翌日の朝。
ことねは昨夜のバイトで店長から「休むように」と念を押され、シフトを外された。
だからといって、朝・昼に入れているコンビニやファミレスのバイトまで休むわけにはいかない。そう思っていたが、事態はことねの想像を超えていた。
「藤田さん、君が働いている他の店の店長にも連絡したよ。うちだけ休ませても、君はきっと無理をするだろうからね」
昨夜、居酒屋の店長は、腕を組み、いつになく真剣な表情で言った。
ことねがこの店で働き始めて暫く経つが、ここまで心配されたのは初めてだった。店長は、いつも明るく元気で、誰よりも真面目に働くことねの姿を見てきた。特にここ最近の、目を離すとふらつきそうなほどの疲弊ぶりには、胸を痛めていたのだ。彼女が提出した履歴書から掛け持ち先のバイトを突き止め、ことねの疲労具合について共有していたのだった。
その結果――。
「ことねさん、明日の出勤についてだけど、お休みで大丈夫だよ。人は足りてるから、いまは疲れを取ることに専念して」
「藤田さん、聞いたよ? 結構無理してたんだって? 明日の出勤は調整したから、しばらく休みな」
掛け持ち先のバイト先からも休むように連絡が入り、今日一日、ことねは完全にフリーになったのだった。
「一日中予定がない日も久しぶりだなぁ……なんだろう、全然落ち着かない」
ことねは、暇さえあれば予定を詰め込んでいたため、何もない日に何をすればいいのか検討もつかなかった。
「チビどもは学校だし、お母さんはパートで出かけてる」
「洗濯・皿洗い・掃除もしたし、あとはなにしようかな~」
手持ち無沙汰になったことねは、ふとスマホに目をやった。いつもはバイトの合間を縫って、慌ただしく行っていた配信。けれど、今日は時間がある。
(……たまには、ゆっくり雑談配信でもしてみるか)
思い立ったが吉日と、ことねはスマホをセットし、慣れた手つきで配信アプリを起動した。「まったり雑談」とタイトルをつけ、配信を開始する。
「みなさん、こんにちはー。今日はバイトがお休みなので、ちょっとだけ雑談してみようと思います」
いつものダンス配信とは違う始まりに、コメント欄がざわつく。「雑談珍しい!」「ゆっくりしていってねー」「今日は踊らないんだ?」
「今日は踊らないでーす。たまにはこういうのもいいかなって」
ことねがはにかみながら答えると、視聴者からの質問が次々と流れ始めた。普段は短い時間でダンスだけを披露しているため、こうして長い時間を取って視聴者と触れ合うのは初めてだった。
「朝ごはん何食べた?」「いつも何時くらいに寝てるの?」「好きな食べ物はー?」
たくさんの質問に、ことねは一つ一つ丁寧に答えていく。その中で、ある質問が目に留まった。「ことねちゃんって、もしかして学生さんですか?」
「学生ですよ~。花の高校生で~す」
ことねが答えると、コメント欄に驚きの声が上がった。「え、高校生!?」「学校とバイト両立してるのすごい!」
「ありがとうございまーす。でも、そんなにすごくないですよぉ」
謙遜することねに、さらに質問が飛ぶ。「高校生なのに、昼間とか夕方に配信したり、バイトしたりできるの?」「結構バイトしてるみたいだけど学校行けてる?」「いまって登校時間じゃない?」
「あー、それ気になりますよね。実はあたし、通信制の高校に通ってるんです。だから、時間に融通がきくというか……」
ことねは少し言い淀みながらも、言葉を続けた。それは、これまで誰にも語ってこなかった、彼女の本当の日常だった。
「バイトしてるのは、まあ、色々理由があるんですけど……一番は、家族のため、かな。下にチビども…妹がいるんですけど、その子たちの将来と、家族の負担を減らせるよう少しでも力になれたらなって」
画面の向こうの視聴者は、ことねの言葉に静かに耳を傾けているようだった。コメントの流れが少し緩やかになり、温かいメッセージがぽつぽつと表示され始めた。
「そうだったんだね、頑張ってる!」「無理しないで」「応援してるよ!」
ことねの胸にじんわりと染み渡る、そんな言葉が続く。
「通信制でも大変なのに、バイトもしててすごいね!」「えらいよ、ことねちゃん」「家族思いなんだね」「感動した!」「いつも元気もらってたけど、ことねちゃん自身が頑張ってるんだって改めてわかったよ」
コメントの一つ一つが、ことねの心を温かくしていく。
「それに、あたしはお姉ちゃんだから、うちが苦しいのを少しでも取り除きたいんです」
ことねがそう言うと、さらにコメントが加速する。「お姉ちゃん、偉い!」「泣ける…」「尊敬するよ」「応援してるからね!」「ことねちゃんのダンスで元気もらえる理由がわかった気がする」
これまで、自分のためにだけ頑張ってきたと思っていたバイトや配信が、実は多くの人に支えられ、そして誰かの心に響いていることを、ことねは今、確かに実感していた。