バイト戦士ことね   作:夜琥

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独自解釈(設定)とことねちゃんの親愛度13話の内容が一部含まれていますので、苦手な方は自衛をお願いします。


22. 一番星の口説き文句

嵐の前の、息詰まるような静寂。

ライブハウスの出口から漏れる微かな光と、高級車のヘッドライトだけが、深夜の路上に立つ三人の姿を、まるで演劇のワンシーンのように切り取っていた。

 

圧倒的なカリスマを放つ、一番星・十王星南。

その絶対的な光から少女を守るように立ちはだかる、傷だらけの師匠・ミコ。

そして、二つの巨大な引力の中心で、完全に思考が停止している、藤田ことね。

 

星南は、うっとりとした表情で、ことねに最高の賛辞を贈るべく、用意してきた言葉を告げた。

 

「私のモノになりなさい。あなたを、最高の『一番星』にしてあげる」

 

その声は、後輩を慈しむように優しく、しかし、獲物を見つけた狩人のように、抗いがたい響きを帯びていた。

ミコが「てめえ…」と鋭く息をのむ。ことねの未来を賭けた、静かで激しい戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。

 

その、瞬間だった。

 

「ごめんなさい無理ですぅ~~~~~!」

 

ことねは、それまでの硬直が嘘のように、カクンと腰を折り、ものすごい勢いで頭を下げた。

その叫び声は、決意の言葉というよりは、完全にキャパオーバーを起こした人間の悲鳴に近かった。

 

「……え?」

 

完璧な笑みを浮かべていた星南の表情が、固まる。

ことねを守るために全身に殺気をみなぎらせていたミコの眉が、ぴくりと上がった。

予想外すぎる反応に、二人の時間が、一瞬だけ止まる。

 

(え?なぜ?『私のモノになれ』は、プロデューサーとしての、最大限の誠意と評価を示す言葉のはず…。なぜ、そんなに慌てているのかしら…?)

 

星南の完璧な思考回路が、カタカタと音を立てて空回りする。

 

当のことねは、そんな星南の内心にも気づかず、パニック状態で早口にまくし立てた。

 

「い、いや、だって、あの、滅相もございません!あたしにはバンドの仲間がいますし!それにいきなり『モノになれ』って言われても!心の準備とか、あと戸籍とかどうなるのかなとか色々ありますし!そもそも、星南会長みたいな凄い人に、あたしなんかが釣り合うわけないじゃないですかぁ!月とスッポン!富士山と米粒くらい違いますぅ!」

 

必死の形相で、支離滅裂な言葉を並べ立てる。あまりのプレッシャーに、ことねの思考回路は完全にショートしていたのだ。

 

---

 

そして、その数分後。

夜の闇に溶けていく車の後部座席で、星南は静かにプロデューサーに報告していた。

 

「……というわけで、断られてしまったわ。見事にね」

 

「ほう。……まあ、そうでしょうね」

 

「『ごめんなさい無理ですぅ〜〜〜!』ですって。面白い子でしょう?私のスカウトも、まだまだのようね」

 

プロデューサーは、はっきりとため息をついた。

 

「……スカウト、下手ですか、あなたは」

 

「なんですって?」

 

プロデューサーは、呆れたように言葉を続ける。

 

「いえ、ですから、口説き文句のセンスが壊滅的だと言っているんです。『私のモノになりなさい』なんて、今どき時代劇の悪代官でも言いませんよ。あなたのその少しズレたセンスが、時々、物事をややこしくするんです」

 

「むっ……。あれは、私の最大限の誠意を表した、最高の口説き文句のはずなのだけれど」

 

少しだけムキになって反論する星南に、プロデューサーは追い打ちをかける。

 

「そのズレたセンスが、あなたの面白いところでもあり、プロデューサーとしての課題でもあります。まあ、いいでしょう。これで交渉の席には着ける。ここからが本番ですよ」

 

「……わかっているわよ、プロデューサー」

 

星南は、窓の外に視線を戻した。脳裏に浮かぶのは、自分をまっすぐに見つめ返し、仲間への想いを語っていた、あの少女の顔。

 

(ますます、欲しくなってしまったじゃない……)

 

その唇が、最高の宝物を見つけたコレクターのように、美しく吊り上がったのを、プロデューサーは見逃さなかった。

 

---

 

時間を、少しだけ巻き戻す。

ことねの絶叫が、静かな夜道に虚しく響き渡った、あの直後。

 

一瞬呆気に取られていたミコが、我に返って「…だ、そうだ。帰んな、お嬢ちゃん」と、ことねの言葉に乗っかるようにして星南を追い払おうとした。

 

しかし、星南もまた、すぐに完璧な笑顔の仮面を被り直していた。

その瞳の奥に、一瞬だけ宿った「面白い」という色の光に、ことねはまだ気づかない。

 

「コホン……。面白い答えね、ことね。でも、冗談はさておき、私は本気で言っているのよ」

 

空気が、再び張り詰める。星南は、ことねに向き直り、今度はより丁寧に、しかし抗いがたいほどの熱意を込めて語り始めた。

 

「ことね、この前のステージ、見せてもらったわ。なんて素晴らしい輝き。なんて切なく、熱い衝動。ステージ上のあなたは誰よりも輝いてた。あなたは、ダイヤモンドの原石よ。あなたは世界を虜にするトップアイドルになれる。その可能性を秘めているわ」

 

彼女は、慈しむように言葉を続ける。

 

「私に、その可能性を切り開く手伝いをさせてくれないかしら。私が、あなたをプロデュースする。最高の環境、最高のレッスン、最高のステージ。今のあなたに足りない技術も知識も、すべて与えることができる。一緒に、世界を目指しましょう」

 

その言葉の一つ一つが、甘い毒のように、ことねの心に染み込んでいく。かつて自分が喉から手が出るほど欲しかった、成功への約束手形。初星学園という、絶対的なブランド。揺らがないはずがない。

 

ことねの心が揺らいだのを見透かしたかのように、ミコが吐き捨てるように言った。

 

「ふざけるな。お前らの言う『最高の環境』ってのは、才能を都合のいい金ピカの型にはめるだけの、息苦しい飼育小屋のことだろ」

 

ミコは、星南に向かって一歩踏み出す。

 

「こいつの輝きが、なんでお前にわかる。泥水の中で必死に生きて、自分の力で光ろうとしてる雑草の強さだ。お前らみてえな、無菌室で育てられたお嬢様には、到底理解できねえだろうよ」

 

「あたしは知ってるんだ。お前らのやり方で、どれだけの才能がその『正しさ』に殺されてきたかをな。こいつは、お前らのコレクションに加えるお人形じゃねえ。生身の人間なんだよ」ミコの言葉には、自身の過去を投影したような、痛切な響きがあった。

 

ミコの激情に対し、星南は、少しだけ悲しそうな、それでいて凛とした表情で応じた。

 

「あなたの言う『かつての初星』は、そうだったのかもしれません」

 

その言葉に、ミコが息をのむ。

 

「確かに、過去の学園には、一部の教員、プロデューサーの独断によって、輝くべき才能の芽が踏みにじられるという、決してあってはならない過ちがありました。私も、その事実は知っています」

 

(こいつ…知ってやがるのか…?あの頃のことを…)

 

ミコの脳裏に、才能の芽を心ない言葉で踏みにじられ、夢を諦めていった仲間たちの顔が蘇る。

 

星南は、そのミコの動揺を見透かすように、しかし静かに続けた。

 

「ですが、その事実に気づいた祖父…学園長である十王邦夫は、直ちに学園の制度そのものを見直しました。才能を見出すための多角的な評価基準を導入し、二度と、たった一人の人間の価値観で、夢が潰されることのないように、と」

 

そして、星南はミコに向かって、深く、丁寧に頭を下げた。

 

「ですが、その改革も、志半ばで夢を諦めてしまった方々にとっては、あまりに遅すぎたことも事実です。学園を代表して、そして十王の名において、深くお詫びいたします」

 

トップアイドルであり、学園長の孫である彼女からの、真摯な謝罪。それは、ミコの心の最も硬い部分を、いとも容易く打ち砕いた。彼女の怒りは行き場を失い、長年抱えてきた痛みが、静かに胸の奥で疼いた。

 

星南は顔を上げ、再びミコと、そしてことねを見据える。

 

「私が会長でいる限り、いいえ、十王の名を冠する限り、初星は、全ての才能が、その子らしく輝ける場所であると、ここに誓います。私がことねをプロデュースする方針として、才能が自ら輝ける最高の『舞台』を用意することです。泥水の中で咲く強さも美しいでしょう。ですが、その花が、最高の照明と栄養を与えられたら、どれほど見事に咲き誇るか…私は、その可能性をことねに捨てさせたくない」

 

その冷静な言葉は、もはや反論の余地をミコに与えなかった。

 

二つの太陽に挟まれ、ことねの頭は混乱の極みにあった。星南の示す、光り輝くエリートの道。

ミコの示す、険しいが仲間と共に歩む雑草の道。どちらも、今の彼女にとっては抗いがたい魅力と、そして正しさを持っているように思えた。

 

脳裏に、初星学園時代の自分が蘇る。あの頃の自分なら、迷わず星南の手に飛びついただろう。

 

(いや、さすがにそこまであたしはチョロくないだろ!どう考えても怪しすぎるし!)

 

ことねは心の中で、強く首を振った。星南の提案は、確かに魅力的だ。学園が変わったことも、きっと本当なのだろう。でも、今の自分には、あの頃にはなかったものが、たくさんある。

 

拓也の、情熱的なギター。美咲の、太陽のようなドラム。静の、静かで熱いベース。

あの四人で音を鳴らした時の、魂が震えるような感覚。心の底から「楽しい」と笑い合った、深夜の練習風景。

あの輝きは、どんなに完璧な環境でも手に入らない、あたしたちだけの宝物だった。

 

ことねは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、もう迷いの色はなかった。

 

「お誘い、ありがとうございます、星南会長」

 

まずは、憧れの先輩に対して、丁寧に頭を下げる。

 

「昔、会長のステージを見て…ううん、もっと昔、ちっちゃい星南ちゃんがテレビで踊っている頃から、すごく憧れてました。あたしがアイドルを目指したのも、それがきっかけでした。だから、今、こうしてお話できて、本当に、嬉しいです」

 

その、あまりに具体的で、純粋な言葉に、星南の完璧な表情が、ほんの少しだけ揺らいだ。

 

「そ、そう…。あの仕事を…。もう、みんな忘れているでしょうに」

 

照れたように、僅かに視線を逸らす。それは、トップアイドル「十王星南」ではなく、一人の少女の素顔だった。

 

ことねは、その隙を見逃さず、まっすぐに星南の目を見つめ返して、はっきりと告げた。

 

「でも、あたしは、あなたのモノにはなりません」

 

「あたしには、今、一緒に音楽をやりたい最高の仲間がいます。上手く言えないんですけど、あの四人で音を出している時の自分が、一番好きなんです。下手くそでも、泥臭くても、あたしはここで、この人たちと一緒に、あたしたちだけの音楽で、もっと先へ行きたいんです」

 

ことねの、揺るぎない決意の言葉。それは、星南の完璧な微笑みを、凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。彼女の瞳に、驚きと、信じられないものを見るような色、そして、より好奇な感情が浮かぶ。

 

「……そう。それが、今のあなたの答え、なのね」

 

星南は、ゆっくりと感情を押し殺すように呟くと、踵を返した。

 

「いいでしょう。でも、覚えておきなさい、ことね。私は、諦めないわ。あなたが、私の隣に来るべき存在だと、確信しているから」

 

「また会いましょう、ことね」

 

その言葉を残し、彼女は静かに車に乗り込み、夜の闇へと消えていった。

 

嵐が去り、再び静寂が訪れる。ことねとミコは、二人きりで路上に佇んでいた。

 

「……後悔、してねえだろうな?」ミコが、ぶっきらぼうに尋ねる。

 

ことねは、夜空を見上げ、満面の笑みで答えた。

 

「はい!全く!」

 

その顔は、どんなスターにも負けないほど、強く、そして美しく輝いていた。自分の意志で、自分の道を選び取った者の輝きだった。

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