バイト戦士ことね   作:夜琥

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17. 黎明のステージへ

ライブハウス「The Roar」のバックヤードに貼られた一枚のポスター。

 

その色褪せた紙に躍る『OPEN MIC NIGHT!』の文字が、ここ数日、ことねの心の中心で、まるで消えないネオンサインのように明滅を繰り返していた。

 

それは、ただのイベント告知ではなかった。今の彼女にとっては、過去と未来を繋ぐための、たった一つの扉のように思えた。

 

過労で倒れ、自分の無力さに打ちひしがれていた数ヶ月前の自分では、きっと視界にすら入らなかっただろう。

 

だが、今は違う。ミコという師を得て、自分の声と向き合い、拓也やファン、そして家族という温かい繋がりの中で、ことねの心には、か細くも確かな光が灯り始めていた。

 

その光を、試してみたかった。このステージの上で。

 

営業終了後、客のいなくなったフロアでモップをかけながら、ことねは意を決して、カウンターでグラスを磨くミコの後ろ姿に声をかけた。

 

「ミコさん。あの……!」

 

自分でも驚くほど、声に芯が通った。振り返ったミコの射抜くような視線にも、今度は怯まない。一度固く決めた覚悟は、もう揺らがなかった。

 

「……なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え。腹から声出すのは歌の基本だろ」

 

ぶっきらぼうな口調。

 

だが、その声色に以前のような刺々しさはなく、むしろ促すような響きが含まれているのを、ことねは感じ取っていた。

 

ことねは一度、ぐっと唇を噛み、そして腹の底から、レッスンで叩き込まれた呼吸法を意識して、もう一度口を開いた。

 

「次の、オープンマイクに……出たい、です!」

 

静まり返ったフロアに、その言葉は決意の響きを伴ってクリアに渡った。

 

ミコは磨いていたグラスを置き、ゆっくりとことねの方へ向き直る。その表情は読めない。

 

だが、断られるかもしれないという不安はなかった。今の自分にできる、最高の挑戦をしたい。その想いが、ことねの背筋をまっすぐに支えていた。

 

やがて、ミコの口元に、ふっと皮肉とも感心ともつかない笑みが浮かんだ。

 

「……ほう。随分と景気のいいことを言うようになったじゃないか」

 

ミコはカウンターから出てくると、ことねの目の前に立った。

 

小柄な彼女が見上げるその視線は、どんな大男のそれよりも強く、ことねの覚悟の純度を測っているようだった。

 

「いいだろう。今のあんたなら、好きにやってみな。だが、一つだけ言っておく。半端なもんは見せるなよ。このステージは、遊び場じゃねえ。あんたがこれから生きていく戦場だ。その覚悟があるなら、な」

 

「……はいっ!」

 

ことねは、背筋が伸びるようなその言葉に、力強く頷いた。許された。認められた。

 

その事実が、じわりと胸の奥を熱くする。その高揚感は、事務所のソファで一人になった時、挑戦者だけが感じる武者震いへと姿を変えた。

 

(ステージに、立つ……!)

 

その言葉の重みが、心地よいプレッシャーとして両肩にのしかかる。

 

(何を歌って、どう踊ろう?あたしだけのパフォーマンスを、作らなきゃ)

 

初星学園にいた頃は、常に課題があった。オーディションで歌う曲も、ダンスの振り付けも、すべて「与えられた」ものだった。

 

だが、今は違う。目の前には、無限の白紙が広がっている。

 

それは途方に暮れるようなものではなく、これからどんな色で、どんな絵を描いていこうかと胸が躍る、可能性そのものだった。

 

とはいえ、具体的なアイデアがすぐに湧き出るわけではない。

 

壁一面のCDライブラリから音源を聴き、歌詞を読み込む。

素晴らしい曲ばかりだが、今の自分の気持ちを、自分の言葉として代弁してくれる一曲を探すのは、宝探しにも似ていた。

 

「あたしは、何を伝えたいんだろう……」

 

歌への恐怖が完全に消えたわけではない。だが、それはもう、足を止める足枷ではなかった。

 

むしろ、その恐怖すらも今の自分の一部として表現に昇華したい、という前向きな欲求に変わっていた。

 

ダンスも同じだ。ただ可愛く見せるのではなく、歌と言葉と、自分の魂を繋ぐための、新しい表現を探したい。

 

答えを求める時間は、苦しくも充実していた。気がつけば窓の外が白み始めている。眠れなかったのではない。夢中になっていたら、朝が来てしまったのだ。

 

---

 

その日の居酒屋バイトの休憩時間。

 

厨房の隅で、ことねはスマホのメモ帳に、パフォーマンスのアイデアを書き殴っていた。その顔は、真剣そのものだが、どこか楽しげだ。

 

「……随分と楽しそうじゃん。何か良いことでもあったか?」

 

聞き慣れた声に顔を上げると、ギターケースを傍らに置いた拓也が、にこやかに立っていた。

 

「拓也さん!聞いてください!」

 

ことねは目を輝かせながら、オープンマイクに出ることを告げた。拓也は「ミコさんからも聞いたぜ」と笑い、「おめでとう」と心から祝福してくれた。

 

「ありがとうございます。でも、すっごく悩んでて……あたしらしいパフォーマンスって、何なんだろうって」

 

拓也はことねの隣に腰を下ろすと、自分のギターケースを愛おしそうに撫でた。

 

「俺さ、昔バンド組んでた時、初めてのライブで大失敗したんだよ」

 

それは、ことねが初めて聞く話だった。

 

「緊張で練習の半分もできなくてさ。でも、そんなボロボロのライブでも、『お前ら、すっげえ楽しそうにギター弾くのな』って言ってくれた奴がいて、救われたんだ」

 

拓也はことねの目を見て、続けた。

 

「完璧じゃなくてもいい。ことねが、心の底から『楽しい』って思えること。それが一番伝わるんじゃないかって、俺は思うけどな」

 

「楽しい……」

 

その言葉が、ことねの心に灯っていた光を、さらに強く輝かせた。

 

そうだ、原点はそこだ。あたしが楽しむことが、みんなの笑顔に繋がる。その一番大事なことを、忘れるところだった。

 

「あの……拓也さん!」

 

ことねは顔を上げ、決意を秘めた瞳で拓也を見つめた。

 

「もし、もしよかったら……あたしの歌、ギターで、伴奏してもらえませんか?」

 

それは、自分でも驚くほど素直に出てきた言葉だった。誰かと一緒に音楽を作る。アイドルとしての自分ではない、新しい自分を表現するための、最高の仲間がいるじゃないか。

 

拓也は一瞬、目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに、そして少し照れくさそうに笑った。

 

「……俺でいいなら、喜んで。光栄だな、未来の大スターの初ステージに立ち会えるなんて」

 

その軽口が、ことねの心をさらに軽く、前へと押し出した。

 

---

 

それから数日、ことねと拓也の二人三脚の練習が始まった。

 

場所は「The Roar」の営業終了後。選んだ曲は、フレデリックの「オドループ」。

 

聴いてくれる人と、そして何より自分たちが一緒に心の底から楽しめる、そんな未来を描ける曲だった。

 

拓也が爪弾くアコースティックギターの軽快なカッティングに合わせて、ことねが歌い、ステップを踏む。

 

二人の音と動きは、夜の静かなフロアに心地よく響いた。それはそれで、とても素敵な空間だった。

 

だが、数日練習を重ねるうちに、ことねの中に新たな欲求が芽生え始めた。

 

「拓也さんのギター、すごく素敵なんですけど……この曲、聴けば聴くほど、ベースラインがかっこよくて」

 

練習の合間に、ことねはぽつりと呟いた。

 

「ああ、わかる。このうねるようなベースと、タイトなドラムがあるから、この曲のグルーヴが生まれるんだよな」

 

拓也も頷く。

 

「ドラムが入ったら、きっと、もっと身体が動いちゃうんだろうな……なんて」

 

アコースティックなアレンジもいい。

 

でも、この曲の持つ本来の衝動、フロア全体を巻き込んで踊らせてしまうような爆発力を、どうしても表現してみたかった。

 

バンドサウンド。その言葉が、ことねの頭の中に鮮明に浮かび上がった。

 

「でも、いきなりドラムとベースなんて、探せないですよね……」

 

ことねが諦めかけた、その時だった。

 

脳裏に、太陽のような笑顔が浮かんだ。ライブハウスのバイト仲間。いつも音楽の話で目を輝かせている、年上の専門学生。

 

「……美咲さん」

 

そうだ、彼女は自分のバンドでドラムを叩いていると言っていた。

 

---

 

翌日のバイトのシフトでは、ことねと美咲は一緒だった。

 

ホールでドリンクを運ぶ彼女の軽快な動きを目で追いながら、ことねはどう切り出すべきか、タイミングを計っていた。

 

休憩時間が、チャンスだ。

 

「美咲さん! あの、今ちょっといいですか?」

 

バックヤードでスマホをいじっていた美咲は、ことねの声にぱっと顔を上げた。

 

「お、ことねちゃんどうしたの? そんな真剣な顔して」

 

ことねは深呼吸を一つすると、思い切って全てを話した。オープンマイクに出ること。拓也さんと二人で練習していること。

 

そして、どうしてもバンドで、この曲を演奏したいこと。

 

「――それで、もし、もし美咲さんのご迷惑でなければ、ドラムを叩いてもらえないかなって……」

 

言い終える頃には、声が少し震えていた。断られても仕方ない。

 

彼女にだって、自分のバンドの練習があるはずだ。無理なお願いをしている自覚はあった。

 

しかし、美咲の反応は、ことねが想定していたよりも好感触だった。

 

「え、なにそれ! めっちゃ面白そうじゃん!」

 

美咲はスマホをポケットに突っ込むと、ことねの手を両手で握りしめた。その瞳は、好奇心と興奮でキラキラと輝いている。

 

「もちろん、やるよ! やろうよ! ことねちゃんの初ステージでしょ? そんな大事な瞬間に誘ってくれるなんて、光栄だよ!」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

「本当だって! あー、でもベースどうしよっか。うちのバンドのベース、今ちょっとテストで忙しくて……あ、でも一人、心当たりいる!」

 

美咲はそう言うと、どこかへ電話をかけ始めた。

 

早口で事情を説明する彼女の背中を見ながら、ことねは胸が熱くなるのを感じた。

 

こんなにも簡単に、世界は繋がっていくのか。勇気を出して一歩踏み出せば、手を差し伸べてくれる人が、こんなにも近くにいる。

 

電話を終えた美咲が、満面の笑みで振り返った。

 

「オッケー! うちの学校の同級生で、腕は確かだけどちょっと人見知りな子がいるんだけど、話したら『面白そう』だって! これでメンバー揃ったね!」

 

こうして、ことねの挑戦は、思いがけず「バンド」としての形を成し始めた。

 

---

 

数日後、四人は初めて練習スタジオに集まった。

 

美咲に紹介されたベーシストは、小柄で、静かな佇まいの女の子だった。肩まで伸びた黒髪が表情を少し隠している。

 

「……ベースの、間宮 静(まみや しずか)です。よろしく」

 

ぼそり、と呟くように自己紹介した彼女に、ことねは少し緊張しながらも頭を下げた。

 

「藤田ことねです! よろしくお願いします!」

 

スタジオには、拓也のアコースティックギター、静が持ってきた年季の入ったジャズベース、そして美咲がスティックを握るドラムセットが並ぶ。異色の編成だ。

 

「じゃあ、とりあえず一回、音出してみよっか!」

 

美咲の元気なカウントで、演奏が始まった。

 

――それは、お世辞にも良い演奏とは言えなかった。

 

美咲が叩き出すパワフルなドラムと、静が刻む重いベースの音圧に、拓也のアコースティックギターの繊細な音色が、まるで嵐の中の木の葉のようにかき消されてしまう。

 

そして、その音の洪水の中で、ことねは自分の歌うべき場所を見失い、声が上ずってしまった。

 

「すまん、アコギじゃ、音が埋もれちまうな……」

 

何度目かの演奏を止めた後、拓也が悔しそうに呟いた。その表情に、ことねの胸がチクリと痛む。

 

「あたしが、バンドでやりたいなんて、無理言ったから……」

 

「いや、ことねのせいじゃない。俺の問題だ」

 

拓也は力なく首を振った。その時だった。それまで黙って弦を押さえていた静が、顔を上げて拓也を見た。

 

「……拓也さん。そのギター、すごく良い音する。でも、バンドでやるなら……本当は、違う武器、持ってるんじゃない?」

 

静の、静かだが芯のある言葉に、拓也だけでなく、ことねと美咲もはっとした。

 

拓也は一瞬、虚を突かれたように静を見つめ、それから、観念したように、ふっと息を吐いた。

 

「……バレてたか」

 

彼は少し照れくさそうに頭を掻くと、「ちょっと待ってろ」と言い残し、スタジオの隅に置いてあった、もう一つの年季の入ったハードケースへと歩み寄った。

 

彼がその留め金を外し、中から取り出したのは、使い込まれ、塗装の所々が剥げた、サンバーストカラーのエレキギターだった。

 

「うわ、テレキャス!渋い!」美咲が声を上げる。

 

「昔、本気でプロ目指してた時の相棒なんだ。もう弾くこともないと思って、ずっと眠らせてたんだけど……」

 

拓也はギターを肩にかけると、アンプのシールドをジャックに差し込んだ。

 

「お前らとやってたら、またコイツで、デカい音、鳴らしたくなった」

 

その横顔は、いつもの穏やかな彼とは違う、ロックバンドのギタリストの顔をしていた。

 

拓也がピックを振り下ろした瞬間、スタジオの空気が震えた。

 

アンプから飛び出したのは、鋭く歪んでいながらも、どこかブルージーで色気のある、魂の音だった。

 

キレのあるカッティングリフが、静のベースと美咲のドラムに、まるで最後のピースがはまるように完璧に絡み合う。

 

一気にドライブ感と熱量を増したサウンド。その音圧の波に、ことねの身体が自然と動き出す。

 

「――これだ!」

 

マイクを握りしめながら、ことねは心の底から叫んでいた。これだ。この音の真ん中で、あたしは歌いたかったんだ。

 

その一瞬を境に、四人の音が、急速に一つの生命体となった。

 

静が弾く、うねるように歌うベースライン。美咲が叩き出す、タイトでいながら遊び心に溢れたドラム。

 

その強力なグルーヴの上を、拓也のギターが、鳥のように、あるいは獣のように、自由に、そして情熱的に飛び回る。

 

そして、その中心で、ことねの歌声が、水を得た魚のように生き生きと躍動し始めた。

 

歌と同時に、ダンスの振り付けも、ゼロから作り直した。

 

初星学園で叩き込まれた「見せる」ためのアイドルダンスは、引き出しの奥にしまった。

 

鏡の前で、四人で作り上げたバンドサウンドを全身に浴びる。歌詞の世界に深く潜り、沸き上がってくる感情のままに、身体を動かしてみる。

 

喜び、焦燥、そして未来への希望。感情の波が、自然と身体を動かす。

 

それは洗練とは程遠い、剥き出しの動きだったが、そこには紛れもなく、藤田ことね自身の「魂」が宿っていた。

 

深夜のフロアで、ことねが没頭するように踊っていると、壁に寄りかかって見ていたミコが、ぼそりと言った。

 

「……悪くない。だが、まだ綺麗すぎるな」

 

「え……?」

 

「もっと自分の内側を、汚い部分も、弱い部分も、全部晒け出せ。あんたの身体は、あんたの心より、ずっと雄弁なはずだ。躊躇すんな。観客は、お前の作った綺麗な仮面を見に来るんじゃねえ。お前の剥き出しの心を見に来るんだ」

 

ミコの言葉は、辛辣だが、今のことねには最高の激励に聞こえた。そうだ、まだ足りない。もっと深く、もっと正直に。

 

その夜、ことねは久しぶりに初星学園の夢を見た。だが、以前とは違った。

 

輪から弾き出される自分を、もう一人の自分が客席から見ている。

 

『あなたは、本当にそれで楽しかったの?』かつてのあたしが、いまのあたしに問いかける。

 

目を覚ました時、頬は濡れていなかった。心は、澄み渡っていた。

 

(あたしは、あたしのままで。)

 

綺麗じゃなくても、完璧じゃなくてもいい。今のあたしの、このぐちゃぐちゃな感情のすべてを、歌とダンスに乗せて、届けよう。

 

練習最終日。四人の音と、ことねのパフォーマンスが、完璧に一つの生命体となった。その演奏を終えた時、スタジオには濃密な静寂と、熱気だけが満ちていた。

 

「……すげえ、今の……」

 

最初に沈黙を破ったのは、拓也だった。その目は、興奮で爛々と輝いていた。

 

「最高じゃん、私たち!」美咲がスティックを高く掲げる。静も、こくりと小さく、しかし力強く頷いた。

 

「少しフワフワしてますけど、全部出せた気がします……!」

 

ことねは、息を切らしながら、心からの笑顔で答えた。

 

それを見ていたミコが、スタジオの扉の影で、ふいと顔を背け、小さな声で「……上出来だ」と呟いた。

 

---

 

オープンマイクナイト当日。

 

「The Roar」は、開場と同時に熱気と期待でむせ返るようだった。

 

楽屋に入ると、他の出演者たちのプロフェッショナルな空気に、一瞬だけ心臓が跳ねた。鏡に映る自分の顔が、少し強張っている。

 

(どうしよう……)

 

その不安は、すぐに別の感情に上書きされた。

 

(――じゃない。大丈夫。あたしは、一人じゃない)

 

『だからお前はダメなんだ』

 

ふいに、初星学園時代の幻聴が蘇る。かつての自分の声。だが、今のことねは、それに力強く心の中で言い返した。

 

(ううん。あの頃のあたしがいたから、今のあたしがいる。全部、無駄じゃなかった)

 

「ことね」

 

隣でチューニングしていた拓也が、エレキギターのネックを握りしめ、優しい目でこちらを見ていた。

 

「楽しもうぜ、一緒に」

 

「うん!」

 

スティックの最終チェックをしていた美咲が、ウィンクしてくる。

 

「ことねちゃんが主役なんだから、思いっきりやっちゃって!」

 

黙々と指をほぐしていた静も、ことねを見て、静かに言った。

 

「……後ろは、任せて」

 

そうだ。あたしは、一人じゃない。

 

恐怖はもうない。あるのは、最高のステージを届けたいという、燃えるような想いだけ。

 

そこへ、腕を組んだミコが、ぬっと現れた。

 

「おい、いつまで突っ立ってる。客を待たせるな」

 

ミコの声は、鋭く、厳しい。だが、その瞳の奥には、確かな信頼の色が宿っていた。

 

「あんたはもう、一人じゃないんだろ。なら、さっさと行って、お前たちの音を、叩きつけてこい」

 

ことねは、涙ではなく、闘志に燃える瞳でミコと、そしてバンドの仲間たちを見つめ返した。

 

「いってきます」

 

その声には、微塵の震えもなかった。あるのは、ステージに立つ者だけが持つ、清々しい覚悟だった。

 

『さあ、続いての出演者は、この日のために結成されたスペシャルバンドです! ボーカル&パフォーマンス、ことね! ギター、拓也! ドラム、美咲! そしてベース、静! 大きな拍手でお迎えください!』

 

司会の声が響き、割れるような拍手が四人を迎える。

 

ことねは仲間たちと視線を交わし、一つ、深く息を吸った。

 

そして、光が溢れるその場所へ。

 

自分の未来へと繋がる、黎明のステージへと、確かな一歩を踏み出した。

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