貞操逆転世界における「30歳まで独身だったら結婚しよう」とか言っていた系幼馴染たちの我慢の限界社会人ラブコメ 作:ちくわサンド
オリジナル:現代/恋愛
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(あり余る欲求も)我慢の限界。
そんな二人が互いに互いをぶつけ合う、その一幕のお話。
ただし貞操は逆転している。
喧噪な都会の一角の、下町情緒溢れる居酒屋。
広くもない使い込まれた店内に、これ以上は入らないというほどの人が詰め寄り、酒と肴を楽しんでいる。
皆が思い思いのことを口走り、近くによらなければ一言一句聞き取れないほどの騒音が店内を包んでいるさまは、この場にいる多くの人が慣れ親しんだものだ。
20人ばかしの大所帯が宴会をしている座敷では、40半ばあたりの堂々とした佇まいの女性が、大学を出たばかりというスーツに着られたような男性に酒を注がれており、酔っぱらって男性の太ももを撫でまわそうとした女性の手が男性によって叩き落とされている。大皿の料理をこなれた様子でとりわけ、自分が楽しむよりも周囲に気を配る方が多い気の弱そうな男性がいれば、女性の自慢話にうなづくばかりの男性もいる。大ジョッキで二人の女性が飲み比べをするのを盛り上げながら、ある男性はフルーツ風味の弱いアルコールをちびちび飲んでいる。
ほかにも、女性だけで楽しむグループや、カップルと思われる二人組、年かさの人もいれば若い人もと、場はさながら混沌としていた。
そんな空間から一歩引いたカウンターの一番端の席に一組の女男が隣り合って座っている。
男のほうが明らかに盃を空けるペースが早く、きちんとしたスーツを着ているのに対して倒れこむようなぐったりした姿勢で机に伏していた。そんな男を横目に、女側はようやく二杯目も半ばといったグラスに口をつけながら、男を横目に言った。
「……健斗、あんまり強くないのにそう飛ばして飲めば、それはそうなるでしょ」
男はギリギリ回る呂律で返した。
「んなこと……わかってるよぉ……」
男はスクっと体を起こし、若干座った目を真っすぐ前に向け、手元に残っていた酒を勢いよく飲み干し、タンっと机にたたきつけた。
「おかわり!」
「すみません、お水で」
「ぃやぁ!」と異議を唱える健斗は相手にされることなく、店員が暖かい目を向けながら水を渡す。
健斗も本気で反対するわけではなかったのか、おとなしく手渡された水を受けとり、一口含んだ。
つまみを2つ3つ口に放り込んで飲みこむと、隣を向いて言った。
「カレンはなんかないの?職場でうまくいってなーいとか。高校教師。」
「んー、こまごまと大変なことはあるよ。仕事が多いとか、生徒が生意気とか。でもまぁ、健斗ほどではないかな」
数学教師として働き始めて3年になるカレンは、どちらかといえば半ばルーティンワークになっており業務に退屈を感じていたが、わざわざ口には出さなかった。
「そんなこといってぇ、実はおいしい思いしてるんでしょ?男子校だもんねぇー?ハーレムじゃーん」
苦笑いを浮かべたカレンが答えた。
「ないない。絶対。どちらかといえば神経すり減らすことの方が多いよ……しんどいし、からかい半分で接してくる男子生徒の相手とか気をつけなきゃいけないことばかりだし」
「へぇー、たとえば?」
「第二ボタンまで開けている生徒がいたら注意しなきゃいけないんだけど、指摘するとセクハラだなんだっていちいち騒んだよね。正直生徒じゃなかったら直接ウザいって言ってるレベル」
「あっはっは、そりゃたいへんだねぇー!」
今度はカレンが盃を空にすると、続けていった。
「体育の後とか、教室に制汗剤が充満してキツイ。よくわからん香料が空気中で混ざってさ、マジでなんで男子があれ平気なのかわからん」
「俺たち共学だったし、そこらへんはおおっぴらじゃあなかったからねぇ。まあでも、男子的には死活問題なんだろうし、気持ちはわかるよ」
「大変っちゃ大変だけど、健斗みたいに大人同士で問題が起こったりはあんましないかな。その点は助かってる」
大学卒業後、とある専門商社で働き始めた健斗の大学時代の活発さを知っていて、かつ実は社会人として過ごしているうちにみるみる笑顔が色あせていったことを知っているのは、この場においてカレンだけだった。
「マジ、いやさ、一応覚悟はしてたけど、実際自分で経験するとダンチだわ。俺さ、もともと学生時代から男らしさ~とか欠片もなかったじゃん?それを抜きにしても今いるとこの前時代感凄いっていうか、男の仕事ってこうっていう決まりがすごいんだよね。人と仲良くなるのは得意だけど、上司への機嫌取りとか気配りとかはムリ。全然できなくて叱られてばっかだったし……ホント、多様性がどうこういう時代には珍しいくらいで、いっそ清々しいよ」
また一口水を含むと、続けて言った。
「ほんとに最初の方は、それちょっと違うんじゃないですか?みたいなこと言ってみたけど、最近はもうそんなこという気力もない。だから飲み会とか断れるわけないし、かといってなにもいわなければ露骨にセクハラしてくるし……」
酒盛りが始まってから健斗はもう何度も繰り返しセリフを繰り返していたが、カレンは健斗がそのことを言うたび、何度でも真面目に耳を傾けて聞いた。
空になった盃の底を見つめつつ、切なそうな声で健斗が言った。
「もう一杯だけ、だめ?」
「…本当に最後だからね」
――
健斗はビジュアルが良い。
幼稚園から大学までずっと一緒にいるが、いつどこであろうと、健斗がモテていなかった時なんかなかった。
男子にしてはちょい高めな160後半の身長と、どちらかといえば童顔で整っている顔。近づくといつもなんか良い匂いをしている。
働き始めてからは短く切りそろえるようになったが、学生時代はサラサラの髪を少し長めに伸ばしていて、それも学校中の女子の目を奪った。
性格は明るく、相手がどんな人間であろうと変わらずニコニコと楽しげにコミュニケーションが取れる。
間違いなく彼の長所ではあるのだが、これのせいで関わる女子を大量に惚れさせてしまっていた。もっとも、本人はその気が全くなかったようだが。側から見ているとそれはもう無惨だった。
正直、内気で人見知りする私としては幼馴染でもなければ関わることなんて絶対なかったと思う。
背こそそこそこあるものの、顔でいえば平凡そのもので、化粧をしてなんとか隣にいても見苦しくない程度だ。友達が多いわけでも、とりわけ優秀なわけでもない。健斗が一緒に頑張ろうと言ってくれなければ、とても健斗と同じ大学なんて受からなかっただろう。
それでも健斗は私のことを幼馴染として今まで付き合ってくれている。
…と言うより、正直に言うと彼の交友関係の中で私が一番仲が良い。
怖くて聞けていないが、本当になんで私と付き合ってくれているんだろうか。
今だって、愚痴を吐く相手ならたくさんいるだろうにも関わらず、こうして定期的に会ってくれる。
もう許容量をこえてしばらく経ったであろう健斗は、ポワポワと瞳虚ろといった様子で答えた。
「だって、職場の人たちとお酒を飲むと隙あらばやらしいことしようとしてくるし、学生の時の友達だって、こんな愚痴ばっかの飲みに誘うのは悪いし…」
そこで一度言葉を区切って、こちらを向いて頬を赤らめつつ健斗は言った。
「こーゆーのはカレンとがイチバン良いんだもん」
それだけ言うと、健斗はとうとう糸が切れたように眠った。
私の肩に頭を預けて。
――
…エロい。
無理すぎる。
ちょうど少しだけ下から覗き込む角度で若干はに噛みつつ、少しくたびれたワイシャツを着てそう言う健斗の破壊力は、それはもうとんでもないもので。
これで今まで彼女を作ったことがないというのだから末恐ろしい。学生時代の活発な感じも良かったが、正直私としては最近のちょっと曇り気味な健斗の方が唆るというかクるというか…
思考が過激になっていることに気づき、頭を冷やすかのように冷水に口をつけた。
右肩から健斗の体温だとか息遣いだとかが明確に伝わり、目を向けると安心し切ったように閉じた瞳と綺麗な長いまつ毛があった。
信頼されているという自負が理性のブレーキをかけてくれているからなんとかなっているが、最近の健斗はより男としての色っぽさが際立ってきていて、時々歯止めが効かなそうになる。
…分かっている。自惚れじゃなければ、健斗は私に気がある。
健斗はそういうところは割としっかりしている。大学時代も安易に体を許すことはなく、飲みなどで遅くなる時は私が迎えに行ったり、器用に酒量をセーブしたりしていた。
きっと、健斗は私のことが好きでいてくれている。
あとは私が勇気を出すだけ。
一言、気持ちを伝えればいい。健斗がここまでお膳立てしてくれていて、私には本来なら躊躇う理由なんてない。
…それでも、どうしても、健斗の隣にいるのが私でいいのだろうかという疑念が尽きない。
彼の隣にいるべきなのは、もっと優秀で素敵な女の方がいいのではないかと、心のどこかでそう言い訳している。
それに、もし、好いてくれているというのは私の思い過ごしで、彼にとっては私は恋愛対象じゃなかったら。
信頼できる友達でしかなかったら。
十中八九そんなことはないと思っていても、その最悪の万が一を考えてしまう。
初めて恋愛感情を自覚した中学の頃から、ずっと同じところで思考が止まっている。
しなくてもいいかもしれない、すべきではないかもしれない、
そんな我慢を自分に課している。
――
無反応になってしまった健斗はテコでも起きない。仕方なくおぶって店を出た。
だいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜中はまだ冷える。同じように夜中まで飲み歩いていた人たちの好奇の視線を感じながらも、気がかりなのは健斗が体を冷やしていないかどうかだった。
今なら終電には間に合う。健斗の最寄りはここから数駅離れたところで、私の2つ隣だ。大学に上がる際に彼の両親が彼を気遣ってセキュリティ性の高いマンションを借りてから、ずっと同じところに住んでいる。
少しずつ駅に向かって歩く。その足取りに躊躇いが生じた。
背中におぶっている健斗はその体格に似合わず体重が軽いが、そうではない。
聞こえてくるはずの寝息が、
今の彼からは、聞こえてこない。
何年も一緒にいる健斗から感じる、些細な違和感が、
言葉には言い表せない彼の微妙な変化が、私の足を止めた。
それに気づいたことを感じ取ったのか、罰の悪そうな顔をしながら、健斗はゆっくりと目を開けた。
「…バレたか」
いつもと同じようにおどけたような口調を取ろうとしたのだろうが、緊張が隠せていなかった。
未だに踏ん切りがつかないまま、私は当たり障りのないことで返事をした。
「そりゃあ、何年も一緒にいるからね。狸寝入りくらいわかるよ」
駅に近い比較的大きな通りだったが、時間が時間だからだろうか、人通りが途切れた。
空と同化した暗い街路樹と、地面を照らすばかりの街灯の間、私たち以外に人はいない。
少しだけ、私の首に回した手を強張らせて、私の首元に顔を埋めたまま、小さな声で溢れるように言った。
「カレンはさ…俺のこと、嫌い?」
…!?!?
「そんなわけない!!」
予想もしなかった質問に、一瞬だけ怯んだ後、少しだけ声を荒げて答えた。
そんな私を見て、彼が少しだけいつもの調子を戻して、おどけて見せる
「知ってる。カレンは俺のことがすき。」
すき、と、それが何を指すのか、今考えていることを言い当てられ、緊張と不安で心臓が痛いくらいに鳴る
「いつも俺の頼みを聞いてくれるし、楽しい時も嫌な時も、俺が一緒にいてって言うと必ずいてくれる。昔からそう」
…ねぇ、俺って、迷惑かな?
彼を降ろし、向かい合って、抱きしめた。
彼の声は震えていて、いつもの調子なんて全くないくらいにか細くて、
とても不安そうだった。
私の勇気のなさが、ちっぽけな心配が、
彼に大きな不安を与えていると、その時ようやく気づいて、情けなくなった。申し訳なく思った。
不安にさせてごめん。私が情けなくって、今まで待たせて、ごめん。
私の返答が伝わったのか、彼が私の背中に回した手に力が籠る。
私も、二度とこんな不安を彼に与えまいと、彼を力強く抱く。
お互いに、お互いの不安を打ち消すように、満足がいくまでずっと抱きしめあっていた。
やがて力が抜けると、彼が少しだけ背伸びをしようとした。
唇を近づけるには、少しだけ身長差がある。
背伸びをしようとする彼を留め、その細くて小さな顎を持ち、私が屈んだ。
お互いの熱を確かめるような表面的なものから、お互いの味を確かめ合うものまで、何度も、何度も
後頭部を優しく撫でると、彼は安心し切ったような笑みを浮かべ、小鳥のように啄んだ。
酸素が限界を迎えるたびに大きく呼吸をし、息も絶え絶えなまま、すぐにまた唇を合わせる。
待ちきれないと言わんばかりに、今まで待たせた分を取り返すかのように。
数秒、数十秒と時間が経つ。だんだんと彼の体全体から力が抜けていき、今までに見たことのない蕩けた表情を隠さなくなった。
ついに立っていられなくなったのか、彼が私に全身を預けた。
先ほどより優しく、緩やかに抱きしめる。
「…ねぇ、もう、我慢できない」
高らかになる心臓も、下腹部にあたる熱も、
何一つ、待たせるわけにはいかなかった。
【後日談】
結婚後、3人の子に恵まれた健斗とカレンは、紆余曲折ありながらも幸せな家庭を築きます。
この世界は産休や育休、子育てに対する社会整備が進んでいて、共働きをしつつも十分に家庭が回ります。
健斗は子どもを機に今の職場を辞め、下の子どもの小学校入学を機に別の職場に再就職しました。
貞操逆転世界って女性主体で社会が築かれるわけですから、子育てに関する法律とか社会制度とか、現実では想像もつかないくらいに進んでそうじゃないですか?
この世界はそう言うことにしておきます。
こんな法律とか、制度とかありそうじゃない?と言うのがありましたら、感想欄で教えてください。参考にします。(他力本願)