モンスターハンター カシワの書   作:77493

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50話 レーゾンデートル

 

 

「ううぅっ、うえっ……」

「だーっ、いつまでメソメソしてんだ! ユカが退けっつったんだから、仕方ねーのニャ!」

 

ところ変わって、ベースキャンプ。

竜ノ墓場、骸の龍との決戦から半ば強制的にリタイアさせられたアルフォートは、未だ憤慨しているチャイロの前でぼろ泣きしていた。

眼下ではひっきりなしに赤黒い閃光が瞬いている。犠牲者の武器を強奪、改造して身に纏う習性からしてあの野郎ネチっこそうニャ、とメラルーは舌打った。

 

「オミャーがここにいるのはユカが無理に編成を変えたからだろ。ユカのせいであってオミャーのせいじゃない。ユカが悪い。ユカのタコフェスタ野郎、ニャ」

「チャイロさん……た、タコは美味しいですニャ。タコは悪くないですニャ……」

「都合のいいとこだけ聞いてんじゃねーニャ」

 

一人プンスコしているチャイロを眺めていると、泣いているのが申し訳なくなってくる。アルフォートは眉根を寄せてぐっと涙を堪えた。

ズズ、と鼻水をすすっているところに布を押しつけられる。チャイロの私物らしいが、オトモメラルーは遠慮なしに鼻をかんだ。少し、砂っぽい匂いがした。

 

「さて、待機組にも仕事はあるニャ。まずは、」

「チャイロさんは、ユカさんのことが心配じゃないんですニャ?」

「んあ?」

「ボクは、旦那さ……だっ、旦那さんのことぐぁ……ひっ、ひんぱいふぃえ」

「また泣くんかい! もう宴会の持ち芸にでもしとけニャ! 心配って……ユカのアホのコダイオウイカがんなヘマするワケねーだろ」

「いっ、イカつながりですニャァ……」

「あの古龍はベタベタしてる上にネチネチしてるけどニャ。どー見てもマズそうだニャァ」

 

緊張をほぐそうとしてくれているのか、チャイロの言葉にはぶっきらぼうな中にもさりげなく冗談が混ぜられたりと、温かみが感じられる。ぐすん、としゃくり上げるアルフォートの頭をワシワシと撫で回し、チャイロはキャンプの整頓に戻っていった。

支給品ボックスの中身を並べ直し、転がるガラクタをどかし、適当なそれらの廃材を集めて簡易テーブルまで設置する。ふと、彼は険しい顔のまま嘆息した。

 

「ほーら、座っとけ。先に書類の下準備でもしとくニャ」

「い、イスまで! いつの間に!?」

「ユカはいつでも突飛だからニャ、オレもそれに慣れちまっただけだ。休めるときに休んどかねーとニャ」

 

飛行船からくすねたという茶をカップに注ぎ、馴染みのポーチから紙切れを数枚出した後、チャイロはさっさと慣れた様子で席に着く。

はじめ、堂々と茶をすすり始めたメラルーを呆けた顔で眺めていたアルフォートは、急かされるままに木片と鉄の塊そのままのワイルドなチェアに腰掛けた。

 

「ニャイ、このイス少し揺れますニャ」

「そりゃニャ、墜落した調査船の床板だから。オレもオミャーも……呪われちまうかもニャァ~?」

「ヒイッ!!」

「冗談ニャ。龍歴院ジョークニャ。全員脱出には成功したって聞いてるニャ」

「ニャイ……心臓に悪いですニャァ……あれ? 書類、ユカさんの分はチャイロさんが書いてるんですニャ?」

「んニャ、オレのはメモとかスケッチとかその辺だ。ユカの奴、雑用やら育成やらでも忙しくしてるからニャ。それでも資料がありゃまだマシだろ」

 

狩猟の結果は、成否問わずハンターズギルドに提出ないし報告するのが習わしとなっている。モンスターや狩り場の特徴を押さえた絵は特に重宝されていた。

チャイロの作業はその下準備であり、粗い線ながらも竜ノ墓場の状況をよく捉えている。アルフォートの眼は机上に釘付けになった。旦那さんは絵が雑なんですニャ、ぽろっと嘆いたオトモメラルーに、カシワってそういうとこあるよニャ、と野良メラルーはからりと笑い返す。

 

「ユカに限ってしくじるってこたァねーだろうからニャ。そのうち帰ってくるだろ」

「ユカさんのこと、信頼してるんですニャ。格好いいですニャァ」

「信頼とかそんなんじゃねーニャ。あいつは古龍にも慣れてる。危なくなったら引き際も考えるだろうし、それよりオレが心配なのはカシワの方ニャ」

「え、旦那さんですニャ?」

 

肉球つきの手でくるくると器用に万年筆を回して、チャイロは浅く嘆息した。呆れの感情がにじんでいる。アルフォートは困惑した。

何故、こんな話になっているのだろう。待ち時間を潰すための暇つぶしだろうか。横に座ったまま見つめてみても、赤色の眼差しが返されることはなかった。

どうして、と動きかけた口をそっと閉ざす。ふと朽ちた船の残骸を眺めながらも、チャイロの眼はどこか遠くを見つめているかのようだった。

 

「ユカは『まずい』と思ったら退くハズだ。職業柄、必ずニャ。けどカシワはそうじゃねーだろ」

「……そんなこと、」

「言い切れるか? あいつはユカよりお人好しだからニャ。せめてまわりだけでも逃がそう、とかやって最後に貧乏くじ引くタイプだろ」

 

たとえば、自己犠牲の精神。たとえば、騎士道。あるいは殿(しんがり)。

いずれもハンターという職に必ず求められるような気質、要素ではないとチャイロは頬杖をつく。

 

「命あっての物種ニャ。そのへん、クリノスあたりは分かってそうな気がするけどニャ。ユカよかよっぽど強かだ」

「だ、旦那さんだって危ないな、怖いな、って思ったらちゃんと撤退するはずですニャ。おっかないのはボクも怖いですニャァ……」

「それがフツーだ。命懸けで素材を集めたって、持ち主が五体満足じゃなきゃ意味がねー。けどカシワは……今までも『退かなかった』ときがあっただろ」

「退かな……で、でもそこは誰かが助けてくれたり……今日だって、」

「あのな、ユカだって暇じゃねーんだ。今回は仕事だし、温暖期近くだからかえらい張り切ってるけどニャ。けど、毎回必ず助けられるワケでもねーだろ」

 

たとえば、まわりを護るため。たとえば、ハンターとしての矜持。あるいは仲間を逃がすため。

このメラルーは、自分たちのことをどこまで知っているのだろう。アルフォートは膝の上でぐっと小さな手を握りしめた。

 

「助けが間に合わなかったら、その場で動けるのがカシワ一人しかいなかったら? どーなるかどーするかなんて、眼に見えてるニャ」

「旦那さんは、モンスターが怖いって、ディノバルドを狩った後言ってましたのニャ。だから今回だって、本当に怖くなったらクリノスさんたちと一緒に、」

「んニャ、どーだかニャァ」

「味方や仲間を気遣うことはそんなにおかしいですニャ? 旦那さんも……ボクも、間違ったことはしてませんのニャ」

「だから、程度の問題だって言ってるだろ。アー、早く終わんねーかニャァ。マタタビ酒飲みてーニャ」

「チャイロさん! ボクは真面目にっ、」

 

直後、アルフォートの視界は斜めに傾いでいった。バタンと岩肌の上に倒れて初めて、チャイロに突き飛ばされたのだと知る。

見上げた先、メラルーはのそりと緩慢な動きで廃材から降りるところだった。面食らったアルフォートは、起き上がることも忘れて胸ぐらを掴まれ固まった。

ユカの髪や瞳、ひいては、空の王者リオレウスと同じ色合いの眼が正面から自分を覗き込んでいる。

 

「バカなのか!? 死なれたら後味悪ぃのニャ! それでユカがまたドヘコミしたら、オミャーどうしてくれるんだ!」

「ニャッ、ニャイィ!? チャイロさ、それ逆ギレっ……」

「いいか、オミャーはまだ『ご主人様』が生きてる、やろうと思えばなんでも出来るんだ! お得意の号泣でもして、連れ帰るなりすりゃいいだろが!」

「ぼぼぼぼぼボクそんな泣いてばっかりじゃないですニャー!!」

「泣き虫だろーが! 心配して泣けるだけ、文句言えるだけまだいいじゃねーか! オレはもうっ、そうすることすら出来ねーんだぞ!!」

 

思い出す。あの日、オトモ広場で語られたこと。かつて、旧砂漠の荒れ果てた狩り場で起きたこと。

かつての自分と自分たちとを重ね見たのか、心情を吐露したチャイロの手は震えていた。アルフォートははっとして胸ぐらを掴むメラルーの顔を仰ぎ見る。

ぐっと歯噛みして何らかの激痛に耐えているかのような表情だった。怒られるかな、と思いつつ手に触れるとごわついた毛が一瞬ぼわっと逆立つ。

拒まれないことに安堵した。しばらくそのまま待っていると、チャイロはのろのろとアルフォートから手を離して座り直した。

 

「……わりー。珍しく、感傷にふけったニャ」

 

脳裏に描くのは、チャイロにとっての真の主、否、今は亡き唯一無二の親友のこと。当時、涙すら見せずに淀みなく語ったかつての獣人と彼が同一人物のようにはとても見えなかった。

「ティガレックス」。原初の竜に近しい骨格を持つ、獰猛な飛竜。

その気性はとにかく凶暴で、怒り出すと手がつけられなくなると聞いている。巨大な顎とばね仕掛けの如き筋肉、高い身体能力がそれを可能にしているとも。

アルフォートは、先と同じようにメラルーの横に腰を落ち着かせた。気まずそうに茶をすする横顔から視線を外して前を見る。ばたばたと暴風に揺らされる、元は帆と思わしきボロ布が、件の亡骸の凄惨さを代弁しているかのようだった。

 

「また、って言ってましたけど。ユカさん、前にもそうやってドヘコミしたことがあったんですニャ?」

「オミャー……ホンット、どーでもいいとこだけしっかり聞いてんだニャ」

「ニャイ!? チャイロさんが言ったんですニャ!」

「ああ……あいつな、護衛任務だとか仲間に同行する狩りだとか、そういうのでしくじるとメチャクチャ落ち込むんだ」

 

カシワとクリノスとかティガとかな、あえて早口でまとめるあたり案じていることを彼に気取られたくないのだろうな、と聞き手側は推測する。

 

「ぱっと見だと分かんねーけどニャ。けど仕事がトロくなったり肩落としたりで、見るヤツが見ればすぐ分かる」

「たとえば、チャイロさん、とかですニャ?」

「ま、まーな。ユカには言うなよ。……とにかく、ただでさえ今の時期は気が立ってるんだ。ユカがヘコまないように無傷で帰ってきてほしいんだがニャァ」

 

ズズズーと互いに示し合わせたように音を立てて茶をすする。吹き荒ぶ風がヒゲを揺らし、アルフォートはきゅっと眉間に力を込めた。

元から温かった茶は冷めきっている。思ったより強敵なのだろうか。自分は古龍には詳しくないが、それが新種ともなれば予想の立てようもない。

盗み見た先、描きかけのスケッチをポーチに退避させるチャイロの顔は、言いたいことを吐き終えたからか先ほどよりいくらか落ち着いているように見えた。

 

「……長引いてるニャ。つーか、ユカがここまで手こずるのはマレだ。ヒゲもピリピリするしニャ」

「やっぱり手こずってる方、なんですかニャ?」

「アイツは格好つけだからニャ。たぶん、オミャーらのご主人様に合わせて未強化の弓でも持ち込んだんだろーが……それでもちょっとニャ」

 

「長引いている」。アルフォートはギルドから支給されている金時計を静かに取り出した。いつしか、長針は五の文字盤を追い越そうとしている。

周囲の気配や荒天に変化はない。わずかに嫌なことを想像して、オトモメラルーは慌てて首を振った。

 

「まさか不測の事態ですニャ? でも、依頼書には追加事項の記載なんてありませんでしたのニャ」

「オミャー難しい言葉知ってんだニャァ……ま、あくまで下位だ。下手なことには、」

 

そのときだ。ズズン、と重い地鳴りが鳴る。頭上を駆ける風が、曇天が、一瞬ぱっと赤く染まった。地獄の底を思わせる空模様に、メラルーたちは息を呑む。

ふたりそろって眼下を覗き込むと、龍属性エネルギーの稲光と噴き上げられた淡水の飛沫で、視界は酷く濁っていた。

 

「だっ、旦那さん……?」

「なんだ、こりゃ」

 

身を乗り出しすぎたアルフォートが落ちないよう、チャイロは彼のレウスネコメイルをがっしり掴んでやる。

邪悪、怨嗟を彷彿とさせる不気味な光。その下で何が起きているのか、推測することも難しい。オトモメラルーに負けじと身を乗り出しかけた、そのときだ。

 

「――ッた! ああっ、もう!! 『モドリ玉』ってやっぱり慣れないなあ!」

「ニャニャーン! チャイロさんアルフォート、ただいまニャ!」

 

ずるべしゃどしん。背後から異臭が漂い、次いで振り向いたときには、見慣れたハンターとそのオトモがネコタクに放られている最中だった。岩肌に容赦なく投げ捨てられた双剣使いは、ぶつけてしまったのか、腰をさすりながら不本意とばかりにあぐらを掻く始末である。

一方で、忙しなく立ち去るネコタクの運転手らは――暴風で聞き取りにくいものの――大声で文句を合唱していた。

アルフォートが駆け寄る中、「モドリ玉」と聞いたチャイロの顔がみるみるうちに険しくなる。四人はすぐさま顔を突き合わせた。

 

「リンクさん、クリノスさん! ど、どうして……旦那さんは、」

「アルフォート、落ち着けニャ。オミャーら、下で何があった?」

「どうもこうもないよー……あー、せっかくここまでやってきたのに! レアアイテムのチャンスがぁー!!」

「ニャー。それが、例の大型古龍が急に大暴れし始めて……足場まで崩されそうになったから、今回は退けってユカさんに言われたニャー」

「クリノス、オミャー正直すぎるニャ。で? ユカとカシワは」

「え? まだ下にいるけど? 助かったかどうか、なんてわたしには分かんないよ? 無理やり退避させられた感じだし」

 

アルフォートはさっとチャイロを見る。師にあたるメラルーの横顔は、冗談などかけらも感じさせない緊張に満ちていた。

それに答えるクリノスの解は手短だ。感傷や後悔の類はまるで見当たらない。けろりと答えて埃を払う女狩人を、オトモメラルーは呆然とした顔で見返した。

獣人の言わんとしていることを察したのか、彼女はわずかに眉根を寄せる。下手な慰めを言わないところがクリノスらしい、とチャイロは嘆息した。

 

「安心しとけニャ。オミャーらが戻されたってことは、つまり」

「――残念だが、カシワはまだだぞ」

 

ガラガラと乾いた音が響く。崖の斜面、菌糸類と、人間には踏破不可能な道を経由して現れたのはクリノスたちが運ばれてきたものと同型のネコタクだった。

振り落とされる前に身を投げた男が、受け身を取りがてらこちらに向き直る。誰にとっても見知った顔の、銀朱の騎士だ。

 

「ゆっ、ゆ、ユカさん!! だ、旦那さんは……」

「おい、ユカ! オミャー……!」

「ユカ。カシワは?」

「いっぺんに聞くな。……奴め、俺が渡したモドリ玉をよりによって『俺に投げ返した』ぞ」

 

自慢の羽根帽子はおろか爪先まで真っ白な埃――要は骸龍の食べ残しだ――に塗れながら、ユカは苛立たしげに舌打った。

ここまで感情を剥き出しにするのを見るのは初めてだ。思わず眉間に皺を刻んだチャイロだが、なんとなしに見上げた先で女狩人も似たような顔をしていた。

 

「モドリ玉を投げ返されたあ? そんなこと出来るの?」

「ああ、奴も必死だったんだろうが……命知らずめ。一人きりであれとやり合う気か、死にに行くようなものだ」

「あー、そう。って、わたしにそんなこと愚痴られても。カシワがやったことなんだし」

「……ゆ、ユカさん。じゃ、じゃあ、旦那さんは……」

 

すがるように洋装に下げられた護身用の剣に触れ、アルフォートはなんとか否定の言葉を聞き出そうとする。騎士は、容赦なく首を横に振った。

 

「カシワも骸龍も、今も竜ノ墓場内だ。地盤そのものが崩されかけていたから、下手をすれば生き埋めになっているかもしれん」

「いっ、生き埋め……? そ、そんニャ……嘘ニャ……」

「アルフォート、しっかりするニャ!」

 

へたりとへたり込んだ身をリンクが支える。気を確かに、とは言い出せない空気だった。

人間ならば顔から血の気が引いた状態だろう。ユカは痛ましい眼差しでこのオトモメラルーを見下ろした。

 

「で? 生き埋めって……助けに行けるめどはあるの?」

 

一方で、クリノスは少しばかり唇を突き出し拗ねたような顔をしていた。仲間の危機に大したショックを受けていないようにも見える。

ユカは眉根を寄せてさりげなく、否、大人げなく抗議したが、女狩人はくるりと騎士の全身に視線を這わせただけだった。ふと、特定の地点で動きが止まる。

 

「……怪我してる」

「なに?」

「それ、痛むでしょ。手当てするからみせて」

 

アルフォートのことはリンクに任せたらしく、彼女は顔を歪めた騎士の視線を丸々無視して左腕を手に取った。

隣にチャイロも駆けつける。いらん、意固地に振り払おうとするユカに、後から狩りに影響出るよ、クリノスは視線も合わさずに吐き捨てた。

左右から押さえられ、遂に観念した男の防具が外されていく。暗雲の下、晒された腕は焼かれたように赤黒く腫れ、表面には龍属性の稲光がちらついていた。

 

「ほら、思ったより酷い。あんた、ウチケシの実自分の分持ってないの?」

「……カシワが何度か、喰らったからな」

「だからって毎回回復してやってたらアイテム保たないでしょ。とりあえずわたしの……っと。はい、口開ける」

 

ウチケシの実は、その名の通りハンターの身体を害する属性やられ、他特殊な状態異常を「打ち消す」効果を持つ木の実だ。

血流や体内器官の活性化を促し、新陳代謝を高め、本来の気と異なるエネルギーを取り除くことができる。龍属性もまたこの実で浄化することが可能だった。

とはいえ、クリノスがユカの口に押し込んだのは通常の適正量より遥かに多い四個、五個……である。発言権をなくした男は無言で口を動かした。……間違いなく、八つ当たりが含まれている。もがもがとにが虫を噛んだような顔のまま、男は女狩人に目で物言わぬ抗議を続けた。

その間、クリノスの手は止まることはない。光波をかすめたと思わしき部位に回復薬を浸透させた布をしかと押し当て、その上から丁寧に包帯を巻いていく。

巻き終わった頃には、ユカも無事木の実を食べ終えていた。ぽんと関節の辺りを軽く叩き、女狩人は一歩下がって頷いた。

 

「はい、できたー……あーあ。新種の超大型古龍かー。素材がなー。せめて、撃退扱いだったらなー」

「……クリノス。お前、カシワのことが気にならないのか」

「は? っていうか、まず治療してもらったことのお礼言いなよ。……そうは言うけど、カシワが自分で決めて残ったんでしょ? どうしようもなくない?」

 

男の横では今もオトモメラルーが気落ちしている。時折、崖に向かって駆け出そうとするのをリンクとチャイロがふたり掛かりで止めていた。

聞かれでもしないかと一人ひやひやするユカを余所に、クリノスの答えはやはり淡白だった。むしろ「カシワの身を案じる方がおかしい」とでも言いたげだ。

物言いたげな視線を向けてくる騎士に、女狩人はなに、と半ば挑発するように目を細める。ユカは感情を逃がすように短く嘆息した。

 

「つきあいは短いだろうが、奴はお前の相棒だろう」

「相棒、カシワが? うーん、ま、そうかもね? けど、それとこれとは話が別でしょ」

「別?」

「わたしたちはハンターなんだから、いつどんなとき死ぬか分かんないでしょ。『覚悟』は必要だってこと」

「……覚悟、か」

「そうそう。あっ、もしあいつが今回無事だったら、『今度死にたがりするなら遺書でも書いとけ』って言っとかないと」

 

そこは遺書ではなく遺言だろう、そう言いかけて口を閉じる。

カシワの無鉄砲さは今に始まったことでもないが、自身もそう気に留めていなかったのだと初めて気がついたからだ。

「どんな狩猟においても必ず無事に戻るはず」。いくらなんでも夢を見過ぎた。自分と同程度の腕や強運を、必ずしも彼らが保有しているとは限らないのに。

騎士は頭を振る。職業柄、過去のことからして、自分自身は覚悟を決めたつもりでいた。しかし……

 

「……そうか。だが、他に何か言うことがあるだろう」

「えっ、何が? なんかあったっけ?」

「いや、なんでもない」

「はあ? ないならいいけど。うー、レア素材がー!」

 

一貫して変わらぬクリノスの言動にユカは嘆息する。彼女は端から相棒と――それだけでなく、自分とも死に別れる覚悟をもってここにいるのだ。

敵うわけがない、ましてや気にせずにはいられない。頭上を睨み上げ、銀朱の騎士は救難の便りを出すべく急ぎテーブルに向かった。

 

 

 

 

 

 

「……まっじめー。覚悟もしないで、ハンターなんかやってられないっての」

 

ユカの言葉を脳内で反芻させて、双剣使いは何度目か数えるのも億劫になったぼやきを漏らした。

思い返すのは、黒髪黒瞳の心底腹立たしいニカリとした笑み。短いつきあいの後輩狩人の顔を思い浮かべ、クリノスは渋面を滲ませる。

「心配」も「案じる」こともしてやらない。カシワ本人が「名誉」を重んじ、己が「精神」に則って行動したのだから見守ることが最善なのだと今でも思う。

誰にも譲れぬ領分がある。理解したいとも寄り添おうとも思わないが――クリノス自身は命を持ち帰る方が大事だと思っている――否定はしない。

それが今生の別れとなるならそれまでだ。相手がそこまでの寿命しか持ち得なかったという話……かといって、全て割りきれるのかと言えば答えは「否」だ。

……自分にも、ちくりと、ごくわずかに痛む程度の良心というものはある。苛立ちが募り女狩人はまたも唇を尖らせた。

 

「バカシワ、へたれハンター、尻に敷かれマン。あんたのせいで骸龍の素材、全っ然手に入んなかったし」

 

ずるずるとしゃがみ込み、うなだれ、あらゆる感情を逃がす意味で心の底から深い溜め息を吐いたその瞬間。

ふと、双剣使いは聞き覚えのない声を遠くから投げ掛けられたような気がして顔を上げた。

 

 ――あのハンター様でしたら、未だ存命でありますよ――

 

そのときだ。曇天に青白い亀裂が走り、ぱっと頭上で瞬き、気付けば雨が降り始めていた。おもむろに立ち上がったクリノスは、なんとなしに首を巡らせる。

ぱっ、ぱ、と何度も閃電光が煌めいた。不思議とその神鳴は、宙の低いところから竜ノ墓場の底に向かって断続的に放たれている。まるでガイドかピン留めのようだった。崖の一部から寄り添うように始まって、菌糸類の上、岩肌と次第に眼下へと降りていき、うろの最深部に至っている。

 

「……! タク……ネコタク!! 運転手! アイルーちゃんっ!!」

 

「それ」を目にしたとき、青白い光同様、頭の中でぱっと閃くものがあった。

鞭打たれたように駆け出した。撤収準備を始めていた獣人族を急かして、クリノスはやおらネコタクに滑り乗る。言われるまま、叫ばれるがままに彼らは走り出した。面食らったユカが手を伸ばしても、アルフォートが顔を上げても、回り始めた車輪は止められない。

斜面を、キノコの上を、岩肌やオブジェと化した白骨死体の側面までもを通り抜け、彼らはあっという間に墓場の底に辿り着く。

 

「――ッ!」

 

バチン、とことさら強く鮮烈な白雷が降った。僅かに、辛うじて残されていた骨床の一部を穿ち、その奥を暴き、埋もれたままの「人間の手」を掘り起こす。

クリノスはネコタクへの礼も忘れて駆け出した。何度か同じように雷が降り、骨という骨を粘液ごと焼き払いながら強引に道が開かれる。

ぐっ、と手首を捉えて引っ張り出そうとした瞬間、粘液の作用で強度と接着力の増した足場に負けそうになった。

足が滑る。手が、肌が恐ろしく冷たい。でも、このまま再び水中に戻されればこの男は間違いなく、今度こそ二度と助からない。

クリノスの顔に焦燥が浮かんだ。喉から苦鳴が漏れる。下がり始めた手に力を入れ直した、その刹那――

 

『……おやあ、自慢の足が泣いてしまうよ。そら、もう一踏ん張りさ」

 

――なんの前触れもなく。気配も気取らせず。しかし、粉塵漂う真っ白な空気に紛れるようにして、唐突に、隣からぬうと血色の悪い手が伸ばされた。

誰、とも、ユカなの、とも聞き返す余裕もない。促されるまま渾身の力を振り絞り、二人掛かりで後輩狩人の体を引き上げた。

 

「や、やった……」

「ああ、よかったねえ。この呼吸ならすぐに戻ってこられそうだよ」

「あっ、ありが……っ!」

「いいよ、いいよ。なんなら顔を拝めて、僕も満足がいったから。ほら、ここは二足歩行が長居していいところじゃないよ。君ももう、戻るといいよ……』

 

ネコタクの上にカシワの身が放られると同時、クリノスはどこかで嗅いだような匂いを嗅ぎ取り目を閉じる。

使用者の体臭を特有の臭気で覆い隠し、周囲に目眩ましの効果を持つ特殊な霧を焚くことで安全にネコタクを呼び出すことを可能とした、手投げ玉のそれだ。

霞みいく視界の端で、藤色の凝った装を着こなした男が手を振っている。靄に紛れ、霧に溶け、煙に巻くような小さな笑みを浮かべている。

 

「ま、待って……!」

 

きょろりと蠢く目玉を視認した瞬間、女狩人は忙しない車輪の音を耳にした。新たなネコタクに連れ去られたときには、その人影はの中へと消えていた。

 

 





サイト掲載開始:2022/11/14

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