Angel Beats! -The Reconnect Operation-   作:上海かに

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Departure-①

麗らかな朝の陽射しが広大な学園全体を温かく包み込む。

 

学生寮に暮らす多くの生徒達は未だ夢の中か、又は目を擦りながら身支度を始めるであろう時間帯。どこからか小鳥のさえずる音が響いてくる程に静かで、澄んだ朝だった。

 

寮内のとある一室においてもその穏やかな空間は平等に訪れており、室内に取り付けられている2段ベッドの下段では1人の少年が寝息を立てていた。爽やかで、極めて規則的ないつも通りの日常風景である。

 

が、その静寂は室内の目覚まし時計から唐突に流れ出した爆音によっていとも容易く打ち壊される。

ドラムの16連打から始まるロックバンド調の曲――Girls Dead Monsterの代表曲たる"Crow Song"――が室内だけに留まらず隣の部屋の空気まで震わせる中、少年はゆっくりと身体を持ち上げ、大きく伸びをした。

 

ベッドから飛び起き、寝間着姿で顔を洗い、歯を磨き始める。同時刻、隣の部屋の生徒がいつもながらの激しい騒音公害に顔をしかめつつ目を覚ましているが、少年自身は目覚まし時計から聴こえてくるボーカルの歌声に合わせて悠々と歌詞を口ずさみながら身嗜みを整えていた。ベッドの上段を利用しているルームメイトは彼が目覚めるよりも先に外出しているのが常となっているため、同居人への迷惑は考える必要が無い。(周囲の部屋への騒音被害は元より彼の知ったことではない)

 

寝癖の目立つ黒髪を最低限整えると、少年はジャージを脱ぎ捨ててクローゼットから学園の制服を取り出す。

 

準備をしている間もループを続けている『Crow Song』の後奏が終わり、何度目かのドラム16連打が流れ始めた頃。彼は制服の上着に袖を通す。

 

学園指定の物とは大きく異なる形状をしたブレザー、その袖の部分には『SSS』というデザインの腕章が着けられていた。

 

*

 

大食堂。

 

この学園に住む生徒達の多くにとっては朝、昼、晩の食を支える重要な場所であるが、太陽が真上を通過して暫く経った昼過ぎであり、午後の授業の真っ只中である今現在は生徒達の陰は殆ど見えない。そんな時間を幸いとばかりに、広大な空間の中で作業に勤しむ者達の姿があった。

 

合計して数十名程度の生徒達は、大食堂の各地に設置された送風機やスポットライトの動作確認を行い、確認した傍からそれらを隠すように大きなシートを被せていく。

 

午後の授業が終わり、一般生徒達が集まり始めるまでの限られた時間の中で慌ただしく準備を進める中、大食堂の中心、大きな階段を上った先の開けた場所では数人の女子生徒が顔を突き合わせていた。

 

「――それじゃ、いつも通りではあるけど本番の流れはこんな感じでいいかな?」

 

クリップボードを脇に抱えた少女、久居 花(ひさい はな)はオペレーションの要たる4人の少女達に顔を向けた。胸元辺りまで伸ばした薄橙色の髪はサイドテールを結っており、パチリとした目元が特徴的な顔立ちは、朗らかな笑顔を作る。

 

人好きのする雰囲気を漂わせる久居に、赤い髪の少女が静かに頷いた。

 

「オッケー。撤退のタイミングはゆりに任せていいんだよな?」

 

少女、岩沢は肩にかけたギターを撫でながら久居に問いかける。芯の通った瞳は一見して人を惹きつける魅力を醸しているが、その口から放たれる言葉にはぼんやりとしたイメージを持たせた。音楽以外の話題となると興味が薄れるのは、彼女の性分である。

 

「もちろん。あと今回は新入り君が作戦行動に慣れてもらうのも兼ねてるからライブの尺はいつもより短めになると思うよ」

「あー……記憶ナシ男ね」

 

やや不服そうな顔を浮かべる岩沢。彼女の隣に居た茶髪の少女は興味深げに視線を向けた。

 

「へぇ、新入りかい。いつにも増して急なオペレーション発令だとは思ってたけど、新人歓迎会も兼ねてた訳だね」

「そうそう……って、岩沢さん、皆に言ってなかったんだ……」

「そういや、忘れてた」

 

あっけらかんと言い放つ岩沢に、茶髪の少女、ひさ子は肩を竦めた。ひさ子にとっては岩沢のこのような言動はすっかりと慣れ切ったものなのだろう、それ以上特に言及することは無かった。

 

「ほうほう、新入りさんとな?」

 

代わりに口を挟んだのは、金色の長い髪をした少女だ。彼女、関根はいかにも興味津々といった様子で久居に詰め寄る。

 

「うん、昨晩ゆりっぺが見つけてそのまま勧誘したみたい。それでまあ、何というか色々あったみたいだけど晴れて本日から戦線の仲間入りだよ」

「かぁ~っ!それで新人歓迎会にあたし達ガルデモを駆り出すたぁ、さてはとんでもない大物ですね!?」

「そろそろ食券の補充が要る時期ではあったし、それも兼ねて戦線の空気を味わって貰おうってことなんだろうね。ただ……」

「……ただ?」

「……ゆりっぺは随分と気に入ったみたいで、今後作戦会議にも積極的に参加して貰うそうだよ」

 

僅かに含みを持たせた笑みを浮かべながら放った久居の言葉に、関根は「ひゃー!」と声を上げる。

 

「その人、性別は?」

 

高揚した様子で聞く関根。それに対して久居はふっと間を置いた後で呟いた。

 

「男子」

「っしゃあ!!面白そうなことになってきたじゃあないですか!!」

「やっぱりそう思うよねぇ関根さん、ゆりっぺはただの勘って言ってたけどあれは絶対何かありますぜ……」

 

まるで転校生の話題に浮足立つ一般生徒の如く、久居と関根は下世話な雰囲気を漂わせる。一方で岩沢を始め他のメンバー達は興味の無さそうに聞いていたが、不意に岩沢が横から口を挟む。

 

「でも、微妙過ぎるイケメンとか呼ばれてなかったっけ?」

「岩沢先輩なんすかそれ……。もっとこう、さしものゆりっぺさんでも思わず目を奪われるような絶世のイケメンとかではなく!?」

「いやぁあれは藤巻君たちの悪ノリだし……」

「あと確か、ロリコンの通り魔でメガネ」

「まともな情報がメガネしかねぇー!?」

「メガネでもないんだけどね」

 

先刻、記憶が無いという新メンバーの当面の呼び名を決める話になった際に挙がったあだ名候補をつらつらと並べる岩沢。結局本人が直後に苗字を思い出したことで全て没と相成ったのだが、よりにもよって誤解を招きそうな物ばかり覚えているのどういう事かと久居は苦笑いした。

 

なんとも適当な岩沢の言葉に音楽キチの本領たる部分を見せつけられた関根と久居。その2人に、ひさ子の後ろに居た少女が声を上げる。

 

「え、ええっと……じゃあその人はこの世界に来て早々あたし達のライブを見ることになるんですよね……?」

 

薄紫色の長い髪をした少女、入江は、その小柄な身体を震わせながらおずおずと言葉を発した。

 

「まあそういう事だな。せっかくの新人を手放さないためにも、手は抜けないなこれは」

「そんな強気になれませんよぉひさ子先輩!うぅ、プレッシャーだなぁ……」

 

非常に強気な表情を見せるひさ子の傍ら、貴重な新入りを引き込めるか否かで大きな重圧を感じているであろう入江は、その顔色が髪の色と同調していった。

 

小鹿の如く肩を震わせる入江に、関根が素早い動きで肩を回す。

 

「そんな弱気じゃあ良くないぞぉみゆきちぃ……。ここで入江みゆきの超絶技巧を見せつけることで噂の爆イケ超有能新メンバーの心を鷲掴み、勝ちまくりモテまくりウッハウハ学園ライフを実現する計画を実行に移す時が来たという物だろーが!!」

「そんな計画立てたこと無いからぁー!!」

 

青ざめた顔で入江は叫んだ。その小動物のようなか弱さは作戦行動の要となるガルデモのドラマーとは到底思えない物だが、ライブ本番の彼女が見せる姿を十二分に理解している彼女等は特に心配していない様子だった。

 

「……ま、あたし等はいつも通りやるさ」

 

良くも悪くも新人の話題に盛り上がる面々とは対照的に、岩沢は至って平常心で言い放った。そして、ひさ子達ガルデモメンバーを手招きして歩き出す。

 

「そんじゃ、あたし達は音合わせとセトリ確認するから、後はよろしく」

「了解。頑張ってね皆」

 

岩沢の言葉に反応したガルデモの面子はそれぞれ相槌を打ち、大食堂を後にした。

 

その後それほど経たない内に、入れ替わるように大食堂入り口――久居から見たら階段を下りたすぐの場所――に、人影が2つ現れる。その内の一人はよく見知った青髪の男子生徒であり、もう一人は逆に馴染みのない橙色の髪をした男子生徒だった。

 

噂をすれば。と、久居は階段を降り、その2人に駆け寄る。

 

「日向君に音無君!学園内を見て周ってるところかな?」

 

軽薄そうな笑顔を浮かべる青髪の男子生徒、日向は近寄ってくる久居に片手を挙げて「よっ」と軽く挨拶を交わす。その隣で橙色の髪の男子生徒、音無は少々ぎこちない表情で久居の顔を見た。

 

先程岩沢達の間でも話題に上がった彼女等の組織――死んだ世界戦線――の新メンバーである彼は、本人曰くこの学園に来る以前の記憶が無いとのことだった。自分が何者なのかも深く理解しない状態でこの学園での“洗礼”を立て続けに受けているというのだから、今も自分の置かれている状況を受け止め切れていない様子なのも無理は無い。

 

それを理解しているからこそ、戦線内でも最古参の日向が学園内の案内役を買って出たのだろう。おちゃらけた雰囲気はともかくとして、良い意味で気遣いの必要性を感じさせない日向の立ち振る舞いは、音無のような右も左も分からない立場にとっては安心材料足りうる物である。

 

その日向に倣って、久居はなるべく不安を感じさせないような笑顔で話しかける。

 

「ちょっとバタバタしてるけど気にしないでね、もうすぐ一通りの準備は完了しそうだから」

「あんたは確か……久居、だっけ?」

「覚えててくれた!」

 

自分の名前を憶えていたことに、久居は明るい笑顔を浮かべる。先程、戦線本部にてリーダーであるゆりから久居を含めた主要メンバーの紹介こそ行われたものの、あの時の音無に全員の顔と名前を覚える程の余裕は無かったであろうと久居は考えていたのだ。

 

妙にむず痒くなる気持ちを抑え、音無に話しかける。

 

「それじゃあ改めて……私は久居。基本的には陽動部隊での機材設置とか、トルネード……えっと、今回みたいな大規模作戦の時の段取り確認とか、そういう細々とした裏方作業が役目かな」

 

久居の言葉を引き継ぐように、日向が声を上げる。

 

「さっきゆりっぺも言ってたが、久居は陽動部隊のまとめ役だ。今夜実施されるオペレーションには陽動部隊の円滑な準備が必要で、その現場指揮に最適なのがこの久居花という人材って訳さ」

「へー」

 

音無は少々気の抜けた返事を返す。あまりイメージが湧いていない様子だった。

 

「よろしく、音無君。他の皆と比べたら頼りないかもだけど、ここに来てまだまだ分からないことばかりだと思うから、知りたいことがあれば何でも聞いてね」

 

久居は音無に向けて手を差し出す。言動や顔つきも含めて、彼女が纏う朗らかで人当たりの良い雰囲気はゆりや岩沢のようなカリスマ性こそ感じられないものの、それとは別方向に人を惹きつける魅力があった。素朴だが善良な人物であることは伝わってくるような彼女の出で立ちは、戦線内で一定の人望を獲得する理由としての説得力を音無に感じさせる。

 

「こちらこそよろしく。正直、あんたみたいな普通の人間がいてくれて助かるよ」

「あー……あはは、みんな良い人なんだけどちょっとこう、我が強いもんね」

 

音無は先程本部で対面していた戦線幹部の面々を思い出していたのだろう、久居のような当たり障りのない人物に安堵している様子だった。

 

その隣で、日向は「なあ俺は?他の奴等はともかく俺までそんな目で?」と訴えかけるが、音無はそれを聞き流していた。戦線加入初日にして、既に日向の扱い方を心得ている。久居は音無が即幹部入りした理由を垣間見たような気がした。

 

「それで、今ここで作業しているのも戦線のメンバーなのか?」

「うん。放課後になれば一般生徒達(NPC)が集まってくるからそれまでに一通りの準備を済ませなきゃね」

「準備?さっき言ってたトルネードとかってやつのか?」

 

音無の疑問に、待ってましたとばかりに日向が階段の方を指差した。

 

「真ん中の階段のてっぺん、そこで陽動が行われる」

「陽動?」

「ああ、NPCの連中を釘付けにできる連中が居るのさ」

「そいつらは何なんだ?」

「ガルデモっていうガールズロックバンドさ」

「へー……」

 

音無は階段の方を見やってから、久居の方に顔を向ける。その時、死んだ世界戦線の隊服を身に着けた男子生徒が一人視界の端を通り過ぎた気がしたが、音無は特に気に留めなかった。

 

「じゃあ、今日の夕方にはここでライブをするってことか?」

「その通り。細かいことは見てのお楽しみってところだけど、ここにNPCを集めるのが作戦の肝なんだ」

「ゲリラライブで人を搔き集めるって……そのガルデモって奴等のことよく分からないけど、そこまで上手く行く物なのか?」

 

音無が何気ない疑問を発する。それに応えようと久居が口を開いたと同時に、先程通り過ぎた男子生徒が歩みを止めた。

 

その男子生徒は少しの間その場で静止した後、通り過ぎようとした歩みを反対方向に向け、つかつかと音無達3人の方へ歩み寄る。

 

「おい」

 

そして、音無に対してその鋭い視線を向けた。

 

「ガルデモを知らねぇたあどういう了見だ?」

「…………は?」

 

男子生徒の突拍子もない言葉に、音無は戸惑いの表情を浮かべる。その後ろに居る日向と久居の2人の表情は、”面倒なのが来た”と言いたげな呆れ顔だった。

 

「とんだ不届き者が居たもんだなぁ、この戦線の隊員やっといてガルデモのことを知らねぇとはよ!」

「な、なんだお前!?っていうか昨日来たばっかりなんだから知る訳ないだろ!?」

「24時間ありゃ理解するには十分だろうが、あ”ぁ!?」

 

その生徒は、音無の頭頂部から足のつま先にかけて視線を動かした後、その両手を制服のポケットに突っ込んだまま肩を竦める。

 

「ったく、ゆりっぺの目も狂ったか?こんな見るからに頼り無ぇ奴を即幹部入りとは……」

 

その言葉に、音無は顔を顰める。

 

「何だよ、人を見るなり藪から棒に。初対面の相手にそんなこと言われる筋合いは――」

 

と言いかけたところで、音無は目の前の男子生徒に見覚えがあることに気が付いた。

 

音無や日向とさほど変わらない体格、所々外に撥ね、やや乱雑に切られた真っ黒な短い髪、そして人によっては威圧感を感じるであろう鋭い目元。その刺すような目つきも相まって刺々しい印象を与える彼は、音無が戦線に入隊する際に本部に居た幹部の一人だった。(ガラの悪いメンバーはもう一人居たが、あちらは長ドスを片手に携えていたため見分けは付きやすかった)

 

「――いや、あんたさっき校長室に居た奴だな。名前は確か……」

 

音無は少し考え込むが、彼の名前を思い出すことが出来ない。久居のことは辛うじて思い出せたものの、立て続けにメンバーを紹介されたことで一部の記憶が曖昧になっているようだ。

 

「オイオイオイ人の名前も覚えらんねぇか!?呆れた新人だな、そんなんでこれからやって行けんのか?えーっと……」

「……」

「……」

「……記憶?」

「記憶ナシ男じゃねえよ!仮にそうだとしてそこが苗字にはならないだろ!?」

 

日向の「こいつも憶えてないじゃんかよ……」という呟きを横目に、思い出すことを早々に放棄した男子生徒は「何でもいいわ!」と言い放つ。

 

改めて音無と向き直ると、男子生徒は親指を自身の胸元に突き付けた。

 

「憶えてないってんならもう一辺言ってやる。

真幸 優人(まさき ゆうと)。作戦実行部隊だ。岩沢さんの足引っ張るようなら俺が許さねぇから、そこんところ肝に銘じておけよ、新入り」

 

つい先程久居に対して感じた安心感とは真逆の、明らかに面倒そうな真幸に辟易した表情を浮かべる音無。見かねた日向が音無の肩に手を置いた。

 

「こいつは岩沢シンパの真幸。まあ見ての通り無節操に他人に喧嘩を売る変な人間ではあるが、悪い奴ではないし仲良くしてやってくれ。初対面の相手に突っかかるのはこいつなりの挨拶みたいな物なんだ」

 

当たり障りも無く纏めようとする日向に、真幸は不満げに返す。

 

「人を当たり屋みたいに言うんじゃねえよ日向。新入りに舐められないようにするのは先輩の義務ってもんだろうが」

「や、お前の場合先輩後輩は関係無いし、第一仮にそうだとして、お前のそれが威厳に繋がったこと一度も無いからな」

 

日向の辛辣な言葉に、「あぁ!?嘘だろちゃんと効果あっただろうが。田中とか、あとあいつ、あの、田中とか……」と頭を抱える真幸。

 

音無は、日向の言葉により真幸がどういう人物か思い出していた。岩沢――陽動部隊のリーダーであるギターを抱えた赤髪の少女――の一挙手一投足にいちいち同調していた人物が一人居た。眼前の不良じみた人物こそがそれなのだと、音無はようやく思い至る。

 

「あんた、岩沢って奴に妙に入れ込んでた感じだったな。なんか理由でもあるのか?」

 

音無にとっては特に理由のない純粋な疑問だったが、その言葉に真幸は目の色を変えて音無に詰め寄り、同時に日向と久居は苦虫を嚙み潰したような表情になる。それは、厄介な人物に厄介な話題を吹っ掛けたことを意味していた。

 

「だからぁ、テメェの目は節穴かよ?ここに来てまだ岩沢さん……ひいてはガルデモの魅力に気が付いてないのか?」

「何回言わせるんだよ、そもそも面識がほとんど――」

「察しろや!!」

「無茶過ぎる……」

 

余りの無理筋に絶句する音無に目もくれず、真幸は火が付いたように語り出す。

 

「あの絶対無敵の岩沢さんと肩を並べられる数少ない存在であり確かな経験値に裏打ちされた殺人的なリフ捌きと堂々とした出で立ちでガルデモ全体の音楽を引っ張るリードギターのひさ子、その可憐な外見から想像もつかない力強い音色とバンド全体を後方から見渡し、適格に支える気配りの良さで音楽のパワーを何段階にも底上げするドラムの入江、本人の奔放な性格と本番だろうと容赦無く差し込んでくる予測不可能のアドリブで観客を沸かせながらも、バンド全体の調和を一貫して守り続ける生粋のベーシスト、関根……そして彼女等ガルデモのメンバーを、陽動部隊を、そしてこの学園のNPC共の人気までもその身に背負いしは音楽を愛し、音楽に愛された女神、岩沢さんだ!あの人が一度歌声を上げれば、そこに国が出来るとまで言われるし海が割れる。今回の作戦の俺達の仕事は、あの人の歌声の為に命を懸けて戦うことなんだ、分かったか新入り!!」

「全部言ってくれてありがとう」

 

ずいと顔を近づけ、唾を飛ばして捲し立てる真幸。一方で音無は白けた顔で生返事を返していた。真幸が早口で連ねた話に関しては、その半分も耳に入っていなかったことだろう。

 

「こめんねー音無君。真幸君、岩沢さんの話になると色々タガが外れちゃうから……」

「こういうことになるから、真幸に降る話題は考えた方がいいぞー」

「先に言ってくれよそういうのは!?」

 

後ろから久居と日向が他人事のように声をかける。音無と同時に、真幸もその言葉に納得がいかないかのように2人を指差した。

 

「つか、お前等はさっきから人を面倒臭い奴みたいに言うんじゃねぇよ!」

「だって、実際そうじゃん」

 

尚も声を荒げる真幸に、日向は遠慮も無く口を尖らせる。

 

「いいか、面倒な奴ってのは俺みたいなのよりも――」

 

――と、

 

「おや」

 

真幸が両手を広げて言葉を紡ごうとしたのを遮るように、1つの声が彼等に向けて投げかけられた。

 

この場にいる4人の誰の物でもないその声に、音無は首を傾げ、日向と真幸は「うわ来た……」と口をそろえて呟き、久居はピリリと表情を強張らせる。

 

「こんな所で会うとは奇遇だね、久居さんに会いにここへ来たつもりだったんだけど、君と会えるとは思っても見なかったよ」

 

その声は彼等の頭上、大食堂の2階から聞こえる。見上げると、2階吹き抜け部分の手すりに寄りかかり、真幸達を見下ろす1人の男子生徒の姿があった。

 

音無が「あの顔は――」と今朝方の記憶を辿ろうとするが、次の瞬間、その男子生徒は軽やかな身のこなしで手すりから身を乗り出し、1階へと落下する。

 

大食堂は天井が高い分、1階から2階への高さも相応な物である。飛び降りたとて決して動けなくなるような怪我を負うものではないかもしれないが、それにしても躊躇いも無駄も無いその動作と、極めて軽やかに着地し、事も無げに真幸達と相対する彼は、それだけでただ物ではない風格を感じさせた。

 

「さしずめ、日向君に案内して貰っている途中かな?音無君」

 

男子生徒は音無に歩み寄り気さくに話しかける。

 

「あんたもさっき校長室に居たよな?ってことは戦線幹部か?」

「さっきは名前くらいしか言えなかったから、改めて自己紹介させて貰うよ。

 

武藤 小次郎(むとう こじろう)。主に作戦実行部隊として活動している。君には期待しているよ、音無君」

 

すらりとした長身と細身ながら引き締まった体格、短めの金髪をオールバックに纏め、くっきりと通った鼻筋に穏やかさを感じさせる目元、黙って立っていればファッション雑誌の表紙でも飾っていてもおかしくない程に整った顔立ちをしている。

 

加えて、先程2階から事も無げに飛び降りたのを筆頭にその所作には常に優雅さすら感じられる程に洗練されており、思わず目を奪われる程だ。一切の非の打ち所も無い美青年、それが、今現在武藤と相対した音無の印象だった。

 

武藤の顔を正面から見た音無は、彼もまた今朝の校長室に同席していた戦線幹部の一人であることを思い出し、同時に、主要メンバーを紹介する際のリーダー、ゆりによる簡潔な紹介が脳裏に蘇る。

 

『――そこの金髪長身の彼は武藤君。動きも話す言葉もやかましいナルシストのアホよ』

 

――ものの見事にポジティブな要素が一切無い酷い紹介だったにも関わらず、当の武藤本人は特に気にする様子も無かったため、音無は妙に困惑していた。

 

そんな第一印象とは裏腹に、堂々として落ち着き払った目の前の武藤の姿に音無は僅かに安堵する。一体どのような人物かと思えば、先程の真幸よりも遥かに冷静でまともそうな人物だ。頼りがいのある外観の武藤に音無は手を差し出した。

 

「音無だ。よろしく、武藤」

 

その手を取った武藤は言葉を返す。

 

「ところで、下の名前は思い出せたかい?」

「いや……それは思い出せそうにない……かな」

「そうか…………まあ、ここで過ごしていればいつか思い出せるだろうから、その時になれば教えてくれたら嬉しいな」

 

過去のことを思い出せない音無にとっては複雑な心境だったのだろう、曖昧な表情を浮かべて「ああ、そうだな」と答えた。

 

「と、挨拶も済んだところで」

 

一通りの挨拶も終えたと判断した武藤は、握手を交わしていた音無から離れ、その背後で気まずそうに目を逸らす久居の方へ向き直る。

 

そして、

 

「今日も素敵だ久居さん!!!!」

 

広大で人影の少ない大食堂に、凄まじいまでの武藤の叫びが木霊した。

 

あまりにも突然の出来事に棒立ちでその叫びを聞き届ける音無、長い付き合いから武藤の行動を先読みしてあらかじめ両手で耳を塞いでいた真幸と日向、武藤の目の前で羞恥により顔を赤く染めながら奥歯を噛み締める久居。

 

「あなたが燦然と輝くから僕は今日もこうして生きていられる。麗しく、明るく、優しい久居さんで居てくれて有難う」

 

そして周囲の冷たい視線に何の反応も示さず、ただ久居の前で片膝立ちをして彼女の右手を取ろうとする武藤。

 

「――武藤君」

 

ゆっくりと伸びてきた武藤の手を振り払い、久居は努めて冷静に話しかける。

 

「音無君がびっくりするから、せめて最初くらいはしっかりしよう」

 

冷たさを孕んだ久居の言動に、武藤は一瞬硬直した後、手を額に当ててこれまた大仰な仕草で立ち上がった。

 

「嗚呼!そうだった申し訳ない音無君!未だここでの過ごし方さえ知らない君に久居さんが如何に魅力的かを説明するところから始めなければ!!まずは――」

 

「え……あ、ああ」

 

何か会話が成立していない。音無がそんな違和感を咀嚼する暇も無く、武藤は音無の肩に腕を回し、そして両手でその頭を掴み、ぐりんと目線の先を強制的に久居の方へと向かせる。無理やり向けさせられた視線の先には、薄橙色の髪をした少女が何かを諦めたような表情で溜息をついていた。

 

「可憐だろう?」

「さっきから何を言っているんだこいつは!?」

 

耐えきれずに叫び声を上げる音無だが、乱暴に手を振りほどくよりも前に武藤はパッと音無の肩に回していた腕を離している。

 

「恥ずかしがることは無い、久居さんは神々しく、優しく、この戦線で生きる者達にとっては正しく女神と言っても何ら差し支えない存在だ。君もいずれ分かる日が来るさ」

「流石に差し支えてんぞー」

「本人含めて基本困惑しかしてないかんなー」

「しかし!君が久居さんの美しさに気付くことは、即ち僕にとって強力な好敵手(ライバル)を1人増やすことに他ならない。分かっていながらそれでも彼女の吸い込まれるような瞳を、風に揺れる太陽のような髪を誰かに伝えずにはいられない……嗚呼、なんと罪な人だ久居さん……」

 

日向と真幸の野次が耳に入っているのかいないのか、武藤の勢いは一切留まることを知らず、すらりとした両手を使って大げさなまでの身振りで愛を叫んでいる。その言動に一切の嘘は無いのだろうが、どこか自分に酔っているような印象も与える。つい先程までギラギラとした威圧感に溢れていた真幸は、その威勢はどこへやら、すっかりと肩を落として天井を見上げていた。

 

「見ろ新入り、本当に面倒臭い奴は話が通じない」

 

察するに、この光景はいつも通りなのだろう。続いて、日向が口を開く。

 

「こいつはアホの武藤、一応戦線メンバーの中でも相当動ける部類だし、ご覧の通り見てくれは良いんだが、如何せんご覧の通りちょっと受け入れがたいレベルのアホでな……」

 

尚も長々と久居がいかほどに魅力的な人物であるかを語る武藤に痺れを切らし、とうとう久居は彼の目の前で手を叩いた。鼻先で響いたパァンという乾いた音に、武藤は一瞬その動きを止める。

 

「武藤君!一応今は作戦行動中なので陽動部隊の邪魔はしないで頂けると助かります!」

 

少々語気を強めて言い放った久居に僅かな間押し黙った武藤は、やはり事も無げに「ふっ」と笑みを零し、

 

「面目ない久居さん……。あなたの仕事を邪魔することになろうとはなんと軽率な行動であったか……最早合わせる顔が無い…………」

 

普通ににショックを受けて項垂れた。

 

「いやそこまで強くは言ってないから……ね?」と、予想外の反応に戸惑いを見せる久居と膝から崩れ落ちていく武藤、その光景を横から見ていた音無は、日向達の方へ問いかける。

 

「なあ、あの2人ってそういう――」

「「無い無い無い無い無い」」

 

音無の脳裏に浮かんだ疑問に、日向と真幸はこれでもかとばかりに頭を振った。

 

「徹頭徹尾武藤の片思い。久居に脈は無い」

「つかあの感じで脈あったらちょっと怖ぇ」

「お前は会ったばかりだからピンと来ないだろうけど、マジでいつもあんな感じだから」

「俺が久居の立場だったら4、5回腹立って殺ってるわ」

 

真幸の口から何とも物騒な言葉が出るまでに強く否定されてしまったのなら、その言葉に間違いはないのだろう。

 

と、久居がどうにか立ち直ってはくれないかと励ましの言葉をかけていたのが功を奏したのか、武藤は再起動し、ゆっくりと立ち上がる。そして、音無、日向、真幸の3人を順に見渡して淡々と口を開いた。

 

「君達何をやっているんだ?久居さんはトルネードの準備中だろう、彼女の邪魔にならないように一刻も早く立ち去るべきじゃないかね?」

「うっわ、急に普通のこと言い出したぞこいつ」

「さあ、気を取り直してこの学園内の観光と洒落込もうじゃないか音無君!どちらの方面から来たんだい?やはり教室棟側からか?ならば学生寮方面に向かうとしよう。血沸き肉踊り、薔薇の揺らめく男子の花園へ、いざ参ろう」

「え、なに、付いて来んの!?」

 

立ち直りが早いのか空元気なのか、武藤は腕を滑らかに音無の肩に回しながら彼等が入ってきた大食堂の正面口とは別方向の出口へと歩きだし、戸惑う音無はその強引さに抵抗できず引っ張られる。

 

「それでは!また会おう久居さん。またその輝かしい笑顔を僕に見せておくれ!!」

 

今一度久居の方に爽やかな笑顔を向けた後、武藤は強引に肩を組んだ音無と歩き出し、その後ろに日向が「好き勝手するのはいいけど、俺の役割を奪うなよ……」とぼやきながら後を追っていく。

 

怒涛の勢いで現れて、好き放題の言動を放っては去っていく武藤の背中に、久居は恥じらいを含んだ溜息をついた。

 

「慣れねぇなお前も。いつもの光景だろうが」

「そりゃ慣れないよ……なんていうか、調子が狂うし」

 

NPC、戦線メンバーを問わず多くの人物から“親しみやすくていい人”として程よい距離感で人望を得てきた彼女は、戸惑う程に好意を示してくる相手に対しては却ってどう反応していいのか分からなくなる。恋愛沙汰は好物な彼女だが、こと自身の話になるとどう身を振ればいいのか分からなくなる様は、それもある意味でごく一般的な女子高生のそれだった。

 

「真幸君、ルームメイトだしなんかこう、自重してくれるように言ってくれたりとか……」

「無茶言うなっての」

「だよねぇ」

「あのアホの前で迂闊にお前の話をしたら、一晩中人は何故恋をするのかについて語られるんだ、あんなの二度と御免だっての」

 

さりげなく真幸に武藤の言動を抑えてもらうようお願いしてみるものの、真幸はそっけなく手を振るばかりだった。

 

あの奔放な武藤のルームメイトとして毎晩を共に過ごす真幸の心労は、毎日のように大げさなアプローチを受ける久居には察して余りある。(とはいえ、毎朝周囲の部屋に騒音公害を撒き散らす男として名を馳せる真幸も大概なのだが)

 

そんな彼が久居の頼みに首を縦に振るはずも無く、音無が去った今この場所に用はないとばかりに歩き出した。

 

「んじゃ、俺も作戦開始までに散歩してくるわ、邪魔したな久居」

 

新人に一通りガルデモのことを話して満足したのか、はたまた厄介なルームメイトの登場により興が削がれたのか、彼は久居に背を向けてひらひらと手を振る。

 

その背中を見送った後、久居は長話をし過ぎたとクリップボードを抱え直し、今尚作戦の準備に勤しむ陽動部隊の面々を見渡した。

 

「はい!それじゃあさっきの新人さんに良いライブ見せられるように、皆あとちょっと頑張ろう!!ユイちゃんも、今は機材の設置が優先ね」

 

元気を入れ直して周囲の人物に声をかける。先程の武藤の奇行とそれに羞恥の表情を受かべる久居を温かい目で見ていた陽動部隊の面々は、彼女の言葉に「おー!」と、どこか緩い声を上げた。先程からちょこまかと動き回り、大食堂の至る所にガルデモのビラを貼っていたピンク色の髪の少女も、彼女の言葉に「合点だー!!」と妙に威勢の良い声を張り上げる。

 

新メンバーという非日常が訪れはしたものの、この学園での生活はいつも通り進んでいる。久居は、これから行われる作戦に、この死んだ世界戦線の面子での“神への反抗”に、いつも通り胸を膨らませていた。

 

この世界のどこかに潜む”神”への糸口。それを手繰り寄せるためにあえて学園の校則から大きく逸脱した行動を起こし、同時にこの世界での貴重な食料調達手段である食券を一般生徒からを巻き上げてしまおうという、大胆かつ奇抜な作戦行動であるオペレーション・トルネード。

 

今夜もまた、そんな大げさで滅茶苦茶な”学園生活”が繰り広げられる。そんな期待に、久居はどこか胸が躍るような感覚を抱いていた。

 

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