キヴォトスの亡霊 作:枝那
そこかしこで銃声が飛び交い、硝煙の匂いが鼻を突く。
市街地のど真ん中で銃撃戦が行われていた。
あれだけ大量にいた不良たちはわずか数名の生徒と、一人の大人によってじわじわと制圧されていっている。
「もうシャーレの部室は目の前よ!」
そう声を張り上げるのは早瀬ユウカ。ミレニアムサイエンススクールという、学園都市キヴォトスの技術の最先端を行く学園の生徒会・会計を担当している。
彼女らは連邦生徒会長に招聘された大人である『シャーレの先生』と共に、この騒動を鎮圧し、シャーレの部室が占拠されるのを防ぐために連邦生徒会から半ば強制に近い形で戦場に駆り出された。
不良生徒の数も減り、彼女の言う通り部室はもう目と鼻の先だ。
だが、先生たちの前に一匹の黒狐が立ち塞がる。
「…連邦生徒会の子犬ですか。」
狐坂ワカモ。今回の騒動を起こした主犯にして、無差別に破壊活動を行う『災厄の狐』。
「まったく、これから『あの方』にお会いするというのに、空気の読めないこと」
苛立ちの募った声で呟く。まさに一触即発。その純粋な害意に気圧されながらも、先生たちは彼女に対峙する。まずは先制攻撃。羽川ハスミがライフルを構え、銃口をワカモに向ける。
その時だった。
ワカモの背後にある戦車が、綺麗に両断された。
真っ二つになった戦車の中から、慌てて搭乗者が逃げ出す。
銃撃や爆弾では起こりえない現象。
『!?』
その怪奇現象を見て、全員の顔が驚愕に染まる。
全員それを起こした要因に心当たりがあるようで、狼狽する。
「嘘でしょ!?」
「どうして『彼』がここに…」
「…すいません。失念していました。こんな騒ぎが起きているのに、『彼』が来ないはずがない」
「先生、早くここを離れましょう!下手すれば巻き込まれます」
"一体何が…?"
ハスミが焦った口調で先生に離脱を促す。ここに来るまで冷静沈着に戦っていた彼女とは思えない取り乱しようだ。
彼女らの視線の先。両断された戦車のすぐ傍にいたのは一人の青年だった。
身長180cmほどで、灰色に近い白髪の、老人のような雰囲気を身にまとっている。
とりわけ目を引くのは、彼の左手に握られた一振りの刀。
まさか、あの刀で戦車を斬ったというのか。刀身の長さを超えたものを両断するなど、どれほど洗練された技術があれば可能なのか。
"彼は…?"
呟くように投げかけた疑問に、眼鏡の少女、火宮チナツが答えてくれた。
「『彼』は先生と同じ外の人間でありながら、キヴォトスの人間を圧倒する実力を持ちます」
「神出鬼没でその強さの秘密もいつからキヴォトスにいるのかも一切が謎」
「突然戦場に現れては刀一本で制圧し、何人もの犯罪者を矯正局送りにしたことから付けられた異名は、『亡霊』」
「篁ムクロ。それが彼の名です」
"『亡霊』…"
反芻するようにその異名を呟く。言い得て妙だ。
確かに彼の佇まいからは生気が感じられない。
ワカモは彼から一秒たりとも目を離そうとしない。
その身体は小刻みに震えていて、頬に手を当てている。
その仕草はまるで恋する乙女のよう。
「お会いしとうございました、ムクロ様…!」
「ころすぞ、きつね」
狂気すら感じられる、媚びたような甘ったるい声。
それに篁はブツブツと濁音のような言葉をつぶやくのみ。
「あぁ、そんな、いけず……」
「だまってろ」
まさか会話が通じているのか。わずかな時間だが、ワカモが篁に抱く感情は察しがついていた。愛の力というものは凄まじい。
「牢獄に閉じ込められていた間も、ずぅっと貴方様のことを想い続けていました」
「…………」
「貴方様が他の者に刃を向け、誅していたと思うと、この胸が張り裂けてしまいそうでした…」
ワカモが短刀の付いた銃口を篁に向ける。それに反応して、篁は居合の構えを取る。
「えぇ。今度こそ、今度こそ!貴方様の
そう言って銃弾を一発、篁に向けて放つ。
その弾丸を、鞘から刀を抜いて弾く。
更に、追撃のようにナイフを彼の脳天めがけて投擲する。
それも刀で弾かれ、カランと金属音を立てて地面に落ちる。
「フフッ…それでこそ『亡霊』…」
以前戦った時より劣るどころか、さらに洗練されたその神業を見て、ワカモは仮面の下で恍惚とした表情になる。
どれほど策を巡らせても、悉く切り伏せてしまうその姿に、私は魅せられてしまった。
ああ。私という存在を彼の中に刻みつけたい。その怒りは、殺意は、私だけに向けて欲しい。
そんな、もはや純愛としか呼びようがない感情を抱くワカモの裏腹に、彼はついに動き出した。
「!!」
次の瞬間にはもう、背後に回られていた。刀を抜く彼は止められない。間合いに入ってしまったらもう防げない。ならば。
パリィンッ!!
彼が抜刀した余波で、横にあった店の窓ガラスが割れる。ワカモは上に跳ぶことでなんとか斬撃を回避した。
ワカモは壁に着地し、そのままかかと落としを食らわせる。が…
いつの間にか左右で入れ替えて、地面に突き立てた鞘によって防がれてしまう。
そして彼は抜き身の刃を振り上げる。
「グゥッ…!」
刀の射線上にあった建物が、下から上にかけて裂ける。切り崩されたがれきが、ガラガラと音を立てて地面に落ちる。未だ無傷の彼に対して、ワカモは所々切り傷を負い、血を流している。
"…強すぎない?"
彼の規格外とも言える実力を見て、先生がポツリとつぶやく。
その言葉に全員が同意する。
「えぇ。以前正義実現委員会全員で彼と戦ったことがありますが、その時は手も足も出ませんでした。そして恐らく、あの時よりも強くなっている」
「C&Cが戦って返り討ちにされたと聞いて半信半疑だったけど…この強さを見たらもう信じるしかないわね…」
先生たちはその強さを前にして動くことができない。
周りの不良生徒も同じだ。下手に動けば、次標的にされるのは自分かもしれない。
その恐怖が彼女たちを縛り付ける。
もうすぐ決着が着く。ワカモは彼にかすり傷一つつけることできず、着実に追い詰められている。
一度距離を取った二人は、急加速して距離を詰める。
ワカモは捨て身の一撃を、篁は必殺の刃を、それぞれぶつけようとする。
しかし。
「行きますわよ」
二人の攻撃が交わることはなかった。空振りになった斬撃は、アスファルトの地面に亀裂を生じさせる。
さらしを巻いた筋肉質な生徒が、ワカモの襟首を掴んでいる。
ワカモは興が削がれたような、不愉快そうな口調で彼女に言う。
「邪魔しないでもらえますか?」
「そうもいきません。『教授』からの指示がありましたので。それに、あの一撃を受けたらあなたも無事では済まなかったでしょう」
亀裂の入った地面と、ボロボロになった街の惨状を見て、彼女が言う。
「では、任せますわね。怪盗さん」
「ええ」
どこからか発煙弾が投げ込まれ、辺りは煙に包まれる。篁は逃がすまいと追おうとするが、彼の服にワイヤーがかけられ、動きを妨害される。視界が塞がれている隙に、金髪の彼女はワカモを連れて逃げてしまった。
煙が晴れると、そこにはもう篁はいなかった。
先生たちはさっきの戦いの衝撃が抜け切らず、呆然と立っているのみだった。
篁ムクロ
元ネタはもちろん『SAKAMOTO DAYS』の篁。
下の名前の由来は骸区→骸→ムクロ
ライム酒様の特殊フォントを使わせていただきました。
こちらリンクです。
https://syosetu.org/font_maker/?mode=font_detail&font_id=204