モンスターハンター カシワの書   作:77493

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カシワの書には 原作沿いタグ をつけていますが、今話からしばらくは「原作…原作沿い……?」風味が混ざる模様。あばばばば原作沿いとは )`ν゚)・;'
いうて密で猟な話は下位編にもあったしで……ソコヲ…ドウニカナントカ……!!




6話 しるしの足音

 

 

朝日が差し、高原を覆い尽くしていた白霧が取り払われた頃。村の雑貨屋前を転がるように駆け抜け、龍歴院正面庭園に息を切らして飛び込む人影が一つ。

ボロ布を頭から被り、いかにも怪しげな体のその影は、食事場にもギルドストアにも目もくれず迷うことなく飛行船乗り場に身を潜らせた。

 

「はあっ、はあ……っ」

 

フードを脱ぎ、積荷にまぎれて辺りを見渡す。全力で走ったからか、気がかりなことがあるのか、その顔は多量の汗で濡れていた。

 

「……っ、り、アトリ! いないのか!?」

 

夜は明けたばかりだ。周囲はまだ薄暗く、いつもの指定席には龍歴院院長の姿もない。

声を殺しながら探し人の名を呼ぶ。返事はない。二、三度それを繰り返した後、焦れたのか身を乗り出しかけたところで、

 

「――おいおい。そんなでかい声、出すなって」

 

頭上から、よく通る男の声がした。

 

「あ、アトリ! なんっ、なんで……!!」

「だから声がでかいってーの」

 

高所から飛び降りるアイルーのように、するりと余裕しゃくしゃくな動きでてっぺんから降りてきたのは、件の探し人そのひとだった。襟足の長い縹(はなだ)の髪に、おあつらえのように光る金の瞳――どこぞの火竜を思わせる色合いだが、当然その上腕は翼膜で被われてはいない。

いつ、自分たちの存在がハンターズギルドか龍歴院に知られるか……ボロ布の人間にとって、この男は頼みの綱であると同時に気を揉ませる対象でもあった。

不意に頭を撫でられる。筋張った手の向こう、鉱石やモンスターの素材で固められた体は、頼もしいほどにがっしりと鍛えられていた。

 

「パクられたとかモンスターに喰われたとか、そういうんじゃないんだろ? なんも問題ねーじゃん」

「あっ、ある、あるよ、大ありだ! 一昨日にはベルナで落ち合うって約束だったのに……おれ、ずっと待ってたんだぞ!?」

「ばっか。なんだかんだ合流できてんだから、それでいーだろ。はい、この話オシマーイ」

 

何か言い返そうとして、しかし言葉が浮かんでこない。無言で口元を歪ませるも、縹の狩人、アトリに動じた様子は見られなかった。

 

「んで? 首尾の方は」

「あ……だ、大丈夫さ、モノは完成させてる。でもアトリ、本当に龍歴院のハンターが嗅ぎつけたりしないかな? あいつら、ギルドのツテがあるって」

「ばっか、そんならもっと早くバレてるってーの。まだ見つかってないってこたぁ、ギルドの狗ちゃんの質も落ちたんだろ」

「でも……」

「心配症だな、リラ。大丈夫だって、オレが一度だって見誤ったことあったか。ないだろ?」

 

うう、とフードの人影、リラは口ごもる。いつもこうだ。火急の用があっても、仲間が窮地に陥っても、この男はよほどの事態になるまで動こうとしない。

 

「それは……そう、だけど。でも、ギルド相手の仕事はちょっとキモチおれもシビアっていうか」

「心配しすぎだって。なんかあったら、またオレが助けてやるってーの」

 

からからと声量に気を遣いながら笑う男を見て、リラはそれ以上何も言えなくなってしまった。

……よくある話だ。大型モンスターに故郷を破壊され、行くあてもなくその日暮らしをしていた自分を何かの気まぐれか拾ってくれた上位ハンター、アトリ。

衣食住を与えられ、彼が持ってくる「仕事」を任せてもらい、孤児だった自分はやっと人間になることができたのだ。

感謝はしている。だというのに、仕事以外のことで恩と礼を返すことをアトリは良しとしない。

 

「さて、リラ殿? モノはどうした」

「こ、これだ。おれにとっての最新作で、一番気合い入ったやつ」

 

男が自分に求めているのは「仕事」の完遂、それだけだった。

ボロ布に隠していた依頼品を差し出す。引ったくるように持っていかれ、目視で検品を済まされた。その間、相手の顔はいつもよりずっと凶悪に歪んでいた。

仕事のできばえを確認するときはいつもこうだ。そこに舌なめずりまで追加されると、自分はたまらず居住まいを何度も直してしまう。

 

「……オーウ。上出来だ。相変わらず、やるじゃねーの」

「そ、そうかな。特にインクの色とか……」

「うん、これはもう本家本元、モノホンと遜色ねーわ。さすが、オレの見込んだ細工師だわ」

 

「細工師」。アトリに任された仕事はたまたま手先が器用だった自分の性に合っていたようで、納品時に完成度を褒められることは素直に嬉しかった。

リラはきゅっと口を閉じ、口角だけを上げてそっとはにかむ。色白の頬に紅がさすが、縹の狩人に気づいた様子はなかった。

 

「よーし、よし。アレだ、オレはこいつを納品してくっからー……リラはベルナでメシでも食ってったらどーよ?」

「えっ? で、でも……」

「うん? あぁ、ハンターズギルドと龍歴院が気になるのか。ばっか、あんなのほほーんとした村に、んな鼻の利くヤツいるわけねーだろ!」

 

フードを被り直し、今度こそ口ごもる。今の流れで、つい先日合流するまでの間に起きた話はとても言い出せないと知れたからだ。

……村の外れ、オトモ広場奥。普段は気にも留めない放牧エリアだが、そのときリラには時間がありあまりにも退屈していた。なんとなしに霧深い方へ進む。その途中、なんの変哲もない畜舎の前で今まで一度も見たことのない美しい鉱石結晶を見つけてしまった。

 

『これ……これで何か作ったら、アトリ、喜んでくれるかも』

 

思わず手を出そうとしたところ、触れるか触れないかぎりぎりのところで盗人対策と思わしき罠が発動。

張られた糸の何本かがちぎれ飛び、腕に絡みついた。立て続けに鳴る音に仰天し、駆けたところで最寄りの宿泊施設に複数気配を確認。仕事道具で鈴は無力化したが、今にも捕まるのではとヒヤヒヤさせられた。

意見を仰ごう、そう決めて今日、この緊急時の合流地点を訪ねたのに――肝心の縹の狩人は紙切れにキスをしていて、こちらを見てもくれない。

 

「あのさ、アトリ」

「うん? どっした、我らの細工師、天才リラ殿!」

「や、その。な、なんでも、ない」

 

あんなに喜んでいるのに水を差したくない。きゅっと口を結んで、リラは被り直したフードを力強く掴んで顔を覆い隠す。

……一方、そんなフード頭を見下ろしてアトリは口元に笑みを絶やさないまま冷ややかに目を細めた。

 

「――このガキ、用心深いのは美点だが度が過ぎるのも扱いづれーな」

「えっ? なに、なんか言っ……」

「いんやー? なぁーんにもっ。ホラホラー、リラ殿。オコヅカイやっから、メシして来ーい!」

「だっ、だ、だから! アトリっ、声がでかいって!」

 

男にとって、この細工師は良くも悪くも仕事道具のひとつでしかなかった。腕前も仕事の速さも気に入っているが、それだけだ。

ボロ布の奥に手を突き入れ、問答無用でゼニーをいくらか押しつける。縹の狩人の喉奥には一切気づかない様子で、リラは手からこぼれる貨幣にうろたえた。

雑に背中を押してやれば、こちらをちらちらと気にしながらも指示に従う。ベルナ村を目指す背中に向かって、ふとアトリは鼻で失笑した。

手にした書類、更に、その「仕上げ」に用いた固形物に視線を落とす。竜骨製の容器に敷き詰められた印泥と、上質な雲羊鹿の角に彫刻を施した一点ものだ。

いかにリラがもぐりの職人とはいえ、あの歳でここまでの印章を手がけることが出来るとは誰も夢にも思うまい。

 

「ばっかだよなぁー。まぁ誰しも? 自分の管轄下、それも目の届かないところにゃ案外鈍くなっちゃうのかね? 『祓いの灯台下暗し』、なんてな」

 

印形をかざした瞬間、チカッと光が瞬いた。朝陽が庭園にまで届いた証拠だ。アトリは、これからを応援するような粋な演出だ、と一人薄ら笑いを浮かべた。

くっきりとした印を刻まれた雲羊鹿の角は表層を均一に研磨され、全体にしっとりするような透明感も備わり収集欲をくすぐられる。印泥に印形を浸し、紙に捺印を試してみると、先と同様に鮮やかな「龍歴院の承認印」が姿を見せた。

予想以上、想像以上の再現性だ。ぞくりと全身が粟立ち、縹の狩人は喜色満面に狂喜した。

 

「はは……ヌケてる狗ちゃんなんざ敵じゃねーわ。さぁて、狩りの合間に仕事仲間も見つくろわねーと。やっべ、忙しいわぁ!」

 

誰にも見つからないよう、慎重に道具一式をしまい込む。

あとは、腰に剥ぎ取りナイフとアイテムポーチを下げ、懐にギルドカードを仕込み直せば、いつもの龍歴院つき上位ハンター、アトリの完成だ。

 

「あら、ハンターさん。お早いですね。早速クエストを受けられます?」

 

飛行船乗り場からひょいと出てみれば、ちょうど出勤してきたばかりと思わしきショートヘアの受付嬢と出くわした。

清楚な佇まいに、少々目のやり場に困る――龍歴院指定の制服は彼女の艶めかしい容姿を否応なしに引き立ててしまうのだ――姿に、男は卑しく目を細めた。

ギルドカードを取り出し確認を得た後、手頃な上位クエストの一覧を龍歴院つきの獣人ミッカルーに探してもらう。

……本来「アトリ」の仕事は英雄視されかねない狩猟稼業に重きを置かない。しかし、龍歴院の仕事もこなしておかなければいざというときの信用に関わる。

 

「んじゃ、このケチャワチャの討伐依頼で。古代魚稼ぎにちょーどイイんだよねぇ、ここ」

 

対応の間、妙なことを思い出した。「万人に好まれる笑顔があんたの武器さ」……誰に言われたことだっただろうか。もう忘れてしまった。

にこりと笑いかけて受注手続きを待つ。そのとき、アトリはふと受付嬢が困ったように眉尻を下げたのを目の当たりにした。あまり見かけない新鮮な反応だ。ミッカルーの方もクエスト受注書を広げたままオロオロとうろたえている。

 

「なぁに、どうかした?」

「すみません、ハンターさん。こちらのクエスト、今は別の方が受注していらっしゃるようですね」

「んっ? じゃ、今はケチャワチャ狩りの需要ナシってこと? マジで?」

「確認してみましたが、依頼達成と帰還の報せが先ほど着いたようで……ごめんなさい。受け付けを、取り消されます?」

 

生命芽吹く繁殖期を抜け、思い出深き温暖期の季節。

狩猟依頼は変わらず多く貼り出されているが、龍歴院の場合人手不足ということもあり情報が入り乱れているのかもしれない。

アトリはもう一度微笑んだ。この笑顔に堕ちない女はいなかったし、何より自分も容姿には自信がある。応じる受付嬢は、困った顔を返すばかりだったが。

 

「いいさ、なんなら今日一日お休みにしたってイイんだし。取り消し、お願いねー?」

「承知しました、ではそのように。また、いらしてくださいね」

 

互いに手を振り合い、その場で別れる。さてどうしたものか、と縹の狩人は腰に手を当て黙考した。

 

(ベルナ村にゃリラが行ってっしー。鉢合わせは避けたいよなぁ、あいつすぐ顔に出すから)

 

思考は数秒にも満たない。他の地域に散らばる仲間にも細工師の仕事ぶりを見せてやろう、そう決めて飛行船に単身乗り込む。

ガタンと一度だけ揺れた後、アトリを乗せた船は大都市ドンドルマに向かって浮上した。その巨影と入れ違いに、別の飛行船が発着場に着きつつあった――

 

 

 

 

 

 

「……だから! あれだけ凄い遺跡だったんだから、凄い文明が栄えてた可能性もあるかもしれないって、それだけだろ!」

「だからケチャワチャ見つけるまで時間がかかったんだ、って? バカなの? それでわたしが一生懸命狩りしなきゃいけなくなったんでしょ!」

「お前だってハンターだろ!? 仕事しろよ、おかしいだろ!」

「はあ~? あんたの素材集めにつきあってあげたんでしょ、なのに自分は観光気分でしたーって、おかしいのはそっちでしょ!」

「ニャイー、旦那さん、クリノスさん。喧嘩しないでくださいですニャ……」

「アルフォート、言っても無駄ニャ。けしかけたロハンさんが悪いのニャー」

 

――甲板でキーキー喧しくしているのは遺跡平原での狩りから帰還したばかりの集団だ。賑やか極まりないが、これが彼らの日常なので誰も気にも留めない。

操舵員に至っては双方のしょうもない喧嘩を楽しんでいる始末だった。カラカラと明るい笑いが周辺に響き、そのうち誰もがはたと自分の仕事に戻っていく。

飛行船から降りた龍歴院つきのハンター、カシワとクリノス、そのオトモ御一行もまた、仕事を続けるべくクエストカウンターに急いだ。

労働とは無情なるもの。依頼を達成してもしくじっても、ハンターという生き物はとかく忙しい生き物なのだ……。

 

「おかえりなさい、ハンターさん。ケチャワチャの捕獲、さすがです。お疲れさまでした」

「あっ、いや、君もお疲れ!」

「カシワー? あんた、鼻の下伸びてない? ノアちゃんに言っちゃおっかなー」

「ののののの伸ばしてるわけないだろ、変なこと言うなよ!?」

 

狩猟達成の報告書の受け渡しと素材引き渡しの窓口案内を交わし、狩人たちと受付嬢はようやく人心地ついた、とばかりに小さく息を吐く。

はたと目が合い、黒髪黒瞳の後輩狩人は何やら気恥ずかしそうに首の裏を掻き、天色髪の先輩狩人は受け取った奇猿孤素材をざっと目で追い品質を確かめた。

オトモのリンクは、「旦那さんとカシワさんの腕の差ってこういうとこに出てると思うのニャ」と総評、もといだらだらしている。

 

「……はい。手続きは全て完了しました。お疲れさまでした」

「ああ、ありがとう」

「そうでした。ハンターさん、先日ユカさんが龍歴院にお戻りになりましたけど、言付けなどありません?」

「えっ、ユカ、もう仕事に戻ったの?」

 

クリノスの問いかけに、受付嬢は苦笑混じりに頷き返した。恐らく、彼女の目には自分たちは親しい間柄に見えているのかもしれない……とカシワは思う。

 

「ふーん、そっか。死なない程度にしときなよ、くらいかな。あんたは?」

「そうだな……俺からも似た感じだな。あいつ、ほっとくと仕事漬けになってて休まないからなあ」

「ふふ。承知しました。では、そのように話を上げておきますね」

 

どうも、件の騎士の社畜精神については龍歴院内にまで噂が広がってしまっているらしい。

眉間に皺を寄せながら書類仕事に没頭するユカの姿を思い返して、なんとなしにカシワとクリノスは顔を見合わせた。

 

「本日はどうされます? 依頼でしたら、空きのものもありますね」

「上位クエストか。じゃあ、この……」

「カーシーワー? あんた、今度はここらで真っ裸に剥かれたい?」

「んなっ、ば、馬鹿言うなよ! そっ、その……と、とりあえず道具の点検とアイテムの補給と防具の状態の確認と素材の整理っ……」

「わー、忙しっ。で?」

「……一旦、村に戻るか。君、ごめん、クエストは準備が済んでから受注するよ」

 

受付嬢の主要な仕事といえば、ハンターズギルドから発行されるクエストの仲介だ。龍歴院でも例外なく、受付嬢という役職が集会所を回している。

多くのハンターを見ているからか、彼女に眼前で繰り広げられる応酬に動じた様子は見られない。ただほんの少し困ったように笑いを堪えるばかりだった。

また来てください、とやんわりと送り出す穏やかな声色に後輩狩人は会釈を返し、先輩狩人は手を振り返して背を向ける。

互いに、仕事上のつきあいだ。それにしても逐一真面目な反応をするものだと、日頃からハンターの往来を見送る研究員らは興味本位で首を伸ばしていた。

 

「えーと、まず加工屋の親父っさんのところに寄って……クリノス、お前はどうする? いけそうなら次のクエスト、進めるのか」

「んー、ぶっちゃけ欲しい素材もあるからね。面倒くさそうなクエスト、になっちゃうんだけどねー」

 

常ならば一狩り後は帰還後即時休息、をモットーとする彼女である。カシワは目を見開いた。

 

「……なに、その顔」

「いや、いつものお前なら仕事したくなーいとか言ってマイハウスで休んでるだろ。なのに、」

「はあ? なんの、いつの話!? あんたが知らないだけで、わたしはわたしでお仕事してるんですー!」

 

双剣使いは伊達じゃない、とばかりにシャドウボクシングをかまされる。ぺしぺしと胸板を連打されて、後輩狩人は苦く笑った。

いつものようにベルナ村に続く道を行く。通い慣れた道であり、ふわりと南から漂ってくる草の匂いやチーズ料理の香りなど、歩くだけでも心が躍る道中だ。

アルフォートがぱっと駆け出して、あっという間に姿が見えなくなる。クエスト達成の安堵と気の緩みから、カシワは彼を制止しない。リンクが慌てたように小さな背を追っていくが、これもいつものことなのでクリノスにも気にした様子はなかった。

 

「なあ、お前の欲しい素材ってなんなんだ? クリノス」

 

思い出したようにカシワは話を振る。

 

「その上位装備だってそうだし、いつものお前ならサクッと素材集め終わらせてるだろ?」

「あんたね……さっきと言ってること矛盾してるんだけど、自覚ある? まあいいけど。面倒って言ったでしょ、それだけだよ」

 

一人で回るより複数人でかき集めた方が手っ取り早い部類なのだ、と先輩狩人は小さく唇を尖らせた。

それが多量の小型モンスターの素材であることを示唆していることを、後輩狩人は経験の少なさから予想が立てられない。

 

「そうか。あっ、ならユカもいたらよかったのにな?」

「ユカはユカで忙しいんでしょ? 仕事してなきゃ死んじゃう病なんだし」

「お前それ、本人には言ってないよな……?」

「さあ、どうだったかなー。っと、いけそうなクエストの選出もしなきゃだし、ほら、行くよ!」

 

ばしっと背中を叩かれ、気がついたときには横に並んでいたはずの女狩人は村に向かって駆け出している。

慌ててその背を追った。雑貨屋の前を通り過ぎ、馴染みの店員に手を軽く振り返して、カシワはふとネコ飯屋台の横で足を止める。

マイハウスのほどなく近く、ベルナ村の村長の姿が見当たらない。見知った看板草食種のムーファが二頭、青草をもしゃもしゃと食むばかりだった。

 

「あれ? 村長、どこ行ったんだ――」

「――ッチ! あっち!! こ、こんなものっ、おれ、食べられない!!」

 

ガチャンと派手な音が鳴る。びくりとして肩を跳ね上げさせた後輩狩人は、ネコ飯屋台で小さな子どもが喚き散らしているのを見つけた。

年季の入った、というよりは雑な扱いの結果痛んでしまったという体のフード付きのマントを着込んでいる。あちこちに穴が開き、裾は解けかけていた。

両手に具材を刺した馴染みの串を掴み、背中を丸めて何度もテーブルを叩く。その様は、とてもネコ飯を求めるハンターとは思えないほど下品で粗野だった。

 

「お、おい……?」

「こんな、こんなのが特別なメシだって? どこがっ! 熱くてどろっとしてて、全然っ……かじれない!!」

「どうしたんだ、お前、何言って……」

 

ヒョン、と風切り音が鳴る。カシワは、ネコ飯屋台のボス(!)である女将が常のフライパンを力強く素振りしている姿を見て顔から血の気を引かせた。

大急ぎで走り出す。テーブルそのものに噛みつこうという勢いで、子どもはギリギリと歯噛みしながら姿勢を前掲させていた。

 

「待てって! それ、名物料理のチーズフォンデュだろ!!」

 

――一触即発!

勢いよく肩を掴み振り向かせる。はっとした顔で見上げてきた目は、いつかの斬竜狩りの日に出くわした、白塗りの子どもを思わせる銀の色をしていた。

 

「なにっ、何するんだ! 離せ、おれはこんなヘンな飯、絶対食べないっ!!」

「変って! ば、ばか、お前っ……」

「……おや、アンタ。今日も元気そうで何よりニャ? さぁて、う、で、が、な、る、のニャ!」

「どわーっ! おおお、女将さん、ちょっと待ってやってくれ! こいつたぶん、食べ方知らないだけだ!?」

 

何故かは知らない。しかし、カシワにはこの事態を放っておけなかったのだ。我がことのように大慌てで子どもと女将の間に入り込む。

しばらくそうして押し問答をしていると、女将側が「はふん」とアンニュイな溜め息を吐いて器具を下ろしてくれた。

 

「で、その子、アンタの知り合いなのニャ? ネコ飯……ベルナのチーズを知らないなんて、この辺の人間じゃなさそうだけど」

「うえっ? いや、その、知り合いってわけでもないんだけどな……」

「……ッ」

「ああっ、ほら、お前も。女将さんもこの村の人たちも、もちろんムーファだって一生懸命働いてるんだぞ? 他人様が作った飯をいきなり悪く言うなよ」

 

少し説教がちだったかな、後輩狩人は言った矢先に喉奥で唸る。一応の成果はあったようで、子どもは女将と狩人をちらちらと見比べた後、そっと俯いた。

聞き取れるかどうかという声量で、ゴメンナサイ、と謝罪の言葉が吐き出される。

根は素直で悪い子ではないのかもしれない。女将とカシワは顔を見合わせて、散らかったテーブルから駄目になった料理や皿を取り除いた。

 

「ホラ。アンタが責任持って、教えてあげるのニャ?」

「うっ、そうだよな……よし、この串を持って……いいか、二度漬けは禁止だからな。さっと鍋にくぐらせて、がばっとチーズをすくうんだ。出来るか?」

「……で、でも……これ、どろどろしてるし、すっごく熱いし」

「そういう料理なんだよ。具はでかいけど、下茹ではしてあるからナマでもないしな。大丈夫だから、やってみろ」

 

二度漬けしたがったのはアンタだけどニャ、女将のからかうような笑い声には聞こえなかったふりをして、子どもの手にもう一度串を握らせる。

おっかなびっくりだった手が、大人に見守られている心強さからか、先と異なり大胆にチーズ鍋に具をくぐらせた。

……いつ見ても、うっとりするような仕上がりだ。勧められるままにがぶりと齧りついた子どもは、途端にぱあっと顔を輝かせてフォンデュを堪能し始める。

眺めているうちにこちらまで腹が空いてきた。俺も何か食べるかな、いそいそと注文しようとしたところで、

 

「……あら? カシワさん?」

「ちょっと、カシワ。あんた、加工屋さんのとこにも寄らないで何してんの」

 

二つ分、声をかけられる。片方は心底驚いた、とばかりの弾んだ可憐な声の持ち主だ。案の定、振り向いた先にはノアの姿があった。

 

「っていうか、誰? あんたまさか、そんな年下の子に素材集めさせる気……」

「そんなわけないだろ!? 馬鹿言うなよっ、ちょっとその、女将さんに頼まれてただけだ!」

 

もう片方は先ほど行方を見失った相棒女史である。からかい半分呆れ半分で嘆息するクリノスに、カシワはたまらずぎゃーっと噛みついた。

 

「というか、カシワさん。その子、ずいぶんな格好してますけど」

「うんっ? ああ、俺が来たときにはもう」

「うわぁ……あんた、そんなちっちゃい子から追い剥ぎするとか」

「するわけないだろっ、おかしいだろ!!」

 

女将にそっと水を差し出され、グラスを受け取るや否や一気に飲み干す。クリノスは別として、ノアはテーブル席の子どもの服装が気になるようだった。

彼女の裁縫の腕前はよく知っている。雲羊鹿飼いだからなおさら気になるかもしれないな、カシワは小さく息を吐いた。

 

「ノアはここで何してるんだ? 牧場の仕事とか……」

「それは……ちょっと、村長とお話をしていて。カシワさん、その子、カシワさんの知り合いなんですか」

「いや、そうじゃないんだ。フォンデュのやり方を知らないみたいだったからさ」

 

一瞬、女狩人が怪訝な顔をしたのに黒髪黒瞳の狩人は気づけない。リンクと目を合わせてクリノスは首を横に振る。

一方で、そうなんですか、ぽつりと呟き雲羊鹿飼いは子どもの真横に近寄った。口のまわりに付いたチーズを拭いてやり、視線に気づいたように苦笑する。

 

「その服、ずっと着ているんですか」

「……? あんた、誰? これ、もらいものだ。おれの、宝物」

「宝物に穴を開けておくんですか? わたし、この村で針仕事なんかもやっているんですよ。直しましょうか」

 

驚いたのは子どももカシワも同じだった。ぎょっと見上げてくる銀色を、一切揺るがぬ射干玉が射抜いている。

 

「お金はとらないですから。ちょうど、試したい刺繍模様もありましたし」

 

……何故かカシワの目には、ノアが静かに怒りを噛みしめているように見えた。

その理由が少しも分からず、後輩狩人は先輩狩人に小突かれるまま、ボロ布の細工師とともに娘の自宅に足を運ぶこととなる。

 

 





サイト掲載開始:2023/03/18

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