よお、俺は不老不死の転生者だ。
前世がどうだったとかはどうでもいい。起きたら赤子で、しかも異世界だった。それだけで十分ショッキングだろ?
泣いて、クソして、寝てるだけ。そんな普通の赤子だったはずなんだ。
でもな、どっかの産婆が「星の落とし子じゃ……!」って騒ぎ出して、村の連中がワラワラ寄ってきてな。
で、あれよあれよという間に妙な祭壇にストン。
最初はただ特別な人間として育てられるだけ。問題はそこから。
疫病が流行った。家畜も人もポコポコ死んでく。俺? ぴんぴんしてた。病が流行ろうが、飢饉がこようが、俺だけ生き残る。若さも変わらず、ケガをしても即再生。
そのうち「この者、神の血を引く」とか言われて、神座に尻をつけた。
そこからは加速度的に崇められ始めた。妙な衣装を着て、神座で足を組み、香ばしい香の煙の中で「神の声を聞かせてくだされ~」とか土下座されたら、それっぽいことを言うだけ。
んで、村の長老連中は俺に供物を捧げるようになる。獣の肉に果実、良質な布とか。それから――供え物って名目で村娘が差し出されるようになった。
「神子よ、この処女を捧げます。聖なる血を……」とか言ってな。
もう、完全にナニをどうしろって話じゃねぇか。
「神の子を宿せば、子孫は栄えるだろう」
そんな迷信を老齢たちが広めたらしい。最初の娘が連れてこられたのは、俺が十四くらいの頃だったな。実際の年齢は覚えちゃいねぇよ。そんな細かい事誰も気にしないからな。
「神様、どうか私を受け入れてください」
震える声で言った娘の顔はかなり怯えてた。まぁ、そりゃそうだ。見知らぬ神に捧げられるんだから。
「その魂、その肉体、余に委ねると申すか?」
「は、はい...村の...ために」
仕方ねえから、ありがたくいただいた。……いや、誤解すんなよ? 俺だって拒もうとしたさ。でも「神の怒りが」だの「天災が来る」だの言われて、むしろこっちが困惑だよ。
で、できた子供がまた健康で強くて美形ときたもんだ。そして村連中は「神の血を引く者……!」として御祭り騒ぎ。
うん、知ってた。
まあ、ここから問題が始まった。
その子は少し体が強いだけの普通の人間だった。やんちゃな子で、不老不死でもなんでもない。だが神の子という肩書きは強い。あっという間に村で一目置かれる存在になった。
「神の血を継ぐ者」として特別扱い。成長するにつれて村の重要な決定に口を出すようになった。そして、その子も子を成し、孫の代になる頃には、もはや村の支配者と化していた。
そんな感じで、俺の子孫は各地に広がっていった。毎年のように「神への捧げ物」として送られてくる娘たち。最初は断っていたが、中には本当に「神の子を宿したい」とか言い出す熱心な信者もいて...まぁ、結果的にあちこちに子供ができちまった。
ある日、隣国からの使者が訪れた。
「我が国の姫を神様の元へ」
なんてな。どうやら俺の噂が広まったらしい。姫は政略結婚の道具にされるくらいなら、「神の子を宿した姫」として国に戻りたかったらしい。
そうこうしているうちに、俺の子孫は各地の貴族になり、王になり、国を築いていった。もはや神話の世界だよ。「始祖神の血を引く王家」なんて言われてるらしい。
面白いのは、子孫同士で争いが始まったことだ。
「我こそが神の正統な後継者なり」
「いや、我らの王家こそが」
お前らどっちも俺の子孫だよ、バカか?と言いたくなったが、もはや俺は伝説の存在。姿を現せば大騒ぎになる。だから山奥の神殿に隠れ住み、たまに訪れる「捧げ物の娘」と話すだけの日々。
五百年経った頃だったか。俺の子孫が建てた国が、十や二十に分かれた。互いに争い、血で血を洗う戦が始まった。
「父なる神よ、我らに勝利を」
なんて祈られても困る。どの国も俺の子孫だ。バカな争いに加担する気はない。
そこで俺は神殿を捨て、旅に出た。誰にも正体を明かさず、ただの旅人として各地を回った。
面白いもんだ。あちこちの神殿や社に、俺をモデルにした彫像が置かれてる。ある国では怒り顔の戦神、別の国では慈悲深い豊穣神。まったく別物だよ。
旅の途中、ある村で聞いた話。
「神の血を引く王家は、邪悪な魔王を討ち滅ぼしたそうだ」
その「魔王」ってのが、別の国の王様。つまり俺の別の子孫ってわけ。なんとも言えない気分だったな。
時々、俺を探す「神官」とかいう連中もいた。戻ってきてくれれば国が栄えるとか言って。でも俺は関わらなかった。国の盛衰は人間が決めることだ。不死身の俺が出しゃばる話じゃない。
それでも時々、町や都市に立ち寄って人の営みを見ていると欲ってやつが湧くんだよ。飢えでも怒りでもない。性だ。
不老不死ってのはな、食わなくても生きていける。寝なくても怪我しても時間が解決する。だけど性欲だけは、年を経ても消えなかった。神のくせに、って? いや、村の連中が神に仕立て上げただけで俺は人間だ。中身もほとんど人と同じ。
だから、たまには商館の奥にある“娼婦用の間”を使わせてもらう。銅貨を積めば、そこそこ愛想のいい女が笑ってくれる。こっちは歳取ってる様に見えねぇ若造顔だしな。何も疑われねぇ。逆に「お兄さん、サービスしてあげる」なんてウィンクしてくる。
中には、こっちから口説くこともあった。宿屋の娘とか、行商の護衛に雇われたときに知り合った村娘とか。
名前を聞いて、愚痴を聞いて、酒を飲んで――夜になったら、自然と手が伸びる。抱いた女の肌の温もりに、人間である実感を噛みしめる。
惚れさせる気はねぇが、女はなぜか惹かれてくる。多分、不老不死からくる“異質な余裕さ”が原因なんだろう。
そして、子ができる。
こうして俺の血は、王家だけでなく、民間にも広がっていった。
ああ、もちろん振られるときも何度かあったがな。
千年経った頃、俺の最初の子孫が建てた国々は歴史の彼方へ消えていた。新たな国が生まれ、新たな王が即位する。
面白いのは、どの国も「我々は神の末裔である」と主張すること。まぁ、間違っちゃいないんだけどな。
時々、神話や伝説を聞くのが好きでな。酒場で「不老不死の神様の話」なんて始まると、つい耳を傾けてしまう。
「神は今も山の頂に住み、世界を見守っているという」
「いや、神は星に帰ったのだ」
「神は我々の中に生きている」
最後のは、ある意味当たってるな。
時代は移り変わり、文明は進化した。石器から青銅器、そして鉄器へ。船が発達し、大陸間の交易が始まった。
そして、別大陸には森人、獣人、魔人、岩人と称される人種がいることが何十年か前に判明した。だが本格的な接触が始まったのは、大航海が可能になってからだ。
最初は交易。次に布教。そして戦争。いつだって人間は、相手を“知る”前に“征する”方を選ぶ。
森人は長命の民で、獣人は卓越した五感と腕力をもつ民族で、魔人は個体数は少ないものの圧倒的な力を誇る人種で、岩人は地下を生きる民族だった。
俺はただ見ていた。時に農民として畑を耕し、時に商人として旅をし、時に兵士として剣を振るう。でも決して長居はしない。若さが変わらないことに気づかれる前に、姿を消す。
そんな生活を何千年と続けていると、ある種の悟りみたいなものが来るんだ。国も、権力も、財も、すべて儚い。残るのは人との繋がりだけ。
だから俺は出会う人々を大切にした。たとえ別れが約束されていても。
その晩。俺はとある辺境の町の小汚い酒場にいた。壁に染み付いた煙草と酒の匂い。粗雑な木の椅子とテーブル。だけどこういう場所が落ち着くんだよな。贅を尽くした宮殿の晩餐より、よっぽど人間味がある。
「よう兄ちゃん、一杯どうだ」
声をかけてきたのは筋骨隆々のひと目で“歴戦”ってのがわかるおっさんだった。顔や腕に刻まれた傷、目尻に浮かぶ皺、でも目は死んでない。
「ありがとな。じゃあ、こいつで乾杯だ」
俺たちは木のジョッキを打ち鳴らして、ぬるめのエールを流し込んだ。喉ごしは微妙だったが、そういうのも旅の一興だ。
「旅の人か?」
「まあな。今は東の国境沿いを旅してる。あんたは?」
「俺か? 俺はな……昔は傭兵団で腕振るってたんだが、今じゃこんなもんよ。膝が鳴くし、腰が重ぇ」
そう言ってガラガラと笑う。この“生きた年季”ってやつは、どうにも不老不死の俺には羨ましく映る。そういう老いの重みは持てないからな。
「名前は?」
「ブラムだ。お前は?」
「……リューシュってことにしとくよ」
適当に思いついた偽名だがこいつは疑う様子もなく頷いた。旅人の名前なんて一々真実を求めるもんじゃないってことをちゃんと知ってる。
「お前、変わった目をしてるな。戦を知ってる目だ」
「昔、ちょっとな。傭兵の真似事とか」
「ほぉ。じゃあ分かるだろ。あの“殺るか殺られるか”の一瞬の静けさ。あの感覚は、どうにも忘れられねぇ」
おっさんの声が低くなった。遠い戦場を思い出してるんだろう。
「死にたくなかった。だけど、死にたがってたのかもしれねぇな。わかるか?」
「……ああ、わかるよ」
俺には死ねない体ってハンデがある分、死にたがる奴の気持ちは痛いほど理解できる。死んで終わるならどれだけ楽かって思った夜は数え切れないほどある。
「けどよ、こうやって酒飲めるってのは……なんだかんだ、生きてきて良かったってことなんだろうな」
おっさんがそう言って、ふと窓の外に目をやった。夜空には星が瞬いてる。
「星ってのは、誰かを見てるもんだと思ってた。……でも最近は、見られてるんじゃなくて、俺たちが見上げてるだけだって気がしてきた」
酒が染みた男の言葉は、時々詩人よりも詩人になる。
「俺の知ってる奴に似たこと言ったヤツがいたよ。神なんて上から見てるフリして、実は下の俺たちが勝手に意味を与えてるだけ”ってな」
「へぇ、そいつ賢そうだな」
「いや、ただのアホだったよ。何百年も生きてる癖に、未だに女に振られてしょんぼりしてるような奴でさ」
俺がそう言うとおっさんは大きく笑った。ジョッキが揺れて、酒が少しこぼれた。
「ははっ、いい話じゃねぇか。女に振られる神様なんて、聞いたことねぇな」
そのあとも、俺たちはどうでもいい話を交わした。昔の武勲、行きつけの娼館、たまに拾った犬の話まで。
気がつきゃ、夜は更けてた。酒も回ってきたところで、おっさんはふと真顔になって言った。
「なあ、リューシュ。……お前、歳いくつだ?」
「……さぁな。気づいたら、千歳は超えてたかもしれん」
冗談のように笑ってみせれば、おっさんも「バカなやつだ」と笑う。
何千年、何万年と生きていると、もはや時間の感覚がなくなる。国が滅び、新たな国が生まれ、また滅びる。人々が信じる神が変わり、言葉が変わり、貨幣の形も価値も変わる。だが、朝焼けの美しさだけは変わらない。
時折、自分がこの世界のどこに立っているのかすら分からなくなる。
海を渡っても、山を越えても、結局同じ風景が広がっている気がするのだ。
街角で母親に叱られる子供、馬を引いて歩く老人、井戸端で噂話に花を咲かせる女たち――そういう日常の繰り返しが、この世界の大部分を構成している。英雄譚や大戦の記録なんかより、よほど重い。
俺はそれをずっと眺めてきた。
ときに関わり、ときに遠巻きに。
人の命が一瞬だとしたら、俺の存在は“風景”だ。変わらぬまま誰にも気づかれず、ただそこにあるだけのもの。
……酒場の灯が遠くなる。
街の喧騒も、朝を示す鐘の音も、次第に薄れていく。
俺はまた、歩き出す。
次はどこへ行こうか、何を見ようか。そんなことはどうでもいい。ただ、足が止まらないだけだ。
人が死んでも、時代が変わっても、俺だけは進み続ける。
名前も顔も、いずれすべて失って、それでも残るものがあるとすれば――
それは、何でもない夜に誰かと飲んだくだらない酒の記憶かもしれない。
それとも、名前すら聞かなかった女の肌の温もりかもしれない。
それか、傭兵時代に焚き火を囲んで聞いた、誰かの故郷のどうでもいい話かもしれない。
俺はそういうのを大事にしていこうと思う。
きっと、それぐらいしか持っていけるものなんてない。
そしていつかどこかの町で誰かと出会ったのなら、酒でも飲みながらくだらない戯言でも交わそうじゃないか。
なんて。