モンスターハンター カシワの書   作:77493

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ワイルズでは最大最小冠集めが凄く楽になりましたね。実はXXでは未達だったりします… )`ν゚)・;'




46話 リブート、レス、リグレット

 

 

「えっ? 龍歴院のスカーフ?」

 

クリノスは、目の前に立つ男から放たれた告白に我が耳を疑った。それもそのはず、その日ベルナ村は速達で届けられたとある吉報に沸いていたからだ。

早朝の雲霧を払うかのように龍歴院直々に公表された事実、即ち「龍歴院つきの新米ハンターが単独でディノバルドを狩った」という速報。

牧歌的な空気ののどかな村は、すぐさま祝賀ムード一色に包まれた。ベッドでくつろいでいたクリノスが、仕方なしに情報収集に動き出そうとするほどに――

 

「ああ。途中で怪我人を見つけて……包帯代わりに使ったんだ。けど、よく考えたら龍歴院つきの証みたいなもんだし……や、やっぱり、マズかったよな?」

 

――帰還すると同時、村人からの祝福や労いも聞き流してマイハウスに駆け込んできて何を言い出すのか、この男は。クリノスは喉まで出かかった指摘をぐっと堪えて飲み込んだ。カシワは混合装備を着込んだまま、顔を青ざめさせつつ真剣に問うてくる。

信頼してくれるのはいい、分からないことがあったら聞けと遠回しに指導したのも自分だ。それでも限度があるだろ、と天色髪の女狩人は満面に微笑んだ。

 

「なあ、クリノス。大丈夫だよな? あとから『スカーフなくしたからお前クビ』とか言われたりしないよな?」

「……で? ディノバルド、強かった?」

「うんっ? ディノバルド? そりゃ強かったさ、当たり前だろ! けどな、今それどころじゃないんだ。分かるだろ!?」

「……っ、はぁ~……」

「な、なんだよ。仕方ないだろ、どこそこつきのハンターになったのは初めてなんだし……」

 

龍歴院から贈られたスカーフは、実質的にはハンターズギルドから贈呈される「勲章」と同義の一品だった。狩猟資格の有無を示すほどの意味も価値もない。

ない……のだが、眼前の後輩狩人はその判断がついていないらしい。大真面目に「スカーフの紛失」を「過失」と見なして怯えている。

 

(馬鹿でお人好しだなーとは思ってたけど。まさかここまでとは)

 

もう一度大きく、それもわざとらしく溜め息を吐いて先輩狩人は視線を上げた。

びくりと表情を強張らせたカシワを眺めて、「本当にディノ狩れたのかなこいつ」とクリノスは他人ごとながら男の身と将来とを案じてしまう。

 

「ふーん、へぇー、そっかぁー。自分で破いたなら紛失したって扱いでいいと思うよ?」

「うぐぉ……それで、どうなんだ? やっぱり自分で駄目にしたら、」

「さぁねぇー、どうかなー? あっ、ちなみにわたしはちゃんととっといてるけどね。狩りのときもポーチに入れて持ち歩いてるし」

 

軽い気持ちだった。ほんの出来心というやつだ。取るに足りない、子供じみたイタズラのようなもの。

そんなからかいを微笑みながら投げかけると、たちまち後輩狩人の顔は真っ赤に染まった。と思いきや、青くなったり白くなったりと忙しない。わなわなと体を震わせるカシワを見て、クリノスは「あ、やりすぎたかな」と自問する。直後、

 

「んなっ、なんだそれ! この、このっ……う、裏切り者ー!!」

 

自答する隙もなかった。よく分からない罵りの言葉を吐きながら、男はオトモを伴いながらさっと風のようにマイハウスから逃走していく。

止める暇もなかった。外は祝賀会を開きつつある空気であるのに、当の本人はどこへ行こうというのか。

 

「……やりすぎたかなー? リンク」

「違うニャ! 旦那さんの話を最後まで聞かないカシワさんが悪いのニャ!」

「わあー、辛辣ぅー」

「ニャー。ボクは旦那さんの味方だから仕方ないニャ! カシワさんはもっと頑張るニャ!!」

 

自己評価と世間の評価とが乖離していることはよくあることだ。カシワの場合はそれが露骨すぎる、と先輩狩人は独りごちる。

 

「ま、いいか。とりあえずお腹空いたしご飯にしよ。ね、リンク」

「ニャー。今日はお祝いムードだから、ご馳走が食べられる確率百パーセントニャ!」

 

はしゃいでいるオトモを連れて外に出ると、すでに村のあちこちに普段は見ない赤や青、金色といったテープ飾りや布製の造花が並べられている最中だった。

これはカシワは逃げられないだろうなあ、運び込まれてくる酒樽の一つをポンと叩き、何も見なかったふりをしてアイルー屋台に向かう。

……その、道中のことだった。

 

「――クリノス、」

 

よく通る声だった。聞き慣れた声でもある。反射的に振り向いて、クリノスは直後、うげっと呻いて顔を歪めた。

 

「なに。何しにきたの」

「……いや……数日ぶりだな。元気にしていたか」

「うわっ、やだ! 聞きたくない!!」

「まだ何も言っていないだろう」

「その手のモノは何!? わたしは嫌だからね、合意だってしてないし!」

 

振り向けばそこにはヤツが――予想した通り、数日の間見かけなかったユカがそこにいた。指差された先にのろのろと視線を落として「ふむ」と頷いている。

その仕草がもうわざとらしい、ぎりぎりと不服げに歯を鳴らす女狩人にぱっと目線を戻すや否や、

 

「ああ。例の『超大型古龍の撃退依頼書』だ。やってくれるな?」

「だから嫌だって言ってるのに! あんたとカシワで行けばいいでしょー!?」

 

羽根つき帽子の下で銀朱の目がにこりと笑った。

憎たらしくてどうしようもない。そもそも、数日前に「仕事目的でこちらをこき使おうとするな」と警告したのを覚えていないのだろうか。男の考えに理解も共感もできず、クリノスは不快感をあらわに眉根を寄せる。ユカは帽子の鍔を掴んで顔を隠し直した。

 

「お前にしかできないことだ。それでも嫌か」

「……人手不足っていうのはなんとなく分かるけどね。でもカシワにはいい経験になるでしょ? あんただって、これから下に教える機会も増えるだろうし」

「そういう話じゃない。龍歴院からのご指名、要は緊急クエスト扱いだ。それでも受けないつもりか」

「何度も言わせないで、わたしは目立ちたくないんだってば!」

「今はこれくらいしか上位認定の依頼がないぞ」

「ううっ。じゃあ、どうしてもって言うならレアアイテムくれるなら考えても……」

「そうか。俺の手持ちなら『古龍の大宝玉』だ、決まりだな」

「馬鹿なの!? 冗談も通じないとかっ……っていうかそんな貴重なものいきなりタダで渡そうとしないでよ! あとが怖い!!」

 

あとレアアイテムは自分で手に入れるからこそ意味があるんです、思わずまくしたてた天色髪の女狩人を、赤髪の騎士は柔らかな目で見つめている。

甘やかな眼差しだった。予想だにしない反応に、クリノスはじりじりと無意識に後ずさる。

気づかぬユカではない。ずかずかと歩み寄ってくるや否や、たじろぐ女の手を骨張った手がしかと掴みにかかった。

 

「な、なにっ、こんなことしたってわたしは!」

「――悪かった、」

「は!?」

「この前の話だ。仕事を、いや、仕事に専念しなければならない時期というのが俺にはあってな……お前たちにまでそれを強要した。悪かった」

 

一瞬何を言われたのか分からず、男の言葉を脳内で反芻させてからクリノスはきゅっと唇を結ぶ。

一連の流れを思い返す。ユカは……この男は己の命を軽視しているのだろうか。他人を駒として見なし、扱い、かくいう自分は最も危うい場に赴こうとする。

へたに狩りの腕がいいことも問題だった。自信過剰に陥ることはないのだろうが、そういった生き方は人知れず他人を巻き込む。才能に優れた人間を、他はみすみす逃そうとはしないものだ。単純に利用価値を見出している場合や、その能力や人格に深い情を抱いている場合もある。

「当人だけの問題ではない」。幼い頃から父親の仕事を見てきた身として、ユカの生き様は周りに不安を覚えさせる生き方としか思えなかった。

 

(……なんでわたし、こんなこと考えなきゃいけないわけ? ただお昼を食べにきただけなんだけど)

 

こちらの沈黙をどう捉えたのか。不意に、ユカの手の力が強くなった。

ぱっと視線を上げたクリノスは、男が帽子に隠れながら顔を歪めて苦笑しているのを目の当たりにする。

 

「……そんな笑い方するくらいなら、少しはカシワのこと見習えばいいのに」

「どんな笑い方だ」

「さあ、自分で考えたら? っていうか、痛い。離して。別に逃げたりなんてしないから」

 

羽根つき帽子がゆらりと揺れた。その合間にユカが目を丸くする。つられてクリノスも目を丸くした。

この男が何を考えているのか、さっぱり分からない――引ったくるように依頼書を強奪して、女狩人は大げさなほどに嘆息する。

 

「あんたの事情なんてわたしには関係ないし。でも早く上位に上がらないとステラがうるさいから」

「受けてくれるか」

「本意じゃないからね、貸しだから! ってか、あんたなんでそんな嬉しそうなの」

「……? そう見えるか」

「うん、もうなんでもいいけどさ……それより、手伝うけど手柄とか称賛とかはあんたたちで捌いてよ。わたしは、」

 

はた、とクリノスは自身の利き手に視線を戻した。いつしか手首を掴んでいただけのユカの手が、寄り添うように、絡め合わせるようにしてこちらの手を包んでいる。

柔らかく、しかしどこか熱を帯びた触れ方だった。セクハラ、そう叫びかけると同時、気づけばいつの間にか男の顔が眼前へと迫っている――

 

「『目立ちたくない』、だろう?」

「……!! 分かってるなら、ちゃんとやってよ!?」

 

――反射的に男のすねを蹴って距離を取り、力任せに腕を解いた。強引に離れさせられたユカは、反論することもせずそのまま数歩分離れたままでいる。

「やはりこの男の考えていることは分からない」。あれこれ悩むより、生態不明として結論づける方が楽であるような気がした。

 

「どこに行く」

「腹ごしらえ! っていうか、ただのお昼! もう、ついてこないでよ!」

「奇遇だな。俺も同じ方に用がある」

「ぎぃーっ! あんたはわたしが逃げないように見張ってるだけでしょ、ストーカーペッコ!!」

 

クリノスは後ろから気楽に着いてくるユカを思いきり無視した。屋台の中央の席を素早く陣取り、リンクを横に座らせ、女将にいつもの料理一式を注文する。

空いた席に腰掛け、ユカもまた軽食を頼んだ。真似しないでよアッチ行って、女狩人が唸れば、俺も昼はまだだ、男は苦笑いで応じる。

女将だけが、そんな三人の様子をにこにこと微笑ましく見守っていた。彼女らの頭上で、赤と青の装飾テープがひらひらと寄り添いながら青空に舞っている。

 

 

 

 

 

 

「えっ? 龍歴院のスカーフ、ですか」

 

まさに、ノアの反応は怪鳥が盾虫を喰らった顔のそれだった。

横でマタタビ茶を啜るアルフォートには目もくれず、かといって眼前の娘の顔を見上げることもせず、カシワはただうなだれて頭を抱えている。

 

「そう……そうなんだ……龍歴院つきになったときにもらった記念品なんだけどな、ディノバルドの狩りの途中でアクシデントがあって自分で破いたんだ」

「自分で、って。カシワさん、さりげなーくいつも首に巻いてましたよね? さりげなーく」

「ニャイ、ノアさん、旦那さんは狩り場で怪我したひとの手当てにスカーフを使ったんですニャ。他意はないんですけどニャ……」

「手当てに? いいことじゃないですか。だったらどうして、」

「あのクリノスが……あのクリノスでさえ、まだ大事に持ってるって言うんだ……」

「……あの、カシワさん?」

 

何やら後輩狩人の様子がおかしい。ノアとアルフォートはぶつぶつと文句、否、呪詛を吐く狩人と自分たちの顔を交互に見比べた。

 

「あいつ、『勲章とか記念品とか全然興味ないでーす、それよりレアアイテムくれ』なんて顔してるのに……俺と違って大事にとっといてるとか言うんだ」

「ええと……カシワさん?」

「あいつ、俺になんて言ったと思う? 『え、破いたの? あれって龍歴院つきの証でしょ、後から資格剥奪されたりしない?』とか! 言ったんだぞ!?」

「だ、旦那さん、クリノスさんもそこまでは言ってなかったですニャ……」

「アルフォートくん……」

「もし、もし資格剥奪されたら……俺はディノバルドを密猟したってことになるよな、密猟って絶対ダメなやつだよな、俺のハンター人生はここまでなのか」

「カシワさん、落ち着いてください」

「み、密猟? そ、そんなことになったらユカさんが黙ってないですニャ……!」

「ちょっ、アルフォートくん?」

 

なんとか落ち着かせねばなるまい、刺激しないようにそっと声をかけるノアだったが、カシワは聞く耳を持たない。

それどころか、頷いていたはずのアルフォートまでもが悲壮感漂う顔で動揺し始めている。

 

「ボクたち、犯罪者になっちゃいますのニャ? 旦那さん……ボク、そんなの嫌ですニャ!」

「くっ。アル、こうなったらふたりで龍歴院院長に土下座しに行くぞ!」

「ニャイ! そうしますニャ! 今すぐ行きますニャ!!」

「あーっ、もう!! カシワさんもアルフォートくんも一回深呼吸しましょう! ね!! ここにいたらクリノスさんもきっとそう言いますから!」

 

「このままでは収拾がつかない」。ハンターとオトモメラルーの間に文字通り身を挺して割って入り、娘は懸命にふたりを宥めた。

そもそも、彼らはベルナ村にとって英雄と呼ぶに相応しい偉業を達成した存在だ。資格剥奪などとんでもない、龍歴院側は易々と手放したりはしないだろう。

……ふたりは自分たちの功績を理解しているのだろうか。そんな疑念が頭に浮かび、ノアは慌てて首を横に振る。

 

「よく考えてみてください、ディノバルドを狩るなんて凄いことじゃないですか。そんなひとたちをいきなりクビにはしませんよ」

「……そうか?」

「それにスカーフ一枚でカシワさんたちの功績が取り消しになるなんて……カシワさん。もしかして、またクリノスさんにからかわれたんじゃないですか」

 

しばしの沈黙、奇妙な黙考。思い当たる節があったのか、愕然とした顔でのろのろと顔を上げたカシワを見て黒髪の娘は苦笑した。

 

「クリノスさん、カシワさんの反応みて楽しんでるところがありますもんね」

「あいつ! って、ノア……笑わないでくれ、頼むから」

「ニャイー……クビにならなくてよかったですニャ。ホッとしましたニャ」

「ふふ。お疲れ様です、カシワさん、アルフォートくん」

 

ようやく、自分たちが労われる立場であることに気がついたらしい。カシワは照れくさそうに首を掻き、アルフォートは破顔してマタタビ茶の残りを啜った。

安堵するメラルーには砂糖抜きのチーズクッキーを、眼前の後輩狩人にはいつもの二種を差し出して、ノアは茶のつぎ足しのため席を立つ。

カシワは、そんな娘の後ろ姿を首を傾げて見ていた。目を細め、どこか懐かしいものを見るように目尻を緩ませている。

 

「ところでカシワさん、さっきわたしに頼みたいことがあるって言ってませんでした?」

「うんっ? あー、そうなんだ。ノア、君、裁縫って得意か」

 

ポットを掴んだまま、ノアはニコリとした笑みを作って固まった。

 

「……はい。職業がら、慣れてはいますね。それがどうかしたんですか」

「いや、龍歴院にバレる前にこっそりよく似た偽物を用意しとけばいいんじゃないかと思ってさ。身代わりってやつだな」

「ニャイ、旦那さん! 報酬を支払わないとノアさんに失礼ですニャ!」

「うっ、それもそうだな。で、ノア。布代とか手間賃とか、全部でどれくらいになる? あと、どれくらいで出来そうだ?」

 

ギギギ、と壊れかけた糸繰り機のように振り向いて、ノアはやはりニコリと笑う。半ば立ちくらみがしていた。そこはへたに誤魔化さずに正直に申請すれば龍歴院も支給し直してくれるのではないか――喉から出かけた正論に自ら蓋をする。

悲しいことにカシワの表情は真剣だった。打開策が低年齢の男子そのものであることに、きっと彼は気づいていない。娘は、さりげなく自身の目尻を拭った。

 

「いいですよ。無料で」

「なっ、そういうわけにはいかないだろ!? ただでさえ仕事、忙しいんだろうし」

「はい。その代わり、今度お仕事のお手伝い……いえ、お土産を一つ持ってきてください。カシワさんのセンスにお任せしますから」

 

自分でも卑怯だと思い、歯噛みする。直接会うための理由を彼自身に作らせようとしているからだ。

 

「お土産って……そんなことでいいのか。もっと他に、」

「いいんです。わたしはこの村から出たことがないので、他の特産品や土産物を一度は見てみたくて」

 

実際には、幼い頃に父が狩猟報酬の一部と交換した遠方の土産物や、手に入れたモンスターの希少な素材のいくつかなどを見せてくれたこともあったのだ。

「一度は」とは嘘偽りだ。しかし、ノアにはカシワが決して期待を裏切らないだろうという自信――確信めいたものがあった。

 

「ああ、そうか、そういうことならいくらでも。もしかして……君のお父さん、まだ戻らないのか」

「よかった、ありがとうございます。父は……そろそろ手紙が届く頃なので、返信で少し突っついてみようかなあと思ってます」

「そうか……寂しいよな」

「大丈夫ですよ。周りの皆さんがよくしてくれますし、最近は『とある期待の新人ハンターさん』が顔を見せにきてくれるので」

 

自分のことを言われたのだと気がついたのか、気遣いの言葉を並べつつも後輩狩人はわざとらしく咳払いする。ノアはそれが愛おしく見えて仕方がなかった。

それぞれの茶器に紅茶とマタタビ茶を注いでやり、自分も目の前の焼き菓子を口に運ぶ。我ながら上手に焼けた味わいだった。

……想像してみる。手製のスカーフをさりげなく首に巻き、村や狩り場を走り回るカシワの姿を。考えただけで、甘やかで誇らしい気持ちで胸が溢れそうになってしまった。

糸繰りも毛刈りも縫製も、どれも自分の技術として大切に育てている最中だ。これらを彼と共有することができるなら……こんなに嬉しいことはない。

 

「色見本などは村長にお話を聞いてみますね。材料がそろう時間の方が気掛かりなので、急ぐには急ぎますけど、」

「いや、いいんだ。俺の方こそ無理言ってごめんな。できたら、でいいからさ。頼む」

「はい。カシワさんも、どうか無理しないでくださいね」

 

昼の日差しが窓から差し込む。近くから放牧したムーファたちの楽しげな鳴き声が聞こえてくる。何より、目の前には子どものように笑う後輩狩人がいる。

ああ、とても幸せだなあ……目を細める黒髪の娘を、同じく黒瞳の狩人は眩しいものを見るように見つめ返した。

そんな二人の鼓膜を、楽しげに、誇らしげにくすぐる音がある――ふと窓の向こうに視線を投げると、アイルー屋台を中心にベルナ村全体が賑わっていた。

 

「……なんだ? 観光客かな。ノア、君は何か聞いてるか」

「いえ、わたしも朝からお仕事……ああ、変な人とお話をしていたので何も聞いていませんね」

「そうか、仕事と変な……って、変な人!? なんだそれ、どんなやつだ!?」

「あ、すみません。変な人というよりおかしな人です。なんだか珍しそうな鉱石を使って、わたしに双剣の構え方を教えてくれました」

「……? あー、うん。確かに変な人だな」

「ですよね。でも、悪いひとではなさそうでしたよ? そのまま鉱石もくれましたし」

「……うん。おかしな人だな」

「はい。いつか、帰ってきたら父に見てもらうつもりです。もし使える素材だったら二個ありますし、カシワさんにも半分あげますね」

 

ノアがもらったやつだろ、慌てて両手を振って固辞するカシワに、冗談ですよ、とノアは朗らかに笑い返した。

あの藤と鳩羽、緑の混合鉱石が珍しい品であることくらいは自分でも分かっていた。贈り主の藤色の人影が、他者に譲ることを良しとしないであろうことも。

そうではないかという予想を元に、ノアは件の人物との応酬をカシワに話した。はじめ興味深そうに聞いていた後輩狩人は、何やら難しい顔をして黙り込む。

彼の知り合いか、それとも会ってはならない相手だったか……会話が途切れた瞬間、ふと玄関の扉が叩かれた。離れがたさを感じながらも応対に出る。

 

「いたいた。急にごめんね、ノアちゃん。ねえ、カシワ来てない?」

「クリノスさん! ええ、いらっしゃってますよ。ちょうどクッキーが焼けたところなんです。よかったら、」

「あっ、やー、食べたいのはやまやま……なんだけど」

 

訪ねてきたのは顔見知りの女狩人だった。いつもははきはきと物を言う彼女にしては、珍しく言葉を濁しているようにみえる。

どうしたんだろう、訝しんで首を伸ばしたノアは、彼女の後ろに「なんとなくいけ好かない」男が立っているのを見つけて眉間に力を込めた。

 

「緊急の依頼だ。カシワとクリノス、それと俺が出る手はずになっている。奴がここにいるなら出してもらおうか」

 

赤髪の狩人、ユカだった。クリノスはもちろん、カシワに対しても一方的な物言いをする偉そうな男……。

ノアは、ぱっと顔を輝かせて唐突に微笑み返す。何故か、クリノスと彼女のオトモがびくりと肩を跳ね上げて固まってしまった。

 

「ああ、ユカさん。こんにちは。なんだか外が賑やかなんですけど、ユカさんは何か知りません?」

「俺ではなく村が自主的にな。お前はここの住民だろう、何も知らされていないのか」

「すみません、ふらふらクリノスさんを追いかけているユカさんと違ってわたしはムーファのお世話で忙しくって」

「……ほお、そうかそうか。生憎、俺も仕事で多忙の身でな。お前とやり合っている暇はないんだ」

 

何故かは分からない。分からないが、ユカがこれまで「多くのモンスターを屠ってきた人間」なのだと思うと、途端にとてつもない嫌悪感が沸いてくるのだ。初対面の時点で、男から血臭が漂っているような気がして堪らなかった。ぐっと拳を握り、何とか不快さを逃がそうと試みる。

クリノスとリンクは明らかに戸惑っていた。はたと彼女らの動揺に気づき、ノアは急いで扉を開く。

 

「年下相手に大人げない人とやり合ってる暇、なかったですね。お茶を入れますから、中にどうぞ」

「……おい、」

「あーっ! うん、依頼書の確認もしたいしね、そうしよっか!!」

「ニャー。ユカさんとノアさん、なんでそんなに仲が悪いのニャ?」

 

ぞろぞろと連れたって居間に通すと、気づいたカシワが慌てて席を立ったのが見えた。

ユカは後輩狩人を見つけるや否や片眉を上げてにやりと笑い、クリノスはクリノスでにやにやと意地悪く笑っている。なんだよ、どことなく顔を赤くするハンターに、別に、二人は声をそろえてさらっと受け流した。

あの二人、カシワさんに対しての態度だけは似たもの同士なんじゃないかしら――全員に座るように勧め、ノアは新しい茶葉を用意しつつポットに湯を注ぐ。

出す直前、ユカのカップに父の狩猟道具から取り出した「ほんのりと青白い葉」をすり下ろしたエキスを垂らしておくのを忘れない。

 

「で? スカーフはどうすることにしたの?」

「うぐぉ……おっ、お前なあ! あれ俺をからかっただけなんだって!?」

「えぇー? やだあー、なんのことぉー?」

「スカーフ? スカーフがどうかしたのか」

「うわーっ! い、いいだろ別に、そんなこと! それよりユカ、お前がここにいるってことは例の……」

 

すかさず全員にカップを配る。息を合わせたわけではないのだろうが、カシワとクリノスが同時に口をつけ、最後にユカが紅茶を啜った。

彼らが打ち合わせをしているのを眺めた後、そっとクッキーの包みを差し入れる。予想していた通り、二人はユカに促されるまますぐに席を立ってしまった。

 

「悪い、ノア。急ぎの仕事が入ったからもう行かないと。お茶、ありがとうな」

「いえ、いいんです、カシワさん。クリノスさん、アルフォートくんたちも。気をつけてくださいね」

「ノアちゃん。クッキーありがと、もらってくね。またあとで!」

 

立ち去る間際、ユカはノアに手を軽く上げただけだった。それくらいなら構わない、振り返らない背中に向かって小さく手を振り返す。

そうして、彼らは慌ただしく飛行船に飛び乗っていった。あとから「祝賀会」の開催予定を聞かされた黒髪の娘は、もう少し粘ればよかったな、と苦笑する。

 

(でも、成功確率は……少しだけなら上がったと思うから)

 

遠のく船体が影になるまで見送った。運命としか思えない出会い方をした彼らの、無事を祈らずにはいられない。

彼らの腕前は知っている。だというのに、しばらくぶりに見たユカの顔色の悪さといい、クリノスの深刻な表情といい、妙な胸騒ぎが収まらなかった。

祝いの席に主役が不在ではどうすることもできない――畜舎横に転がしたままの結晶二つを見下ろして、ノアはぐっと目を閉じる。

祈りに応えてか、それとも単なる陽光の照り返しか。贈られたばかりの鉱石は揺れる色彩を移ろわせたまま、黒髪の娘の姿を映しとりじっと沈黙していた。

 

 





サイト掲載開始:2022/09/16

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