「うわぁぁん!ベアちゃん校長!ナギちゃんとセイアちゃんの頭でっかちが全然話聞いてくれないよぉ!」
「……よしよし。ミカは十分頑張ってますよ」
「ママーッ!!」
「ママではありませんよ」
はて…何故こんなことになったのだろうか。
何度思い返して見ても明確な答えが見当たらない。
ことの発端は数日前に遡る。1月になり進級も間近に迫るアリウス自治区に聖園ミカがやって来たことから始まった。当時は彼女もそれなりに真面目というか、此方の反応を伺いながらトリニティとアリウスの融和について話を詰めていたはずなのだが…。
「うわぁぁん!ママーッ!」
「ママではありませんよ」
今では立派なお子さまである。どうして…?
私はただ、ミカの理想を否定せずにその上で現実的な問題と擦り合わせを行って、具体案を出しつつ少しずつトリニティとアリウスの間の溝を埋めていこうと提案しただけなのに…。一応、原作からミカがアリウスと仲良くしたいと考えていたことは知っていたから事前に具体案を考える時間はあったし。
「マダム」
「何ですか、サオリ」
「もしかしてマダムは人誑しなのでは?」
「!?」
サオリの言葉に思わず愕然とする。うーん…大人というか、教育者として当然のことをしているだけなんだけどなぁ…。そりゃトリニティの事実上トップからアリウスとの融和を図りたいと言われたら現実的な案を考えるでしょ。それに彼女は大真面目に融和を考えているのだから、それに応えてあげるのが大人の責務ではなかろうか。
「そうですねぇ…取り敢えず以前伝えた案についてはどうなりましたか?」
「…交換留学のこと?」
「そうですね」
交換留学。それはトリニティとアリウスの間で1年間生徒を留学させあうことで互いの学園の橋渡し役にして学園間の距離を縮めるという案である。しかし、その話を出すとミカは表情を暗くして首を横に振った。
「駄目だった。こっちからアリウスに行きたいって子は1人もいなかったよ」
「まぁ、当然と言えば当然ですねぇ」
「アリウスからは?」
「1人居ましたね。白洲アズサという子なんですけど」
此方は原作通りにアズサを出す予定だった。というか、意外なことに彼女自らが立候補してくれた。本人がどういう理由で留学を決めたのかは分からないが、これは嬉しい誤算だった。
「うぅ…アリウスは歩み寄ってくれてるのに…。何だか情けない…」
「まぁ、いきなり知らない学校に留学というのはハードルが高いですからね。そこはあまり気にしていません」
もしも未開の部族の村に1年ほど滞在して貰うなんて言われたら普通に断るだろう、私でも断る。アリウスの実態が知られていない以上は同じようなものである。だからこそ交換留学は建前で、実際はアズサを送り出すことが目的の1つであった。
この世界で補習授業部が作られるかは分からないが、原作を沿うような形になるのであればアズサの存在は必要不可欠である。まぁ、アズサの成績はそこまで悪くないのでそもそも入らない可能性はあるが、ナギサがどういう基準で補習授業部に生徒を入れるかは彼女の匙加減だからなぁ…。まぁ、なるようになるだろう。
「まぁ、そういうことです。思い通りにいかずにやきもきすることはあると思いますが、そこはティーパーティーの1人としてどっしりと構えておけば良いと思いますよ」
「…うん、分かった」
そう言うと私はまだ温かい紅茶で喉を潤した。そして、今後の話を少しずつ煮詰めていくのだった。
私、聖園ミカには最近密かな楽しみがある。
それは百年以上前にトリニティと袂を分けたアリウスの自治区に来ること。キヴォトスの地図には載っていないこの場所はカタコンベの迷宮のような通路を通ることで辿り着ける。
最初にここに辿り着くことが出来たのは単なる偶然だった。何せ道順自体が来る度に変わってしまうのだ、本当なら何度も訪れることの出来る場所ではない。ただ、この自治区の管理者に事前連絡を入れておくと自治区まで一本道にしておいてくれる。
この自治区の管理者…最高責任者はベアトリーチェという人物で、生徒ではなく大人だ。本人は自分のことを"校長"だと称していたけど、アリウスの生徒達への接し方は先生というよりも母親のように見えた。
私がアリウス自治区にやって来た理由はただ1つ。遥か昔にトリニティが追放してしまったアリウスとまた仲良くしたいと思ったから。セイアちゃんにはバッサリと否定されてしまったこの話をどうかアリウスの人達に聞いてほしかった。
結果としては…
「私は良いと思いますよ」
「そうだな…特にトリニティに恨みがあるわけでもなし。此方としては拒否する理由はないな」
…全然乗り気だった。それどころか融和のための具体案を考えてくれる始末である。最初は裏があるのではないかと考えていた私だったが、彼女達と会話を重ねていくうちにその考えも薄れていった。
「トリニティの内情の全てが分かっているわけではありませんが、少なくともミカの考えが全員の総意ではないのでしょう?であれば、いきなり手を結ぶよりも少しずつアリウスの存在を浸透させていく必要がありますね…」
「う、うん…」
「いくつか案があります。今すぐにとは言いませんが、持ち帰って検討していただければと…」
不可能だと切って捨てるわけでもなく、ただ適当に話を合わせるわけでもなく。私の理想を尊重しながらも現実との擦り合わせをして、具体的な案を出していく真摯な姿勢に嘘偽りがあるようには見えなかったから。
「あ、マダムだ!」
「マダムー!」
「こらこら、お客さんの前ではしたない…」
何より、彼女がアリウスの生徒達に心から慕われていることが分かるから。だからこそ、アリウスとトリニティの融和を考える私にとって彼女は希望の光に見えた。
「あはは☆」
「?、どうかしましたか」
「ううん?ベアちゃん校長は皆から慕われてるな~って思って!」
「ベアちゃ…キツくないですか?その…私の年齢的に…」
「そう?」
そんな邂逅以来、私が来ると話し相手になって、悩みにも乗ってくれるそんなベアトリーチェさんが私は大好きなのだ。まぁ、あまりベタベタし過ぎると隣のサオリから鋭い視線が飛んでくるけども。
あ、あと特筆する点が1つ。
「ママーッ!!」
「ママではありませんってば…もう…」
そう言いながらも膝枕をして頭を優しく撫でてくれる。うっすらと薔薇の香りがしてとても癒される。何が言いたいかと聞かれればたった一言に集約されるだろう。
ママ味が凄い。
進級式が終わり、サオリ達は高等部2年に、アツコは高等部1年に進級した。つまり、原作開始寸前のサインである。とはいえ、既に原作と逸脱している点がいくつかあるため記憶の通りにいくかどうかは未知数なのだが。あ、ちなみにアズサはトリニティに留学した。最近はあまり顔を出していないミカがしっかり面倒を見てくれているようだ。頼もしいものである。
「色々ありましたが…これからが大変ですね…」
ここに至るまでに多くのことがあった。
しかし、むしろ本番はここから。ここからはアリウスの自治に手を掛けるだけでなく明確な世界の危機に立ち向かう必要が出てくる。特にどうにかして最終編を起こさなくては、プレナパテスが此方に合流できず原作が致命的に崩壊する。今後、先生の端末にプラナが居ないと詰む場面も出てくるかもしれないし。色彩の観測は…恐ろしいがやらねばならないだろう。
「どうなることやら…」
椅子に深く身体を預けると、私は深く溜め息をついて思考の海に沈むのだった。