キヴォトスの亡霊 作:枝那
カッケェよ坂本さん………
先生が連邦捜査部シャーレの顧問に就任してから数日が経った。
今日の仕事も片付き始めた頃、先生は『彼』のことを考えていた。
先生がキヴォトスに来た日、圧倒的な実力を見せつけた生徒、篁ムクロ。
あの日以来、彼について調べていた。
曰く、最強の生徒。敵意にのみ反応する暴力装置。中には、キヴォトスの全住人の殺意の集合体と評する者までいる。眉唾に思えるが、あの強さを目の当たりにしては嘘とも言い切れない。
そうやって彼の情報を集めていくうちに、気になる文章を見つけた。
『篁ムクロは人殺しである』と。
外の世界ではもちろん、キヴォトスでも殺人は重罪だ。
だが、キヴォトス人の身体は丈夫で、死とは外と比べて遠い概念だ。
その書き込みを調べると、どうやら1年ほど前にブラックマーケットという無法地帯で斬殺された大人の死体が発見されたらしい。傷の深さから殺害に使われたのは刀であること。切り口があまりにも綺麗で、急所のみが的確に狙われていた。そんなことができるのはこの広いキヴォトスで彼しかいない。
あくまでネット上の噂話だ。信憑性は低い。だが、もしそれが事実だとしたら……
先生である自分は彼を止めないといけない。これ以上犠牲者を出さないためにも、彼の手を汚させないためにも。
更に調べてみても、もう有益そうな情報は残ってなかった。となると、実際に誰かから話を聞くのが早いだろう。
◇◇◇◇◇
「篁ムクロですか…」
“うん。リンちゃんなら何か知ってるかなと思って”
先生が来たのはサンクトゥムタワー。連邦生徒会の本部である。
「誰がリンちゃんですか。…まあいいです。篁ムクロのことについてですね。ええ、彼のことはよく知っています。連邦生徒会も、彼については調べていたので。少し長話になるので、そちらのソファにおかけください」
“ありがとう”
来客用の高級ソファに腰掛ける先生とリン。彼女は重々しく口を開く。
「…彼は、元々ゲヘナ学園の生徒でした。風紀委員会に所属していて、1年生の時点で次期風紀委
員長と名高い実力者だったそうです。ですが、2年生に進級する前に彼は突然失踪しました」
"失踪?なんで?"
「当時のゲヘナ学園は、『雷帝』という生徒がトップに立っていました。彼女は凄腕の政治家であると同時に発明家でもあり、キヴォトスを混乱に陥れました。」
"まさか、その雷帝に?"
「いえ、雷帝が失脚したのは彼が失踪する前のことです。ですが、その後も雷帝のシンパが各地で暗躍していまして…彼は任務でそのシンパを捜査していました。その任務についていた時に、彼は突然行方不明となりました」
"そうなんだ…"
「その任務で何があったのかを知る者はいません。彼が再び姿を現したのはその半年後。ですが彼は姿を消す前とは別人のように変わってしまったそうです」
先生の脳裏によぎるのは、おおよそ理性のある人間とは思えない機械のような彼。一体何があって彼はああなってしまったのだろう。
「彼はその後、学校にも通わずブラックマーケットのガラ区という場所を拠点に活動するようになりました」
"ゲヘナの子たちは彼を連れ戻そうとしなかったの?"
「ええ。当時のゲヘナ風紀委員会は彼を連れ戻そうとしました。しかし彼はまともに会話ができるような状態ではなく…力づくで拘束しようとしても全滅してしまったそうです。そのメンバーには現風紀委員長の空崎ヒナさんもいました」
"凄いな…"
強いのは分かっていた。だが、リンの口から語られる彼の規格外さに先生は改めて感嘆の声を漏らすしかない。
「問題はここからです。彼がブラックマーケットで活動し始めてから2週間ほど後に、事件は起こりました」
"もしかしてそれが"
「お察しの通りです。彼はキヴォトスでも禁忌とされる殺人を犯しました。ブラックマーケットを根城にする指定暴力団。裏社会で顔が広く、連邦生徒会でも容易に手が出せない相手でした。それを彼は単身で組に乗り込み、組長・幹部・構成員を全員殺しました」
惨い。いくら相手が外道とはいえ殺してしまえば同じ穴の貉だ。銃弾ではやすやすと傷つかず暴力のブレーキが軽いからこそ、殺人は誰もが忌避する概念であり、そのラインを踏み越えようとはしない。やすやすとそのラインを超える彼。何がムクロにそうさせたのだろう。
「連邦生徒会でも彼を危険だとして捕縛するべきだと声が上がり…連邦生徒会長はSRTを動員しました」
"SRT?"
聞き慣れない単語に先生が聞き返す。
「連邦生徒会直属の特殊部隊です。作戦の立案は連邦生徒会長自ら行い、何日もかけた入念な計画を以て、篁ムクロを逮捕しようとしました。」
◇◇◇◇◇
夜、ブラックマーケットにて。
ムクロは左手に刀を持ち、ブツブツと何かを呟いている。彼の周りには、数え切れないほどの傭兵が無様に倒れ伏していた。
「うぅ…なんだコイツ……」
「鬱陶しい」
倒すべき敵がいなくなり、そのまま帰ろうと動き出す。
しかし、彼は突然ピタリと歩みを止めた。
「———」
静かだ。不気味なくらいに。ブラックマーケットには似つかわしくない静けさ。夜風が彼の白髪を揺らす。
その時だった。
建物から4つの影が飛び出し、同時に銃撃を行う。
夥しい量の弾幕が彼に迫る。
彼は刀で弾丸を斬りつつ、飛蝗のような軽やかさで飛び跳ね弾丸を躱す。
攻撃を仕掛けてきた者たちがひとかたまりに集まる。
ハーネスをつけた狐耳の少女たち。
彼女らはFOX小隊。SRT特殊学園のエリートだ。
「連邦生徒会か」
「あれが篁ムクロ…」
「たしかに化け物ね」
埒外の攻撃力と技術、そして得体の知れない異常性。甘く見ているつもりなど毛頭ないが、先程の戦いと襲撃を受けたときの対応を見てさらに警戒度を上げる。全員が最大限に注意を払う。彼がいつ何をしても即座に対応できるように。
彼はゆっくり鞘から刀を抜く。それを見てスナイパーであるオトギが狙撃しようと引き金に指をかけた瞬間。
「おせぇよ」
彼は目の前から消える。どこに行ったのかと辺りを見回す中で、リーダーのユキノがいち早く察知した。
「上だ!!」
仲間に知らせた時にはもう遅い。彼は切っ先を地面に向け、突きを落とす。アスファルトで舗装された地面が蜘蛛の巣状に割れ、陥没する。
「ッこの!!」
クルミが盾越しに銃口を突きつける。
「え」
撃とうした瞬間には自分の銃が輪切りにされていた。バラバラになった銃が力なく落ちる。彼は再び空高く跳ね、上空から盾を持つ彼女の腕を狙う。
衝撃とともに鈍い痛みが腕に響く。着地したムクロは刀を水平に振り払う。クルミはなんとか力を振り絞り、未だに痛む腕を動かして盾で防ごうとする。
しかし、そんなものは彼の前には無駄な足掻きでしかない。
バキィ、という音とともに盾が砕かれ、同時にクルミの腹を重たい衝撃が襲う。
その勢いに負け、後方へ勢いよく吹き飛ばされる。クルミは壁に激突し、意識を失った。
10秒にも満たない短い時間で、一人脱落した。
驚いている暇はない。彼女たちは次の行動に移行する。
ニコはムクロの足元に向けて閃光弾を投擲する。
炸裂し、彼の視界を奪う。一瞬でも隙を作ることが出来ればそれでいい。
すかさず撃ち込む。彼は目が見えないにも関わらず銃弾にも対応し、刀で弾きながら突っ込み、彼女らの後ろを取る。
「スナイパー、そこにいるんだろ?」
「…ッ!!」(まだ閃光弾は効いているはず)
ムクロは背後からオトギに切っ先を向ける。彼女は下手に動けない。妙な動きをすればクルミのように即座に叩きのめされる未来が見える。
「………」
死神の鎌のようにオトギの首に近づけられた刀を離し、ニコが放った銃弾を防ぐ。
「それ以上は、好きにさせないよっ」
「いい加減、うぜぇよ」
「大丈夫か、FOX4」
「うん、問題ない」
絶え間なく銃弾を撃つ。彼は居合の構えのまま、縦横無尽に駆け回る。刀を持っているとは思えないスピードだ。彼を狙うが追い付けない。
だが、動きの導線から彼の動きは予測できる。彼が着く場所に予め銃弾を放とうとする。
「!?」(弾切れ…!!)
銃弾が放たれることはなかった。急いでリロードする。その隙を彼は決して見逃さない。
自分の銃に意識を向けたごくわずかな間に、彼はすでにニコの懐に近づいた。
(速…)
反撃する間もなく、彼女は首を峰で強打されノックダウンした。
「残り二人」
光のない瞳を二人に向ける。
ユキノとオトギはどこからでも対応できるように背中合わせになる。
彼が構えたのを認識し、ユキノが声を張り上げる。
「来るぞ!気をつけ──」
バタン、と何かが倒れる音。同時に背中から感じる温かみが消えた。
恐る恐る振り向くと、地面に倒れたオトギと、刀を抜いたムクロがいた。
(速すぎる…!!いや、そもそも)
ユキノは文字通り一秒たりとも彼から目を離さなかった。にも関わらず、彼はいつの間にか背後にいて、断末魔を上げさせる間もなくオトギを気絶させた。
(
異変を察知させない、それこそ凄腕の暗殺者のような気配の誤魔化し方。彼の恐ろしいところは人外じみた戦闘力だけではなかった。
すぐさま思考を切り替え、彼に攻撃を───
「終わりだ、きつね」
出来なかった。彼は左手に握る鞘でユキノの銃を的確に撃ち抜き、落とす。
「ッ!!」
武器を失ってもなお足掻く彼女は蹴りを食らわせようとする。
だが、彼女の足は空振る。すれ違いざまに一閃。彼が納刀するのと同時に首を激痛が襲い、ヘイローの明かりは消えた。
もう戦えない小隊を尻目に、彼は夜の闇に消えていった。
◇◇◇◇◇
「しかし、結果は惨敗。最新の兵器で武装し、過酷な訓練を受けたエリート集団であっても、彼には敵いませんでした」
「結局、彼の拘束を主張する声も次第に消えていきました。触らぬ神に祟りなし。連邦生徒会は彼を放置することに決めました。幸い、彼は敵意を向けなければ攻撃することはない。こうして、篁ムクロは決して近づいてはならない『亡霊』と化しました」
「私が話せることは以上です。なにかご不明な点はありますか?」
"…いや、大丈夫だよ。ありがとうね、リンちゃん"
先生は部屋を後にする。
シャーレへ戻る道中で、先生は考えていた。
どうしてムクロは人を殺すのだろう。今この瞬間にも、彼が人の命を奪っているかもしれない。そんな凶行は先生として絶対に止めなければならない。
とは言っても、まずは対話からだ。けれど。
"あんな感じじゃあ、話すのも無理そうだよなぁ"
どうしたものかと悩みながら、先生は帰り道を歩いて行った。
───数日後、先生は砂漠で遭難することになる。