・「ダンス配信によりバイト先で直接的な注目を大々的に浴びる」→「こっそり見ていることを伝えられる」に表現を変更
・その他加筆・微修正
「すみません、生ビールもう一杯お願いします!」
忙しい週末の夜。居酒屋のホールには活気が満ち、ことねもいつも通り小走りで注文をこなしていた。けれど、どこか違和感を感じる。客の視線が、妙に自分に集まっている気がするのだ。
「……気のせい、じゃないよね?」
皿を下げながら、ことねはカウンター近くのテーブルの若者たちをちらりと見る。彼らのスマホの画面には、自分の配信の動画が映っている。踊る自分の姿が、あの部屋の背景とともに再生されていた。
「あの人、たぶん本人だよ。」「え、本物?マジで?」
小さくささやき合う声が、耳に入る。ことねは顔を伏せるようにして厨房へ戻り、無意識に息を詰めていた。
(やっぱり、気づかれてる……)
心臓が早鐘を打つ。顔を出していないとはいえ、声やダンスの特徴で気づかれることはあるかもしれない。そう思っていたが、実際に目の前で囁かれると、どうしても落ち着かない。
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「ことねちゃん、最近なんか人気者じゃない?」
休憩時間、年上のパート主婦に声をかけられた。ことねは笑ってごまかす。
「え、なんのことですか?」
「なんかね、娘が言ってたのよ。『最近、踊ってみた配信でバズってる人が居酒屋で働いてるらしい』って。顔は出してないけど、声とか雰囲気が似てるって。まさかねぇ〜って思ったけど……似てるっていうか、本人よね?」
肩をすくめるようにして、ことねは曖昧に頷いた。
「まあ……ちょっと配信、やってて……」
「すごいじゃない!なんで言ってくれなかったの?応援するわよ、私!」
ことねは気まずそうに笑いながら、心の中で複雑な感情が入り混じっていくのを感じた。
(応援……されるのって、こんなに落ち着かないものなんだっけ)
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ホールに戻ると、今度はカウンター席の男性客に声をかけられた。
「あの、すみません……お姉さん、もしかして配信してる人ですよね?」
ことねは一瞬驚いたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「えっと……どうしてそう思ったんですか?」
「いや、声とかダンスの動きが似てるなって思って。いつも動画見てます。すごく元気もらってます!」
その言葉に、ことねの胸がじんわりと温かくなった。
「ありがとうございます……でも、あの、バイト先には迷惑をかけたくないので、あまり言いふらさないでいただけると助かります。」
男性は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。
「もちろんです!応援してるだけなんで、安心してください。これからも頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。」
ことねは軽く頭を下げ、再びホールを回り始めた。心の中では、ほんの少しだけ誇らしい気持ちが芽生えていた。
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夜の終わり、レジ締めを終えてロッカーで制服を脱ぎながら、ことねはふと鏡に映る自分を見つめた。汗で少し前髪が貼りつき、目元は疲れている。でも――
(それでも、あたしを見てくれる人がいる)
思えば、自分が努力している姿を正面から見てもらったことは、今までなかった。中学時代も、いつも誰かの陰に埋もれていた。それが今、名前も知らない誰かが、自分の踊りに「元気をもらった」と言ってくれる。
それは――少し怖いけど、嬉しいことだった。
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帰り道、スマホを開くと、新着コメントがいくつか届いていた。
「今日の配信、足さばき神ってた」
「居酒屋で働いてるってほんと?なんか応援したくなる」
「もっと見たいです!」
(“もっと見たい”って……)
ことねはスマホを胸元に抱え、空を見上げた。
注目されることに戸惑いながらも、胸の奥では確かに“喜び”が芽生えていた。
これまで誰にも評価されることがなかった“踊り”が、“もっとあたしを見てほしい”という感情を生んだ。
「あたしこんなにチョロかったっけ?」
そしてそれは、また一歩――夢とは違うかもしれないけれど、確かに“前”に進んでいる証だった。