モンスターハンター カシワの書   作:77493

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7話 狩人と商人と細工師

 

 

「先に、お風呂の方がいいかもしれませんね」

 

何故か、子どもはノアの家を見るや否や逃げ出そうとした。やっちまえ、とばかりにクリノスが玄関の扉を開けカシワは従うように小柄な体を引きずり込む。

ぞろぞろと屋内に乗り込んだ直後、ノアは容赦なくボロ布を剥ぎ取った。ベテランハンターの剥ぎ取りさながらの手際の良さである。

子どもは、とにかく落ち着きのない様子で上下左右、玄関から居間、窓の外までと首を巡らせて縮こまった。茶を出され、一見は確かに歓迎ムードではある。

しかし背負っていた大きな革鞄を大事そうに抱きしめて俯く様は、まるでこれから事情聴取を受ける囚人であるように見えた。

 

「風呂か。俺が入れてくるか?」

「は? あんた、それ本気で言ってる?」

「なんだよ? 俺だって子供の扱いくらい……」

「カシワさん。その子、たぶん女の子ですよ?」

 

空気が凍てつく。

子どもの目線に合わせて屈んでいたカシワは、変質者を見るような顔のクリノスと、にこにこと満面の笑みを浮かべるノアとを見比べた。

雲羊鹿飼いの語気にはなんとなく怒気まで含まれているように感じられる。椅子の横にしゃがんだまま、ええと、と乾いた声を絞り出すので精一杯だった。

 

「じゃ、じゃあ、俺は辞退しておく、か……?」

「そーだねー。ノアちゃん、わたしが丸洗いしてきちゃっていいよね?」

「はい。お願いします、クリノスさん」

 

何故か猛烈に疎外感を感じる。ぶるりと謎の寒気に身を震わせて、後輩狩人は有無を言わさず子どもを連行する先輩狩人の背中を見送った。

 

「あー……ノア? なんか怒ってないか」

「怒ってませんよ?」

「いや、でもな……」

「それよりカシワさん、これ、一緒に見てもらえませんか」

「うん? それ、あいつのマントだよな?」

 

ノアが広げたのは、先の銀塗りの子どもが身に着けていたボロ布だ。本人曰く宝物とのことだが、どこをどう見てもただのボロにしか見えない。埃の臭いとほつれた繊維が、長い間手入れされていなかったことを告げている。元の色などとても想像できない。

こっちもあとで洗わなくちゃ、雲羊鹿飼いの苦々しい呟きに後輩狩人は小さく頷き返した。

茶菓子をどけ、テーブル掛けのように机上に広げて丁寧に皺を伸ばしていく。すると、いくつかの箇所に小さな膨らみが見つかった。

 

「隠し収納か? って、これじゃまるで取り調べみたい……」

「うーん……えいっ!」

「って、ノア!? か、勝手にハサミ入れたらマズいだろ!」

 

ジャキン、と鎌蟹もかくやという勢いで布が切り裂かれる。むしろ千刃竜も迅竜も真っ青だ。ノアに躊躇というものは欠片もなかった。

慌てふためくカシワを放置して、娘はおもむろに膨らみの中に手を突き入れる。中身をあらかじめ予想していたのか――やっぱり、と苦い声がこぼされた。

手のひらから取り出したのは小さな鈴だ。不思議と音は鳴らない。空洞部分を覗いてみると、中に粘着質な液体がミッチリと詰め込まれている。

 

「なんだ、これ? 鈴なのに音、鳴らないのか」

「セッチャクロアリですね。接着剤で固めて、玉が内壁にぶつからないようにしてあるんですよ」

 

へえ、とカシワは生返事をして鈴を見つめ直した。極細の糸が結ばれているが、こちらも途中でちぎれている。

 

「音が鳴らない鈴に、余所から流れてきた子供……なるほど、見えてきたぞ」

「か、カシワさん? まさか……迷推理、の予感ですか」

「名推理って、それは言い過ぎだぞ、ノア。うん、これ、あいつの護身用の飛び道具なんじゃないか」

 

用途はさっぱりだ。しかし、眺めていれば自然と見えてくるものもある……たぶん、きっと、恐らく。

自信満々に答えた後輩狩人だったが、雲羊鹿飼いは酷く残念なものを見る悲しげな眼差しを返してくるだけだった――外したかな、流石のカシワも口ごもる。

似たような細工を施された鈴を何個か切れ込みから引っ張り出して、ノアはきゅっと眉間に皺を刻んだ。

手持ち無沙汰なカシワは他の穴も探ってみることにする。鈴以外にも長さにばらつきのある金属針、棒やすりや小型のナイフなど、細かい道具が見つかった。

 

「あいつ、どう見ても十代半ばかそれより下かくらいだろ。なんなんだ、この道具の山」

「狩猟用、ではなさそうですね。セッチャクロアリ……のりこねバッタは、使い切ったのかもしれません。見当たらないですから」

「本人に聞いた方が早そうだよなあ。なんかこう、ハンターっていうよりは盗賊とかそういう……」

 

ガチャン、と物音がしたのはそのときだ。ぱっと二人が振り返るより早く、全身を濡らした子どもが下着姿のまま駆け寄ってくる。

 

「かっ、返せ! 返せよ! そのマント、おれのだぞ!!」

「お、落ち着いてください。わたしたち、別に盗ろうとしてるわけじゃ……」

「嘘つくな! ひとの商売道具、勝手に触ってるくせに!」

 

ノアに掴みかかる勢いの子どもを無視して、カシワは利き腕をうんと伸ばして放物線を描く何かを掴んだ。

脱衣所からのんびりマイペースに姿を現したクリノスが放った大判タオルだ。受け取るや否や、ぐるんと振り向いて子どもの頭を布地ごと鷲掴みにする。

 

「クリノス。悪い、助かった」

「や、わたしは別になんでもいいんだけどさ」

 

ぎゃあぴい喚き散らしていたものの、大の男の力には敵わないと悟ったのか早々に大人しくなった。ほっと安堵してそのまま頭を拭いてやる。途中半ばというところで振り払われ、後輩狩人はその場に立ち尽くした。ちらと目線を投げた先で先輩狩人が、ほっときなよ、と言うように首を振っている。

そこら中を水浸しにしながら、子どもはふてくされたように椅子の上で膝を抱えた。商売道具という言い草といい、言動は粗暴でも根は賢いのかもしれない。

 

「それで、えーと」

「カシワさん。このへんの掃除はわたしがしますから」

「お手伝いするニャ、ノアさんー。アルフォートも手伝うニャ!」

「ニャイ! 旦那さん、クリノスさん、頑張って下さいですニャ」

「そ、そうか。頼む、あと、任されたぞ? じゃあ……俺はカシワ。こっちはクリノス、龍歴院つきのハンターだ。お前は?」

 

明らかに子どもは動揺して肩を跳ね上げさせる。幽霊でも見たように顔を青ざめさせて、背もたれに限界まで背中をくっつけてのけぞった。

……逃げられても面倒だな、カシワはタオルを掴んだままのそりと手を伸ばすと、途中だった「拭き取り作業」を再開させる。視界の端でクリノスが物言いたげな顔をしていたが、気がつかなかったふりをした。

当たり前のように抵抗されるが、立地ならばこちらに利がある。ふふんと得意げに手を動かして、あらかたの水気を取ることに成功した。

 

「どうだ、拭き終わったぞ!」

「いや、あんた、年下の子ども相手に何張り合ってんの?」

「いいだろ、別に! で? お前の名前は?」

 

尋問続けてたんかーい、間延びする先輩狩人のツッコミをスルーして、後輩狩人は構わず子どもの顔を覗き込んだ。

月夜の砂漠のような、朽ちた角のような、月光を切り出したような朧の色が見上げてくる。

 

「……名前……なんで、お前らなんかに教えてやんなきゃいけないんだよ」

「なんでおまえらなんかにおしえてやんなきゃいけないん、か。あー、長いからナンデでいいか?」

「うわぁ、大人げなっ!」

「カシワさん。流石に、それはちょっと……」

 

素直に応えるとは思っていなかったが、よもやここまでとは。開き直り半分に命名しかけたカシワだが、子どもが言い返すより早く非難の声が駆け巡った。

真っ当に名乗る気がないならなんでもいいだろ、言い返しそうになる衝動を飲み込み呆れ半分期待半分で白銀の髪を見下ろす。

クリノスが丁寧に磨き上げてくれたのか、髪も肌も、爪先のひとつでさえ、透き通るような透明感に輝いていた。

 

「あー、お前、ちゃんとしてると美人なんだな」

「……は? なっ、何言って!?」

「うわぁ。ねえ、ノアちゃん。あれワザとじゃないらしいよ?」

「みたいですね。チーズと一緒に吊しましょう」

「ええー? カシワの汁が滲んだ燻製チーズは、ちょっと……」

 

うろたえ、まごつく子どもの前でいい歳した大人たちは好き勝手にあれこれ話す。そのとき――オッホン、と妙に形式ばった咳払いが室内に響き渡った。

 

「口を出すかどうか悩んだんだが。お前さん方、そんなんじゃあその子も困りっぱなしなんじゃねーのかい?」

 

一同は声の主に振り向き、それぞれ硬直する。

ある者はマルクス、と驚き、ある者はお父さん、とぞうきんを動かす手を止め、ある者は純粋にその巨体に怯えて固まった。

それぞれがそれぞれの意思と理由でフリーズしたのだ。裏口から現れたスキンヘッドの大男は、どうしたもんかね、と苦笑したまま四人とオトモを見渡した。

 

 

 

 

 

 

「するってぇと、何か? 嬢ちゃんは出稼ぎでベルナに出てきたってワケか」

「その、嬢ちゃんってのやめてくれよ。おれはリラだ」

 

「父親」の力は凄まじい。あれほど頑なだった子どもは、ノアの実父――渓流で出会った上位ハンター、マルクスを前にすんなりと名乗った。

それだけでなく、マルクスからの問いかけには素直に応じてみせる。孤児という話が正しいなら父親という存在が恋しいんじゃないか、と女狩人が補足した。

 

「おお、すまんなリラ。気を悪くせんでくれ。それで、お前さんが作ったっていう加工品ってのはどんなもんなんだ?」

「ガウシカの角とか流木とか……仲間の工房を借りられたときはマカライト鉱石なんかに彫刻するんだ。まだ小さいのしか作れないけど、自信作ばっかだよ」

「ほーう、こいつはブルファンゴがモデルか。材料は流木と……大したもんだな」

 

目の前で繰り広げられる商談じみた応酬。実の娘であるノアを置き去りに、マルクスとリラは楽しげに彼女が加工したという細工品を眺めて笑う。

お父さん外面はいいですから、ぽつりと苦笑混じりにノアが呟いて、対面に座るカシワは居心地の悪さに身じろぎした。

マルクスの厳つい手に収まる、手のひらサイズの造形物。見知った牙獣種を模した手製の木彫りは、素人目にも完成度が高い作品のように見えた。

 

「で、それ、売れてるのか」

 

隣でなにやら書き物をしているクリノスが、ちらと発言者を一瞥してすぐさま紙に視線を戻す。

 

「ベルナっていったらチーズに毛織物……高原栽培の地野菜が特産品扱いになるんだろ? 彫刻品って売れるのか」

「はっ。ど素人! 交渉次第に決まってんだろ。田舎者は引っ込んでろよ」

「んなっ、何ぃ!?」

「ニャニャ、旦那さんの悪口はやめてくださいですニャ!」

「そっ、そうだそうだ! アルの言う通りだぞ、やめろ!」

「あーあー……カシワさーん、アルフォートくーん……落ち着いてくださーい」

 

立ち上がりかけた瞬間、横からノアに茶を出された。言い負かされた悔しさそのままに口をつけようとして――アチッ、と舌を痛めて後輩狩人は我に返る。

ちらと盗み見た先で、雲羊鹿飼いは口を真一文字に結んで難しそうな顔をしていた。思わず娘とマルクスたちを見比べる。……長いこと家を空けていて、あれほど狩り場で「亡き妻に似た最愛の娘」と豪語していた相手をどうしてほったらかしにできるのだろう。

思わず頭痛を覚えて頭を抱えた。せめて後からでも鎚使いが彼女にフォローを入れてくれることを願うばかりだ。

 

「ハンターのお前よりコッチのおっさんの方が、よっぽど商売を分かってる! いつか高いツボでも買わされてコロッと騙されたらいいんだよ」

 

リラの口は変わらずナマイキである。マタタビ茶を舐めていたアルフォートが困惑したように見上げてくるので、カシワは応戦意欲をぐっと堪えた。

我ながらオトナ対応である。しかし腹が立つことには変わらないので、ぐぎぎと喉奥で唸って威嚇しておいた。

 

「ん? それ、クエスト依頼書? いつの間に」

「ああ、最新版じゃないけどな。ユカがいつもまとめて持ってくるだろ、いい手だなあと思ってさ」

 

手元をさっさと片付けて、女狩人は封をしたそれをリンクに持っていくよう頼んでいる。どうやら彼女の書き物は手紙の類だったようだ。

一方で、カシワはポーチからハンターノートを取り出して中ほどを開いた。しおり代わりに挟んでいた数枚の紙切れを広げ、狩人二人で覗き込む。

ケチャワチャの狩猟依頼を受注する前に書き写しておいた依頼書だ。息抜きの合間にでも確認ができるので、常にそうしているユカに改めて呆れてしまった。

遺跡平原の他に、新たに指定された狩り場「原生林」の名がいくつか確認できる。勝手を知るらしいクリノスが、頷きながら茶を口にした。

 

「アルセルタスの狩猟、ドスゲネポス、竜骨結晶の納品……ぬ、『盗まれて原生林』?」

「そういうのはハンターなら馴染みの、伝統のクエストってやつだよ。盗まれて~なら、ゲリョスとかじゃない?」

「そうだな、ゲリョスって書いてある。ゲリョス……ゲリョスか――」

 

――一瞬。一瞬だが、脳裏に黒く立ちはだかる恐ろしいシルエットが映し出された。ヒュッと息が詰まり、写しを持つ手に力が籠もる。

どしたの、呑気な声色にはっと我に返ると、隣の先輩狩人が訝しむように眉間を寄せている。途端に脱力して、後輩狩人はなんとか首肯することに成功した。

 

「なあ、ゲリョス、って強いのか」

「なんで急にゲリョス? 気になるなら狩りに行ったら?」

「いや……」

「それよりあんた、麻痺武器使ってたでしょ。上位のゲネポス関係、行っておいた方がいいんじゃない?」

「うん? ヴァイパーバイトのことか。それもそうだな……」

 

……日が暮れ始めた、黄昏の森。けたたましく鳴く夜鷹の羽ばたき、揺れる木々の葉、険しく赤く燃える西日。

瀕死に追いやられたその巨影は、茂みから飛び出すと同時に突進の構えをとる。爛々と燃える眼が視線と重なり、見上げるばかりの自分はまだ幼く……

 

「……ん、カシワさん!?」

「ちょ、ちょっと、大丈夫!? 顔、真っ青だけど!」

「だ、旦那さん? 寒い……んですニャ?」

 

気がつけば、後輩狩人は体を震わせていた。止めどなく汗が流れ、がちりと歯が鳴り、瞳孔は開ききる。

身を案じてくれるのは、見知った雲羊鹿飼いと先輩狩人の二人、自身のオトモだ。「カシワ」はふうっと大きく息を吐いて、大丈夫だ、と震えた声で応えた。

ゲリョス……「毒怪鳥」。一度も見かけたことがない大型モンスターのはずなのに、この既視感と畏怖の感覚はなんなのだろう。

 

「悪い、大丈夫だ。なんか……嫌な会い方でもしたんだろうな。どんなだったか、覚えてないんだけどな……」

「あんたがちっちゃいときの話? どんだけトラウマになってんの」

「く、クリノスさん……」

「だよな、悪い。あー、仕切り直しだ。とりあえず、先にどれに行くか決めないとな」

 

頭を振り、開き直って(!)アルフォートを膝に乗せ、ふたり掛かりで依頼書の写しに再度視線を落とした。生き物特有の柔らかさと猫毛の暖かさが緊張をほぐしていくのが分かる。呆れたようにクリノスが鼻で嘆息するが、カシワは気づかないふりをした。

仕事の邪魔になると悪いから、そう言い残してノアは苦笑交じりにボロ布を抱えて出て行った。恐らくリアに無許可で洗濯してしまうつもりでいるのだろう。

ほどなくして、どこかで聞いたことがあるハミングがのんびりと家の裏手から流れ始めていた。

 

「……ん? あれっ、お、おれの宝物は!?」

「うわぁ、気づくの遅っ」

「クーリーノース。今頃気づいたのか。あのマントなら、中身空けてノアが丸洗いしてくれてるぞ?」

「な、は、な、はっ、なあっ!?」

「中身ってあれじゃない? ノアちゃん、全部引っ張り出してくれてたっぽいよ?」

 

女狩人の指差す先には籐編みの籠があり、いつの間にかボロ布から回収されたリアの私物が丸ごと敷き詰められていた。

頼んでもないのに勝手なことすんなよ、ごもっともな悲鳴が響く。とはいえ、洗ってくれることに感謝はしているのか細工師はそれ以上文句を言わなかった。

 

「棒やすり、やすり紙、針……ぜ、全部ある。よかった……錆びでもしたら使いもんにならなくなるとこだった」

「職種は違うけどノアも働いてるからな。道具を大事にしようって気持ちは、同じなんじゃないか」

「だ、だからって!」

「あー、はいはい。で、カーシワー? 次の狩りどーすんの? あと、いい加減さっさと加工屋さんのとこ行ってきなって」

「うおっ、そうだった! けどな、クリノス。お前も欲しい素材があるって言ってただろ、そっち先でも全然いいぞ? 急ぎのクエストも出てないんだし」

「えぇ? ……まあ、今はペッコもいないしねー」

 

働かざる狩人食うべからず、だ。

仕事の打ち合わせに意識を向け直したハンターを前に、リアは自身の商売道具を籠ごと抱きしめて口をもごもごさせる。

文句のひとつでも言ってやろう、否、邪魔をするのは流石に……自問自答に揺れる小さな細工師に、マルクスが己が娘を見守るような眼差しを向けている。

 

「んー。あんたがどうしても、って言うなら」

「どうしてもお願いします、とまでは言ってないだろ……」

「あ、そう? じゃあコレ。渓流のー、『虫退治』クエ!」

 

仕切り直しは突然に。

あえてほのぼのとした空気を打破するように、先輩狩人は笑顔で写しを宙に掲げた。見覚えのないアイコンを前に、後輩狩人は目を白黒させるばかりだ。

 

「む、虫退治!? なんでだよ、おかしいだろ!」

「はあ? おかしくないでしょ、虫素材だってちゃんとした素材ですけどー?」

「そ、そりゃそうだけどな、なにも上位ランクでそんな……」

「武器の強化と派生生産に使うんですぅー。わたしはあんたみたいにやみくもに物欲ナンタラに挑まない主義なの!」

「俺だって好きでレア素材っ……あー、分かった分かった! 行けばいいんだろう、行けば!」

 

抱えていたオトモメラルーをそっと降ろし、どかどかとがに股でアイテムボックスに向かったカシワの背をリアはぽかんとした顔で見送る。開けっぱなしになっている彼女の大口を、マルクスがそっと下顎に触れて上向かせ、所定の位置に戻してやった。

その間、クリノスは広げられたままの書類を手早くまとめていく。細工師の目に触れさせまいとばかりに、置かれたままのカシワの書に素早くねじ込んだ。

 

「渓流か。そういや、嬢ちゃんと雌火竜狩りをして以来だなあ」

「ドスファンゴもね、って……どっちっていうとそれはステラか。渓流って、ベアライト石稼ぎにもちょうどいいしねー」

 

あの笛吹きは今頃何をしているのやら――かつての相棒のうち一人を思い浮かべて、女狩人は唇を尖らせる。

 

「っていうか、おっさん。同情するのは勝手にしたらって感じだけど、本当の家族のことないがしろにするの、やめたら?」

 

そうして、ようやくうんざりさせられていた光景に斬り込んだ。ぎょっとしたように目を見開くマルクス、次いでリアを睥睨してクリノスは荒く息を吐く。

カシワがこちらの会話を聞いていないことを――何やら一人で勝手にぷりぷりしているようだ――視認して、一気に本音を吐き捨てた。

 

「わたしには関係ないことだけどね。直接言わないあたり、ノアちゃんも何考えてるんだか」

「お、おい、嬢ちゃん……」

「――あんたもさ。腕利きの細工師だか職人だか知らないけど、親しみがいがあるからってベッタリ甘えない方がいいよ。カシワより危なっかしいったら」

 

はたして、その自覚があったのだろうか。ぐっと声を詰まらせるリアには一瞥を投げるに留めて、女狩人はふと、おつかいから戻った自身のオトモアイルーを出迎える。

見慣れた、見知った黄色い毛並みが今日も手に心地いい。不思議そうな顔でこちらを見上げてくるリンクに、「なんでもなーい」とだけ返して腰を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! そのっ……」

「言い訳なら要らなーい」

「ち、違う! これから行くの、渓流なんだろ? おれにも『素材』採ってきてくれないか」

「ニャニャ? 素材の納品依頼ですかニャ? 旦那さんは龍歴院つきの上位ハンターニャ、手間賃なんかも必要ですニャ!」

 

カシワが応酬を眺めている気配を感じる。反射的に「はあ?」と返しかけたところを、リンクがすかさずフォローしてくれた。

意外にもリアは、分かってる、と毅然とした表情でこちらを見返した。職人としての意地はあるのか、すぐさま籠の中から財布と思わしき革袋を探し当てる。

……彼女は、こちらが龍歴院つきであることには警戒する一方で、上位ランクという等級には一切動じない。上位ハンターの知り合いでもいるのかな、クリノスは訝しみつつ口内で独りごちた。

 

「渓流には『花香石』っていう鉱石があるんだろ、一度見てみたいと思ってたんだ。なんでも、前にどこかの見習い商人が取引に成功したとかなんとか……」

「花香石? ああ、ユクモ村の特産品の一種だね。別にいいけど、手続きのやり方とか報酬の支払い方とか、あんた知ってんの?」

「ルームサービスのアイルーに頼んでみたらどうだ? あの子なら龍歴院にも働きかけてくれたはずだぜ」

「そ、そりゃあいい! じゃあ、そうさせてもらうよ。あんたも、いいよな……?」

 

ちょいちょい話に混ざってくる鎚使いには答えないまま、そういうことなら、と首肯する。受理確定を察知した途端、リアはぱあっと顔を輝かせた。

 

「かけらを二、三個……でも、できれば塊も欲しいな。彫り物に試したいんだ」

「彫刻したいの? あれって硬いし、どっちかっていうと香ることが評価されてるから……」

「だからこそ、だよ。難易度が高いなら、余計に試してみたくなるもんだろっ」

 

すでに依頼人の思考は未だ見ぬ鉱石の元に連れ去られた後のようで、話しかけてもうんともすんとも言わない。

彼女は職人としては文句なしだ……先のブルファンゴの木彫りも見事な出来ばえで、実父や兄らから教わった目利き故に良品だということは瞬時に見抜けた。

しかし、いかんせん言動の一つ一つ、マルクスへの甘えっぷりと、どうにも引っ掛かる点がある。何故か違和感を拭えない。

 

「クリノス。さっきからどうしたんだ?」

「カシワ。……や、なんでもなーい。狩り場に行ったら話すよ。大したことじゃないし」

 

「この細工師は、下手をすれば外見よりずっと幼いのではないか」。

リンクの頭を撫でながら、クリノスは前触れなく現れた嵐を目の当たりにしたような不穏な予感に、一人顔を歪めていた。

 

 





サイト掲載開始:23/04/04

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