モンスターハンター カシワの書   作:77493

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39話 起点、温点、遠日点

 

 

 

……何がどうなっているのか、まるで理解が追いつかない。

木製の板を底に敷く石造りの浴槽、張られた湯。広さ、清潔感、温度ともに申し分ない心地よさだったが、現状は全く想像していなかった状況にあった。

新米狩人の首から下は湯に浸したまま、一方で頭だけは湯船のふちに乗せられている。自然と、天井を仰ぎ見る形になっていた。

……インナーは着用済みだ。狩りの直前ないし直後、傷口からの血や泥汚れ、または付着したモンスターの液状素材の流入があってはならないと……あるいは男女問わず拠点の村々で自身の家族、一般人らと共用できるようにと、ハンターは入浴時に極力インナーを着用するようギルドから通達が出されている。

したがって裸ではない。裸ではない……のだが、上下逆さまの視界の先、湯船のすぐ近くの見知った顔を見つめ、カシワは困惑していた。

 

「お湯加減、どうですか。父は熱い方が好きなんですけど、わたしは熱すぎるのはちょっと苦手で」

 

言うまでもなく家主のノアだ。何をはりきってくれているのか、水獣のたてがみ製スポンジを手に得意げに泡を作り溜めている。

まくり上げたスカートの下、素肌がちらりと覗き見え……ここは努めて平静を装うべき。まずはギルドから提示されているルールを復唱するのがいいだろう。

 

「は、剥ぎ取りは二回まで、尻尾など切り離した部位は別とする、また暑い狩猟場においてはクーラードリンクなどの対策が各々で事前に必須デアリ――」

「熱い? 温度、ダメでした?」

「そ、そうじゃなくて! こうっ……なんか問題あるよな!? なあ、なんかこう、冷静に考えたらこの状況っておかしいよな!?」

 

――平静も冷静も、まずムリムリ。

あまりの恥ずかしさに、がぼん、と勢いよく湯の中に頭ごと潜ってみるも、色白の手のひらがすぐさまそこから引き上げようとする。

 

「カシワさんっ、しっかりしてください!」

「ぶあっ、ま、待て、俺は冷静だ、のぼせてもスケベでも溺れてもない……」

「大丈夫ですよ、ちょっといい洗髪剤で頭を洗うだけですから!」

「え? なに? せんぱ、」

「だから、わたし『お礼がまだでした』って言いましたよね? これ、トッテオキのシャンプーなんですよ」

 

目の前にかざされたのは見慣れない容器だった。洗髪剤というよりも秘蔵の壺漬けと言われた方がまだ納得がいく。

さっと足元に壺を下ろし、液体をスポンジに追加して馴染ませると、ノアは手ぐしで整えた新米狩人の黒髪にそれをぺたりと押しつけた。揉み込まれていく度に、膨大な泡と清涼感のある匂いが広がっていく。繰り返すが湯は適温、もはや言い返す気力も失せ、カシワはされるがままとなった。

 

「しみないですか、かゆいところは?」

「うー……そういうのはない、けど。なんだ、人として駄目になりそうだ」

「そうですか? お父さんは嬉しそうにしてましたけど」

「それはノアの親御さんだからだろ。普通はお礼って言っても、ここまではしないもんだぞ」

「そうなんですか。これ、お高い……高価なものだそうですから。父の話だと、竜人族の商人さんからのもらい物らしいんですけど」

 

「だそう」、「らしい」。恐らく、彼女もこの洗髪剤の詳細を知らないのだろう。

そんな怪しい薬を謝礼にしていいのか、一人暮らしの女性が男を気やすく家に上げていいのか……もてなされている側からは言い出しにくいことだった。

 

「なんでも、これを使うととっても毛が増えるとか増えないとか」

「ぶっ、なに……なんだって?」

「お父さん、自分で髪を剃ってるんですよね。一度つるつるにしたら少しでも生えると落ち着かないって。だからよくこれで洗ってあげていたんです」

 

……彼女の父は毛を生やしたくないのではなかろうか。だとしたら、ノアの実父に対する怒りはいかほどのものなのか。

カシワには、そっと黙り込むことしかできない。

 

「はい、終わりました。カシワさんの髪って、綺麗な黒色ですよね。このまま伸ばすんですか」

「あー、母親似らしいんだ、俺。なんとなくここまで伸ばしてたんだけどな。邪魔にならなきゃ、それでいいかなって」

 

ふと思い返してみる。父母は両者ともに黒髪だったが父は自分と似て雑な一面があり、清潔感こそあれど触り心地のいい頭をしていなかった。

一方で、母はノアのようなさらさらとした指通りのいい黒髪の持ち主だ。自分が彼女に強く出られないのも、もしかしたらそこに理由があるのかもしれない。

 

「親父は髪とか無頓着だったし……お袋のは、髪型こそ違うけどノアみたいな綺麗な髪だったな。いや、そこだけ似たってなー……」

「父の話では、わたしも母似なんだそうですよ。いいじゃないですか、どちら似でも。カシワさんだからいいんです」

「そういうもんか」

「ふふ、そういうものです」

「髪の毛、か……クリノスは手入れされてるいいとこ育ちの猫の毛、って感じだし、ユカの髪は火竜の甲殻そのまんまなんだよな。硬くてぱさぱさしてる」

「あの、カシワさん。なんだか、髪の品評会みたいになってますよ?」

「ん、そういえばそうだな。なんとなく流れでそうかなって……けど、そうだな。俺のは別に、切ったっていいんだよな」

 

今はどれくらいの長さだったか……自ら髪に触れようと身じろぎした矢先、新米狩人の胸の内は一瞬、明確に跳ね上がる。

いつの間にか、娘のたおやかな手つきが解かれた黒髪を掬い上げ、そっとその表面を撫でていた。

背後の息遣いがすぐ傍から聞こえてくるような気がして、思わず息を呑む。髪を洗っているときとは明らかに異なる触れ方だった。

初対面の際に感じた違和感が、ぽっと出ては消えていく。「初めて会った気がしない」。睫毛を伏せた先、懐かしいものを見る眼で慈しまれているような――

 

「切ってしまうんですか。こんなに綺麗な黒色なのに」

 

――実際に、ノアの吐息は耳のすぐ近くから感じられた。

これといって変な考えを起こしたわけではない。彼女は、使わなければもったいない、と気前よく高価な薬を振る舞ってくれただけのことだ。

なのに、髪を撫ぜる指先のしなやかさや熱気に混ざる呼気に言葉にしがたい動揺が沸いて出る。呼吸することも忘れて、カシワは前を向いたまま硬直した。

 

「もったいないですよ、せっかくここまで綺麗な髪なのに」

「ノ……ノア、」

「……切らないでくださいね? 無事に、狩りから戻ってこられる『おまじない』です」

 

直後、何かが髪の表面をかすめた……ような気がした。振り向くも、そのときには黒髪の娘の姿は浴室から消えている。

視界は湯煙にかすんでいた。瞬きを繰り返し、一旦、大きく息を吐いて頭まで湯船に沈み込む。考えずにいようとしても一連の流れが脳内で渦巻いていた。

天井に潤った水滴が、ぶくぶくとあぶくを立てる湯面めがけて落ちてくる。ぽたりと水面が跳ねた後、新米狩人は耐えきれず浴槽から脱出した。

「お礼」とは、「謝礼」とは……彼女の考えていることが分からない。のぼせかけた顔は、茹でられた甲殻種のようにもう真っ赤になっているのに違いない。

 

「なんっ、なんなんだ? 俺、そんなに凄い助け方してたか……!?」

 

わしわしと雑に髪を拭き、紐でまとめようとして風呂でのあれこれを思い出し……砂竜に体当たりされたときと同じような悲鳴を上げて、身悶える。

大声を案じて顔を覗かせたノアの黒瞳と目が合った瞬間、カシワは決壊した。具体的には、礼もそこそこに逃走したのだ。

幸か不幸か、娘は追ってはこなかった。「伝説の龍」を目指して田舎から出てきた新米狩人に、このときの出来事は強烈な印象とともに刻まれて終わった。

 

 

 

 

 

 

「……見事に、ふてくされたな」

 

どこぞの新米狩人が洗われていた、同時刻。クリノスによって綺麗に丸洗いされた野良メラルーは、ラージャン顔負けの堂々とした寝姿を披露していた。

夕方前にひと眠りしようと考えていた矢先にこれだ。ベッドをオトモ御一行に占拠され、昼寝しそびれそう、とクリノスは独りごちる。

 

「あーあ。ペッコがセクハラはたらくから! わたしのせいじゃないですー」

「ペッコ言うな。俺のどこが、どのあたりがセクハラだと言うんだ」

「えぇ? 洗いたての腹に頭突っ込まれてグリグリやられた上にスーハー吸われたら、チャイロじゃなくても嫌気が差すと思うけど」

「オトモは可愛いだろうが!」

「!? ……、……。あ……ああ、そう。あんたは一応オトモとして見てるわけね」

「言えるわけがないだろう。故郷に戻ると言い出されたら、止める術がないからな」

 

言いたいことは分かるが表現方法に誤りがある、とは言い出せなかった。顔に似合わず可愛いもの好きであることにも目をつぶっておく。

ふてくされ気味に僅かに唇を尖らせた騎士を横目で眺め、クリノスはしぶしぶベッドの端に腰を下ろした。

窓から入り込む風が心地いい。インナー姿のままボックスから取り出してきた素材袋を膝の上に広げていると、体を冷やすぞ、と軽めの叱責が飛んでくる。

 

「うーん、逆鱗が一枚、逆鱗が二枚……いーちーまーいー足りなーい……」

「カシワのやつ、遅いな」

「さあ。ノアちゃんとイチャついてるんじゃない?」

「おい、不健全だぞ。いつの間にそんなことに」

「はあ? バカなの? 冗談も通じないとかっ」

 

というかあんたはわたしたちの親か何かか――反論の言葉は喉の奥に追いやった。

考えてみれば、ユカは仕事でこちらの相手をしているのだ。ならば自分たちも、彼に深く関わってやる義理も道理もない。

 

(ギルドナイト、ねえ。そんなのがわたしたちに、なんの用なんだか)

 

カシワとペアを組むようになり数ヶ月は経過している。オトモともども、やれ修行だ、やれ腕利きへの嫉妬だと、件の狩人は人が好い上にただただ忙しない。

腕を磨くことに余念がないカシワには悪いと思わなくもないが、いよいよ下位の終わり時をクリノスは感じていた。

一定の腕前を証明できなければ解禁されない、リオレウス、ライゼクスの狩猟要請……もう、いつ緊急クエストが寄せられてもおかしくない。

 

(もしかして実力を測りに来てるとか? こいつには前科があるけど、ギルドが寄生どうこうを鵜呑みにするわけないし)

 

陽光に透かす、きらりと煌めく逆向きの竜鱗。幼少の頃から見覚えのあるそれらだが、何度見ても、何年ハンターを経験してもその美しさは変わらない。

ほうっと溜め息一つを零しながらふと視線を上げると、こちらを頬杖突きつつ眺めるユカとぱちりと目が合う。

 

「……なに?」

「いや、好きだと思ってな」

「はあ?」

「『お前がレアアイテムを』、だ。そこまで磨かなくてもいいだろうに」

「いいんですぅー、わたしがやりたいからやってるんだし。逆鱗も宝玉も元から綺麗だけど、磨くともっといいんだから!」

 

いー、と突っぱねるクリノスに対し、やれやれと言いたげに鼻で嘆息して、クルペッコ亜種ならぬユカペッコは書類仕事に戻っていった。

くるりと、男の手元で何かが跳ねる。軸に沿って下から紫、緋色、ライムグリーン、カナリーイエローと、鮮やかな色の移ろいを魅せる羽根ペンだ。風切り羽のような大ぶりな表層には虹色の光沢が張らされていて、一目見ただけで特別な品であることを確信できる。クリノスはその艶色に覚えがあった。

 

「それ! 『クルペッコ』!」

「ん? ……ああ、特注品だ」

「翼、うーん、ド派手な尾羽根……ううん、極彩色の羽根、かな。いいなー、ペッコ懐かしー! ねえ、ちょっと見せて!」

 

生まれて初めて本物の双剣を手にした、あの日。白い綿雲と青い海原、陽光にかざした依頼書。後に旧友となる少女と追いかけた、色鮮やかな鳥竜種……。

その鳥竜はクリノスにとって思い出そのものといえた。名はクルペッコ。今となっては姿を見ることも難しい、狩猟を厳しく制限されたモンスターである。彼は外見の美しさだけでなく、愛くるしい動作でも人気を博していた。現在、乱獲目的で個体数が減ったのだと言われたら黙るより他にない。

 

「おい、やめろ、折れるだろう」

「いいでしょ、ちょっとくらい! どうせ予備とか持ってるんでしょ、背中とかに!」

「おい、ホンモノと一緒にするな。予備自体はあるがな」

「あるんじゃん、持ってるんじゃん! じゃあいいでしょ、ほらっ、見ーせーて!!」

 

クルペッコとは、異国での狩りに親しみのある者からすれば馴染み深く、また懐かしさを覚える存在ともいえる。

クリノスがユカをペッコと呼ぶのも、見た目と口煩い言動から命名したわけでも、男の知人の情報屋から彼の愛称を聞き出したわけでもない。

狩猟の業、冷静沈着な手腕、何より、仕事と称しながらもこちらを逐一気にかけるマメさが、密かな信用の証として「あだ名」を与するに至っているのだ。

書類を窓際に押しやりながら、ユカは自前の羽根ペンを奪われまいと腕を上げ下げする。身を乗り出してクリノスはそれに追いすがろうとした。……これとて本気の攻防ではない。もしユカが本気を出せば、彼の姿はすでにマイハウスから消えていることだろう。

 

「っと、取ったー! わあっ、綺麗! ねえ、これちょうだ……」

「やらんぞ。特注品だと言ったろう」

「ちえー。ケチ! 仕方ないかー。ペッコ、こっちに生息してないもんねー」

「それだけじゃない。孤島の生態環境の変化と幼体の個体数の減少で、狩猟禁止令が出ているからな。仮に見つけられたとしても、」

「はーい、分かってますよー……ねえ、これ、いつでも見られるように出しておいてくれない? くれとは言わないから」

 

何度か取り合いごっこを楽しんだ後、ペンを目の前にかざした。極彩色と謳われるだけあって、特有の色合いは心を弾ませてくれる。

羽軸を摘まんで、くるくると指でもてあそぶ。狩り場を忙しなく駆け回り、狩猟の緊迫を掻き乱して歌い狂う彼の鳥竜の姿が、今にも目に浮かぶようだった。

 

「……ぞ、」

「うん? なんか言った?」

「いいぞ、ここに飾っておく。好きなだけ眺めておけ」

 

他のハンターにせがまれないよう、お前に贈ることはできないが――そっぽを向くように顔を逸らして、ユカはそう吐き捨てる。

銀朱の髪と髪の隙間、僅かに覗き見える耳や頬が微かに赤く染まっているように見え、クリノスは「よく分からないけど見放題ならラッキー」と独りごちた。

不意に、同色の瞳を収めた目が外を見やる。羽根ペンと逆鱗を交互に眺めていたクリノスの耳に、ぱさりと乾いた音が届いたのはほぼ同時だ。

 

(……ギルドの……書士隊の、伝書鳥)

 

剣呑な眼差しが、ことさら鋭さを増したように見えた。片腕にとまった白塗りの猛禽類の足から手紙を抜き取ると、ユカはそれをさっと読み流す。

 

「……どうやら、『探しもの』に目処が立ったようだ」

 

凶悪につり上がった口角を見て、クリノスは何故か鳥肌が立つのを感じた。知らず知らずのうちにのけぞる最中、火竜さながらの獰猛な眼差しが女を射抜く。

逃げるな、と言わんばかりの目つきだった。椅子にかけてあった羽根帽子を掴み、慣れた所作で被り直すと、ユカはおもむろにベッドに歩み寄る。

 

「あっ、ちょっと!」

「遊びは終わりだ。狩りの用意をしろ」

 

するりと、羽根ペンが指から抜き取られていった。机上のインク瓶に立てかけられ、羽軸が風にあおられて不機嫌そうに自転する。

 

「狩りって、何の」

「奴が寝床を通過するルートの最終確認を行う。それまでの間、『龍属性の武器』を打っておいた方がいいだろう」

「はあ!? だからっ、ターゲットも明かさないで準備しろ、とか!」

「龍属性だ、お前なら意味が分かるだろう。モガ、タンジア、バルバレ……ギルドはお前の経験知を高く評価しているようだからな。知らんとは言わせんぞ」

 

目の前に立つ、この男は誰だろう――赤色の上等な羽根帽子を前に、クリノスは身を強張らせた。

つい先ほどまで楽しく談笑していた相手が、見覚えのない怪異に見えてくる。ぐっと唇を結びやおら立ち上がると、クリノスは正面からユカを睨め上げた。

 

「なんのこと? わたしは、普通の初心者――」

「『こちら』ではそうだろうな。ギルドが、俺が知らないはずがないだろう」

「……調べたの? どこまで?」

「さてな、好きに想像すればいいだろう。だが、隠れようとしても手遅れだぞ。件の新種の超大型古龍は、お前とカシワに撃退してもらう」

「なんっ、で、あんたにそんな……!」

「クエストの消化速度と採択、狩り場への適応能力。俺だけでなく院長からも推薦が挙がった。カシワ一人では無謀でも、お前が補佐につけば問題ない」

 

鍔に隠されて、ユカの表情が見えない。まるで、彼が意図的に本心を隠しているかのようだ。嫌な汗が頬を伝った。

 

「勝手を知るお前なら分かるとして、カシワも妙に順調にランクを上げてくるとは思わなかったか。そのように、俺が依頼書を回していたからな」

「……ハンターランクを上げさせて……あいつにっ、こういうことをやらせるために!?」

「いつぞやの噂もあながち外れてはいない、ということだ。とはいえ、お前たち自身の努力も嘘ではないがな」

 

ギルドは常のこととして、龍歴院は人手不足であることで有名だ。ハンターとなればなおのこと、更にその中でも「腕利き」となれば余計に数は絞られる。

早急に手練れの育成を――それも、龍歴院のみならず周辺の拠点と信頼関係を築くこともできる「人の好い」若者であるのが好ましい。

自分もカシワも、この男と龍歴院の手のひらの上で転がされていたのか……繁殖期の入りだというのに、ずいぶんと依頼書が回ってくるとは思っていたが。

 

「ハンターランクが上がれば、上位クラスにも早く近づくだろう。お前にとっても悪い話ではなかったはずだ」

「……ちょっと、黙って」

「それに繁殖期ならこんなものだ。どのみち龍歴院も、古代林をはじめ調査を進めたいと、」

「黙って! なんなの、さっきから!!」

 

頭が煮えていた。自分は今、混乱しているのか、怒っているのか……それとも騙されたような気になって動揺しているのか。

ギルドの職員に踊らされるなど、「イタリカ商会」の名折れだ――ぎっと睨み上げると、鍔の下にリオレウスと同じ銀朱の色が冥く艶めいているのが見えた。

 

「ストーカーか何か? あんた、怖いよ」

 

……新たな狩り場、初めての拠点に降り立ったなら、出された狩猟依頼は淡々とこなしていくのが基本だ。怠ったことはないし、無理をした覚えもない。

それなのに、ハンターランクを上げるためのクエストを率先して回してきたのだとユカは言い捨てた。自分の腕は、カシワの気質は、彼に信頼すらされていなかったのか。否、それよりも、組織のためなら平気で他人を操ろうとするその精神も如何なものか。

騎士の正装にあたる赤色洋装。その羽根帽子を被った瞬間、ユカの態度は変わってしまった。恐らく、あれが彼なりの切り替えのスイッチであるのだろう。

 

「怖い? 急にどうした」

「はいはい、仕事ならしますよー。今日は電竜狩ったから休むけどっ! でも、怖いのは本心だから。その帽子を被るなら、わたしに近寄らないで」

 

男が片眉を上げたのを、クリノスは黙って見つめた。一歩、距離が詰められた瞬間、彼女はさっと表に飛び出していた。

自分には、これまでハンターとして培ってきた経験と愛する家族の教えがある。それは確かな実力と誇りとなって、今の自分を支えてくれていた。

ユカがこちらを、龍歴院の手足としてしか見ていなかった事実……彼がこれまでどんな人生を歩んできたかは知らないが、これはあんまりだと、そう思う。

 

「バーカ、ペッコのバーカ。おっかない、ストーカー!」

 

腹が立っているときは食事をするのが一番だ。ベルナ村のネコ飯屋台の前に腰を下ろして、女将にお任せで注文を一任する。

マイハウスを飛び出す直前。クリノスは取り残されたユカの顔が悲痛に歪んだことに、最後まで気がつけなかった。

 

 





サイト掲載開始:2022/05/14

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