは理解しているし、評価もしている。

しかし、それを本人に伝えるつもりは欠片もなかった。自信過剰、自惚れ、傲慢……今後、狩りを舐めてかかるようになられては困るどころの話ではない。

 

(っていうか、こうやって暴走してる時点で怪しいから! 期待してる、とか言ってるけど下位クラスじゃたかが知れてるから!)

 

早くも新たな受注書を受け取ってきたステラが、悶絶する双剣使いの横でくすくすと笑っている。

どうにでもなれ! わざとらしく大きな息を吐いてから、クリノスはムーファの背中に顔を埋め直した。

そんな年若い、希望に満ちた二人を見つめる村長の眼差しはいつも通りに柔らかい。その表情が俄に曇ったのを笛吹きは見逃さなかった。朽葉の瞳が初老の長を静かに見つめる。視線に気がつくと、村長はふ、と小さな息を漏らした。

 

「新たなクエストは調査難度も上がっておるから……彼が、油断されぬよう願うばかりだ。あまり無理はして欲しくない」

「村長。クリノスが見た、ディノバルドのことだけど」

「うむ。姿は見えず、との話だが。村人の話では、今も時折、古代林奥地から刃を研ぐような音が聞こえることがあるそうだ」

「根本からの解決……狩猟しないことには、どうにもならないかもしれないね」

 

先輩狩人が雲羊鹿から顔を上げる。年齢の割に大人びた銀朱が、村長と旧友を見つめ返した。

 

「あー。はいはい。クエストが出されるまではどーしようもないけどね」

 

とはいえ、口から出された台詞は彼女の性格をとてもよく表している。双剣使いはここで明確に「被害が出るようでなければ手は出さない」と意思表示した。

 

「……カシワは、どうするつもりなんだろう」

「さーてね。分かんなーい」

 

アニマルセラピー再開。もふもふの感触を堪能しながら思考を巡らせ、口を閉じる。

前にも似たようなことがあったのだ……旧砂漠での連戦、カシワの独り修行。あのときも実力を磨くためと称して新米狩人は単独狩猟を強行した。今とあのとき、違いはただ一つ。いざというときの助っ人やオトモがクエストに同行していないという点だ。

いくら下位とはいえ、全ての狩りに万全の安全が保障されているわけではない。分かっているのだろうか、クリノスは嘆息する。

断りもなく出かけたということは新米には新米なりの考えがあったのかもしれない。しかし、じわりと纏わりつくような嫌な予感が先輩狩人にはあったのだ。

そして皮肉なことに、こういうときの勘ほどよく当たる。

思い込みだけで狩りがこなせると思ったら大間違いだ――この場にいない黒髪を揺らす背中を、今すぐにでも蹴りつけてやりたい気分だった。

 

「アルくんはほったらかしだし。あいつ、戻ってきたらシメてやる」

「なんだかんだで、あの人のこと心配してるんだね」

「誤解だよ、ステラ。そんなんじゃない」

「そう……わたしもあの人が戻らないと困るの。まだあなたとどっちが組むか、話もついていないでしょう」

「……それ、まだ続いてたの? ここまできたら無効試合じゃない?」

 

今日もベルナ村は穏やかな空気に包まれている。胸中のざわつきとは真逆の風景に、クリノスは大きく息を吐いた。

 

 





サイト掲載開始:2022/01/17
加筆修正・差し替え日:2025/08/19

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