モンスターハンター カシワの書   作:77493

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エピローグその肆。こちらは下位編の特別参加枠、他視点。
今話にて下位編本編部分は完結となります。これまでお目通し頂き、まこと誠にありがとうございました〜!!\(*ˊᗜˋ*)/

明日投稿予約分はオマケのトッテオキ(?)となっております。だ、蛇足とか言わないで… )`ν゚)・;'




エピローグ(4)『継次』

 

 

『あーあ……聞いておくれよ、クシャナ」

『顔を出すなりなんだというのだ、霞の」

 

凍てつく風の流れと、遠い時代から凍りついたままの岩石群。潮の香りが朽ち木を揺らす風景は寒々しく、また氷結晶を生み出すようにもみえる光景だった。

狩り場より離れた位置にある高台。今や人の往来はほとんどなく、「群島」の見張り台として機能するだけの狭い足場の上で彼らは語らう。

 

「いやね、こないだのことなのだけれどさ。霊獣が僕に、酷なことを言うんだよ」

 

片や、風変わりな藤色の装いの男。風には見向きもしないが寒さに不慣れであるのか、息が白ーいなどと身を縮こまらせてはぶちぶちと文句を連ねるばかり。

 

「幻のか。あれは貴様ほどひねた性根ではなかっただろう」

 

片や、古びた黒衣を纏う男。寒々しい海面の青を反射して表層をなびかせる様は、衣服というよりは極薄に加工された金属板であるかのようだった。

裾には熱帯地方の古代遺跡でみられる紋様が鋼糸でこと細かく再現されており、男の神経質さや気むずかしさを端的に現している。

 

「ウン。霊獣は悪いことなんかしてやいないよ、僕がすねているってだけの話でさ」

「そら見たことか。守護区域を離れる貴様が悪い」

「おやあ、またそれかい。でもねえ、クシャナ。たまには僕たちだって息抜きの一つでもしないと……」

「ふん、生憎だが俺は先に済ませたのでな。貴様とは先見の格が違うということだ」

 

黒衣の男はもう一度、ふんと鼻を鳴らした。得意げに胸を張る最中、黒衣がはためき中の黒鋼の鎧を一瞬だけ寒空に晒す。

普段は衣の下に隠したままで、決して露出させないはずの鎧……藤色の奇術師は凹凸の目立つ不思議な色合いの眼を、きょろりと二度も動かした。

鋼そのものを繋いだように見える堅牢な黒は、今は微かに白みを帯びている。しっとりと氷霜に艶めき濡れる様に、霞の男は遠い時代の記憶を手繰り寄せた。

 

「おやあ、たまげた。『脱ぎたて』なのかい? いつの間に」

「先日、大昔の寝床に里帰りしてな。久方ぶりに寄ったが、なに、たまにはいいものだ」

 

黒衣の「脱皮」は久しく目にしていない。彼が古殻を脱ぎ捨てると純白に輝く体躯が現れるが、それはもう言葉に表しようがないほど美しかった。

過去一度だけ叶った邂逅の瞬間を思い出し、藤色はうっとりと顔を緩ませる。常ならば嗜める黒衣の男だが、珍しく彼は「だが」、と二の句を言いよどんだ。

 

「……いや、妙なこともあったものだ」

「ん? どうかしたのかい、クシャナ」

「俺がいつも脱皮をする場は決めてある。他の何ものも辿り着かない山頂だ……今回は、そこに先客があったようでな」

「先客? ギルドから派遣された物好きじゃあないのかい」

「馬鹿を言うな、旗の欠片などどこにもなかったのだぞ。……見ろ、見慣れない殻の欠片が落ちていたのだ。霞の、貴様はこれに覚えはないか」

 

僕の霊獣への愚痴は聞いてくれないのかなあ、口内でぼやいてから奇術師は差し出された破片を指で摘まむ。

 

「……なんだい、これ?」

「俺が知るか。……あまり、いい気はしないのでな」

 

それは赤黒く焼け焦げた何らかの断片だった。相当な高温で焼けたのか、しかし物自体は硬質であるのか、表面だけがぼんやりと変色している。

すん、と匂いを嗅いだ瞬間奇術師は渋面を浮かべた。突き返された破片を受け取りながら、だからいい気はしないと言っただろう、と黒衣は歯噛みする。

 

「感じ取れたのは龍の気だ。しかし」

「……焦げ臭いのと凍りついちゃってるせいで、あまり気配は辿れないねえ」

「おい、俺のせいではないだろう。この銀色、少なくとも俺はこれまで一度も見たことがない」

 

黒衣の男が言うには、この破片は彼の生まれ故郷、雪に抱かれた山岳の頂付近に落ちていたものだという。

事故か、偶然か。なじみの脱皮跡の近くで地面を穿ち、すっかり雪に埋もれていたこの銀色を、男は興味本位で持ち出したのだと話した。

 

「落ちていたのはこれだけだ。霞の、貴様が分からないなら炎王らもこれには見覚えがないだろう」

「そうだねえ……古塔にお住みの、緑陰の大賢ならご存知かもしれないけれど」

「馬鹿を言え、俺があの地に易々と入れるものか。仕方ない……少しばかり探ってみるか」

「でもねえ、クシャナ。君はその、少しばかり短気なのだし」

「喧嘩を売っているのか、霞の。あの温厚篤実な幻のにぐちぐち言う貴様よりはマシだろう」

 

どちらが喧嘩を売っているのだい、目を剥く藤色に、今の俺は機嫌がいいからなんとでも言え、黒衣はふんと鼻を鳴らす。

 

「どうも妙な鱗だ。気配……龍氣とでも言ってやろうか、妙に心が浮つくようだ」

「ううん。僕はこれ、あんまり好きじゃないなあ。周辺に変化はなかったのかい、クシャナ」

「今のところはな。多少、盲目の竜がうだうだ言っていたが……餌の移動期だからな、いつものことだろう」

 

「心が浮つく」。その気配は確かにある、と藤色の男は頷いた。

天に散らした銀瑠璃や、この地で見かける氷河石によく似た銀色は、眺めているだけで心が躍り目を奪われる。恐ろしい魅力を秘めた物質だ。

……黒衣の下に破片がしまわれた後、ふたりははっとして再び話を霊獣の方へと動かした。なんでも、藤色の男は件の四足歩行に「自慢話」をされたと言う。

 

「……自慢話だと? 何を言われたのだ、霞の」

「先日、彼の菌糸類の大畑に行ったときのことなのだけれどね。彼、腕の立つハンターに『秘薬』を譲ってもらったらしくてねえ」

『よし、帰るか』

「おやあ!? お待ちよ、クシャナ。まだ話は終わっちゃいないのに!」

『霞の。貴様、ここ最近は規定食遊びとやらに夢中だと話していたではないか。やはり本質は変わらんな、薬離れが出来ないか」

「ひ、ひとを薬漬け患者みたいに……違う、違うよ。ちょっと、ちょーっぴり、いいなあって思っただけだから」

 

苦みは少なく、舌触りもなめらかで、噛みやすく口内ですぐほどけ……旧知の霊獣が「二足歩行」から与えられたという薬品のことを、藤色は懸命に話した。

フードで表情を隠したまま、黒衣の男はぎしりと歯噛みする。この旧友が薬や食物を好むことは知っていたが、ここまでとは思わなかったからだ。

「秘薬」。致死率の高い毒素を持つ菌糸類や特定の虫の体液を活用した、二足歩行伝来の薬。藤色の男は昔からこの薬に弱いのだ。目がないと言ってもいい。なんでも力が湧いてたちまち元気になれる代物だとか――恐らくは止めても無駄だろうな、風翔の衣を翻し、男は一度だけ奇術師に頷いた。

 

「霞の。そこまで言うなら俺もとやかくは言わん、好きにしろ」

「クシャナ。まさか君もその薬が気になって……」

「そんなわけがあるか馬鹿。……その調合主を探すも薬品作りに邁進するも、貴様の悪趣味に上書きしておけば済むことだろう。早くに解決すればいいがな」

 

好物を前にすれば、誰でも多少はおかしくなるものだ。自分とて脱皮を禁じられれば「街の一つも吹き飛ばし」かねない。

わあい、と呑気に歓声を上げる旧友を、寒冷の海域の主は嘆息混じりに眺めて笑う。

……長い間、この男は私事でずいぶんと落ち込んでいたのだった。気休め程度でも前向きになれたのなら、それだけで遠方に発たせてやった甲斐もある。

 

「それで、霞の。その腕利きの何とやらの特徴は、霊獣から聞けたのか」

「――あっ」

「おいこの馬鹿……」

「だ、大丈夫だよ、クシャナ。僕にも、そういうのに強そうなコネなんかがちゃんとあるのだからね」

「本当か。はったりなどではないだろうな』

「まさか、大丈夫だよ。……僕は平気さ。捜し物だって、自力で見つけられたのだし』

 

エヘンと胸を張る友の顔を見て、黒衣の男は鼻で嘆息した。コネとやらを頼りに向かうのか、藤色の奇術師は自慢の翼をはためかせて早々と離脱する。

凍て刺す風が、周囲をけぶらせていた白霧をそっと拭っていった。いつものように支配域を見渡して、黒銀の龍もその場を飛び立つ。

青天を切り出してはめ込んだような色の眼が、上空、氷点下の寒さを掻き抱きながら眼下を睨めつけていった。

寒冷群島。遙か昔、超大型生物と当時の二足歩行が決戦を迎えたという古い猟場での一時。ばたりと潮花が散った後、そこには誰の姿も残されていなかった。

 

 

 

……

 

 

 

「おおぉおうん……聞いてくれよお、隊長さんよお」

「わっ。ど、どうしたんですか、マルクスさん」

 

色の晴天の真下、龍歴院前庭園、その奥地。慌ただしく人が行き交う中、小柄な竜人族に大柄な男が急接近を果たした。

頭はツルッパゲ……失礼、坊主頭で、体は筋肉で隆々と盛り上がり、いかにも狩りを好む風貌の男である。一方で研究員の方は華奢だった。

眉尻を下げ、泣きじゃくる中年をよしよしと背伸びして宥める様は、最早どちらが年上なのか分からない。男が泣き止む様子を見て、竜人は朗らかに笑う。

 

「今回の補給が終われば、いよいよ本格始動ですね……! 試運転でも問題はありませんでしたし、マルクスさんにもお世話になりました」

 

丸く、あどけなさを残す瞳はきらきらと生気に満ちていた。見とれるように固まった大男は、はたと我に返って顔面を自ら拭う。

 

「よせやい、隊長さんが頑張ったおかげじゃねえか。俺はなんもしちゃいねえぜ!」

「そんな、物資や資材の運搬、護衛まで……すっかり助けて頂いて」

「おいおい、よしてくれ! 頭を上げてくれよ……娘より年下のあんたに礼を言われちゃ、むず痒くなっちまう」

 

二人は、背後に浮かぶ巨影をそっと仰いだ。龍歴院の施設に連結され、ぽかりと宙に浮かぶ見事な飛行船……通称、「空飛ぶ研究室」がそこにある。

これまでの飛行技術と運航テストを連動させ、何年にも及ぶ研究開発を経て実現した、龍歴院の努力の結晶だった。

 

「はい。ついに、このときが来ました……それもこれも、開発に携わってくださった先輩方や試運転に協力してくださったハンターさんたちのお陰です!」

「おいおい、隊長さん。あんただって相当努力してただろうに。資金繰りの交渉だって、自分から立ち向かったっていうじゃねえか」

「それでも、あんまり成果のほどは……ボクも少ししか持っていないしなぁ……申し訳ないです……」

「こらこら、若いもんが気安く財布のひもを緩めちゃ駄目だぜ。先立つものは大事にしねえとな。……にしても、でっけえなあ。こいつは」

 

龍歴院のシンボルマークをメインの気嚢に描き、威風堂々と浮かぶ飛行船。目を引く鮮やかな空色は、晴れ渡る寒冷期の空と同じ色だ。見上げる隊長の目は、夢見る若者といった風に希望に輝いている。この若さで船に乗ることを許され、更に統轄役を命じられたのだ。並大抵のことではない。

この竜人がどれだけの努力したのか、大男は全てを知らない。しかし、日夜問わず庭園と研究院とを行き来する姿にひたむきさを感じずにはいられなかった。

 

「でも、残念です。マルクスさんとは、しばらくお別れなんですよね?」

 

これまでなりゆきで同行していた大男も、家の都合でここを離れることになっていた。ここから先は乗船を確約できない。それを酷く残念に思う。

 

「ああ、娘がな。いくら狩りが楽しくても手紙の一つはよこせとか、いやあ、たまには書いちゃいたんだが」

「そうだったんですか! ごめんなさい、ご家族の方にも迷惑を……」

「謝らんでくれよ! まあ、連絡も最近してなかったし、つい顔を見たくてなんも言わずにいきなり帰ったりしちまったからなあ……そりゃ、怒られるわな」

 

先ほどまでの元気はどこへやら。双方、しょんぼりと肩を落として会話は途切れた。

そうしている間にも、周辺の賑わいはますます増してくる。研究員はもちろん、腕自慢の龍歴院お墨付きのハンターや、共に乗船する商人、加工職人……。誰もが、これからの空を経る調査を心待ちにしているようだった。大男マルクスは、自分のことのように喜色を浮かべて胸を張る。

 

「ほらっ、元気出しな! せっかくのデビューが台無しになっちまう!」

「わあっ、いたた……そうですよね。これから調査が始まるのに、暗い顔なんてしていられないですよね……!」

「――たーいちょー! ハイメルたいちょー!!」

 

ふと、賑やかさの中から更なる元気の塊が飛び出した。栗色の柔らかい髪に若草色の制服がよく似合う、見るからに活発な受付嬢だ。

彼女もまた、隊長ことハイメルともどもこの飛行船に乗ることが決定付けられている。駆け寄るや否や、ぱっと綺麗なスタイルでその場で敬礼をしてくれた。

 

「マルクスさんもお疲れさまです! おーっと、忘れてた! こんなことしてる場合じゃないって!」

「おいおい、ルーチェちゃんよ。ちったあ落ち着いたらどうなんだ? 話が見え……」

「お疲れ様です、ルーチェさん! ボクたちに何か御用ですか!?」

「ふはは。たいちょーは私のこと、よっく分かってくださってますからね。話なんてメガネ……主席研究員さんのメガネ……より、お見通しなんですよ!」

「そうかい、平常運転ってわけか……」

 

轟竜の突進のように現れ、彩鳥のラッパのようにまくし立て、飛行船の受付嬢ルーチェは慌ただしく肩掛けのカバンから紙片を取り出した。勢いあまって何枚かがこぼれ落ち、ハイメルとマルクスがそれぞれ回収にあたる。ありがとうございます、との活力溢れる返答に二人は思わず笑いを零した。

……メモにまとめられていたのは、責任者にあてた出発の際の確認要項であったらしい。紙片を見つめるハイメルの双眸に凛とした光が宿る。

懐から取り出されたペンが、陽光を反射させて煌めきながら紙片に何事かを書き落とした。隊長として任命された竜人の確かな風格に、大男は目を瞬かせる。

 

「分かりました。ルーチェさん、往復になりますが、幹部の方にこちらの返信をお伝え頂けますか……?」

「りょーかいです! バビューンって届けにいっちゃいますよ。そりゃもう、ナルガクルガみたいに! きゃは、言っちゃった。頑張れ私!」

「はい、よろしくお願いしますね。それで、マルクスさんはどうされます?」

「俺かい? いやあ、顔なじみのご近所さんに、娘がいない間の雲羊鹿の世話を頼まれててな。これから放牧の回収作業さ」

「ムーファミルク、美味しいですよね! モコモコフワフワだし。私たち龍歴員のスカーフも彼らの毛から織られてるんですよ。うーん、ムーファ様々!」

「うおっ、まだいたのかい! ほらっ、お互い頑張らんとな!?」

 

顔なじみの受付嬢とハンターは、そうしてワイワイやりながら離れていった。残された隊長もまた、別の作業員に呼ばれて飛行船へと駆けていく。

空飛ぶ研究室、「龍識船」。誇りを掲げるようにぱんと膨らんだ気嚢の色が、どこまでも輝かしく、研究院の横に佇んでいた。

 

 

 

……

 

 

 

誇りに輝く色が、頭上を仰ぐ。目が覚めたとき、その眼に映ったのは自身と同じ紺や群青のからだではなかった。

そっと、覆いかぶさるように上から尖った物体が降りてくる。先端からはぽたぽたと、何やら甘い匂いが溢れていた。無我夢中で吸い付き、液体を喉に運ぶ。

 

『無事に、目が覚めてくれたようですね。何よりです』

 

ほの甘い乳白色。ふと液体の流動が途切れたとき、それらは視界の片隅に、静かに佇んでいる同色の何かを見つけて眼を瞬かせた。正確には、白と青の混合色だ。星や月を地上に落としたらこんな形になる、そんなことを思わせる妙な存在感が備わっている。

綺麗な形の鮮烈な「それ」の赤色に、目覚めたばかりのそれらは夢中になった。ぴいぴい鳴きながら顎を伸ばし、こちらに来い、もっと見せろと喚き立てる。

興味が移ってしまったのか、こうなると鼻先に近づけられた草食種由来の乳にも気付かない。給餌していた飛竜と「それ」は、小さく苦笑した。

 

『困ったわねえ。その……長?』

『構いませんよ、リオレイア。せっかくの目覚めのときではありませんか』

 

年季の入った竜の巣は、「親」の巨躯に合わせた大きさで作られている。小柄な雌火竜の体には少しばかり、否、かなりあまりがあるように見えた。

成長の具合を考えると不適切かもしれませんね、と「それ」は再度苦笑した。できる限り穏やかかつ柔らかな足取りで巣に近寄り、それらへの接近を試みる。

暗がりにたなびく銀のたてがみ。気高さを満たす赤色。眼前の「育ての親」には見向きもせず、それらは歩み寄ってきた「それ」をただただ見上げた。

 

『……美しい眼ですね。真に残念ながら、「彼女」の色には似なかったようですが』

 

重なる空色と赤色。氷河石(グラシスメタル)と緋鳶石(エルトライト)。まるっきり対照的だと、傍らで彼らの動向を見守る初老の雌火竜は息を飲む。

 

『あなた方は、望まれて生まれてきたのです。おめでとう、そして、この日を迎えてくださってありがとう』

『……長』

『ご覧なさい、リオレイア。賢そうな眼ではありませんか。彼と彼女に、本当によく似ています』

 

目尻を下げながら、鼻先をそれらの頭上に近づけながら。古代林の統括役は、赤色をふと閉ざしてそれらに寄り添った。二足歩行の多くを魅了してやまないというの一本角をも下げ、それらと視線を重ねるように動く様は、「彼」が祝福を与えているようにしか見えない。

神々しい光景に、雌火竜は眼に涙を滲ませる。どうせなら、せっかくなら、この光景をかつての友に見せてやりたい……そう言いたげな貌だった。

 

『おや、食事が足りませんか。リオレイア、お願いできますか』

『あっ……ええ、もちろん。任せてくださいな』

『お願いします。わたくしには……そういった経験や機能が、ついていないものですから』

 

無論、成長途中どころか生まれたばかりのそれらに彼らの意図は伝わらない。

赤色を見飽きたのか、それとも子ども特有の移り気か。それらはまたしても首をそろえて「餌を寄越せ」と喚き立てる。

そろそろと給餌棘を下ろす雌火竜を、霊獣は微笑ましいものを見る眼で見つめていた。この光景を「かつての友等」と見られないことが心底、虚しく哀しい。

それでも、目覚めた幼体たちはとにかく元気だった。両親と同じ紺や群青の甲殻を煌めかせながら、巣の中でばたばたと暴れている。

 

『……生まれてきてくれて、生きていてくれて、本当によかった。どうかこれから、末永くよろしくお願いしますね』

 

しみじみと呟く四足歩行に応えるものは、誰もない。古代林の奥深く、陽光が僅かに差す竜の隠れ家にて。

次代のディノバルドたちは、確かに人知れず、孵化を果たしてみせたのだった。

 

 

 

……

 

 

 

誰もが魅了されてやまないであろう色が、蒼穹を撫でていった。

赤黒く、また赫々と燃えるエネルギーの放出は絶え間なく、ただ全力で空を駆けることに費やされている。

黒塗り、夜色、群青、蒼と、思うさま、願うままに移動し続ける最中、「彼」はふと、何故自分が今時分にこの場を飛翔しているのか、分からなくなった。

焦げつく臭いは自らの飛行速度に外殻が耐えきれず焼き切れていくものであるし、ほんの一時であろうとも飛行を続けていれば腹も減る。……仕方なしに、「彼」は自らの故郷へ進路を取った。

途中、何かの塊の横をかすめたような気もしたが――気にするほどの脅威でもなし、無視してそのまま高度を上げる。

 

『……ずいぶんと、時間が経ったようだ』

 

地殻に満ちる豊かな天降石のエネルギーと、自身に流れる古の龍の暴圧的な力。どちらも自身の飛翔と安寧の存続の糧として、なくてはならないものだ。ごく稀に、それらエネルギーが結晶化して鉱物となり、見知らぬ二足歩行の生き物が掘り起こしに来ることもあった。

しかし、それがいつの日の出来事であったのか……もはや、思い出すための術さえ見つからない。

 

『何かを……成さなくては』

 

いつ、眼が覚めたのか。何故、この場に在ったのか。どうして、自分は独りきりなのか……ふと首を巡らせて、「彼」は眼下に何らかの物体を見出した。

射出精度を緩めつつ降下する。着地してまず眼に入ったのは、鮮やかな赤土とそこらに生える草花の緑だった。

視線をそれから外し、「彼」はねぐらで見かけたはずの目的のものを探して静かに歩みを進める。

……時間はそう掛からなかった。縄張りを降りていく最中、人工的な造形の石柱や積まれた石材などを見つけたのだ。これがその品だ、と彼は蒼色を細めた。

 

『……そうだ……探していた、ずっと待っていた。もう既に……忘れてしまっていたと思っていたのに』

 

何者かの手で積まれ、祀られた遺構。何年、何百年、何千年もの時を超え、既に風化しかけている、当時の意味合いを失った祈りの残骸たち。

銀色の龍は、空を仰いで深く細い溜め息を吐き出した。遙か彼方、遠い昔、ありとあらゆる生き物が忘れ去った記憶を手元に呼び戻すかのような所作だった。

 

『……ここに来るのも久方ぶりだ。もう、私には君たちの姿さえ朧気だが』

 

鋭い爪が宙を撫で、石に触れる直前で停止する。そのまま小突いてしまおうものなら、遺構が容易く崩れてしまうことを「彼」は知っているからだ。

 

『今日眼が醒めたのなら、私にも、まだやるべきことがあるのだろう』

 

「彼」は再度嘆息する。先のそれと異なり、明確な怒りや攻撃性を滲ませた、敵意に満ちる溜め息だった。

何者かがこの地をうろついている。それが誰か、どこの所属か、何の目的があり何度ここを訪れたのか……そんなことは「彼」にとって無意味な推測だった。

 

『この天空の領域は、私と彼女……君たちのための場所だ。我らのための地だった。守ると、約束をしたのだ……誰ひとりとて、足を踏み入れさせはしない』

 

『相手が誰であろうと関係ない。領域に踏み入ったこと、それこそが罪なのだ』。喉をひょう、と短く鳴らして「彼」は飛ぶ。

生命が赫として輝く。空を睨めつけて、地上へ敵意を注がせて、「彼」は蒼色の眼でその物体を睥睨した。

どうせならあのときに撃墜してやればよかった、と小さく自嘲を込めて牙をも鳴らす。

 

即ち……空飛ぶ研究室「龍識船」と天彗龍「バルファルク」は、こうして邂逅を果たした。彗星を追う二足歩行たちの追跡は、今この瞬間から始まっていく。

 

 





サイト掲載開始:2022/12/16

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