「そっか。そっちも色々行動していたのね」
「ああ。それで今はゲヘナの風紀委員長が来ているから、対応しているといった所だ」
カイナ農場学園、三年生の沖河スズキにタキトゥスは事件発生日から今日に至るまでに起きた事柄を話していた。
どうやら事件が発生したことは知ってはいたものの、とある理由で暫く地区外にいたらしく、これまで起きた事はあまり知らない様子であった。
「洋館の件に関しては手助け出来なくてごめんなさい」
「気にするな。それに空振りで終わってしまったがな。それで暫く地区の外にいた理由を教えてもらっていいか?」
地区の外にいたというのは明らかになっている。
一方でその理由は彼女の口からは出ていない。それが気になったタキトゥスは吸い終えた煙草を携帯用吸い殻入れに押し込みながら、スズキを見た。
出会った間もないが、ふざけた理由で地区の外にいたとは思えない。
表情こそは変わらないが、何処か落ち着かないといった様子で進展を聞いてきた辺りから、それを思わせた。
そんな確信めいたものがタキトゥスの中にあった。
「ハルノが地区の外にいるかもしれない。そう思ったから」
「何かしらの根拠があったのか?」
「無い。ただ、もしかしたらと漠然としたもので動いてた」
「そうか。ハルノに関する事は掴めたか?」
その問いにスズキは首を横に振った。
それは遠方に出ていた彼女もまた空振りに終わったことを示していた。
そうかと呟きつつ、軽く落胆するタキトゥス。
ようやく掴んだ手がかりもたったの一晩で役立たずになってしまった。
このままハルノを見つけられずに終わってしまうのではないかと、そんな不安が彼の胸中でざわついていた。
「気持ちは分かるわ。私もそんな不安にずっと駆られていたから」
「…悪い。顔に出すもんじゃなかったな」
「気にしないで。それに大人だって、そんな風になる時があっても良いと思ってるから」
「…将来良い女になれると思うぞ。お前は」
噓偽りはなかった。
そうやって相手に対して一定の理解を示している所はタキトゥスに好印象を与えた。
大人になってしまえば、自身の胸の内を吐露するのが難しくなってしまうもの。
大人になるという事はそういう事であるというのをスズキは分かっていた。
「そう?でも生憎とこの学園に来る前は色々ヤンチャしてたから、良い女にはなれないわ」
「まだ子供のヤンチャは可愛いもんだろう。寧ろそれに気づけているだけマシだ。…大人になってもやらかしを続けて、不治の病を患ってから今までのやらかしに気づいて後悔して今更のように贖罪を求める方が哀れさ」
だが、それでも。
自身で哀れだと口にしても、タキトゥス・キルゴアは…いや、アーサー・モーガンは残された時間の中で「自分に何が出来るか」を模索し続けた。
次第にやせ細っていく体は常に病に蝕まれ、血が混ざった咳は酷くなる一途をたどるばかり。
いつ死んでもおかしくない所まで体は限界を迎えていたというのに彼は進み続けた。
いずれ訪れる「死」というものに恐怖しながらも、それでもと無法者に終わりを告げる時代の中を歩んだのだ。
「まるで実体験みたいな口振りに聞こえたのだけど」
「まさか。…知り合いの事さ」
「…そう」
それ以上の追及はなかった。
知り合いの事とは言え、踏み込むべきではないと判断したのだろう。
スズキは静かに馬車に背を預けて空を見つめながら立ち尽くした。
空を見上げ見つめる目は何を思っているのか、タキトゥスは分からない。
ただその場で立ち尽す彼女の姿には見かねたのか、タキトゥスは提案した。
「良かったら座るか?」
「ん、良いの?」
「遠慮はいらん。座りな」
「それじゃ…隣に失礼するね」
横へとずれるタキトゥスの隣にスズキが座る。
オレンジ色の空が段々と黒く染まり始め、辺りもまた静けさと闇へと包まれ始める。
流石に暗いままでは見通しが悪いと思ったのか、タキトゥスは荷台の傍に置いてあったオイルランタンを手に取り、その火を灯した。
全てにおいて先を行くこのキヴォトスでオイルランタンという古臭い照明器具。
しかしその灯りは控えめでありながらも、優しさがあった。
「…」
「…」
そこから暫しの沈黙が続いた。
今も尚、ハクタクたちは話し合いをしているのだろう。
しかしまた生徒会室に戻ろうという気はタキトゥスにはなかった。
煙草を吸う気にはなれず、かと言って生前みたくキャンプを設営する訳にも行かない。
どうしたものかと思った時、スズキの視線が逆手ホルスターに収められている黒のキャトルマンリボルバーに注がれている事に彼は気付いた。
このキヴォトスには銃なんぞ幾らでもある。別段珍しいものではない筈なのだがスズキの視線の意味が気になったのか、ホルスターからそれを引き抜きながらタキトゥスはスズキへと問う。
「珍しいものじゃないと思うが」
「銃というものはね。…少しだけ持ってみてもいい?」
「よく分からんが…ちゃんと返してくれよ」
「ありがとう」
やや困惑しながらタキトゥスは黒のキャトルマンリボルバーをくるりと一回転させて、その持ち手をスズキの方へと向けて差し出した。
差し出されたそれを手に取り、スズキがその全貌を見つめること数十秒。
彼女はどこか納得したように頷くと、その銃を見て、そして握って感じた…その"重み”を口にした。
「…銃自体は軽い筈なのに凄く重たく感じる。諍いや喧嘩、見せびらかす為に銃を握るキヴォトス人とは違う。あっちは軽く感じる」
「そういうものなのか?」
「…ええ。もう一丁の銃もそうなのだろうけど、この銃は何かのやり取りというのかしら?そういう物の為に扱われていた様な気がする。その"何か"は分からないけれど」
「……」
スズキには分からなくても、彼女が言わんとしている事をタキトゥスには理解ができた。
銀のキャトルマンリボルバーも黒のキャトルマンリボルバーも、双方ともにタキトゥスは共に駆け抜けてきた。
自身を守る為ならば、仲間を守る為ならば、金を奪う為ならば、敵を殺す為ならば、自ら引いた引き金から吐き出された弾丸で多くの命を奪ってきた。
そういった意味合いでは、"重い”のかもしれない。見てくれは良くてもその二丁の銃はタキトゥスと共に他人の十字架をずっと背負ってきているのだ。
「それはこの刀もそう」
そう言って彼女はそれを見せた。
一見すれば持ち手のない杖の様に見えるそれは「刀」と呼ばれる近接武器。
長く細身で、かつ片刃の刀身。タキトゥスの知る山刀とは違って使いこなすには相当の鍛錬がいる武器。
今の彼は知らないが、生前の世界では二ホンと呼ばれる国では持っていた者がいる。
その昔では、ブシやサムライと呼ばれた者達が持っていたそうだ。
「刀と言うのか、それは」
「ええ。でもこういったものは余り流行っていないわ。接近するくらいなら撃った方が早いから。それにこんな長物を持つ位なら、ナイフの方が良い」
「まぁ…確かにな」
弾が飛び交う中に向かって、わざわざ突撃する馬鹿はいない。
そんな事をしてくるのは、タキトゥスが知る限りではあのマーフリーかナイトフォーク共ぐらいである。
だがそれを持つという事は、そんな嵐の中を飛び込んで間合いを詰めるだけの技量があるという証拠とも言えた。
「…それにこれは相手に本当の傷を与えてしまう武器。故にその刃を晒すのは…私がそう決めた時」
「だから、紐みたいなので縛ってるのか?」
「そうよ。タキトゥスさんの言う紐みたいなもの…下緒で縛っているのは間違って抜刀しない為。普段は刀身を収めたままの状態で打撃するのが専らよ」
(それはそれで痛いと思うが…殺しはしないだけマシなんだろうな)
死なないだけまだマシだと思えてしまうのは、自身がそういった世界に居たからだろうなと胸の内で納得するタキトゥス。
そんな時に片足を失おうが、自身の立ち位置をしっかりと理解し、弱音を吐かずに生きていこうとしていた退役軍人の事が脳裏に浮かんだ。
最後に会ったのは、あの大物を釣り上げた時だったであろうか。
あの時点で体は不治の病で蝕まれていたが、それでもあの時の釣りは楽しかった。
心から笑えたのはあの時じゃないかと思えてしまうほどに、楽しい思い出であったのは違いなかったのだ。
「今更だけど、この刀に出会えてよかったと思っている。それでこの学園に居られるのだから」
「…確か前の学園ではヤンチャしていたんだったな」
「ええ。前の学園は治安も学校の環境も最悪で諍いが絶えなかった。それに舐められたら終わりみたいな所があったからヤンチャしてた。色々あって学園がなくなって、裏切られて…同時にヤンチャに対する後悔をしながら償いの時を求めていた時に、これを見つけた。…そして元の持ち主へ戻すのが最初だった」
「…そいつは運がよかったな」
「そうね…本当に運が良かったと思う」
(…俺にはない運だな)
運の悪さは生前から始まったもの。
そう思うとスズキの運の良さにタキトゥスは羨ましいという気持ちを覚える。
少しだけでも運が良ければ、何か違ったかも知れないと…そう思わずにはいられなかったのだ。
「それはそうと、ハヅキ達はまだ話しているの?」
「相手はあのゲヘナの風紀委員長だ。時間がかかって当然だろう」
「それもそうか。…もう少しだけ話し相手になってもらっても?」
「ああ。構わないぞ」
夜の帳はすっかりと落ちて、辺りを照らすのはオイルランタンの灯りのみ。
やや薄暗い中で、タキトゥスとスズキは他愛の会話を繰り広げた。
それから数分後、ゲヘナの風紀委員長こと空崎ヒナと共にハクタクたちがタキトゥスの元へやってきた。
そして、その直後にハクタクからとんでもない言葉が飛び出すのであった。
「暫くの間、ヒナさんを貴方の家に泊めさせてもらえますかの?タキトゥスさん」
「…急すぎてついていけないんだが?」
何が、どうなってそんな事になったのか。
突拍子過ぎて、思わず困惑するタキトゥスであった。
ハクタクさんが前の職場に関して話している一方で、こんな会話をしていた二人でした。
さぁて、事件解決にヒナちゃんも参戦になるみたいですが…さてはてどうしてこうなったのやらか。
では次回ノシ
それとハルノ、クロカ、ハヅキ、セツラに関してに綴られたタキトゥスの日誌をここに記載しておきます。
:カイナ農場学園に通う生徒。学年は二年生。
自分がこのキヴォトスという世界に流れ着いて初めて出会った二人の内の一人が彼女だ。
浮かべる年相応の笑みは思わず釣られて笑みを浮かべるほどに素敵な笑みを見せる少女だ。
生きていた時代とは何もかも違い、何もかもに戸惑いを覚える中、彼女は自身の時間を割いてまで多くの事を親切に教えてくれた恩人とも言える。
彼女の出会ってなければ、今頃自分はどうなっていたのかと思うと想像するだけでも恐ろしい。
この地区で農場を営みながら暮らす事になってからは、収穫した野菜やミルクを学園に売り込みに行く際は必ず迎えに来てくれて、学校終わりか休みの日には農場の手伝いに来てくれる。
今時の少女だから、こんな事をやっているよりも楽しい事があると思うのだが、そこばかりは本人が知る所だろう。
農場の手伝いをしている傍ら、世話をしている馬と触れ合っている姿は本当に楽しそうにしているのを良く見かける辺り、動物と触れ合うのは苦ではないのだと思う。
性格は常に明るく、人懐っこくて、天真爛漫と年頃の少女らしいのだが、体格は正直なところ、大人顔負けじゃないかと思っている。出るところは出ているといった具合だ。
初めて会った時、彼女が自ら学生と言わなかったら多分大人と勘違いしていたと思う。
中身と外見が一致しないというのはこういう事なのだろうか。
:カイナ農場学園に通う生徒。学年は二年生。
ハルノの友人でありクラスメイト。ハルノと同じく初めて出会ったもう一人が彼女。
ハルノと比べると落ち着きがあって、所作の節々に品を感じさせ、教養がある。
その様は最早大人顔負けのレベルと言っていい。
所作の節々から、どこかお嬢様みたいな所は見受けられる。どこかの貴族出身だったりするのだろうか?
ハルノと同じく学校終わりや休みの日には農場の手伝いに来てくれる一人で、馬と触れ合うのを楽しそうにしている。
また物怖じしない性格なのか良く話しかけてくれる少女で距離を詰め過ぎない丁度いい距離感を保ってくれている為、こちらとしても気兼ねなく話す事が出来る。
ハルノが性格が子供で、外見が大人びているとするのであれば、クロカは性格は大人で、外見は年頃の少女といった所だろうか。
時折、ハルノの方を見ては自身の胸に手を当てている所が見る。その理由は……本人の為に書かない事にする。
:カイナ農場学園に通う生徒で、学年は三年生。
学園では生徒会に所属しており、生徒会長というのを務めているらしい。クロカとはまた違い、生徒会長らしい振る舞いと落ち着きは彼女ならではといった所だろう。
生徒会長という役職は重要らしく、学園の行政や管理、周辺地区の統括など担っているそうだ。
生前では深くまで関わることのなかった政治面で奔走していると言っていい。
それ故か多忙な毎日を過ごしているらしい。それでも他の生徒や下の学年の生徒との交流も欠かさずにやっているそうだ。
他の学校の生徒会長がどういうものなのかは知らないが、生徒会長という立場に身を置きながらも、人柄もあって交流しやすい人物ともいえる。
洋館での戦闘はお互いに別々のところで戦っていたから分からないが、その戦いっぷりを知っているセツラは「見た目に反して、戦い方はダーティだぞ」と言っていたのだが、本当だろうか?
もしそうなら知り合えてよかったと思っている。下手に喧嘩を売れば、こっちが負けるのが目に見えてるからな。
:カイナ農場学園に通う生徒で、クロカやハルノと同じく二年生。
ハヅキと同じく生徒会所属で副会長というのを務めているそうだ。彼女と出会ったのは洋館へ襲撃を仕掛ける前だった為、彼女の事はあまり多くは知らない。
ハルノ誘拐事件では彼女なりに動いていたらしく、ハルノの事を案じている素振りを見る限り、友達思いなところがあるのがよくわかる。
誰が相手であろうと物怖じしない感じの性格で、戦闘には特注品の銃剣を付けたライフルで前で戦うのを得意としている。
頭の方も切れるらしく、あの猫野郎へと問い詰める際に冷静に状況など判断して問い詰めていた辺りは流石と言えた。
猫野郎への尋問を行う際、刃を潰していないトマホークを持ち出す辺り…情報を吐かせるには銃弾以外の何が有効かを熟知している所がある。
彼女の過去は知らないし、こっちの想像でしかないが何かしら騒動を起こした事がありそうな気がしてならない。