異世界掲示板でちょっと頭使うエログロいやつ   作:虫野律

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【謎の死体】ダンジョンの安置にモンスターに食い殺されたらしき死体があるんだが

「イネスたん、今日もかわいいでござるねぇ──ん?」

 

 くんくん、と鼻を鳴らしてジルは、そのにおいの正体に気づいた。目の前の、冒険者ギルドの受付カウンターを挟んで座る受付嬢のイネスを見つめながら、にちゃあ、と口角を吊り上げる。

 イネスは心底から気持ち悪そうに頬を引きつらせた。

 ジルは構わずに──というより内心でほくそ笑んで続ける。

 

「イネスたん、生理でござるな。ひひ。でも、心配ござらんよ。ぼくちん、生理中の血みどろパコパコもいける口でござるからぁ。むしろあのにおいに興奮するでござる。さ、こんなところでくだらない仕事してないで、ぼくちんと遊びに行くでござる」

 

「行くわけないでしょ」イネスはあきれ顔で返す。「誰があんたみたいなセクハラキモカス男によろめくのよ。ありえないわ──だいたい、わたしみたいなのをかわいいって、馬鹿にしてるの? そういうの本当にウザいからやめろ」

 

 イネスが言っているのは、顔の傷痕のことだろう。

 数年前まで冒険者だった彼女は、モンスターに人体を溶かす体液を掛けられて、頭から左胸にかけての皮膚の大半──必然的に頭髪も──と左目、鼻尖、左の乳房を失っている。その後遺症で現在もゾンビめいた様相を呈しているのだ。

 冒険者に人体欠損は付きものとはいえ、元は町で評判の美人だっただけにそうとう応えたのだろう。明るかったイネスの性格は一変した。褒められても誘われても素直に受け取れず、壁を作って深く関わろうとしなくなった。

 そして、その卑屈な態度は今も変わらない。

 けれど、昔のように女として求められる甘美を惜しくも感じてしまう。ジルのふざけたナンパも強く拒絶できない。

 ──だからこそ都合がいいのだ。

 何ていい女だろう、とジルは考えている。冒険者ギルドの受付嬢というのもいい。理想的だ。依頼に出る前には必ず──とまではいかずともほとんどの場合に顔を合わせるのだから。

 イネスは溜め息をつくと、

 

「まったく、〈ドラゴンサバイバー〉がこんな人だったなんてね。予想外もいいとこよ」

 

 厨二感が溢れつつも絶妙にダサい二つ名で呼ばれ──意趣返しのつもりだろうか──今度はジルが顔をしかめた。

 こう呼ばれるようになったのは、Sランク冒険者や名うての騎士さえもが何人も犠牲になった竜災害──竜の大群が大挙して町に押し寄せてきて蹂躙の限りを尽くした──から生還したからなのだが、もちろんジルにとっては不本意の極みである。話を変えるように、

 

「そ、そんなことより楽して稼げる旨い依頼はないでござるか?」

 

「そんなのないわよ。社会舐めんな」イネスはにべもなく即答した。が、「リスクを抑えたいなら〈永久(とわ)の遺跡〉にでも行けば? あんたなら楽勝でしょ」

 

〈永久の遺跡〉とは、ここルードの町より程近い森にある、初心者向けとされる地下遺跡型ダンジョンのことだ。

 ダンジョンでの採取や狩猟は、国から免許を受けた冒険者ギルドが独占している。裏を返せば、冒険者ギルドにはダンジョンの天然果実──宝やドロップアイテム──を国内の市場に供給する義務があるということで、だからイネスの提案は実にマニュアル的と言えた。

 

「ふうん、ま、いいでござるけど」

 

 ジルが言うと、イネスはまるで準備していたかのように淀みなくカウンターの下の引出しから一枚の依頼書を取り出した。〈永久の遺跡〉での採取依頼だ。

 ジルが受諾のサインをすると、イネスは言った。

 

「これは正式な依頼ってわけじゃないからできればでいいんだけど、遺品拾いもお願いできる? 数日前から戻らない剣士のね。彼の奥さんが欲しがってるのよ」

 

「ついでだし、いいでござるよ」

 

 とはいえ、望み薄だろう。ダンジョンの遺品──占有を離れた非生物全般(死体を含む)──は一定時間が経過するとダンジョンに吸収される。そうでなくても冒険者や密漁者──ギルドを介さずにダンジョンに潜る不法者──に奪われるのが常だ。

 だからだろう、イネスもその剣士とやらの詳細は語らなかったし、ジルもあえて聞いたりはしなかった。つまり、未亡人への言い訳のためのアリバイ工作ということだ──努力はしたけど駄目でした、という具合の。

 ジルは冒険者ギルドを出て、〈永久の遺跡〉に向かった。

 

 

 

 

 

 

 冒険者と一口に言っても、その能力は千差万別だ。剣や攻撃魔法の扱いに長けた者、回復や支援、索敵、採取に特化した者、召喚魔法や使役魔法を駆使してモンスターを操る者など、とにかく種類が多く、すべてを把握するのは不可能と言っても過言ではない。

 ジルはどうなのかというと、その中でも珍しい、スピードと隠密そして忍術という名のペテン系魔法に秀でた、いわゆるニンジャスタイルの冒険者だった。

 Aランク冒険者で、かつスピードのあるジルは、無駄な戦闘は避け、効率良く金目のアイテムを回収していった。

 そして、このダンジョンの最下層である地下三十階の一室、モンスターが入ってこられない安全地帯、いわゆる安置と呼ばれる部屋でそれを発見した。

 

「おいおい、マジで見つかんのかよ」

 

 部屋には誰もいない。ゆえに、本来の口調でジルは独りごちた。

 その視線の先には、下半身が食いちぎられたとおぼしき死体があった。肩から切り離された、肘から先しかない右手にはロングソードが握られている。剣士の亡骸に違いなかった。

 近寄って詳しく確認する。

 機動力重視なのだろう、鎧の類いは着装しておらず、魔道具らしき黒いマントを羽織っている。右手の剣はかなりの業物に見えた。その薬指には指輪をしている。銀色のシンプルなデザインだ。

 お世辞にもきれいとは言えない、二の腕と腰の断面を見るに、大型の肉食モンスターに噛みちぎられたようだった。苦悶に歪んだ男の顔は、しかしよく見ればなかなかに整っていた。生前は浮き世を流したことだろう。

 ということがわかる状態ということは、死亡してからまだそれほど経っていないのだろう。

 傍らには冒険者証──鉄製の小さなプレート──が転がっている。ユゴという名らしい。冒険者ランクの欄には『A』とある。

 懐を漁ると、じゃらっとした革袋が出てきた。財布だ。銀貨と銅貨が入っている。これは回収代として頂いておこう。

 遺品なら、指輪と剣、マント、あとは冒険者証で十分だろうし。

 そうして、それらを剥ぎ取ろうとして──はたと気づいて固まった。

 いや、この状況おかしくねぇか?

 ここ、安置の部屋にはモンスターは入ってこられない。にもかかわらず、死体の傷口は人間によるものとは思えない。仮に何らかの手段でこういう傷がつく方法で人間が殺害したのだとしても、だったら安置の外に遺棄して──すなわち湧いてくるモンスターに処理させて──速やかな証拠隠滅を図るはずだ。こんな所に残しておくメリットはない。

 つまり、犯人はモンスターでも人間でもありえないのだ。

 しかし、現に目の前に死体があるのだから殺されたのは間違いない。

 あるいは自殺だろうか、とふと思い及んだ。が、すぐに、いやそれもおかしい、と打ち消す。まず手段がない。自殺に使用したわけでもない剣を握っている理由も説明できなければ、ダンジョンを死に場所に選んだ心理も謎だ。

 他殺としても自殺としても矛盾していて納得できない。

 おもしろ、と思う。

 不可解な状況の裏には、えてして奇想なカラクリが潜んでいるものだ。ペテン師の端くれとしては、ぜひとも参考にさせていただきたい。そのためにはまずはこの謎を解明しなければならない。

 というわけでジルは、スレを立てることにした。スレタイは──

 

 

 

 

 

 

【謎の死体】ダンジョンの安置にモンスターに食い殺されたらしき死体があるんだが

 

1:ニンジャでござる

何でだと思う?

以下詳細

〈俺〉

男。二十代後半。Aランク冒険者。上忍でござる。

〈状況〉

初心者向け地下遺跡型ダンジョンの最下層の安置部屋で、下半身(腰から下すべて)と右の二の腕をモンスターに食われたものと見られる冒険者の男の死体が転がっていた。

右手は剣を握っていて、その薬指には銀の指輪。近くに落ちていた冒険者証にはAランクとある。鎧はなく、魔道具らしきマントを着装している。懐の財布には銀貨と銅貨がそこそこ。

死後変化はそんなに進んでいない。また、安置部屋に不審な痕跡はない。

そして、俺のほかに安置部屋に人はいない。

 

2:神の玩具

これはあれか、モンスターも人間も犯人としてはおかしいって趣旨の謎か

 

3:ニンジャでござる

イエス

 

4:神の玩具

おい、そこはござるって言えよ

 

5:神の玩具

ほら、ニンニンってやってみろや

 

6:神の玩具

完全にいじめっ子のそれw

 

7:ニンジャでござる

スレでまでロールプレイを求める鬼畜どもめ

 

8:神の玩具

そら(Aランクとか上忍とか言っちゃったら)そう(嫉妬に駆られた無能どもに叩かれる)よ

 

9:神の玩具

仕方ないね、スレでは隙を見せたほうが悪いからね

 

10:神の玩具

スレは戦場だった……?

 

11:神の玩具

>>10

そうだが?

 

12:神の玩具

レスバという(不毛な)死闘を繰り広げる戦場よ

 

13:神の玩具

誰がハゲだボケカスぶち殺すぞゴラァア!!

 

14:神の玩具

お、ハゲが釣れたぜ

 

15:神の玩具

この調子でチビとデブも釣ろうぜ!

お前>>14が釣りエサな!

 

16:神の玩具

なにいってだこいつ

 

17:ニンジャでござる

書き忘れたが、死体はイケメンだった

ギルドの受付嬢曰く、奥さんが遺品を欲しがってるらしい

 

18:神の玩具

イケメンなら死んでよかったじゃねぇか

 

19:神の玩具

せやせや

フリーマンコンが一個増えたんだからウィンウィンだろ

 

20:神の玩具

結論出たな

あとは解散でいいか?

 

21:ニンジャでござる

よくねぇよ

みんなマジでわかんないか?

 

22:神の玩具

知らんがな

自力で安置に入ったとかじゃねぇの?

 

23:神の玩具

>>22

安置の外でモンスターに襲われたそのイケメンが、命からがら安置に逃げ込んだが、回復できずに死亡したってことか?

 

24:神の玩具

>>23

そう

 

25:神の玩具

そうはならんやろ

 

26:ニンジャでござる

俺もそれは違うと思う

まず夥しい出血のある状態で這ってきたにしては、その痕がない

死体を中心に血溜まりが広がってるだけだ

あと、ここの安置にはドアが拵えられててノブを捻らないと入れないんだが、死体の男の状態では素早く開けられないはずだ

モンスターがそれを待ってくれるわけがない

 

27:神の玩具

つまり、安置内で殺されたとしか考えられないってことか 

 

28:神の玩具

安置に入れる特異個体が犯人とか?

 

29:神の玩具

いやいやそんな話聞いたことねぇよ

 

30:神の玩具

>>28

そういう事例は確認されていない

したがって、ダンジョンのルール>個体の特異性ってのが定説とされている(特異性限界説)

 

31:神の玩具

じゃあ人間が犯人って考えるしかねぇじゃん

 

32:神の玩具

犯人の人間はドラゴン化できるスキルを持っていて、それで変身中にもぐもぐした

 

33:神の玩具

>>32

だからそれだと安置に死体を残してるのが不可解なんだよ

行間に書いてるだろ

 

34:神の玩具

人間が犯人だったなら安置に死体を残す理由がないんだよ

安置外に捨てるだけで証拠隠滅できるんだから

 

35:神の玩具

そもそも、ドラゴン化して食い殺したなら残さず食べて証拠を隠滅してたはずだし

 

36:神の玩具

しかし、カニバリズムに言及した点は評価したい……ふぅ

 

37:神の玩具

えぇ……

 

38:神の玩具

>>36

なぜそうなるw

 

39:神の玩具

ふむ

獣姦と食人のマリアージュか

なかなかどうして悪くない

 

40:神の玩具

しかしそうなってくると丸呑みでないことが惜しいな

 

41:神の玩具

どういうことなの……

 

42:神の玩具

レベル高すぎるんよw

 

43:神の玩具

ほんなら、これはどや?

ドラゴン化した犯人はイケメンの下半身を堪能したが、イケメンはとんでもない性病を抱えていて犯人は腹を壊して死亡した

その犯人の死体はダンジョンに吸収された

イッチ登場「何やこの状況……せや! スレ立てたろ!」(←今ここ)

 

44:神の玩具

人妻と不倫(託活)中のワイ、戦慄す

 

45:神の玩具

ざまぁw

 

46:神の玩具

>>43

いやいやそれもおかしいやろ

 

47:神の玩具

せやな

仮にドラゴンぽんぽんペインペインが真相だったとしたら、先に死亡したはずの汚ちんぽイケメンの死体が残っているのが理屈に合わない

時系列的にイケメンが先に吸収されてるはずだからだ

 

48:神の玩具

犯人は人でもモンスターでもないとか?

 

49:神の玩具

はぁ?

 

50:神の玩具

罠とかってことか?

 

51:神の玩具

安置内で罠が発動して下半身と二の腕を持ってかれて死亡した

しかし、その罠はダンジョンに吸収されて消滅した

……そんなことありえるか?

 

52:神の玩具

その罠が人間が仕掛けたものかダンジョンが自動生成したものかで論理が変わってくるが、いずれも考えにくい

人間が仕掛けたものだとすれば、切断された下半身と二の腕が消えていることへの説明がつかない

先に仕掛けられていた罠が死体より先に吸収されるのはいいとして、ではなぜ下半身と二の腕が見当たらないのか

仮に燃やすなり溶かすなりしたとしても完全に消滅するわけじゃない

何の痕跡もないことと矛盾する

そもそもそれほど凶悪な罠にAランク冒険者が気づかないというのも引っかかる

では、ダンジョンが自動生成したものだったとすればどうかというと、これは結論どうの以前にそもそもこの仮定自体が空集合であり、成立しない

安置にはダンジョン罠が発生しないってのは常識だろう?

したがって、罠にダイナミック去勢されて死亡した可能性は限りなく零に近いと断ぜざるを得ない

 

53:神の玩具

ダンジョンのルールは絶対だからなぁ

 

54:神の玩具

ちょっと質問なんだが

ダンジョンのモンスターは安置に入ってこれないんだよな?

 

55:神の玩具

>>54

そうだが、何が言いたい?

 

56:神の玩具

ダンジョン外のモンスターが入ってきて殺したんじゃねぇかって考えてるのか?

それもありえねぇよ

安置ってのは外からの侵入を防ぐ結界のようなもので守られてるんだ

その対象はダンジョン産か否かを問わない

だからそれは違う

 

57:神の玩具

>>56

いやそうじゃねぇんだ

>>1

その死体の指輪を外して内側を確認してみてほしい

 

58:ニンジャでござる

了解

 

59:神の玩具

何が始まるんです?

 

60:神の玩具

第三次ニンジャ大戦でござる

 

61:ニンジャでござる

>>57

お前すげぇな

 

62:神の玩具

何やねん

二人だけで通じ合うなや

 

63:神の玩具

ラブラブカップルかな?

 

64:神の玩具

ホモか、ホモ以外か

それが問題だ 

 

65:ニンジャでござる

すまん、ちゃんと説明する

指輪の内側に二人分のイニシャルと〈永遠の愛〉というメッセージの刻印があったんだ

もうわかっただろ、これは結婚指輪なんだ

つまりはそういうことだ

こいつは予想外だったよ

 

66:神の玩具

>>1

お前、言葉足らずってよく言われるだろ

 

67:神の玩具

あー、要するにこういうことか

右手の薬指に結婚指輪

左手に指輪を嵌められない事情がある

左手が欠損している

左手のある胴体部分は右腕とは別人のもの

胴体部分の死体は剣士ではない可能性がある

例えば召喚師など

召喚師であれば召喚したモンスターを制御しきれずに(テイムできずに)殺されることもある

それが安置でのモンスターによる他殺の真相だった

 

68:神の玩具

賢者かよ

 

69:神の玩具

ここでは賢者は蔑称だぞ

 

70:ニンジャでござる

>>67

そうそうそれ

 

71:神の玩具

お前らってたまに有能になるよな

 

72:神の玩具

なぁそれってヤバいんじゃねぇか

 

73:神の玩具

なして?

 

74:神の玩具

だってよ、その召喚師とAランク冒険者二人掛かりでもヤられちまうほど強力なモンスターをリスクを承知で召喚したってことだろ?

それってつまり──

 

 

 

 

 

 

 ──そんだけやべぇダンジョンモンスターに追い詰められてたってことなんじゃねぇの

 

 レスを読んだジルは、背後を振り返った。

 入り口のドアを見つめる。

 しんと静まり返った孤独の部屋。感覚を研ぎ澄ましても聞こえるのは自分の呼吸音だけ。ドアの向こうにも異状の気配はない。

 危険はない。

 はずだが、呑気に構えて長居する理由もない。ジルはそそくさと遺品を回収し、安置部屋を出た。

 じめじめとした通路の壁には等間隔に発光魔石が埋め込まれている。その明かりを頼りに密やかに駆け抜ける。

 程なくして何もないがらんどうな空間に出た。街の広場よりも広く、王城が敷地ごとすっぽり入ってしまいそうなほどだ。この先──反対側の壁に上階への階段がある。まっすぐに向かおうとする。

 その時だった。

 高い高い天井付近に莫大な魔力の塊が忽然と出現した。

 

「!?」

 

 振り仰ごうとするよりも先に、いくつもの死線を越えてきたジルの経験則が、戦う者の本能が、半ば無意識のうちに最善手を実行に移していた。

 ──幻影分身。

 ──認識阻害。

 ジルの体から幻の分身が生まれ、一方で本体の存在感は極限まで薄くなり、と同時に足音を殺した跳躍で分身から距離を取った。

 次の瞬間、分身のいた地点が爆ぜた。

 魔力の塊──正体不明のモンスターが、矢のごとき速度で墜ちてきたのだ。

 舞い上がる土煙の中に人形(ひとがた)の影が見えた。大きさは人間の子供ほど。しかし、それがまとう魔力の密度は、かつて相まみえた暴竜を彷彿とさせる──あるいは、それ以上か。

 冷や汗が背筋を伝う。

 やべぇな、これ。俺一人で勝てるか?

 ジルは自身の手札を脳裏に浮かべつつ、しかし観察と警戒は怠らない。

 モンスターは、認識阻害が効いているようで、首を回してジルを捜している。

 このまま逃げれるか? 案外たいしたことねぇのかも。

 などと思ったのがいけなかったのか、モンスターがこちらを見た。土煙が晴れていく中に赤眼が爛々(らんらん)と輝いている。

 うげぇ、だりぃ。

 内心で悪態をついてジルは、跳んだ。刹那遅れて、先ほどまで自分がいた場所をモンスターの右腕が貫いた。

 その瞬間を狙って、

 ──爆!

 仕掛けておいたまきびし型魔道具を起爆させた。大規模な──小型竜程度ならバラバラになる威力の──爆発が起こり、再び土煙が舞う。

 やったか!?

 と言いたいところだが、しかしモンスターの魔力には微塵の揺らぎもない。絶対やれてない。見なくてもわかる。

 うん、無理。

 ジルの判断は早かった。

 こちらからはろくにダメージを与えられないのに一撃貰ったらお陀仏っぽい相手との超速戦闘なんてストレスとナンセンスの極みである。

 そも、ニンジャスタイルの冒険者は一般に火力と耐久力に欠け、ジルもその例に洩れない。だから魔道具に頼るのだが、それにも限界がある。金も掛かるし。

 というわけで撤退一択である。

 

「じゃあな」

 

 猛然と突撃してくるモンスターに別れを告げるとジルは、遺品の結婚指輪を握りしめながら、奥の手──ジルの持つもう一つのスキルを発動した。

 ジルが消える。忍び装束と所持品を残して。

 

 

 

 

 

 

「きゃっ」

 

 着替えをしていたのか下着姿のイネスが、短い悲鳴を上げ、咄嗟に、というようにアシンメトリーな胸を抱き隠した。

 着替えをしていたわけではないが全裸のジルは、視線を巡らして状況を確認した。集合住宅の一室のようだ。イネスの部屋だろう。彼女以外はいない。

 ツイてる、いい所に飛べた、と息をつく。

 手のひらの中に指輪もある。最低限の成果は挙げられたとみなしてもいいだろう。

 と、イネスがやおら口を開いた。

 

「……そういうことだったのね」

 

「何のことでござるか」

 

 そういうのもういいから、とイネスは鼻であしらい、

 

「その気持ち悪いキャラも、ふざけてるとしか思えない口説き文句も……わたしなんかを何度も誘ってきたのも、転移スキルの発動条件を満たすためだった。たぶん、この発動条件を知らない女にアプローチして振られることが条件。依頼に行くたびにしつこく誘ってきていたことから考えて、時間制限もあるんでしょ? 振られてから二十四時間のみ有効、みたいにね」

 

 ジルは降参というように手を上げて肩をすくめた。「そのとおりだよ。その女の下に転移できるんだ。緊急避難用の奥の手で普段は使わないんだが、今回はちょっとヤバめのモンスターに出くわしちまってな」

 

「それが素なのね」イネスは少しおもしろそうに言う。「あの竜災害に生き残ったにしては少しだけ実力が足りていないと思ってたら、こんなカラクリがあったとはね」

 

「ほら」とジルは指輪を投げ渡す。「例の剣士の遺品だよ」

 

 流石は元冒険者といったところか、危なげなく受け止めたイネスは、「なるほど、一緒に転移できるのは手のひらで覆えるものに限る、という制約もあるのね」と考察を口にする。

 

「おかげで毎回露出狂の真似事を楽しませてもらってるよ」

 

 ジルの股関を一瞥して、ふふ、と微笑するとイネスは、タンスの一番下の引出しを開けた。何をするのかと思って見ていたら、男物の下着と服を引っ張り出して、

 

「これ、使って」

 

 ジルは驚いて瞠目した。「お前、男がいたのか?」

 

 イネスは自嘲、それから一抹の寂しさがない交ぜになった仄暗い笑いを、ふっと零し、

 

「まさか妬いてるの? 安心して、元カレが置いていったものだから」 

 

 と冗談めかして言う。

 哀れを誘う痛々しい様子ではあったが、ジルは同情心からではなく、あるいはイネスが望んでいるであろう言葉を吐いた。

 

「お前に惚れてたってのは嘘じゃねぇよ。いくらスキルのためとはいえ、まったく気のない女をナンパしようとは思わん」

 

「……」イネスは怪訝そうにこちらを見る。「今度は何が目的なの」

 

「何って、目的はお前だけど」

 

 イネスは眉間の皺を深くした。「本気なの? 信じられないわ」

 

「ナリのことなら俺は気にしてねぇよ。冒険者してると血みどろ人肉ミンチなんて見慣れるからな、傷痕くらいマイナスにならない。普通のブスと変わらん」

 

「最後の一言が余計なんだけど」と言いつつイネスは、泣き笑いのような表情になる。一度深呼吸をしてから、「本当にわたしでいいの?」と上目遣いに尋ねてくる。

 

「ああ、お前だからいいんだよ」

 

 首肯すると、イネスはうれしそうに顔を綻ばせた。

 ……馬鹿な女だな、と思う。

 良くも悪くも目立つスキルなのになぜ人に伝わっていないのか、には考えが及ばないのだから。対象の不知が発動条件に含まれていることはわかっているのだから気づきそうなものなのに。倫理観が目を曇らせているのだろうか。

 

「どうしたの、そんなに見つめて」イネスははにかむようにして尋ねてくる。

 

「ヤりてぇなって思ってたんだよ」

 

「もうっ」とあきれたふりをしてイネスは、しかしジルの手を取った。「ふふ、ちょうど生理終わったところだから、いいよ、しよっか」

 

 まずは油断させて準備を整える。そして、機を見て始末する。

 恋愛感情があると操作しやすくて助かる。やはりイネスはいい女だ。

 ジルが口元を緩めると、見つめ返す瞳もほほえむ。

 ジルはイネスを抱き寄せると愛をささやき、唇を重ねた。

 

 ──んっ……。




私が冒険者とダンジョンを書いたら、こうなってしまいました。
我ながら絶対Web小説向いてなくてほんと笑うw

どのエピソードが一番好き?

  • 一話(ゴブリンやつ)
  • 二話(オークのやつ)
  • 三話(悪役令嬢のやつ)
  • 四話(ダンジョンのやつ)
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