キヴォトスの亡霊 作:枝那
そこかしこで銃声が飛び交い、硝煙の匂いが鼻を突く。
市街地のど真ん中で銃撃戦が行われていた。
大勢いた不良たちはわずか数名の生徒と、一人の大人によってじわじわと制圧されていっている。
「もうシャーレの部室は目の前よ!」
そう声を張り上げるのは早瀬ユウカ。ミレニアムサイエンススクールという、学園都市キヴォトスの技術の最先端を行く学園の生徒会・会計を担当している。
彼女らは連邦生徒会長に招聘された大人である『シャーレの先生』と共に、この騒動を鎮圧し、シャーレの部室が占拠されるのを防ぐために連邦生徒会から半ば強制に近い形で戦場に駆り出された。
不良生徒の数も減り、彼女の言う通り部室はもう目と鼻の先だ。
だが、先生たちの前に一匹の黒狐が立ち塞がる。
「…連邦生徒会の子犬ですか。」
狐坂ワカモ。今回の騒動を起こした主犯にして、無差別に破壊活動を行う『災厄の狐』。
「まったく、これから『あの方』にお会いするというのに、空気の読めないこと」
苛立ちの募った声で呟く。道中戦ってきたスケバンたちとは比べ物にならないどす黒い敵意。彼らは無意識のうちに後ずさりをする。
だが、大きな黒い翼を持つ彼女。この中では最も戦闘に長ける羽川ハスミがスナイパーライフルを構え、照準をワカモに合わせる。
まさに一触即発。まずハスミが先制して攻撃しようと引き金に指をかける。
その時だった。
ウィーン、と場違いな音が流れる。自動ドアが開く音だ。全員が一斉にそちらを向く。
ゆ ら り
フラフラと建物の中から出てきたのは、一人の青年。
その存在を誰よりも早く視認したワカモは、小刻みに震え出した。
身長180cm程の細身で、白い髪で目元がよく見えない。
学生服を身につけていることから、彼も生徒の一人であることが分かる。
皆と歳はそう離れていないはずなのに、草臥れた老人のような雰囲気をまとっている。
一際目を引くのは、彼が杖のように握る鞘に納められた刀だ。
このキヴォトスは銃社会。日常的に銃撃戦が行われるし、護衛用に銃や手榴弾を携帯するのは常識だ。
そんな都市で威力もリーチも劣る刀を武器として使うなど、無謀にも程がある。
ワナワナと震えていたワカモは、さっきまでの苛立ちはどこへやら、歓喜の声を上げながらその青年の元に一直線した。
「うふ♡うふふふふふっ♡お会いしとうございました、ムクロ様ァーーーッ!!」
「……………チッ」
狂気すら感じられるその叫び声と同時に、その青年に発砲するワカモ。
彼は鞘から刀をわずかに露出させて、銃弾を弾き落とす。
彼女は特に驚いた様子も見せず、その隙に背後に回る。
銃口に付けられていた小刀を切り離し、勢いよく突き刺そうとする。
しかし、彼は振り向くことなく抜いた刀を後ろに向けて、ワカモの手に握られた小刀を突いて落とす。まるで背中に目がついているかのような正確無比な一突き。
小刀を手放したワカモは一旦彼と距離を取り、向かい合う。
先生たちは言葉を失う。目の前で繰り広げられた一連の出来事。
素人目からも分かる高度な戦闘に、ただただ驚愕するしかない。
"彼は一体………?"
自然と口から漏れ出たその言葉に、ゲヘナ風紀委員会の火宮チナツが答える。
「彼はキヴォトスの外の人間でありながら、キヴォトスの人間を圧倒する力を持ちます。神出鬼没で、突然戦場に現れては刀一本で制圧し、何人もの犯罪者を矯正局送りにしたことから付けられた異名は、『亡霊』」
「篁ムクロ。あのワカモを捕まえた張本人でもあります」
"『亡霊』…"
その異名を反芻するように呟く。
彼の生気を感じられない佇まい。そして先程の戦いから分かる現実離れした強さ。
なるほど、言い得て妙だ。
「そして…」
チナツは口を開きかけて手で抑えた。何を言おうとしたのか気になるが、今は彼の動向に注意を払わなければならない。
「ふふ……♡」
「なに笑ってんだ」
以前戦った時と劣るどころか、更に磨きがかかったその神業を見て、ワカモはうっとりとした声を漏らす。
どんな知略謀略も、ことごとく切り伏せて無意味にしてしまうその強さ。今でも鮮明に記憶に残っている。あの戦いを思い出すだけで下腹部に熱が溜まる。
どんな攻撃も意に介さず、無慈悲に白刃を振るうその姿。ただひたすら敵を倒すことにのみ向けられた昏い瞳。私は魅せられてしまった。
あぁ、その
「今度こそ、今度こそ!あなた様を私の愛で満たしてみせます!」
そう言って彼女は銃弾を放つ。それがムクロに届く前に真っ二つになって地面に落ちる。
彼は刀身を鞘に納め、居合の構えをとる。来る。彼の攻撃が。ワカモは一秒たりとも目を離さない。どんな攻撃が来ようとも、対応できるように。
「ッ!!」
次の瞬間には、反射的に飛び上がっていた。
行き場を失った刃の余波で、彼女の背後に並んでいた街灯が断ち切られる。
相変わらず常識外れな攻撃力だ。まさしく歩くマップ兵器。
支えを失いそのまま倒れるはずの街灯をワカモは掴み、ムクロの方に向ける。柄を握る彼の手がわずかにブレたかと思うと、倒れ込む柱は輪切りにされ、ガラガラと音を立てて落ちる。
再び居合の構えを取る。瞬きの間にワカモのすぐ目の前まで近づき、刀を抜く。体を傾け、すんでのところで回避するが、衝撃波で彼女のつけている仮面が壊れる。彼女の後ろにあったビルが、スプーンですくったかのように抉り取られる。
"…強すぎない?"
先生がポツリとつぶやく。ただの刀でこれほどの破壊力。人の域を超えたその強さにそれ以外の言葉が出ない。
「えぇ。以前正義実現委員会全員で彼と戦ったことがありますが、その時は手も足も出ませんでした。そして恐らく、あの時よりも強くなっている」
「C&Cが戦って返り討ちにされたと聞いて半信半疑だったけど…この強さを見たらもう信じるしかないわね…」
先生たちは目の前で繰り広げられる規格外の戦闘に割り込むことができない。
周りの不良生徒も同じだ。下手に動けば、次標的にされるのは自分かもしれない。
中には戦意を失い、自ら武器を捨てる者まで現れるほど。
「ハァ、ハァ、ハァ………」
ワカモは再び彼と距離を取り、息を整える。
これだけ攻撃してもなお、彼にかすり傷ひとつ与えることが出来ない。
檻の中でどうすれば彼に勝てるのか、どうすれば彼を振り向かせることができるのかずっと考えていた。だというのに、理不尽の擬人化のような彼はそれらを全て無駄だと言わんばかりに一蹴する。だが、だからこそ。
「素敵………♡」
ワカモは心を奪われてしまった。彼女の心は折れない。彼がその刃を自分に向けてくる限り。
リロードし、彼に銃口を向ける。彼もまた刀を抜こうとする。
その瞬間。
「!?」
突然どこからか発煙弾が投げ込まれ、辺りは煙に包まれる。
彼女は先程の悦楽とは一転、顔に怒りを滲ませる。
2人の蜜月を邪魔する不届き者を粛清しようと周囲に目を向ける。
「行きますわよ」
「…あなたでしたか」
さらしを巻いた筋肉質な生徒が、ワカモの胴を抱えている。
「邪魔しないでもらえますか?」
「そうもいきません。『教授』からの指示がありましたので。それに、もう勝敗はついたでしょう。これ以上、あなたのわがままに付き合うわけにはいきません」
ボロボロになった街の惨状を見て、彼女が言う。
「では、任せますわね。怪盗さん」
「ええ」
逃げる二人をムクロは追おうとするが、彼の服にワイヤーがかけられ、動きを妨害される。視界が塞がれている隙に、金髪の彼女はワカモを連れて逃げてしまった。
煙が晴れると、そこにはムクロが一人ぽつりと立っている。ふらふらとどこかへ行ってしまった。
先生たちはさっきの戦いを見て唖然としながらも、なんとかシャーレの部室に辿り着いた。