物が壊れる音がする。
ガラスが割れる音がする。
殴られたと同時に血が飛び散っていく。
真昼間の酒場で突如として起きたカウボーイの姿をした男と強面の獣人による殴り合い。
銃撃戦が日常茶飯事レベルで起きるこのキヴォトスで、そしてこのキヴォトスで暮らす住人からすれば、何よりこの酒場で飲んでいた客からすれば、この殴り合いは退屈凌ぎに丁度良い娯楽でしかなかった。
野次を飛ばして、どちらかが倒れるまでを酒を飲みながらケラケラと笑って眺めるだけ。
たかが殴り合い。そこに誰かが死ぬなんてことはありはしないのだ。
最も──
「がっ…!」
強面の獣人の顔面に強烈なパンチを叩きこんだカウボーイが──
「立てよ、話はまだ終わってないぞ」
自らが生きる為ならば、相手を救う為ならば殺しを躊躇わなかった無法者でなければの話ではあるが。
「くっそ…生徒でもねぇ、俺らと同じ普通の奴なのに…何なんだ、てめぇは?!」
「こっちの事なんかどうでも良いだろ。…やれやれ、ガタイと面に反して大したことないな」
これならまだあの時代の男達の方が腕っぷしが強かった方だ。
動き回っていた事で、ずれてしまった帽子を直しながらタキトゥスをそう思う。
武術でも何でもない、只の喧嘩殺法での殴り合い。
幾らタキトゥスがこういった事に慣れているとは言え、レベルが低すぎるとしか言えなかった。
「それで…まだやり合うか?素直に吐くなら痛い目に遭わずに済むぞ」
「ざけんな!」
良い様にされて、惨めに降参など有り得ない。
怒りに染め上げた表情を浮かべながらタキトゥスに掴みかかる獣人。
これで攻守交代かと思われたが、獣人の腕は振り払われ仰け反った所を逆にタキトゥスが掴みかかった。
その鼻っ柱に頭突きを叩きこみ、すかさず顔面に向かって拳を叩きこむ。
そのまま相手が怯んだ反動を利用して勢いよく壁へと投げ飛ばし、反撃させる瞬間も与えない為にもタキトゥスは素早く駆け出した。
「調子に…ぎゃ!?」
解放されたと思えばタキトゥスに頭を掴まれ、獣人の顔が勢いよく壁に叩きつけられる。
タキトゥスの容赦ない追撃に観戦していた客も流石に引き気味になる。
だがこの程度、まだ優しい方だ。
その気となれば相手がノックアウトどころか、顔面痣だらけと血塗れにされてそのまま死ぬまで殴り続けたりするのが、あの時代のやり方なのだから。
「このっ…!離し…がっ!」
またもや獣人の顔が壁に叩きつけられ、壁に血が付着する。
やり返す事も出来ず、殴られ叩きつけられる。
心が折れ始めたのか獣人の目尻には涙が流れ始めた時、タキトゥスは攻撃の手を緩めて獣人へと話しかける。
「言ったはずだ。素直に吐くなら痛い目に遭わずに済むとな。…まだ痛い目に遭いたいか?」
「ふ、ふざけんな…誰が──」
「そうか。それじゃあ、続けさせてもらう」
「ま、待っ……がはっ!」
三度目。獣人の顔面が壁に叩きつけられ、血が飛び散る。
飛び散った血に、観客の一部が顔を青くし始めた。
このキヴォトスにおいて、血が流れる事は別段珍しい事ではない。
ただ酒場にいる観客たちの酔った頭にチラ付き始めたのは"死"という存在だった。
もしこのまま観戦していてカウボーイの男が獣人に攻撃し続ければ、どうなってしまうのか。
──止めなくては──
そう思うも体が動かない。
仮に止めに入ったとして、今度は自分があんな目にあってしまうのではないか。
痛い目に遭うのは真っ平ごめんだ。
例え自分が動けなくても自分以外の誰かが止めに行ってくれるかもしれない。
そんな集団心理が観客の中で働いていた。
その証拠に、獣人が壁に叩きつけられ助けを乞う声が漏れるも観客は誰一人とて動こうとはしなかった。
(…これ以上は不味いか)
ここは1899年のアメリカじゃない、キヴォトスだ。
幾ら荒事に慣れていると言えど、このキヴォトスでの一線はタキトゥスも弁えている。
加えて言うのであれば、散々痛めつけた獣人に反抗の意思が既に無くなっているといった所だろうか。
「ゆるじで…じゃべりまずから…」
涙ながらに懇願してくる獣人を見て、掴んでいた頭から手を離すタキトゥス。
この獣人から話を聞き出した後は、地面でのびている獣人にも話を聞くだけ。
そう思いつつ、探している例の獣人の情報を得ようとした矢先だった。
「くそっ…!」
響いた物音と走り出す音。
その音に反応して素早く後ろへと振り返ったタキトゥスの目に映ったのは、つい先ほどまで気絶していた獣人が酒場から外へと逃げ出そうとする瞬間だった。
「おい!待て!」
下手をすれば、戦意喪失した獣人はこの場から逃げ出すだろう。
そうなる前に、先程の獣人を捕えなくてはならない。
飛び出す様にタキトゥスは駆け出して、酒場のスイングドアを突き破りながら外へと飛び出た時だった。
「動くんじゃねぇ!」
「!」
広がる晴天の空の下で響いた怒号。
タキトゥスの目に映ったのは、逃げられないと悟ったのか人質を取り、ホルスターから引き抜いた銃を人質の頭に突きつける獣人の姿と──
「あわわわわ…!」
白目を剥きながら、頭に銃を突きつけられる陸八魔アルの姿がそこにあった。
(…店主と一緒じゃなかったのか!?)
自分が車から降りた後も、車内に居た筈だと胸の内で叫びながらもタキトゥスは獣人と相対する。
ちらりと視線を移せば、物陰に隠れてアルを救うタイミングを見計らう便利屋の姿があった。
とは言え、ここは人の行き来ある通り。
下手に撃ち合いに発展すれば、野次馬と化した市民にも流れ弾が飛んでいくであろう。
(…くそっ)
聞き込みをしに行くと言っておきながら、事を荒立ててしまった事を責めるタキトゥス。
だが悔いるのは後で幾らでも出来る。
今は人質となっているアルを如何に素早く、そしてどうやって無傷で助けるかである。
「それ以上近づくんじゃねぇ、カウボーイ野郎…!こいつがどうなっても良いのか!?」
「落ち着け。その子を離せ、関係ない筈だ」
「うるせぇ!こうなっちまった以上、こうするしかねぇんだよ…!だから、俺らを見逃せ!そうすればこのガキを解放してやる!」
そうは言うも、それを了承する気などタキトゥスにはない。
本当にどうしたものかと頭を悩ませる彼だったが、ふと目つきが変わった。
そっとコートの裾を後ろへと追いやる。するとキャトルマンリボルバーを収めたホルスターが露わになった。
それは臨戦態勢を示す行為であると誰が見ても、そう判断出来た。
逃がす気はないのだと判断した獣人はアルの頭に突きつけた銃の引き金に指を掛ける。
このまま引き金を引こうとした瞬間だった。
「アル。目を閉じていろ──」
「直ぐに助け出してやる」
刹那。
一瞬とも言える速さでホルスターからリボルバーが引き抜かれた。
まるで不意を突かれた様に周囲は反応できず、タキトゥスの視界は極限にまで高められた集中力によって、全てがスローモーションに流れていた。
狙うは一点。ただ一つ。それ以外は必要ない。
銃を腰の位置で固定し、既に起こされた撃鉄に左手を添える。
あの時代を駆け抜けた無法者にとって、それは必修科目とも言える技の一つ。
その名も
腰だめ撃ちと言う命中精度の低さ。しかし最速の一発を放つ為の技法。
そこにタキトゥスが生み出す極限の集中力が混ざる事によって、そうではなくなる。
凄まじいまでの命中精度と早撃ちの化学反応。誰が名付けたか、その名も──
──デッドアイ──
それは衰える事も無く、このキヴォトスという世界にその存在を知らしめるかのように─
透き通る青空へと向かって、一発の銃声が高らかに木霊した。
流石にタキトゥスさんも、そこらへんは弁えてますよ。
ここはアメリカじゃないですもんね。
漸くと言うべきか、やや拙い表現ではありますがデッドアイを出せました。
やっぱRDRシリーズの見どころの一つと言えば、早撃ち&デッドアイ。
書きたかった部分でもあったんで、私としては満足です。