異世界掲示板でちょっと頭使うエログロいやつ   作:虫野律

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【急募】悪役令嬢密室殺人事件を推理してくれる方

 イングート王国には賢者がいる。

 名をアリア・ハイド。

 腰まであろうかという艶やかな銀髪に雪をも欺く純白の肌を持つ──あるいは魔性さえ具えた──恐ろしく美しい女性だ。

 文武を問わず数多の傑物を輩出してきた名門、ハイド侯爵家に生まれたアリアは、幼少のころより類いまれなる慧眼と聡明を発揮し、将来を嘱望されていた。文官や研究者になって王国に貢献するもよし、然るべき貴公子に嫁いで良妻賢母となるもよし──ハイド家の更なる興隆は約束されたも同然だった。

 しかしアリアが選んだ道は、そのいずれでもなかった。

 アリアは首都、エディンベークにて〈白銀(しろがね)賢者事務所〉なる事業所を構えたのだ。

 両親をはじめアリアの周りの人たちは、何やそれ、と異口同音に困惑を口にしたが、彼女は、「困っている人に知恵を貸すお仕事ですよ」と具体的なようでいて実に抽象的な返答をし、周りを困らせた。

 とはいえ、その言葉に嘘はなかった。

 アリアは瞬く間にイングート王国に盛名を馳せた。

 何をしたか。彼女は王国で──時には国外でも──起こるさまざまな事件をその慧眼と聡明により鮮やかに解決していったのだ。

 まさに賢なる者。賢者とは言いえて妙であった。

 そして本日も、白銀賢者事務所に一件の依頼が入った。依頼主はイングート王国だ。

 応接室。

 

「どうぞ」

 

 アリアの助手を務めるフィン──青年になりつつある年頃の、柔らかな栗毛の少年──が、テーブルに紅茶を置いた。

 革張りのソファーに座るジェイク──王城で獄吏を務める、どこか熊を思わせる大男──は、恐縮したように肩を縮めると、

 

「どうも」

 

 と無愛想とも取れる短い言葉で応じた。

 ジェイクの対面に座るアリアの後ろにフィンが控えると、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「レイラ嬢密室殺人事件のことは、わたしも噂には聞いています。随分と不可解な事件だそうですね」

 

 清らかな鈴の音のような声にフィンはうっとりと聞き入る。

 何て美しい響きだろうか。同じ人間とは思えない。

 高潔な人格、明晰な頭脳、端麗な容貌、洗練された立ち居振る舞い、アリアのすべてに心酔しているフィンにとっては雑談めいた言葉でさえ神のそれに匹敵する──否、それを凌駕する価値があった。

 

「は、はい」ジェイクも気後れしたように答えた。「数日後には処刑されることになっていたレイラ様を殺す理由も、犯人がどうやって遺体のある密室から消えたのかも、皆目見当がつかねぇんです」

 

「そのようですね」アリアは鷹揚に言う。

 

「アリア様はどのようにお考えなんですか」

 

 ジェイクは、早く真相を知りたいのだろう、その思いに急かされるように言下に尋ねた。

 ふふ、と妖しげにほほえんでアリアは、焦らすようにゆっくりと言う。

 

「わたしが知っている情報は市井の者と大差ありませんよ。それでは正しく推理できませんね? まずは事件のことを聞かせてくださいますか」

 

「す、すんません」

 

 先ほどよりも体を小さくしたジェイクは、しかし立て板に水を流すように事件について語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

【急募】悪役令嬢密室殺人事件を推理してくれる方【大人可/お手当/後払い/単発/イングート/スペ値118/F65/20代前半】

 

1:花売りの偽賢者

〈事件概要〉

七月八日午前八時ごろ、イングート王国王城の敷地内に建つ、王侯貴族用の拘置所である塔の一室にて、十日に公開拷問ののち串刺しの刑により処刑される予定だったハーレー侯爵家令嬢のレイラ・ハーレー(一七)が、首を切断された状態で発見された。

第一発見者は朝食を持っていった獄吏のジェイク。

死後変化から推定された死亡時刻は前日の午後九時ごろ。

現場の部屋に凶器はなく、レイラのものらしき首が暖炉で燃やされていたことから捜査当局は他殺と断定。

現場のドアは施錠されており、窓もなく、暖炉の煙突も人が通れるほどの幅はない。また、部屋の唯一の鍵を所持していた獄吏のエリオットは、死亡推定時刻を含んだ午後八時から午後十二時まで獄吏室にて王城の警備員たちとポーカーに興じており、アリバイがある。

 

〈捜査線上に浮上した容疑者とその理由〉

★第一王子のペリドット

レイラの元婚約者。

彼の使う魔法に対象の首を切断して燃やすというものがあること、長らく親密な関係だったことから彼にとって不都合な事実をレイラが知っていた可能性(=口を封じた可能性)があること及び新たな婚約者であるルビーがレイラに虐げられていたこと(=ルビーの恨みを晴らそうとした可能性があること)が嫌疑の理由。

★子爵令嬢のルビー

レイラとは第一王子を巡る恋敵だった。

前述のとおり、レイラからひどい嫌がらせを受けていて恨んでいた可能性が高い。

★公爵令息のユーク

レイラの幼馴染み。

彼の公爵家は、ルビーを陥れようとするレイラの策略に巻き込まれて多大なる迷惑を被っており、その怨恨によるものか。

なお、この件が処刑の主な理由。

※ただし、いずれの者についても、数日後の処刑を待たずに自ら手を下さなければならないほどかというと疑問が残り、密室から脱出した方法も不明のため嫌疑は薄い。したがって厳密には容疑者という扱いではなく、単に動機がありそうな人物というだけの意味しかない。

 

以上です! よろしくお願いします!

 

2:神の玩具

またお前か

 

3:神の玩具

な、何やこの恐ろしく手慣れた無駄のないパパ(?)募集は(ドン引き)

 

4:神の玩具

>>3

お、新入りか?

 

5:神の玩具

俺も初めて見た時はビビったなぁ(遠い目)

何せ、十にも満たない貴族様のご令嬢が助言欲しさに体売ってるんだもん

 

6:神の玩具

>>1

何でまたそんなことを?

 

7:花売りの偽賢者

チヤホヤされたいからです!

もて囃されると脳汁が溢れて最高なのです!

奥イキより気持ちいいのです!

 

8:神の玩具

うっわぁ

 

9:神の玩具

承認欲求モンスター定期

 

10:神の玩具

くさそう(小並感)

 

11:花売りの偽賢者

>>10

満州じゃないですよ!

 

12:神の玩具

いちいち隠語使うのやめろや

わかりにきぃわ

 

13:神の玩具

ガキのころからって、よく親にバレなかったな

貴族なんだろ?

護衛とかお目付け役? みたいのがいたんじゃねぇの

 

14:花売りの偽賢者

>>13

チート級の隠密系スキルを持ってるんです

それを使ってこっそり町に下りて割り切りしてました

あ、〈割り切り〉っていうのは割り切ったセックスのことですよ

 

15:神の玩具

豚に真珠というか、鬼に金棒というか

 

16:神の玩具

考えてみれば、たしかにこの掲示板ほど秘匿性の高い通信手段はないもんな

 

17:花売りの偽賢者

>>16

そうなんですよ

〈この掲示板のことを口外できない〉っていう制約があるおかげで、エロい知識しかないわたしでもシャバでは賢者様ですよw

それがまた気持ちぃポイントなんですけどね

顔採用した助手の男の子なんて、わたしのこと清廉潔白な女神か何かみたいに思ってるんですよw

馬鹿すぎw

 

18:神の玩具

俺らも大概だが、お前にはかなわねぇよ

流石は賢者様といったところか

恐れ入ったぜ

 

19:神の玩具

ここまでになると、もはや清々しいな

 

20:花売りの偽賢者

ありがとうございます!

ところで、そろそろ推理をひらめきませんか?

依頼人が目の前にいるんでなる早でお願いしたいんですけど……

 

21:神の玩具

そう言われてもなぁ

 

22:神の玩具

容疑者っつーか、重要参考人か?

その王子たちの中に転移系魔法かスキルを使えるやつはいねぇのか?

 

23:神の玩具

貴族の中にそんな超絶激レア能力持ちがいたら、もっと話題になってると思うが

 

24:花売りの偽賢者

>>22

いないみたいです

 

25:神の玩具

獄吏は午後八時から午後十二時までポーカーをやっていたようだが、その間、レイラの部屋はちゃんと施錠されていたのか? 

 

26:花売りの偽賢者

>>25

施錠されていました

夕食の食器を回収した午後七時半ごろに再度施錠して、それ以後遺体が発見される翌朝まで誰も解錠していないそうです

 

27:神の玩具

密室殺人という点は揺るがないか

 

28:神の玩具

密室殺人のトリックを暴けないと有罪にできないんだっけ

 

29:神の玩具

イングート王国の慣習法では原則的にはそうなってる

密室トリックを解明できないということは殺害時刻に現場である密室に誰も入れなかったということと同義なわけだから、事実上の現場不在証明がすべての人に成立してしまう

みたいなことをお偉方は考えてるんだよ

 

30:神の玩具

めんどくせぇな

怪しいやつ全員ぶっ殺せばそれでよくねぇか?

 

31:神の玩具

王位継承権者が死ぬんですがそれは大丈夫なんですかね 

 

32:神の玩具

一匹ぐらい死んでも別にいいだろ

てか、スペアが減るのが心配だってんなら、殺す前に百匹くらいと交尾させて種が残るようにすればいい

それで安心だろ?

 

33:神の玩具

人間を何だと思ってんだよw

 

34:神の玩具

>>1

ほかに何かないのか?

現場に妙な痕跡があったとか、最近王城の近辺で不審者を見たとか

 

35:花売りの偽賢者

>>34

ちょっと聞いてみますね

 

36:神の玩具

傀儡女(くぐつめ)すぎるの草くて好き

 

37:花売りの偽賢者

羽ペンの先端を削るペンナイフが部屋からなくなっていたそうです

 

38:神の玩具

ほう

 

39:神の玩具

ペンナイフ?

何でそんなもんを持ち出したんだ?

高価な品だったのか?

 

40:花売りの偽賢者

>>39

普通のペンナイフだったみたいです

特別高くも安くもない既製品です

 

41:神の玩具

それなら何で盗んだんだ……?

 

42:神の玩具

まさかそれで首を切ったわけじゃあるまいしな

 

43:神の玩具

そりゃそうやろ

あんな小さいの使ってたら時間掛かってかなわん

犯人は自前の剣なり斧なりを持参したはずや

 

44:神の玩具

ん、ちょっと待てよ

ペンナイフがあったってことは羽ペンもあったってことだよな?

つまり、被害者のレイラは牢屋(?)の中で何か書き物をしていたわけだ

何を書いてたんだ?

 

45:花売りの偽賢者

>>44

日記と手紙だそうです

 

46:神の玩具

手紙か

誰に出していたんだ?

 

47:花売りの偽賢者

>>46

家族と公爵子息のユーク、第一王子のペリドット、元恋敵のルビーです

 

48:神の玩具

当然検閲はしてたんだよな?

どんな内容だったんだ?

 

49:花売りの偽賢者

>>48

普通に謝罪の手紙だったそうです

 

50:神の玩具

じゃあ日記は?

不審な記述はなかったか?

 

51:花売りの偽賢者

>>50

なかったみたいです

ペリドットやルビーへの恨みつらみ、処刑への恐怖が大半だったってジェイクは言ってます

 

52:神の玩具

 

53:神の玩具

本音と建前の差よ

 

54:神の玩具

イッチの同類じゃねぇか

 

55:花売りの偽賢者

>>54

全然違いますよ!

わたしは男性に執着しませんから

おちんちんは嫌いではないですけど

 

56:神の玩具

何つーか、哀れな女だな

 

57:花売りの偽賢者

>>56

ですね

まだ十代なのに男性への愛憎に振り回されて破滅するのは、たしかに哀れかもしれませんね

 

58:神の玩具

……いやまぁいいけどよ

 

59:神の玩具

レイラは何か特別な魔法やスキルを使えたのか?

 

60:花売りの偽賢者

>>59

何も

生活魔法が使えるだけだったそうです

 

61:神の玩具

ほかに怪しい人物はいないのか?>>1

具体的な動機とまではいかなくても、こいつならありえなくはないかもしれないってレベルでいいからよ

 

62:花売りの偽賢者

>>61

いないみたいです

 

63:神の玩具

そうすっと、わからんな

 

64:神の玩具

ああ

動機もピンと来ないし、何より方法がまったくわからん

 

65:花売りの偽賢者

そんなぁ

推理してくれたらうんとサービスしますからぁ

何とかしてくださいよー

 

66:神の玩具

公衆便所にサービスされてもうれしくねぇよ

 

67:神の玩具

死亡推定時刻にはエリオットとかいう獄吏はギャンブルに勤しんでたっつったが、第一発見者のジェイクは何してたんだ?

そいつも獄吏なんだろ?

仮眠でも取ってたのか?

 

68:花売りの偽賢者

>>67

友人と会っていたそうです

その日は翌午前零時から午前九時半までのシフトだったからそれまでは城には近づいてすらいない、と言ってます

 

69:神の玩具

つまり、ジェイクには確固たるアリバイがある、と?

 

70:花売りの偽賢者

>>69

ですです

 

71:神の玩具

>>68

そのシフトは一人でやってたのか?

 

72:花売りの偽賢者

>>71

ワンオペだったそうです

勤め人は大変ですよね

 

73:神の玩具

真相がわかったよ

 

74:神の玩具

 

75:神の玩具

すげー

 

76:神の玩具

また穴兄弟が一人増えるのか

 

77:花売りの偽賢者

>>76

早く教えて!

真面目な顔して考えてるふりするの、もうだいぶ疲れてるんです

 

78:神の玩具

>>1

その前に一つ確認したいんだが

 

79:花売りの偽賢者

>>78

何何?

何でも聞いて!

 

80:神の玩具

俺、女だけど大丈夫か?

 

81:神の玩具

女w

 

82:神の玩具

草……いや百合生えるって

 

83:花売りの偽賢者

>>82

もちろん!

タチもネコもいけますよ!

 

84:神の玩具

即答w

 

85:神の玩具

男女共用便所とは、たまげたなぁ

 

 

 

 

 

 

 その瞬間はいつも唐突に訪れる。

 

「真相が見えました」

 

 アリアが落ち着いた声音で言った。

 ジェイクの顔に緊張の影が走った。

 深閑とした水面に広がるしとやかな波紋のような余韻が消えると、ようやくジェイクは口を開いた。

 

「レイラ様を殺した犯人は誰なんですか」

 

「殺した犯人はいませんよ」

 

 どういうことだろうか、とフィンは疑問に思うが、敬愛するアリアを疑うことはない。無論、質問を差し挟むこともない。

 その代わりというわけでもないだろうが、

 

「どういうことですか」

 

 ジェイクが尋ねた。

 

「シンプルに考えればよいのです」とアリアは言う。「死亡推定時刻に現場に入れた人物は存在しません。しかし、レイラ様はその時刻に死亡しています。これら二つの事実が真であるならば、レイラ様は自ら命を絶ったと考えるよりほかはありません」

 

 それはおかしい。機械的物理トリックも魔法もスキルもなしに自殺で首を切断して燃やすことはできないはずだ。

 と瞬間的に思うフィンだったが、黙したまま続きを待つ。

 

「では、レイラ様はどのようにして首を切断して燃やしたのか、とお考えですね?」アリアはジェイクの質問を先取りするように尋ねた。

 

「あ、ああ」ジェイクはぎこちなくうなずいた。

 

「これも簡単な理屈で説明できます。レイラ様に首を切断して燃やす手段がないのなら、彼女はそれをしていなかったのです。つまり、死亡推定時刻にはレイラ様の遺体の首は繋がっていて、それより後にほかの人物により切断され、暖炉にくべられたのです」

 

 えっ、それってつまり──フィンは思わずジェイクに視線をやった。

 しかしジェイクは、こちらには目もくれずにごつごつとした喉仏を上下させると、

 

「俺がやったと、そうおっしゃるんですか」

 

 と声を荒らげるでもなくアリアに尋ねた。

 

「はい、そのとおりです」アリアは洒々楽々(しゃしゃらくらく)と首肯した。「午後八時から十二時まで獄吏室にいて、その後はジェイクさんに交代して唯一の鍵を受け渡したエリオットさんには不可能です。翌午前零時から遺体発見時刻である午前八時まで鍵を所持し、お一人で塔の夜番をしていたジェイクさんだけが実行可能でした。

 見回りの際、レイラ様が死亡していることに気がついたあなたは、首を切断して燃やしたら、ペンナイフを回収し再び施錠して部屋を後にしたのです」

 

 方法(ハウダニット)という点では、たしかに理にかなっている。

 しかし、動機(ホワイダニット)は腑に落ちない。

 なぜ首を切断して燃やしたのか。なぜペンナイフを回収したのか。なぜ再び密室にしたのか。そもそもなぜレイラは自殺したのか──すべての行動の動機が深い霧に包まれている。

 とはいえ、額に汗を浮かべるジェイクを見るに、やはりアリアの推理に間違いはないのだろう。

 

「ジェイクさん」アリアは優しげに大男の名を呼んだ。フィンの位置からは見えないが、おそらくはほほえみかけているのだろう。「わたしにはあなたを責めるつもりはありませんよ」

 

 ジェイクは言葉は返さず、ただ眉間に深い皺を刻んだ。

 アリアは静かな口調で続ける。

 

「レイラ様は公開拷問と処刑への恐怖のあまり逃げ出してしまったのです。それが自殺の理由です。

 自殺を決意したレイラ様は、部屋を見回し、ペンナイフに目を留めました。これで首の動脈を切れば、少なくとも串刺しなんかよりはよっぽど楽に死ねる──そんなふうに思ったのでしょう。

 そうして、レイラ様はその逃避行動を実行に移してしまいました。それが死亡推定時刻より少し前の出来事です。やがて彼女は死に至ります。

 少し時が流れ、ジェイクさんが見回りにやって来ます。夜中にもかかわらず部屋の明かりが点いていたか、血のにおいが鼻を突いたか、あなたは異状を察知して部屋のドアを開けました。

 すると、レイラ様が血を流して倒れているではありませんか。傍らには血のついたペンナイフ。瞬時に状況を理解したあなたは、このように考えました。

 もしもレイラ様が処刑から逃げたことが知れたら、彼女の貴族としての名誉はいよいよもって地に落ちてしまう。実家からも絶縁されるだろう。

 それを避けるにはどうすればいいか──他殺に偽装すればいいのではないか。

 死後変化──死後硬直や死班を見るに、自分には死亡推定時刻のアリバイが成立するはずだ。つまり、上手くやれば自分が疑われないようにしつつ他殺と誤導することができる。

 更に幸いなことに、自殺の痕跡である傷は首にしかない。獄吏に支給されているサーベルなりで首を切り落として燃やしてしまえば、体の痕跡は完全に消え去る。しかも、このやり方なら他殺への偽装も同時になせる。

 あとは、物証だ。サーベルの血を拭った布に、遺書があるならそれも燃やし、ペンナイフを回収する。念のため日記に自殺を示唆する記述がないかも確認し、あれば同じく処分する。これで物証のほうの隠滅も完璧なはず。

 あなたはレイラ様のために決断しました。そして、偽装工作に着手したのです」

 

「なぜ」アリアの息継ぎを待ち設けていたかのようにジェイクは言った。喘ぐようでもあった。「なぜ縁もゆかりもないレイラ様のためにそこまでしてやらなきゃならないんです。俺にはその動機がありませんよ」

 

「ええ、たしかにあなたの内心を証明するにはいささか証拠が足りないと言えますね。

 しかし、あなたの行動に合理的な説明をつけることならできます。客観的事実として、金銭を得られるわけでも義務があるわけでもないのに危険を冒してまでレイラ様を利している以上、あなたは彼女に対して親愛めいた情を抱いていたのでしょう。たわいもない会話から芽生えたものだったのか、彼女の美貌への憧憬から来たものだったのか、あるいはほかの何かからなのか判然とはしませんが、けれどその情の存在を想定しないと現実と辻褄が合わないのです──そうは思いませんか?」

 

「……」ジェイクは答えない。答えられないのかもしれない。

 

 ふ、と柔和に、そして少しだけ困ったように曖昧に微笑するとアリアは、推理を進める。

 

「証拠隠滅が済んだあなたは、部屋を密室にして何食わぬ顔で巡回に戻りました。

 密室にした理由ですが、結論から言えば、偽装工作が発覚しないようにするためです。

 これは、密室にしなかった場合と密室にした場合それぞれに具体的に何が起こるかを考えればよく理解できます。

 まず施錠せず密室にしなかった場合。エリオットさんが午後七時半に施錠し、交代する午後十二時まで鍵を所持していたという前提条件から、遺体発見時に解錠されていたら、翌午前零時から遺体発見の午前八時までの間に何者かが侵入した疑いが非常に濃くなってしまいます。すると、時間差の偽装工作に思い至る人が出てくるかもしれませんし、死後変化による死亡推定時刻が覆って午前零時以後までずれてしまうことさえないとは言い切れません。そうなってしまうと、鍵を管理していてアリバイもないジェイクさんが真っ先に疑われてしまいます。

 一方、密室にしておけば、〈首を切断された囚人の遺体が外から干渉できない監獄の中で発見されたならば、囚人は監獄に入ってきた犯人に首を切断されて死亡したのだ〉すなわち〈死亡推定時刻と首を切断された時刻は一致する〉という常識的なロジックの反例を導く状況証拠が目に見える形では現れず、そのロジックが先入観となり、自殺を後から他殺に見せかけたという発想は容易にはできない。

 この二択なら明らかに後者のほうがメリットがあります。というより、前者を選ぶメリットがありません。

 したがって、あなたは密室にせざるを得なかったのです」

 

 肩を落とすうつむきがちな大男は、まるで叱られた幼子のように小さく見えた。

 アリアは言う。

 

「計画していたわけでもない突発的な犯行にしては、よくできた心理的密室だったと思います。わざわざ他殺に偽装する動機が見えにくいのも評価すべき点でしょう。

 ですが、まだまだ甘いです。

 賢者の推理というのは、そういった先入観に囚われずにあらゆる可能性を一つずつ検証してその真偽を判定していくものなのです。その可能性、自分へとたどり着く隘路(あいろ)を断ち切れなかった時点であなたは負けていたのです」

 

 一瞬、世界が呼吸の仕方を忘れたかのような静寂があり──ふと思い出したかのように事務所の面する表通りを足音が駆け抜けていった。

 はっと気づいた時にはフィンの胸は激しく高鳴っていた。

 何てすごい方なんだろう。

 憧れの人はいつも想像の上を行く。アリア様に見破れぬ真実はないのではないか。

 ソファーに座るジェイクは、膝の間で組んだ手を見つめながら、ぽつりと言葉を落とした。

 

「……俺はどうなる」

 

 観念したような、すがるような、揺らぎのある声だった。

 対するアリアのそれは、そっけなさにも似た、しかし不思議と温かくも感じる軽やかさを帯びたものだった。

 

「それはジェイクさん次第ですよ」

 

 ジェイクは顔を上げた。怪訝の色をたたえた双眸がアリアを見る。「俺次第……?」

 

「ええ」アリアは答える。「わたし言いましたよね、あなたを責めるつもりはないと。今回のご依頼の推理はジェイクさんにお渡しします。もうわたしの口から語られることはありません。それをそのまま報告して死体損壊の罪と罰を受け入れるのも、胸の奥に仕舞い込んで忘れてしまうのも、あなたの自由です」

 

「なっ」ジェイクは目を見張った。「そんなことをしてあんたに何の得があるんだ。意味がわからねぇよ」

 

「得……?」アリアは小首をかしげた。白銀に輝く髪がかすかに揺れる。「たしかに形而下的な利益はないですね」

 

「それならどうして──」

 

 というジェイクの訝しむ声をなだめるように、

 

「何となくです」アリアは言う。「わたしは正義の味方というわけじゃないので、自分の気分と直感で、たまには道理に外れたことだってしちゃうんです──あるいは、あなたの真似をしてみたくなったのかもしれませんね」

 

 アリアの真意を探るような短い沈黙があって、

 

「……そうかい、わかったよ」

 

 どちらとも取れる言葉でジェイクは応じた。

 そして、その後も具体的なことは何も語らないまま彼は事務所を後にした。

 けれどフィンは、きっと彼は罰を求めるだろうな、と予感していた。そして、だからこそアリアは彼に選択肢を与えたのだと確信してもいた。

 なぜなら、そうすることで、ジェイクは自らの善性を見失わずにいられるから。

 アリアが彼に与えたのは本質的には選択肢などではない。自分を信じる──赦すためのよすがだったのだ!

 

「ですよね、アリア様!」

 

 所長の机に着くアリアは、ぶっ、となぜかちょっと噴き出しかけた。




これ、ナーロッパでやらなくてもよくね?
と思った方もいるかと思いますが、私もそう思います。
なるべくちゃんとした本格ミステリにしようとしたら、いつの間にかファンタジー要素がほとんどなくなってしまっていました。反省点です。
次はもっと特殊設定を活かしたいです。
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