バイト戦士ことね   作:夜琥

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11. 広がる光、繋がる声

休息を得て数日。

 

ことねは、久々に訪れた自由な時間に戸惑いながらも、どこか新鮮な気持ちで日々を過ごしていた。強制的にバイトから解放された身体は少しずつ軽くなり、目の下のクマも薄くなっている。

 

(こんなに休んだの、いつぶりだろ……)

 

最初は手持ち無沙汰で落ち着かなかったが、今はゆったりと流れる時間の中で、自分の心と向き合えるようになっていた。

 

ソファに深く沈み込み、ぼんやりと天井を眺める。これまで「稼ぐため」に必死だった日々。しかし、そんな中でも、踊ることはことねにとって、自分を表現する純粋な喜びだった。中学時代に評価されなくても、ただ踊るのは好きだったのだ。

 

雑談配信で家族の話をしたとき、視聴者から送られてきた温かいコメントの数々が、ことねの胸によみがえる。「そうだったんだね、頑張ってる!」「無理しないで」「応援してるよ!」、「通信制でも大変なのに、バイトもしててすごいね!」「えらいよ、ことねちゃん」「家族思いなんだね」「感動した!」「いつも元気もらってたけど、ことねちゃん自身が頑張ってるんだって改めてわかったよ」

 

(たくさんの人が、あたしのこと、見てくれてる……)

 

ことねが純粋に「好き」で始めたダンス配信が、いつの間にか見えない誰かの「元気」に繋がっていた 。そして、彼女の努力や、家族を思う気持ちが、多くの人々の心に届いていた。これまで「誰にも評価されなかった」ことが、少しずつ評価されるようになり、「よりファンを楽しませたい」感情を生み出している。それは、紛れもなく“前”に進んでいる証だった。

 

ふと、身体が動き出した。立ち上がり、部屋の真ん中で軽くステップを踏む。音楽もないのに、自然とリズムに乗ってしまう。

 

(あ、踊りたい……)

 

それは、義務でもなく、誰かのためでもない、純粋な「好き」という感情からくるものだった。

 

その日の夜、ことねは再び配信アプリを起動した。タイトルはシンプルに「今日も踊ります!」

 

「みなさん、こんばんはー!今日も少しだけ踊りますね!」

 

軽快な音楽が流れ始めると、ことねは以前にも増して伸びやかにステップを踏んだ。身体が軽くなっただけでなく、心も解放されたように感じられた。一つ一つの動きに、これまでの感謝と、新たな決意が込められているようだった。

 

コメント欄には瞬く間にメッセージが溢れる。

 

「待ってた!」「今日のダンス、なんかキレが違うな」「ちょっと元気になった?」「なんか雰囲気変わった気がする」「すごい、いつ見ても上手いな」「やっぱダンスがいいんだよなこの子」

 

踊り終えたことねは、息を切らしながらも、心からの笑顔を見せた。「ありがとうございます!今日も見てくれて嬉しいです!」

 

配信を終え、スマホを見ると、通知の数がいつもよりはるかに多いことに気づいた。フォロワー数は以前の倍近くに増え、新着コメントも大量に届いている。

 

「今日の配信、足さばき神ってた」

「もっと見たいです!」

 

そして、いくつか目新しいコメントも混じっていた。

 

「雑談聞いてファンになりました!応援してます」「ことねちゃんの日常、もっと知りたいです」「顔出しなしでここまで魅せるってすごいわ」「動画編集とかしてみたら?もっと多くの人に届くはずだよ」

 

(動画編集……?)

 

ことねは指を動かし、スマホで「ダンス動画 編集」と検索してみた。無料の編集アプリや、簡単な編集テクニックを紹介する動画がずらりと並ぶ。これまで時間がなくて考えもしなかったことだが、こうして見ると、意外と自分にもできることがあるのかもしれない。

 

「よし、ちょっとやってみるか!」

 

翌日から、ことねの配信活動は新たなフェーズに入った。ライブ配信の合間に、短いダンス動画を編集して投稿し始めたのだ。最初はぎこちなかった編集も、回数を重ねるごとに見栄えが良くなっていった。BGMに合わせてカットを繋いだり、エフェクトを加えたりすることで、ダンスの魅力がより引き出されることを知った。

 

すると、フォロワーの増加はさらに加速した。動画はSNSで拡散され、「このダンス、すごい」「動きだけで目が離せない」「居酒屋ダンサーの進化が止まらない」といったコメントと共に、瞬く間にことねの存在は広まっていった。

 

もちろん、休息期間中に始めた雑談配信も好評だった。視聴者からは「また雑談してほしい」というリクエストが殺到し、ことねは週に一度、短い時間ながらも雑談の時間を設けるようになった。

 

「今日の配信もよかった!」

「この前みたいに無理しないでね!」

「ダンスのリクエストとかって出してもいいのかな?」

「ことねちゃんの歌聞いてみたいな!」

 

 

画面に流れる無数のコメントを眺めながら、ことねは深く息を吐いた。かつては評価されず、孤独だったダンスが、今では多くの人々と繋がっている。そして、それは彼女自身に、これまでにないほどの自信と喜びを与えていた。

 

「今日はここまで!いつも見てくれてありがとう!」

 

ことねは画面に向かって手を振り、配信を終了した。暗くなった画面に映る自分の顔は、バイト漬けの日々では見ることのなかった、どこか満たされた表情をしていた。

 

(歌……か)

 

コメント欄に流れた「ことねちゃんの歌聞いてみたいな!」という一言が、ことねの頭の片隅に残った。歌は、中学時代に夢を諦めた、苦手意識の塊だった。それでも、今のことねは、前向きに考えることができていた。ダンスだけでも十分、と思いつつも、新しい挑戦への好奇心も確かに芽生えている。

 

スマホを胸元に抱え、ことねはベッドに倒れ込んだ。これまでの人生で、こんなにも「次に何をしようか」とワクワクする気持ちを抱いたことはなかった。それは、ただお金を稼ぐためではない、自分自身の可能性が広がる予感だった。

 

(歌は苦手だけど、チャレンジしてみるか!)

 

その決心は、かつて届かなかった夢の光を掴み取ろうとする、新たな希望となって胸を灯した。

 

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