Angel Beats! -The Reconnect Operation-   作:上海かに

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Guild-③

――ギルド最深部。

 

音無にとっては最早地下何階であるかも定かではなくなっている程にまで階層を下りた果て。彼等はこの地下の中でも一際開けた場所に行き当たった。ゆりはその空間の中央まで歩みを進め、その足元を指差す。

 

「この下よ」

 

促した先にあったのは、床に取り付けられた鉄扉だった。1人で開けるには少々骨の折れるであろうその扉を、音無とゆりの2人がかりで開けた。ギィ、と音を立てて鉄扉が持ち上がったところで、音無は改めて周囲を見回す。今彼の目に映るのは広大な地下通路とゆりの姿、それだけである。あれほど頭数の揃った戦線のメンバーは、久居の脱落後も順々にトラップの餌食となっていき、今となってはこの2人を残すのみとなっていた。

 

大山に日向、藤巻に椎名……と、戦線のメンバー達を次々と闇の彼方へと送っていくこの仕掛けの本気度合には音無にとっても感服するばかりである。しかしながらその犠牲を伴う行軍の甲斐あってか、天使に先駆けてギルドに到達するという目的は果たせたようだ。

 

音無はゆりの後に続いて梯子を下り始める。ほのかに見える明かりに向けて何十メートルと伸びている梯子を下りると、やがてギルドの全貌が眼下に広がった。

 

「これが……ギルドか……」

 

梯子から足を滑らせないように慎重に下りながらも、音無はその光景を前に呆気に取られる。見下ろす先にはまるで巨大な鉄工所のような施設があり、その至る所から響く重厚な金属音はまるで一つの生き物として躍動しているようでもあった。

 

戦線のメンバーが天使と渡り合うにはこれほどの規模の施設が必要なのか、と圧倒されながらも梯子を降りきると、2人の周囲を作業服を身に纏った大勢の若者達が取り囲んだ。外見からして音無と同じ年頃であることが伺える彼等は、同じ戦線の隊員であり、ギルドのメンバーなのだろう。

 

ギルドメンバーの1人が、地面に降り立ったゆりを見て嬉しそうに声を上げる。

 

「あの罠の中、辿り着きやがったか、ゆりっぺ!流石だな!」

「そんなことより天使は?」

 

歓迎ムードを受け入れるよりも先に、ゆりはそのメンバーに問いただす。彼女の言葉にすぐさま「ああ」と返そうとしたその時、彼の背後から聞き覚えのある声が投げられた。

 

「とりあえず一旦は寝てもらったぜ」

 

声の方に目を向けると、作業服を着た人物の中で1人だけ戦線の隊服を纏った人物、真幸の姿があった。

 

「真幸君!ここまで来たってことは仕事はこなせたみたいね」

「おうよ、遅刻した分はきっちり働かせて貰ったぜ」

「武藤君はどうしたの?」

「アイツはまぁ……頑張ったよ」

「そう、大変だったみたいだけど一先ず助かったわ。それはそれとして、後で覚えておきなさいよ」

「うっ……勘弁してくれよゆりっぺ!やることはやっただろ⁉」

「だって、今の真幸君がそこまで体張ったようには見えないもの」

 

納得いかない様子で「くそぅ……」と独りごちる真幸だったが、不意にその視線がゆりの背後に立つ音無へと移る。未だぎこちない動きで辺りを見渡す彼の姿に、真幸は「あー?」と眉を上げた。

 

「新入りじゃねーの。よくもまあギルドのトラップを搔い潜ってここまで来れたモンだな?」

「な、なんだよ。何か文句でもあるのかよ?」

「別に。随分と運が良い奴だなって思っただけだよ。そんでゆりっぺ、他の奴等はどうしたんだ?」

 

先日から引き続き妙に喧嘩腰な真幸の態度からは、今尚も音無のことを認めていないことが手にとって分かるようであった。負けじと言い返す音無だが、それに対しても鼻で笑ってゆりの方へと顔を向ける。

 

「居ないわ。私と、音無君だけよ」

「は?」

 

が、淡々と放たれたゆりの言葉に唖然とした顔を浮かべた。そんな訳がないと2人が降りてきた梯子を見上げるが、いつまで経っても後に続く隊員は現れない。

 

「いやいや……そんな訳がねぇだろ。この新入りが生き残ってんのに?椎名とか松下五段とかは?」

「残念ながら、彼女達もここまでは来られなかった」

「野田までも……?」

「真っ先にやられてたわ」

 

梯子とゆりの顔を交互に見ながら何度もゆりに問いただし、やがてそれが冗談ではないと頭で理解した真幸は、再びゆっくりと音無の方へと視線を運ばせた。その顔にはかつてない驚愕の表情を浮かばせている。

 

「…………お、お前何者だよ」

「いや俺に聞かれても……」

 

音無にとっては余計なことをせず皆に付いて行っただけの話である。そのような畏敬を込めた声色で問いかけられても、記憶喪失の身ではそう応えるしかなかった。

 

ここから知りもしない自分の過去でも詮索されるのではないかという懸念が音無の脳裏を過ったその直後、上層から爆発音が響く。ギルドという広大な空間にさえ響くことから、相当近くでトラップが発動したことが伺えた。

 

振動に伴って粉塵の舞い落ちる天井を見上げながら、ギルドメンバーは口々に話す。

 

「またかかった!」

「かなり近いぞ、すぐそこまで来ている!」

 

自分達の稼いだ時間などその程度の物だったと言うかのような状況に、真幸も小さく舌打ちをする。

 

「……ゆりっぺ」

 

ギルドメンバーの1人が声をかけると共に、周囲の視線がゆりに集まった。リーダーの判断を仰ぐその視線を受けながら、ゆりは決心して顔を上げる。

 

「ここは破棄するわ」

 

そして、逡巡も無く言い放った。その一言に周囲がざわめく。

 

「オイオイオイ、破棄って……天使を迎え撃たねぇのかよ⁉」

「ここまで来られては時間の問題よ。それにもし今回迎撃に成功しても、次も守り切れるとは限らない」

 

戸惑いながら食って掛かる真幸に、ゆりは毅然と言い返す。その判断を覆す気配は一切感じられなかった。

 

「そんな、正気かゆりっぺ!」

「そうだぜ、武器が作れなくなってもいいのか⁉」

「大切なのは場所や道具じゃない。記憶よ。あなたたち、それを忘れたの?」

 

次々に声を上げるギルドメンバー達にも、ゆりは動じることなく諭す。

 

「どういうことだ、ゆり?」

 

音無が首を傾げる。この設備あってこそのギルドと認識していた彼にとっては、嚙み合わない内容だった。ゆりは音無の方に向き直り、口を開く。

 

「この世界では命あるものは生まれない。けど、形だけのものは生み出せる。それを構成する最低限のパーツと、それの組み合わせ方さえ知っていれば、何も必要ないのよ」

 

音無に見せびらかすように手の平を向けながら、ゆりは続ける。

 

「土塊からだって、生み出せるわ。記憶を元に原子の組み換えを行うのよ」

 

まるで錬金術であるかのようなその話に、音無は一瞬言葉を失った。しかしゆりの放つ言葉とその表情からは嘘を吐いているとは到底思えない説得力がある。

 

ならばこの大仰な設備は何なのか、と次の疑問が湧きあがると同時に、周囲を取り囲むギルドメンバーを掻き分け1人の男性が姿を現した。

 

「――だが、いつからか効率優先となり、こんな工場でレプリカばかりを生み出す作業に慣れ切ってしまっていた」

 

他の同世代であろうギルドメンバーとは明らかに一線を画す風格に、渋みをふんだんに添えた声色、そして顎にたっぷりと髭を蓄えたその相貌はどこからどう見ても教員か用務員の1人だと誤解しそうになる。堂々とした佇まいのその男性は、ゆりとギルドメンバー達の間に割って入った。

 

「チャーさんっ!」

「チャー、アンタいいのかよ!ここまで育て上げてきたギルドだろ⁉」

 

こいつも高校生なのか……⁉と戸惑う音無はよそに、他のギルドメンバーは沸き立ち、真幸もその輪の中に入っている。

 

「本来あたしたちは形だけのものに”記憶”で命を吹き込んできた筈なのにね」

「なら、オールドギルドへ向かおう。長く捨て置いた場所だ」

 

可憐な女子高生と妙に風格の漂う工場長のような男性――ギルドのリーダーを務める、チャーと称される戦線の古参隊員――は、苦笑交じりに話し合う。

 

「……あそこには何もない。ただ、土塊だけなら山ほどある。初心に戻るなら恰好の場所だろう。あそこからなら地上へも戻れる」

「ここは……?」

「爆破だ」

 

ギルドメンバーの1人が放った疑問に、チャーは迷わず返した。動揺を隠せない様子でざわめく周囲に、再び声を上げる。

 

「天使はオールドギルドへは渡らせん。あそこは俺達が返れる唯一の場所だ」

「でも……」

「持っていくべき物は”記憶”と職人としての”プライド”……それだけだ。違うか、お前達?」

 

尚も躊躇するギルドメンバー達に振り返り、チャーは問いかけた。その光景に1人、また1人と感化された者達が次々に声を上げ始める。

 

「はいっ!」

「おっす!」

「ああっ!」

「行こうぜ!」

 

かつてのプライドを思い出したのだろうか、急激に活気付くメンバーに対し、「爆薬を仕掛ける。チームワークを見せろ!」とチャーが発破をかけた。それに応じてより騒々しくなるこの空間の頭上で、先程よりも大きな爆発音が響く。より天井の破片が降り始める中で、チャーは爆発音に負けず劣らずの威勢で更に号令を飛ばす。

 

「そういう訳だ。お前も男を魅せろ」

「チャー……」

 

慌ただしくギルドメンバーが作業に取り掛かる中で、チャーはその場に立ち動き出さない真幸の前に立った。少々ばつが悪そうに目を逸らしながら、真幸は口を開く。

 

「……いいのかよ?ここまでデカくするのも楽じゃなかった筈だろ?」

「随分と女々しいことで悩むな?場所よりもここで培った記憶と人間の方が重要だとさっき言っただろ」

 

チャーの言葉に鼻を鳴らして強がる素振りを見せるが、真幸の視線は未だ揺れていた。その様子に苦笑を浮かべながら、チャーは真幸の背中を力強く叩く。

 

「そんなことよりも、お前がここでゆりの役に立たないでどうする?折角『天使をぶちのめす』とか何とか言ってごねるお前に喧嘩の仕方を叩きこんでやったんだ、これくらいの苦境は楽勝だと言ってくれなきゃこっちが情けないぞ」

 

芯の通った声で、強く言い切る。その力強さに目を見開いた真幸の表情からは、次第に迷いの色が消え始め、その目つきは一層の鋭さを増し始めた。

 

自身の言葉により、他のギルドメンバーと同様に覚悟を決めたことを察したチャーは安心した様子で続ける。

 

「吹っ切ったか?」

「おう」

「俺達は爆破作業に就くからそっちの手伝いは出来ん。ゆりのことは頼んだぞ」

「合点承知ィ!」

 

喧嘩の師匠であるチャーの言葉により火が付いたかのように駆け出した真幸は、ゆりが立つ梯子の元へと向かう。道中、ギルドメンバーの運ぶ木箱におもむろに手を突っ込み、棒状の手投げ弾を3本引き抜いて自身の腰のベルトに差し込んだ。

 

「借りるぜ!」

「おう!精々上手く使え!!」

 

チャーの怒号を背中に受け、真幸はゆりと合流する。

 

「真幸君、すぐそこまで天使が来てるわ。あたしはこれからギルド爆破までの時間を稼ぐ。あなたは?」

「当然、俺も行くさ」

 

ゆりの言葉に意気揚々と答え、真幸は上層へと通じる梯子に手をかけた。

 

*

 

真幸が鉄製のハッチを押し上げた先にあったのは、自身のすぐ傍まで砂煙が立ち込める光景だった。これが晴れた先には、おそらく天使が控えている。

 

真幸に続いてゆりが梯子を上り切り、広大な通路の奥を見据える。と、2人の後に続いて音無が床から顔を出した。

 

「あら、来たのね。怖くないの?」

「下に居てもやること無いからなっ」

 

からかうように笑うゆりとは対照的に、真幸は懐疑的な視線を音無に向ける。

 

「……まぁ、足手纏いにはなるんじゃねぇぞ」

 

その言葉遣いからして何かしら言いたげな様子は垣間見られたが、そのような状況でないことは真幸にも重々承知であったため、その視線はすぐに砂埃の方へと戻った。

 

3人が通路の奥に目を向けていると、やがて砂埃の中から人影が現れる。光子状の刃、ハンドソニックをその細腕に纏った天使は、じりじりとゆり達の方へと歩み寄っていた。

 

ここに至るまで幾度となく襲ってきたであろうトラップによってその制服はボロボロで、更には武藤の尽力によって与えられたダメージが赤黒い染みとなって道中の壮絶さを物語っている。しかしながら、それでも天使自身には全く動けない程の外傷は見られない。ここでゆり達に姿を見せるまでに、着々と傷は回復してしまっているのだ。

 

「真幸君、その手投げ弾は?」

 

短く問いかけるゆりの視線に対して、真幸は腰のベルトに差した手投げ弾に手を添える。

 

「信管入りが1本、偽物(ブラフ)が2本」

「分かったわ。もし使うなら本物は最初にして頂戴」

「了解」

 

簡潔に会話を終えるやいなや、ゆりはその場に片膝をつき、銃を引き抜いた。周囲の視界が開けてきて、天使の姿がはっきりと視認出来る程にまでなったその途端、ゆりの構える銃口が火を吹く。一般的な女子高生の風貌からは信じられない程に整った射撃の姿勢から放たれる銃弾は、正確に天使のか細い足を撃ち抜いた。

 

がくんと天使は膝を落とす。足を止めたことを確認したゆりは続けざまに発砲をするが――

 

『ガードスキル……ディストーション』

 

直前に天使が呟くと同時に展開されたディストーションの効果により、後に続く銃弾は悉く軌道を歪められていった。音無と真幸も射撃に加わるが、相手に掠ることすら叶わない。そうしている間に、天使の足に穿たれていた傷は凄まじい速度で塞がっていき、やがて何事も無かったかのように天使は再び歩き出した。

 

「対応が早すぎる……!」

 

ゆりが舌打ちをする。ここに辿り着くまでにいくつものトラップを見てきたからというのもあるのだろう。天使の方も相応に本気であることが伺えた。

 

一瞬顔を歪めたものの、それも想定内とばかりに表情を切り替えたゆりはその手に持つ得物を投げ捨て、腰に留めていたホルスターからナイフを引き抜いた。

 

「接近戦に切り替えるわ。2人は後方から援護を!」

「おう!」

「はぁ⁉接近戦って――」

 

唐突に飛ばされた指示にどう返すか戸惑う音無だったが、それを待たずにゆりはナイフを片手に天使の方へと駆け出して行った。頭の整理がつかないまま、横でシリンダーの中を確認する真幸に話しかける。

 

「お、おい!俺達で援護って……」

「こないだのトルネードと同じだ、ひたすら天使に弾を送り込めばいい。ゆりっぺがディストーションの効果範囲から引きずり出してくれりゃ少なくとも牽制にはなる」

「いや、そうじゃなくって……ゆりが前衛なのかよ⁉」

 

音無の戸惑いを交えた言葉に対して、真幸はフンと鼻で笑って見せた。

 

「アイツを誰だと思ってんだ?死んだ世界戦線(おれたち)のリーダーだぜ。天使を相手取ることにかけて右に出る奴は居ねぇよ」

 

さも当然のように言い放つ真幸の言葉に納得し切れない部分はあったが、しかし今はまさにゆりと天使が対峙しようとしている状況である。

 

「そういう訳だ、あの2人が距離を離したタイミングで一斉射をかけろ。間違ってもゆりっぺに当てるんじゃねぇぞ、後が怖いからな!」

 

そう言い残し、真幸も駆け出す。つい先日銃を始めて触ったような立場の音無にとっては無理難題であるが、最早抗議できる状況でないことをとうとう受け入れた音無は覚悟を決めて拳銃を抜いた。

 

それからすぐに、ゆりと天使の交戦が始まる。駆け抜けざまにゆりが突き出したナイフを天使はゆうに受け流すが、すぐさま体勢を整えまた突き刺す。それが躱されたとて、彼女の振るう刃は勢いを落とすことなく天使に喰らい付いた。

 

執念深くその柔肌を切り裂かんと追いすがるが、天使は自身に届きうる斬撃をハンドソニックで弾き、反撃を与える。しかしながら、ゆりは自身に迫りくるその脅威を躱し、ナイフで軌道を逸らし、それによって生じた隙を極めて正確に付いていく。天使の持つ怪力に対して、音無が感嘆の声を漏らす程的確に対抗して見せていた。

 

「あいつ、接近戦でもやり合えるのか……」

 

あの喧嘩っ早そうな真幸が迷わず前衛を任せる訳である、と、思わず声を漏らす。身体能力自体は他の隊員と比べても劣っているだろうに、音無が未だ胸を突き刺された時のトラウマで竦み上がる相手に堂々と立ち回るその姿は、正しく戦線のリーダーと呼ぶに相応しい物である。

 

何度も金属音を響かせながら斬り合う2人を必死に目で追っていると、彼女達の大きく右側に回り込むように走っていた真幸が足を止め、銃口を天使に向けた。ギルドの入り口付近に立っている音無と真幸の立ち位置で、ちょうどL字に天使を捉える形となる。

 

「用意は良いか!」

 

射撃体勢に入った真幸の声に弾かれるように、音無も銃を構える。手元は震えているが、どうにか照門の谷間に天使の姿を捉えることが出来た。

 

銃を構えた2人をチラリと見やったゆりは、振り下ろされたハンドソニックを切り払うと素早く後方へ飛び退いた。それを追おうと、天使が前傾姿勢を取る。しかし――

 

「今だ、撃ちまくれ新入り!!」

 

真幸の一層威勢を込めた声と共に2方向から放たれた銃弾により、ゆりから離れるように動かざるを得なかった。切り結ぶ中で、既にディストーションの機能する範囲から離れていたのだ。

 

重さの異なる銃声が入り混じりながら天使の周囲に銃弾が飛び交うが、そのほとんどは奥の空間に吸い込まれるかハンドソニックに弾かれ、やはり届く様子は無い。やがて傷一つつけることも出来ないまま、6発装填である真幸の銃が先に弾切れを起こした。

 

「くそっ、やっぱり上手く当たらない……!」

「まだだ、撃ち続けろ!」

 

音無は天使の尋常でない能力もさることながら思うように定まらない照準に苛立ち交じりに言葉を吐く。一方で、真幸は弾の切れた銃を一度ホルスターにしまい込み、ベルトから手投げ弾を1本手に取った。棒状のそれからピンを引き抜き、ゆりと十分に距離の離れた天使に向かって投げる。

 

「1(・)本(・)目(・)行くぞぉ!!」

 

山なりの軌道を描いて天使の元へと落ちていく手投げ弾だが、彼女は特に表情を崩すことの無いままそれを容易くハンドソニックで振り払う。手投げ弾は甲高い音を立てながらあっけなく通路の奥の方へと弾き飛ばされ、数秒後に無意味に爆発した。

 

金色の瞳が真幸の方へと移る。彼を攻撃対象として今にも駆け出さんとするが、真幸はすぐさまもう1本の手投げ弾を手に取り、ピンを引き抜いて投擲した。先程と同様、正確に天使の元へ飛来してくるそれを、また同様に弾き飛ばそうと天使は構える。

 

「――あら、よそ見?」

 

――しかし武器を構える自身の背後、想像だにしない程近い距離から聞こえてきた少女の声に、咄嗟に身を翻した。

 

飛び退きざまに振り返ると、やはりそこには極めて至近距離まで迫っていたゆりの姿。その手に持つナイフは、回避をしなければ確実に天使の背中を深く刺さっていたであろう形で突き出されていた。

 

真幸の投げ込んだ手投げ弾が2人の足元に転がり落ちる。今すぐにでも退避をしなければ纏めて吹き飛ばされるであろうこの状況で、ゆりは攻撃の手を緩めることは無かった。足元の爆弾と目の前で刃を振りかぶる少女、その両方に目を配らせた天使は、その刃を受け止めるのに僅かに遅れが生じた。

 

ハンドソニックで受け流されたナイフは、しかしその勢いを殺しきることは出来ず天使の腕を浅く切り裂く。彼女にとっては取るに足らないかすり傷だが、それでも自身の刃が届いたことに対してゆりは笑みを浮かべていた。

 

そして、天使の注意は再度足元に転がる手投げ弾へと向けられる――が、いつ盛大な音を立てて爆発してもおかしくないそれは、何故か沈黙したままだ。ここで天使は気が付く。真幸が投げ入れた手投げ弾は自分達のリーダー諸共木端微塵にするための物ではなく、最初からゆりが接近戦で手傷を与える隙を作るための物であったと。

 

死んだ世界戦線の隊員達が天使を相手取る上で常に課題となるのは、彼女の持つ超常的な特殊能力”ガードスキル”への対処法である。その中でもとりわけ厄介とされている能力――周囲の空間を歪め、銃火器の軌道を逸らし無効化する”ディストーション”――への対策は、長い戦線活動の中である程度形成されていた。

 

まず最も有効なのは、大人数による飽和攻撃。ディストーションの発動により歪められた空間はその場に固定するため、発動地点から動かさず、再発動の余地も与えない程の物量で撃ち続けたら天使を釘付けに出来るという物である。時間稼ぎという観点ではこの上なく有効であることから”オペレーション・トルネード”におけるバリケード班の常套手段となっているが、頭数の少ないこの状況では到底実行出来る物ではない。

 

ならばどうするか。その問いへの回答が、真幸の用意した手投げ弾とゆりによる接近戦だった。爆弾の類もディストーションの効果対象であるため直撃こそしないが、外見相応に軽い天使の身体は爆風の影響で大きく後退させられるため、相手にとっても無視し切れない物となっている。

 

そこに、能力の効果が適用されない刃物による近接戦闘を交える。これによって、味方を巻き添えに爆弾で吹き飛ばすか、信管の入っていない偽物の手投げ弾を餌にして刃物による有効打を叩きこむか、その2択を相手に迫ることが可能となる。

 

いくら天使と言えども、対処が必要な脅威が2つ同時に迫る状況では僅かに判断に遅れが出る。そして、こと接近戦においては、その遅れは十分ゆりの刃を届かせるに足り得る物だった。この作戦には、短期間であれど天使との接近戦に耐え得る人物が居ることが必須なのだが、それをやってのけるのが死んだ世界戦線のリーダーである。

 

迫る刃を躱しながら、天使の視線は時折真幸の方へと流されており、それにより微かではあるものの動きは鈍くなっていた。

 

「へっ、気が付いたかよ。流石の天使様だな」

 

その視線で自分達の狙いを気取られたことを察した真幸だが、尚のこと強く笑いながら、3本目の手投げ弾を構える。

 

「じゃあ、こ(・)れ(・)はどっちだと思う?」

 

そして、躊躇い無くピンを抜いた最後の一投を天使に送り込んだ。揺れる天使の視線、この状況下でゆりはナイフを振るう。味方が――ましてや自分達のリーダーとされている少女が――近くに居るこの状況で本物の爆弾を投げ込むか?普通に考えたら有り得ない。しかしそれも自分の裏をかく手段の1つであったら?その逡巡が、視線の揺らぎをより多くしていく。

 

――実際の答えは、真幸の投げた物は信管の入っていない偽物(ブラフ)である。彼が持った手投げ弾は、天使を吹き飛ばすことは出来るものの、致命傷を与えるには物足りない。ならば、それ自体よりもゆりの接近戦で確実に仕留める為の布石とするべきと真幸は考え、ギルド出口の前でゆりに伝えていた。

 

天使が一瞬動きを止める中、たった今投げ入れられた物が爆弾ですらないただの棒切れであることを知っているゆりの方は、その瞬間を待っていたかのようにナイフの刃を立てる。

 

「貰ったぁ!!」

 

そして突き出されたナイフの刃先は、天使の胸元を貫く――

 

『ガードスキル……ディレイ』

 

――かと思われたその瞬間、ナイフは空を切った。彼女の眼前に捉えていた筈の天使の姿は、ま(・)る(・)で(・)霧(・)散(・)し(・)た(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)消えて無くなった。

 

「なっ――」

 

ゆりと真幸が驚愕の声を発する一瞬の内に、天使はゆりの真横に回り込んでいた。目を見開きながらもゆりは咄嗟に身を逸らし、ハンドソニックを躱す。辛うじて体制を立て直して反撃を与えるが、それも同じように天使の身体をすり抜けた。そして今度は背後へと回り込まれる。

 

「知らないガードスキル……いつの間にっ!」

 

形勢は完全に逆転していた。天使の猛攻を前にゆりは呟きながら防戦一方であり、その身体には切り傷が増え始めている。苦し紛れにナイフを振るうも、その度に天使は残像を残して背後に回り込む。まるで小馬鹿にされているかのような動きで天使に翻弄されていた。

 

「くそっ、何だよありゃ聞いてねぇぞ!!」

 

悪態を吐きながら、真幸はシリンダーに弾を込め直して射撃体勢に入る。しかし、先程までと違い2人の位置が目まぐるしく入れ替わる状況で、天使だけを狙い撃つのは不可能だった。武藤と対峙していた時は本当に手心を加えられていたのかと内心毒づく。

 

右へ左へと定まらない照準に苛立ち、真幸は視線を音無の方へと移すが、表情を強張らせながら銃を構える彼も真幸と同じ様子だった。予め用意した手投げ弾を使い切った今、最早自分達からの援護射撃は何の役にも立たないだろう。

 

「……上等だクソッ!」

 

やがて意を決した真幸は、銃をホルスターに収め、もう一つ上着の下に隠し持っていたコンバットナイフを抜いた。幅広の刃を光らせ、2人が斬り合う場へと駆け出す。

 

「チャーから教わった喧嘩術だ、舐めんな――!」

 

自分に背後を向ける天使に向けて走り寄り、前のめりにナイフを大きく振りかぶる。それが当たろうが当たるまいが、ゆりへの気を逸らす隙になればそれでいい。

 

しかし、直前に真幸の姿を視認した天使は僅かに身を翻すことであっさりとそれを躱し、右手の刃で真幸を切り上げた。

 

「がっ――!」

 

咄嗟に身を引いた真幸だが、ハンドソニックの刃は彼の顔面、左頬から左目にかけてを切り裂いた。鋭い痛みもさることながら、唐突に視界の半分を潰されたことで状況を把握しきれず、一瞬の間思考が止まる。

 

「真幸君!」

 

ゆりが声を発し、天使の視線が彼女へと移る。手傷を与えたことで真幸という戦力は無効化したと考えたのだろうか、既に天使の眼中に彼の姿は無かった。

 

「――こなくそッ!!」

 

ならば、と必死に思考を働かせ、後は倒れるだけの身体をどうにか動かし、右手に握るコンバットナイフを天使に向かって投げ付ける。がむしゃらに放たれたその行動は、しかし天使の不意を突いた。真っ直ぐ飛ぶ保障など何一つ無いままに投げられたナイフは天使の二の腕へと刺さったのだ。

 

浅く、彼女にとってダメージにはなり得ない程度の傷。しかし、不意に走る痛みに天使は一瞬ながら、確実に動きを止めた。

 

「――くそおおおおぉぉッ!!」

 

たかが一瞬、されど一瞬。二の腕に刺さったナイフを振り払い再びゆりへ切りかかろうとした天使に、今度は音無が体当たりを仕掛けた。こればかりは完全に意識外であったのだろう、天使はその突進を防御する間もないまま受け止め、ゆり達から離れるように転がった。

 

「音無君まで⁉」

 

破れかぶれの体当たりを仕掛けた音無はつんのめり地面へと倒れる。しかし、それにより大きく距離の離れたゆり達3人と天使は、再び正面から見合う形となった。

 

「悪い、助けられた新入り」

 

左目を潰されながらも気丈に立ち上がって見せた真幸が、地面に倒れ込んだ音無に手を差し伸べる。「あぁ」と言いながらそれを取り、音無は立ち上がった。

 

――と、唐突に地響きと轟音が辺りに響き渡った。カタカタと機械の作動する音が奏でられ、その異様な雰囲気にゆり達は思わず後ろを振り返る。それと同時に、

 

「3人ともどけぇーーーー!!」

 

ギルドメンバーからの怒号が耳に届いた。声の先に目を向けると、そこにはまるで戦艦の主砲とでも見紛うような巨大な大砲が地面からせり上がっていた。ゆり達の持つ拳銃とは比にもならない巨大な砲身を目にしたゆりと真幸は歓喜の声を上げる。

 

「何だありゃあ⁉お前等こんなイカした物を隠し持ってたのかよ!!」

「あんたたち、やれば出来るじゃない!そんなの簡単には作れないわよ!」

 

顔の半分を血でべったりと濡らしながら大喜びする真幸に若干当惑する音無。しかし束の間に大砲の脇の台座に立つギルドメンバーからの号令が飛んだ。

 

「いくぜーーっ!」

「総員退避ー!」

 

その怒号に煽られ、3人も通路脇に通風孔の中へと身を寄せる。

 

「撃(て)ーーーーーーっっ!!」

 

そして1人が威勢よく号令をかけると、次の瞬間大砲そのものが豪快に爆発した。

 

「「「うわぁーーーーーーっっ!!」」」

 

大砲の麓に控えていた多くのギルドメンバー達も盛大に吹き飛び、地面に叩きつけられる。長年ギルドの虎の子として隠されてきた最終兵器の、あまりにもあっけない幕切れであった。砂埃の中、地面に倒れ伏したギルドメンバー達が力無く、しかしどこか清々しい顔を浮かべる。

 

「砲台、大破……」

「やっぱ記憶に無い物は適当には作れないか……」

「適当に作るなぁぁぁーーっっ!!」

 

そんなギルドメンバーに、ゆりの真っ当なツッコミとエルボードロップが炸裂し「ぐふっ!!」と吹き出す。ギルドの最終兵器は創作意欲と悪ふざけの賜物であった。

 

「お前達、天使が起きるぞ!」

 

直後、音無の叫びで全員の視線が同じ方へと向かう。大砲の爆風により多少は後退させられたものの、未だ天使は健在である。

 

「お前達、これで何とかしろ!」

 

後方からチャーの声が響き、皆が一様に振り返った。見ると、ギルドの出口から顔を覗かせたチャーの抱える袋には、先程まで真幸が使用していた物と同じ手投げ弾が何本も詰め込まれている。

 

「チャー、もう準備は完了か⁉」

「ああ、待たせたな。いつでも爆破可能だ」

 

喜び勇んで真幸は手投げ弾を一本手に取る。続く他のギルドメンバー達もそれを拾い上げてピンを抜き、一斉に天使に投げ付けた。

 

手投げ弾は放物線を描いて天使の元へと何本も降り注ぎ、幾重にも爆発音を響かせる。ディストーションによって直撃はしないまでも、これほどの衝撃ではただでは済まないことだろう。

 

「こっちだ、急げ!!」

 

チャーの言葉によって、周囲のギルドメンバーは続々と脱出経路へと続く通風孔へと走り込む。

 

「全員退避完了!」

「よし、ギルドを爆破する!」

 

遅れて音無とゆり、真幸の3人が滑り込んだところで、チャーは導火線の付いたリモートスイッチを手に掴んだ。

 

「……いいな?」

「ええ、やって」

 

ゆりへの端的な最終確認を済ますと、チャーは大きく息を吸い込み、そしてレバーを押し込んだ。

 

「爆破!!」

 

地面の下で数十、下手をすれば数百という数に至るのではないかという程の爆発が次々と連鎖し、地下の世界が大きく揺らぐ。通路全体が轟くかのような異様な感覚の中で、音無はゆり達の後に付いて走り続けた。

 

(――あいつは、どうなっただろうか?)

 

ふと、音無の脳裏には銀髪の少女の姿が過る。

 

どうなったか、などは想像に難くない。これほどの爆発を起こせば先程まで戦っていたあの通路自体崩落する筈であり、天使は燃え盛るギルドへ真っ逆さまである。それで果たして生きているのか?……という問いに関しては、ここまでの戦いぶりを見るに恐らく数日後にはすっかりと回復しているのであろう。

 

ここに来るまでに多くの仲間を犠牲にしているのも事実である。この世界に居る以上、こういったことにも慣れていかなければならないのだろう、と、引かれる後ろ髪をどうにか振り払い音無は再び前を向いた。

 

*

 

――オールドギルド。

 

「……何年ぶりだろうな、本当に何もありゃしない。はははっ!笑えらァ」

「壁を突いたらどれだけでも土塊は落ちてくるわよ」

「酷ぇねぐらだなぁ」

 

崩れ落ちる地下道を走り、辿り着いた先。そこにあったのは、古めかしい石の壁に囲まれ、埃の被った簡素な炉が壁沿いにいくつか取り付けられているだけの寂れた空間だった。

 

巨大な工場の様相を呈していたギルドを見た後だと、何とも頼りなく見えるその空間だが、先頭を歩くチャーはそこの空気を大きく吸い込み、そして懐かし気な笑みを浮かべる。

 

「またひとつ、よろしく」

「あぁ」

 

ゆりとチャーが固く握手を交わす。その光景を繰り広げるのは恐らく初めてではないのだろう、と音無は直感していた。きっと過去にもこういった危機はあり、その度に泥臭く立て直して今の”死んだ世界戦線”は在るのだ。

 

「よし!とっとと始めるぞ、お前等!!」

 

そして、チャーが後ろに続くギルドメンバー達に号令を飛ばした。揃って「応っ!!」と返事をすると、彼等は壁際に堆積した土塊を掻き出し始めた。

 

途端に騒々しくなったオールドギルドの中で、ゆりは手持ちのトランシーバーを口に当てる。

 

『馬鹿共、お目覚め?』

 

それは、ギルドへ辿り着くまでの間で儚くも犠牲になった幹部メンバーへ充てた、地下全域への放送であった。

 

『ギルドは破棄、天使ごと爆破したわ。総員に告ぐ、至急オールドギルドへ。武器の補充はそこで急ピッチで行われている。天使が復活する前に、総員オールドギルドへ』

 

発動したトラップが時間経過で解除されていることを見越してのことだろう。ゆりの声は、リーダーに相応しい凛々しさで地下全域に通達されていった。

 

『繰り返す。急げ馬鹿共!』

 

その言葉を以て通信を切ろうとしたゆりだったが、1つ思い出したかのように通信機のスイッチを入れ直して再びマイクに語り掛ける。

 

『あぁ、それと道中で久居さんを見つけた者が居れば連れて帰ってくるように。きっと今頃どこかを彷徨ってるだろうから』

 

その言葉を最後に通信機のスイッチを切り、周囲で慌ただしく作業に当たる人員の指示に周り始めた。

 

オールドギルドの隅でその様子を見ていた音無は、先の天使との戦闘を思い出す。

 

(思わず助けちまった。何やってんだ俺……)。

 

この戦線への、そしてゆりへの愛着を未だ感じていないにも関わらず、音無の身体はゆりを助ける方向へと動いてしまった。一体自分は何のつもりでそのような無謀な行動を起こしたのだろうかと考えた時に、音無は自分が思っていた以上にゆりに対して好意的な印象を持っていることに気が付いた。

 

それは何故なのだろうか。考えあぐねている音無の隣に、1人の人物が歩み寄ってきた。近場の壁にもたれ掛かり、右目でゆりの姿を捉える。

 

「おう音無、ギルドに来て早々大変だったな」

 

その人物、真幸は音無の隣で腕を組みながら話しかけてきた。その顔面の左半分には天使に付けられた傷を覆い隠すように包帯――かと思われたが、よく見たらただの白いタオルのような布である――を巻き付けるという非常に粗雑な応急処置が為されており、当然のように布の裏から滲み出る赤色が何とも痛々しい。

 

隣に立ち、何のことは無いかのように振る舞う彼に、音無は怪訝な顔を向けた。

 

「……お前それ痛くないのか?」

「滅茶苦茶痛ぇよ!チクショーゆりっぺの奴め、普通怪我人の治療が最優先だろうよ……」

 

純粋な疑問から放たれた音無の言葉に、真幸は声を荒げる。

 

「……まあ、音無が心配することじゃねぇよ。これくらい唾つけとけば治る」

 

その言葉もあながち嘘ではないのだから真幸は今も平然と話していられるのだろう。端から見たらまごうこと無き大怪我の筈なのだが、これを後回しにされてしまうという事実に、音無は改めてこの世界の異質さを実感した。

 

……と、真幸の言葉の節々に今までとは違う違和感を感じ、音無は首を傾げた。

 

「っていうか、名前……」

「あ?音無じゃなかったっけか?じゃあ暗算日本記録所持者か悪ぃ悪ぃ」

「いや音無でいいよ」

 

いつの間にやら”新入り”という呼び方ではなくなっていたことを追求しようとしたが、また変なあだ名を付けられそうな気配を感じた音無はすぐに話を切り上げた。何をきっかけにしたかは定かでないが、恐らく”認めた”ということなのだろう。

 

「まぁそんなことよりだ。さっきは俺とゆりっぺを助けてくれてありがとな。正直あの時は本当にやばかった。お前、思ってたよりもずっと根性あるぜ」

 

そして押し黙った音無に、今度は真幸が話し始めた。裏表の無い純粋な賛辞の言葉だったが、当の音無の表情はどこか戸惑いを帯びて「ああ……」と返す。

 

「……すごいな、あいつは」

 

そして、ハッキリとしない声色でそうつぶやいた。その様子に、真幸は訝し気に眉を顰める。

 

「……ここに来るまでに、ゆりから生前の話を聞いたんだ」

「ほぉ、そりゃ随分と気に入られたモンだな。随分悲惨だったろ?アイツの過去は」

 

自分の胸中に整理をつけるかの様にぽつぽつと話し出す音無の言葉に、真幸は耳を傾ける。

 

「真幸も知ってるのか?」

「知らね」

「いや知らねーのかよ!」

「暗黙の了解でな。他人の過去を無暗に詮索するのは戦線(ここ)じゃNGなんだ。好んで話したい奴なんて居ないってのは、流石に分かんだろ」

 

真幸の言葉に、音無は「あぁ……」と曖昧な言葉を返した。あの時、ギルドへ向かう道中でゆりが浮かべた表情――音無以外の幹部メンバーが全滅し、普段の勝気が嘘のように意気消沈していた時の物である――を想起し、それも当然かと納得する。

 

「じゃあ、どうしてゆりの元で戦うんだ?」

「生前のことは知らんが、ゆりっぺの顔を見りゃ理解くらい出来るだろ?ありゃ本気で自分の人生に納得が行っていなくて、反抗する気概を持った奴の顔だ。あんなの見て放っておけるかっての」

 

そう語る真幸の右目は、はつらつと指示を飛ばすゆりの姿を映していた。音無に過去を話していた時のような暗さは見る影も無く、リーダーとしての威厳を遺憾なく発揮している。

 

「俺が戦うのは第一に岩沢さんの為だが、ゆりっぺが神をぶん殴るっていうのなら俺は大賛成だし、その為の手伝いなら喜んでやるぜ。その過程で天使とだって戦ってやるさ。どの道ガルデモのライブの邪魔になる存在な訳だしな」

「それは……やっぱりお前も自分の人生に納得が行っていないからか?」

「そうだ」

 

即答だった。真幸は今までに感じたことの無い程の強い目つきで音無を見据える。そこに躊躇いは見受けられなかった。

 

視線を受け、音無は理解する。そうか、だからゆりは皆の羨望を集めるのだ。

 

『そんな理不尽って無いじゃない……そんな人生……許せないじゃない』

 

ギルドへの連絡通路の道中で放った彼女の言葉。誰よりも強い反抗の意志に感化されて、今の戦線は成り立ったのだ。そして、そんな中で久居のような復讐の意志が薄い者でさえも引き込む程の引力を以て、この戦線は今ここに在る。

 

どれだけ弱みを吐き出そうと、その事実は変わらない。彼女を中心に成り立ったこの組織は、今日も彼女を中心に回っていくのだ。

 

(お前、凄いよ。皆が付いてくる訳だ)

 

「しっかし、投げナイフが有効だったのは盲点だったなー。だが天使の不意を突くってんなら思ったよりアリかもしれねぇな……さっきは我武者羅だったが、もうちょいコントールを鍛えればあるいは……」

 

何かに思い至った真幸がぶつぶつと呟き始めるのを横目に、音無はゆりと見つめる。

 

彼女は「そっち違うだろー!」とギルドメンバー達を叱咤している。その言葉に跳ね上げられたギルドメンバーの数人は「応ッ!」とまたも威勢の良い応答をしていた。

 

(立派にリーダーできてんよ)

 

音無の見る戦線のリーダーの姿は、誰が見ても首を縦に振る程に立派に映っていた。

 

 

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