バイト戦士ことね   作:夜琥

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9. 止まる勇気

「すみません、生ビールもう一杯お願いします!」

 

週末の夜、居酒屋のホールはいつも以上に賑わっていた。ことねは笑顔を浮かべながら、注文をこなしていたが、どこか動きが鈍い。足元が重く感じられ、頭の中もぼんやりとしている。

 

「……えっと、生ビール、でしたよね?」

 

一瞬、注文を聞き返してしまい、ことねは慌てて笑顔を作った。お客は少し不思議そうな顔をしたが、「そうそう」と軽く返すだけだった。

 

トレーにビールを乗せて運ぶ途中、別のテーブルから声がかかる。

 

「すみません、追加で焼き鳥お願いします!」

 

ことねは一瞬立ち止まり、声の方向を振り返る。けれど、返事をするのがワンテンポ遅れてしまった。

 

「あ、はい!すぐにお持ちします!」

 

笑顔を浮かべながら答えたものの、心の中では焦りが募る。普段ならもっとスムーズに対応できるはずなのに、今日はどうしても体がついてこない。

 

---

 

休憩時間、厨房の隅で水を飲んでいると、バイト仲間の拓也が声をかけてきた。

 

「お前、今日ちょっと様子おかしくないか?」

 

ことねは慌てて首を振り、笑顔を作った。

 

「全然大丈夫でーす!お金のためならいくらでも働けるし!」

 

「いや、さっきお客さんが『あの子、疲れてるみたいだけど大丈夫?』って心配してたぞ。俺も見てて思ったけど、無理しすぎじゃないか?」

 

この前も倒れそうになってたし、そう言った拓也の真剣な表情に、ことねは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔で返した。

 

「ほんとに大丈夫だから!いつも通り可愛くて元気なことねちゃんでしょ?」

 

そう言って軽く手を振ってみせるが、拓也は納得していない様子だった。

 

---

 

その日の営業が終わる頃、店長に呼び止められた。

 

「藤田さん、ちょっといいか?」

 

ことねは内心ドキッとしながらも、「はい」と返事をして店長の前に立った。店長は腕を組み、少し困ったような顔をしている。

 

「今日、お客さんから『あの子、大丈夫か?』って声が何件かあったんだ。拓也くんからも話を聞いたけど、最近無理してないか?」

 

「いえ、大丈夫です!全然平気ですから!」

 

ことねは笑顔で答えたが、店長は首を振った。

 

「藤田さん、無理してるのが見てわかるんだよ。君、昼も夜も働いてるんだろ?それに配信もやってるって聞いたぞ。そりゃ疲れるに決まってる。」

 

「でも……あたしは大丈夫です!迷惑はかけませんから!」

 

ことねは必死に訴えたが、店長はため息をついて言った。

 

「厳しいことを言うよ。迷惑をかけないって言うけど、今日みたいにお客さんに心配されるのは、もう迷惑の一歩手前だ。だから、シフトを減らすことにする。」

 

「えっ……!」

 

ことねは驚いて店長を見つめた。

 

「君が倒れたら、店も困るし、何より君自身が一番困るだろ?だから、しばらくは週3に減らす。これ以上は譲れない。」

 

「でも……!」

 

ことねは反論しようとしたが、店長の真剣な表情を見て、言葉を飲み込んだ。

 

---

 

帰り道、自転車を押しながら、ことねはため息をついた。

 

(あたし、迷惑かけてたんだ……)

 

自分では大丈夫だと思っていた。でも、周りから見ればそうではなかった。お客さんやバイト仲間、店長にまで心配されて、ようやくそれに気づいた。

 

(休むなんて、考えたことなかったけど……)

 

スキマ時間を埋めるようにバイトを入れており、プライベートな時間はそれこそ短時間の配信の時間のみの生活。

バイトを掛け持ちすることで、1つのバイトに対する労働時間は少なく見えるが、その総時間は過労死ラインに迫っていた。

 

ことねはスマホを取り出し、配信アプリを開いた。視聴者からのコメントが目に入る。

 

「無理しないでね」

「ことねちゃんのペースでいいんだよ」

「休むのも大事だよ!」

 

その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。

 

(みんな、あたしのことを心配してくれてるんだ……)

 

ことねはスマホを胸に抱え、夜空を見上げた。

 

「少しだけ、休んでみようかな……」

 

そう呟いた声は、夜風に溶けていった。

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