死に別れた彼女の妹が、毎朝俺の家まで来て「一緒に登校しよう」と言ってくるのだが   作:古野ジョン

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第10話 階段

 結局、あの卵焼き以外の具材に手をつけることは出来なかった。陽菜は「あとで私が食べますから」なんて言っていたけど、弁当箱のサイズを見ればコイツがそんな大食いでないことは明らかだった。

 

 昼食を終えた後、俺たちは屋上を後にした。重い扉を閉めて、陽菜がガチャリと鍵をかける。再び、暗くて埃っぽい階段に逆戻りだ。ひとつ、陽菜に言わなくてはならないな。

 

「悪いけど、明日から弁当は作らなくていい。昼休みに俺の教室まで来なくても大丈夫だ」

「えーっ、そんなー! またお菓子ばっかり食べるんじゃないですかー!?」

「いいだろ、別に。俺のことだ」

「むー……」

 

 不満げな声を出す陽菜。しかし仕方のないことだ。明日から急に俺が弁当を完食できるようになるわけじゃない。食材も無駄になるし、食べられることのない弁当を作らせるのも心苦しいというもの。

 

「それにな、毎日毎日屋上に行くわけにもいかないだろ」

「……お姉ちゃんとは行ってたのに」

「そっ……それは違う話だ」

 

 俺はぱっと陽菜から目をそらした。毎日のように屋上に行っていれば、いずれ教師に見つかってしまうし……というのが建前で、本心は別。屋上に行くと、紫苑との思い出に浸ってしまうのだ。

 

 それは悪いことではない。紫苑と会えるような気がするから、むしろずっといたいくらいだ。……そう、ずっといてしまう。だから屋上に行くわけにはいかない。なんだか、ずっと屋上に引き留められてしまいそうな気がするのだ。

 

「もー……」

 

 しかしあれだな、目の前で頬を膨らませておかんむりの少女を納得させる必要はあるな。どうしてこんなに俺……いや、俺への「恩」にこだわるのかは分からないが、昼休みの度に教室に来られるわけにもいかんだろう。

 

「分かったよ、明日からもうちょっとマシな飯を食うようにするからさ」

「ほ……本当ですか?」

「まあ、弁当まるごと一個は無理だろうけど。食べられるようになったら、またご馳走になるかもしれないな」

「雄吾さんってずるいですよね」

「何が?」

「別に、お姉ちゃんの気持ちがちょっと分かったなって」

 

 よく分からない発言を残して、陽菜は暗闇の中を歩き出した。足元の見えない中、階段を一段一段降りていく。それに従って、俺もゆっくりと歩き出した。

 

 踊り場をひとつ通り過ぎて、少しずつ空間が明るくなっていく。本来の最上階である四階の近くまで来ると、下に見える廊下を生徒たちがぽつぽつと歩いているのが見えた。俺たちはその間を縫って、駆け下りるようにして四階に到達する。

 

「ふう、緊張しました~!」

「お前、鍵は?」

「あっ、戻してきます! じゃあ……えっと……」

「?」

 

 一瞬、陽菜が何かを言いよどんだような気がした。しかし顔をぶんぶんと横に振り、気を取り直したように再び口を開く。

 

「雄吾さん、また!」

「ああ、またな」

 

 せわしない動きで、陽菜は廊下の向こうに走り出していった。パタパタと可愛らしい足音が、人通りの少ない廊下に反響している。

 

 俺はそのまま階段を下りて、三階にある自分の教室を目指した。陽菜はどこまで俺と関わるつもりなんだろう。アイツはまだピカピカの一年生。こんな枯れた三年生とでなく、同級生と愉快な時間を過ごした方がいいに決まっている。

 

「あら、松井くん」

 

 ちょうど自分の階に着いたところで、会いたくもない奴に出くわした。友人たちとの昼食会を終えたところのようだ。ここは無視をしてやり過ごす。

 

「……」

「返事くらいしたらどうなの?」

「別に、お前と話す義理はねえ」

「紫苑と会ってきたんでしょう?」

「はあっ!?」

 

 予想だにしない言葉に、思わず振り向いた。枡田は全てを見透かしているようで、淡々と話を続ける。

 

「だってあなた、上から降りてきたじゃないの。二年生に用なんてないでしょうし、屋上に行っていたんでしょう?」

「……そうだよ」

「何度注意してもあなたと紫苑はやめなかったわよね。まったく、陽菜ちゃんまで……」

 

 枡田はまた陽菜の名前を出していた。コイツは俺と紫苑が屋上で会っていたことを知っていた。当時の枡田は学級委員だったから、よく注意されたのを覚えている。

 

「何でもいいけど、アイツの妹を悪く言うのはやめろ」

「屋上に侵入しているのは事実じゃないの。あなたが先輩として止めるのが先なんじゃないかしら?」

「へっ、知らねえよ」

 

 学校の生徒が学校の屋上に忍び込んで何が悪いんだよ、なんて言っても分かってもらえないだろうな。俺は再び前を向き、教室の方に進みだそうとする。

 

「……ひとつ、聞きたいの」

「はあ? なんだよ」

 

 しかしまた呼び止められたので、足を止めた。じっと前を向いたまま立ち尽くす。ったく面倒な奴だな。今度はいったい――

 

「紫苑は――いたの?」

 

 さっきまでと、明らかに枡田の声色が違っていた。数年来の親友との再会を待ち望んでいるような、そんな口調で。けど……デートの詳細を聞くなんて、優等生様らしくない無粋さだな。

 

「さあ、適当な奴だからな。来なかったかもな」

「ちょっ、ちょっと!」

「紫苑を忘れろって言ったのはお前だろ? じゃあな」

 

 枡田から逃げるようにして、小走りで教室へと向かった。これでいい。俺たちの思い出は、俺たちだけが共有していればそれでいいんだ。

 

 紫苑との記憶。俺にとって、それは何円出しても足りないくらい価値のある財産だ。他人がそれに踏み入れることは許せないし、許すつもりもない。……って、あれ。

 

「ん」

 

 その時、ズボンのポケットから何かメモ用紙のようなものが落ちたことに気がついた。走ったせいかな、でも何も入れてなかったよな……。俺は不審に思いながら、そのメモ用紙を拾った。

 

「放課後、昇降口で待ってます! 陽菜」

 

 丸っこい文字で書かれたメッセージがおかしくてたまらなかった。昼休みに三年の教室に突撃する度胸はあるのに「一緒に帰りませんか」の一言は言えないのかよ。姉と同じで読めない奴だな。

 

「……ふふ」

「ま、松井くん……?」

 

 一瞬だけ笑みを浮かべたところを、ちょうど追い付いてきた枡田に見られてしまった。しかし、優等生様は戸惑ったような態度をとっている。

 

「なんだ?」

「いえ……なんでも」

 

 枡田は何事もなかったかのように歩き出す。その横で……紫苑が、俺の顔をじっと見たような気がした。

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