私には少々心配な子がいる。
「~♪」
談話室でぬいぐるみを片手に1人遊びをしている生徒。周りの生徒とは話そうとせず、自分の世界に入り込んでいるように見える。あまり大人が干渉するべきではないが、子供の内に孤立していると後々仲間の輪に入るのが難しくなってくる。出来るなら今のうちに何とかしてあげたい。
特に彼女…白洲アズサにはトリニティへの融和の証として留学をして貰うように頼むつもりであったので、今後のために最低限のコミュニケーション能力を培って貰いたいのが本音なのだが…どうしたものか。
「こう言う時は…あの子が適任ですかね」
頭の中に思い描くのはお花が似合う一人の生徒。彼女くらいマイペースな子の方が心を開いてくれるかもしれない。そう思った私は、彼女が土いじりをしているであろう中庭の花壇へと足を運んだ。
「あ、その子知ってる」
「おや。ご存じでしたか」
「うん。ちっちゃいけど私より年上の子」
あれ、アズサってアツコより年上だったっけ?転生して暫く経つからうろ覚えなところが出てきてるな…。空いた時間に重要な事項はノートに纏めておいた方が良いかもしれない。
「その子…アズサというのですが。孤立しているようなのでどうか気に掛けてあげてほしいと思いましてね?」
「んー?孤立…してるかなぁ?」
「はい?」
「多分一人で黙々と遊んでるからそう見えてるだけだと思う。結構、寮の勉強会で分からないことがあった時とか隣の子に聞いてるよ?」
なんと、そうだったのか。てっきり馴染めていないものかと…やはり大人の目線と子供の目線では感じ取れる事柄に差があると改めて感じるなぁ。というか、結構アツコも周りのことをよく見ているんだなぁと改めて感心した。
「アツコは賢い子ですねぇ…」
「えへへ。でも、もしアズサが手伝ってくれるなら一緒にお花育てたいな」
「あら、良いですね。是非誘ってあげてください」
そう言うと、アツコは土で汚れた手をよく洗って談話室のある方向へと駆けていった。やはり、アリウススクワッドで一番行動力に溢れているのは彼女なのかもしれない…。私からすれば頼もしい限りだが、手綱を握るサオリからすれば苦労しそうだ。頑張れお姉ちゃん。
なお、この日を境に花壇で一緒に水やりをするアツコとアズサの姿が見られるようになった。大変微笑ましいものを見ることができてホクホクな私なのだった。
「おや、怪我人と聞いてみればミサキでしたか」
「マダム」
「手を怪我したのですか?」
すれ違った生徒に怪我人が保健室に入っていったと聞いたので足早に駆け付けてみると、そこにいたのは戒野ミサキだった。処置自体は既に終わっているようで、手には絆創膏が貼られている。
ぶっちゃけミサキが怪我と聞くと背筋に冷たいものが走る。原作の方では自傷癖を拗らせていた子だから仕方ない。まぁ、本人のどこ吹く風な表情的に恐らく今回は自傷ではなくうっかりやってしまったのだろうが。
「…………ん」
「言いにくいことですか?」
「いや、その…手芸をしてて…」
手芸…そう言えば家庭科室にミシンやら手芸セットやら自由に使える布や綿を搬入したばかりでしたっけ。早速使ってくれてるということが分かり思わず頬が緩む。
「それで指に針を刺してしまったと」
「うん。サオリ姉さんは器用に素早く出来てたんだけど、私は中々早く縫えなくて…焦ってたら刺しちゃった」
「あー…それは痛かったですねぇ…」
私もそこまで裁縫は得意な方ではない。どちらかと言うと編み物の方が自信がある。しかし彼女達は一体何を作っていたのだろうか?材料自体は豊富なのでやろうと思えば何でも作れるが…
「何を作っていたのですか?」
「……これ」
そう言って見せてくれたのは手のひらサイズの熊の縫いぐるみだった。それも、結構クオリティが高い。
「これは…凄いですねぇ」
「うん。サオリ姉さんが作ってくれた」
「流石ですねぇ…」
そう言えば、原作でも木彫りの熊を作ってあげたことがあるって言っていたっけ。流石はサオリ、皆のお姉ちゃんしてるなぁ。尊い…。
「私は猫を作ってたんだけど、まだ途中」
「そうですか。焦らずともゆっくりじっくり作れば必ず完成します。早く出来ることより綺麗なものを作ることを意識しましょうね」
「分かった」
そう言うと、ミサキは椅子から立ち上がり教室から出ようとして、ふと立ち止まった。そして、此方に振り向くととんでもない爆弾発言をするのだった。
「そう言えば、ヒヨリが調理室で料理の練習するって言ってたけど」
「え゛」
「まんまるになってないといいな…」
・ ・ ・
「ヒヨリィィィィィ!!」
「あ、マダム」
「火の扱いをする時は私に声掛けをしなさいと言ったでしょう!」
「………あ、そうでした。えへへ…すみません」
どうやら間一髪間に合ったようである。まったくこの子は油断も隙もない…。思えば出会った頃からそうだったような気がする。とにかく、調理実習は大人の目が届く時だけ。または相応の年齢になってからだ。
「はぁ…それじゃあ、始めますよ。何を作りますか?」
「…えっ、良いんですか?」
「良いんですよ。今は私がいますからね」
そう言うと、ヒヨリの表情がパッと明るくなる。依怙贔屓ではないが、自主的に勉強したいというのだからたまにはこうして付き合ってあげるのも良いだろう。…早いところ実習関係のカリキュラムも組んであげないとなぁ…。そう思いながら、ロッカーから自分用のエプロンを取り出し着用する。
「そ、それじゃあ、このハンバーグっていうのを作りたいです」
「分かりました。では挽き肉を使いますから、そちらの冷蔵庫から持ってきてください」
「はいっ!」
ハンバーグかぁ。確かに作り方は比較的初心者向きかもしれない。挽き肉に玉ねぎ、パン粉に牛乳…ナツメグ…ナツメグ?
「ヒヨリ、教科書にはナツメグは一つまみ(1g未満)と書いてありますが…これ、絶対に守ってくださいね」
「ふぇ?何でですか?」
「死人が出るからです」
「ええーっ!?」
何気なく使っている食材でも意外と落とし穴はあったりする。最新式の教科書なので載ってるかなぁと思いペラペラと捲ってみると、やっぱりちゃんと記述があった。
「ナツメグは香り付けに使う香辛料ですが、致死量は10gですからね。調理実習では生で食べたり、量を間違えたり、食べ合わせが悪かったりすると命の危険がある食材も扱いますから。その辺りは十分気を付けましょう」
「は、はいぃ…」
その後も教科書の分量をしっかり守って材料を混ぜ合わせるヒヨリ。おっかなびっくりな手付きだが、表情は楽しそうなので一安心だ。肉ダネが出来たら空気抜きをして整形、ついでにフライパンに油を注ぎ熱する。
「そ、それじゃあ、い、入れます!」
「どうぞ!」
「え、ええーい!」
フライパンの上でジュワ~という音を立てる肉ダネに思わず目を輝かせるヒヨリ。強火で表面をカリッと焼き上げたらひっくり返して両面に火を通す。そして、全体に火が通るまで馴染ませたら完成だ。
「それじゃあ、食べてみましょうか」
「はい!…し、死んじゃったりは…」
「私がちゃんと見ていましたし、ヒヨリはしっかり出来ていましたよ」
「そ、そうですかね…えへへ、嬉しいですね…」
お皿によそったハンバーグを前に、私とヒヨリは手を合わせる。いただきますと言って箸でハンバーグを切り分けると肉汁が中から溢れだしてきた。最初に強火で表面を焼いたお陰でしっかりと肉汁が閉じ込められていた証拠である。
「美味しいです!」
「えぇ、良く出来ましたね。花丸です」
「えへへ…」
今日はアリウス生徒達の自主的な学習を多く目にする1日だった。こうして自分の得手不得手を知り、多くの技術や知識を取り込んでいってくれればと思う。このアリウス分校は原作のそれと違い人殺しの術を学ぶだけの場所ではないのだから。
そんなことを考えながら、少しだけ表面の焦げたハンバーグを一口食べつつ笑みを浮かべる私なのだった。