アリウス自治区の環境が整い始めていくつか季節が巡った。初等部ほどの年齢だった彼女達は中等部へと進級し、式辞で私への感謝の言葉をサプライズで述べられた時には流石にホロッときてしまった。
中等部に上がったということで、取り敢えず彼女達にも自治を学ばせる頃合いかと考えた私はアリウス生徒会の立ち上げを行った。勿論、役員選挙も公正な形で行ったのだが…意外なことに満場一致でサオリが生徒会長に選出されたのである。
実のところ、サオリはアリウススクワッドの面々に限らず面倒見が良く、リーダーシップを発揮することが多かった。だからこそ示し合わさずとも彼女が選出されたのだろう。勝ち取った信頼の賜物である。当時は寝耳に水といった様子でまごついていたサオリだが、今では生徒会長として立派に自治区運営に取り組んでいる。
「何か分からないことはありますか?」
「今のところは大丈夫だ、マダム。それよりも、そろそろ廃墟の町の方に手を掛け始めた方が良いかもしれない」
「…そうですね。とはいえ、あの場所は"アレ"が出た時に大きく被害が出る地区ですから、再開発には風紀委員会と合同で動く必要がありますよ」
「そうだな…」
サオリが難しい顔をして机の上の書類を見比べる。そこには、アリウス自治区で発生した過去数年分の銃撃戦による被害が纏められていた。勿論、この被害を出したのは生徒達ではない。
「マダム、やはり根絶は難しいのか。
「そうですね。出現理由は分かっていますが、その条件がいかんせん不安定な存在ですから…はっきりとした根絶は難しいかもしれません。再開発で土地ごと一新すればなんとか、といった感じでしょうか…」
ミメシス。マエストロが曰く「根源の感情のレプリカ」と呼ばれる存在であり原作においては『シロ&クロ』などが該当する。スランピアに出現する彼女達は廃棄された人形達に、人々の「幸せ」や「歓喜」といった感情の残滓が宿った結果生まれた比較的温厚な存在だが、アリウス自治区の"ソレ"は違う。
「かつての紛争の記憶の再現、か…」
「えぇ…百年単位で続いた紛争の記憶は当然ながら強い怨念となって自治区に埋まり続けています。それを再開発で掘り起こすとなると、確実に出現するかと」
マエストロが聞いたらインスピレーションが湧いたとか宣いそうなものだが、この地で生活する上ではかなり面倒な相手である。供養すれば消えてくれるならいくらでもするのだが、どうやらそういう相手でもないし。
「今の風紀委員会の委員長はミサキでしたね。知らない仲でもないんですから、その辺りの話を詰めておくことを勧めますよ」
「分かってる。ありがとうマダム」
とにもかくにも、サオリが再開発を決めた以上は私も重い腰を上げる必要があるだろう。教育者として生徒だけを最前線に送るわけにはいかない。そう思いながら、私は弾薬や銃器の発注を急ぐのだった。
・ ・ ・
「風紀委員、前衛班一時退避!後衛のグレネードランチャー持ちは制圧射撃を続けて!」
「生徒会は負傷者を連れて仮設の救護所に連れていけ!」
ミメシス制圧戦は苛烈を極めた。劣化複製とはいえ、相手はあの地獄の紛争期を戦い抜いた連中である、とにかく攻撃に容赦というものが見当たらない。それに食らいついていける風紀委員会も流石の練度と言えるだろう。
「伏せて!」
ミサキがロケットランチャー…『セイントプレデター』を敵陣に向けて放つ。発射されたミサイルからは多数の子弾がばらまかれ、敵陣地を火の海に変えた。しかし、それでもまだ根絶には至らない。ガスマスクを着けたミメシスの集団が火の粉をかき分けこちらに迫ってくる。
「ミサキ達は再装填を、それまでは前衛と私で時間を稼ぐ!」
「了解!」
生徒会と風紀委員会、それぞれ役割を分担して仕事が出来ているなぁと思いつつ私も準備をする。といっても、杭打ち用のハンマーを倉庫から持ち出してきただけなのだが。持ち手が私ならばこれも立派な武器である。
「加勢しますね」
「マダム…マダム!?」
「こう見えて、私結構強いのですよ?」
数発の被弾は覚悟でミメシスに近付き、思い切りハンマーを振り下ろす。するとガコンという小気味良い音と共にミメシスは崩れ落ち、その場で粒子になって消滅した。その後もプチプチと周りのミメシスを潰して回る。変身すればもっと早く殲滅出来るのだが、流石に生徒達の前であの姿になるのは…と思ったために断念。仕方なく何時ものツナギスタイルで来たのだ。
「ま、マダム。ミサキが再装填が終わったと…」
「了解しました」
ある程度活きの良さそうなミメシスを倒し終えると、装填完了の報告が届いたため一時後ろに下がった。すると、先程と同じようにグレネードとミサイルの雨霰により敵陣地が炎上する。
「これなら私は必要なかったかもしれませんね」
「…いや、マダムがいるだけでこう…士気は間違いなく上がった気がする」
「そうですか?」
これから一時間も経たずにミメシスは沈黙し、殲滅が確認された。私も生徒に良いところを見せつつ良い運動になって一石二鳥。ただし、サオリとミサキがどこか遠い目をしていたのが印象的だった。
「ほへぇ~…そんなことがあったんですねぇ…」
「あの時のヒヨリは救護班だったからな…」
「凄い勢いでハンマーを振り回すマダム…見てみたかった…」
「姫、アレは何というか…衝撃だったよ」
日曜日。寮の大部屋にて集まっていたアリウススクワッドの面々はそれぞれ近況報告をしていた。それぞれ別の部活に入ってはいるものの、その繋がりは以前と変わらずである。
「ヒヨリが保健委員会に入ったのは意外だったな」
「うん。てっきり給食部か購買部に入るものかと…」
「期待を裏切られた」
「えぇ!?私を何だと思ってるんですか!?」
大体日頃の行いである。
「しかしなんで保健委員に?」
「それはですね…初等部の頃に凄い熱が出て、死んじゃうんじゃないかって時があったじゃないですか」
「あぁ…隔離病室に移されたあの時か」
「インフルエンザって病気だったみたいですけど…あの時、マダムがずっと私の手を握っててくれて…えへへ、何だか辛いのとか苦しいのがどっかに行っちゃったんですよね。それで、私も誰かが心細い時に手を握ってあげたいなぁって思って」
ニコニコとしながら思い出話をするヒヨリに、思わず全員が顔を見合わせる。昔から一番マダムに懐いていたヒヨリが単にマダムに触発されただけでなく、他の誰かを気に掛けて自分の進路を選んだことに少なからず驚いたためだ。
「ヒヨリも成長してるんだねぇ…」
「よしよし、今日は沢山食べても良いぞ」
「うん、立派立派」
「な、何か皆が優しいですぅ…でもご飯はいただきますぅ!」
そんな話をしていると、部屋にノックの音が鳴り響いた。サオリが返事をすると、一人の生徒が部屋の中へと入ってくる。それは白い髪と翼が印象的な生徒だった。
「アツコ。そろそろ美化委員の仕事だ」
「あ、もうそんな時間。ありがとうアズサ」
「うん」
アズサと呼ばれた生徒の手を取ると「それじゃあまた後でね」と言って部屋を出ていくアツコ。サオリは感慨深そうにそれを見て呟いた。
「そうか…姫…お前にも…友人ができた…」
「何しみじみとしてんのさ、姉さん」
「美化委員は日曜日でも仕事なんですね…大変ですね…」
「花の水やりとかがあるしね。私達は緊急時だけ招集されるけど、美化委員は常日頃の仕事が主だから」
昔と変わらない関係に、ほんの少しだけ色のついた生活。昔では考えられない充実した今に、思わず目を細めて幸せを噛み締めるサオリなのだった。