「夢を見たよ、お姉ちゃん」
澄んだ、綺麗な声だった。
圧縮、裁断──物々しい工作機械のひっきりなしに稼働して、騒音が耳を聾するはずのスクラップヤードに於いてさえ、それは不思議とよく通る。濁世の穢れを拒絶する特殊な波長を帯びているとしか思えない、神韻ただよう声だった。
「またいつもの、『マーキュリーさん』が頑張る夢かい」
そしてそれは、応える側もまた同じ。
寸分違わず、同じ属性を帯びていた。
「うん、そうそう。
「アスティカシア高等専門学園、だったっけ、確か。若手の指導に小惑星を一個まるごと使うだなんて、いやはや豪気な話だね」
視覚に頼らず、ただ壁越しに遣り取りを聞いただけならば、十に八九は一人二役と思うであろう。
その錯覚も無理はない。
彼女たちは双子であった。
それも一卵性の双生児。
「でも、初日からアクシデント続きでね。想像していた滑り出しとは、ちょっと違っちゃったかな」
「へえ、アクシデント。なんだい、クラス全員催眠ガスで意識を飛ばされ攫われて、目を覚ましたら見知らぬ土地でデスゲームの開始でも告げられたとか、そんなかい?」
「それもう『ちょっと』で済んでいないよ、お姉ちゃん。思いっきりジャンル変わっちゃってるし」
「そうかなあ、『これが本当の入学試験』みたいなノリで、まだまだ十分、学園モノの範囲内に収まってると思うけど」
「いやいやいやいや、アウトだってば。そんな根こそぎ世界観が台無しになることじゃなくって、もっと平和な──へ、へいわ?」
「おや、つっかえたね。そこでどもるということは、アド・ステラもなかなかどうして、お花畑じゃあない、か」
否、声のみに限らない。
癖のある赤毛も、褐色肌も、瞳の奥の輝きも──スレッタ・サマヤとエリクト・サマヤは鏡写しにしたように、まさに瓜二つであった。
「当たり前だよね。夢とは所詮、現実の記憶の断片を綴り合わせて描かれる、不出来なモザイク画の類。平素、僕らが目にする世界がこんなザマである以上、たとえ眠りの中であろうと理想郷は有り得ないのさ」
「……やっぱりただの夢なのかなあ、何もかも」
「そうでなければなんなのさ。分岐がどうの、平行世界がどうだのと、また蒸し返すつもりかい。厭だよ僕は、妹の頭にアルミホイルを巻くなんて。毒電波はやめてくれ。君の脳には一個半個の電極も埋め込まれていやしない、妙ちくりんな受信機とはさ、金輪際無縁なはずだ。ずっと一緒の僕が保証してあげる」
「でもね、エリクト」
「お姉ちゃん」
短くぴしゃりと釘を刺す。
エリクトにとって、ここは譲れぬ一線である。
自分は姉、スレッタは妹。その長幼の関係を、事あるごとに強調したがる。
良く言えば「お姉さんぶる」気質であろう。物心ついた時分から発揮していた傾向なれど、戦火で父母を亡くして以来、いよいよその度が激しくなった。
己は姉の身なのだから、先に産道を降りたのだから。──妹を守る義務がある、悲しみ、怒り、手前勝手な感情なんかに甘ったれ、折れてる暇など無いんだぞ、と。無理矢理にでも使命感を掻き立てて、ともすればふと崩れそうになる膝を、なんとか支えているかの如く。
そのあたりの心の機微を察しているのかいないのか、
「でもね、お姉ちゃん。こんなに長く同じひとつの世界観、同じひとりの人生を夢に見続けるなんてこと、やっぱり普通じゃないと思うの」
とまれスレッタは逆らわなかった。
素直に呼び名を修正し、まるで何事もなかったように続きを紡ぐ。
「脳はしばしば嘘をつく」
返すエリクトの声色も、既に平素の
「本人すら詐術にかける、いけない器官なんだ、ここは。君の場合、目覚めた後から無意識的に補正をかけてる可能性も考えられる。本来『ない』脈絡を、あたかも『ある』と錯覚させる感じにね。いずれにせよ、常識で説明は可能だよ」
「……ううん」
スレッタは唸った。
ああやはり、どんなに智嚢を絞ろうと、簡単に上を行かれてしまう。口では一生、この片割れに勝てる予感が毫もせぬ。
「君の気持ちも分からなくはないけどね」
悄然として項垂れる妹の姿に感じるところがあったのか、若干気配を柔らかくするエリクトである。
「学校、か。懐かしい、僕らも昔は通ったな」
「うん、憶えてる。きちんと卒業したかったけど」
「いかんせん、消えちゃったからね、物理的に、故郷ごと。戦争に巻き込まれた所為で」
重い話は、さらりと軽く流すに限る。
古い映画の主役みたいに振る舞おうと試みて、だがエリクトは、どうも失敗したらしい。
唇の端から、怨嗟の火の粉が仄かに舞った。
「あれからずっと食うや食わずの難民暮らし。真っ当な市民様のやりたがらない、きつい、汚い、危険の3K労働で、辛うじて口に糊するばかり。目も当てられない悲惨さだ、僕らの生きる現実は。せめて夢の中くらい、華やかであってもいいじゃないか」
「私は、夢に逃げてる、の?」
「僕らはずっと逃げている。逃げたから今、ここに居て、こうして息を吸えているんだ。──今更なんだよ、なにもかも」
「……やっぱり違うな、マーキュリーさんと私とは」
スレッタの視線は、ますます地面に吸いつけられた。
「逃げたら一つ、進めば二つ。あんな風には、私には──」
「僕は一つで構わない」
ぎりっ、と。
火花を幻視するほどに固く奥歯を軋らせて、宣するようにエリクトは言う。
「二兎は追わない、
彼女の手の中、安っぽいペットボトルが音を立てて潰された。
「……マーキュリーさん、一人っ子なんだ」
ややあってから再び口を開くスレッタ。
「そこだけは、うん、そのことだけは、あの子よりも私の方がずっとずっと恵まれてるって、胸を張れるよ、お姉ちゃん」
「そろそろ昼の休憩時間も終わりだね」
ことさら時計に熱視線を注ぎつつ、エリクト・サマヤは呟いた。
「親方にどやされるより前に、率先して動こうか」
「うん、そうだね、お姉ちゃん」
どちらからともなしに立つ。
呼吸がぴったり合っている。仲睦まじい、姉妹の日常景色であった。
だがしかし、その「日常」も今日のこのとき限りまで。
翌朝目覚めたエリクトは、まだ薄暗い寝床の中で、信じられないモノを見る。
「どっ、どどどどどどどど、どこなんですここ!? あっ、ああ、貴女は、えっ、嘘、誰なの、どうしてどうして同じ顔!??!」
「……こっちのセリフだよ、それは」
隣に寝ていた妹が、覚醒するなり錯乱し、わけのわからぬ譫言を、ミニガンよろしく口からつるべ撃ちにしてる。
一緒になって動転するのが常の反応なのだろう。が、エリクトの特殊な感覚は、既に目の前の妹が、しかしごっそり
「誰だい君は、僕の大事な妹の身体の中になんで居る。不法占拠と詰ってもらいたいのかな。ああ、まさかと思うが万が一にも、『マーキュリー』とか言い出さないでちょうだいよ」
「……!!?!??? ──、……?!!???!??!?!」
もはや言葉を発するだけの余裕もなくしたようである。
ざあっ、と音がしそうなほどに露骨に且つ急激に、目の前の顔から血の気が失せてゆくのに
(スレッタ、スレッタ、
エリクトの密かな祈りもむなしく。
二つの宇宙、二つの歴史の歯車が、この瞬間より確実に、本来あるべき道筋からズレだした。
※入れ替わりは定期的に起こります。
※スレッタ・マーキュリーが宇宙世紀にいる間、スレッタ・サマヤがアド・ステラにすっ飛びます。
※難民姉妹はニュータイプです。少なくとも、資質はたっぷり持ってます。
※「双子ならではの息の合った連携です」とかシャリア・ブルに言わせてえ。