空崎ヒナと言うゲヘナの風紀委員長を家に一泊させてやってほしいというハクタクからの突然の頼みに、家主であるタキトゥスは困惑した様子を見せた。
確かに空は暗く染まり、周囲に照明設備が無いのもあって空には満点の星空が広がっている。
そう考えれば、一泊させるのも悪いとは言わない。
だが以前に便利屋68を迎えに無人駅に向かった際の時間帯とは違い、今の時間帯だと宿屋はまだやっているのだ。
態々自身の家に一泊させるよりかは、宿屋で部屋を借りたら済む話だろう。
「空崎ヒナ風紀委員長はこのカイナ農場学園に来たのは便利屋68の連行。しかしこちらの事情を話すと、その件は一旦保留となったのですが…」
「保留になったのなら良いんじゃないのか?」
「それはそうなのですが…」
どこか煮え切らない様子にタキトゥスは訝しな表情を見せた。
そのやり取りを前に見かねたのか、ハクタクの隣に立っていたヒナが一歩前へと出た。
「カイナで起きている誘拐事件…その解決に私も手助けする事になったわ」
思ってもみなかったセリフにタキトゥスは目を丸くした。
事情を知って、保留になったのは良い。
しかし何故手助けする事になったのかまでは理解できなかった。
「命令として彼女達全員連れてゲヘナに戻らないといけないのもあるけど、ゲヘナを長期間空けて置く訳には行かない」
「その理由は?」
「私がいないのを知って、それを良い事に好き勝手する子達が多いのよ。普段は経験を積ませる為に他の子達で対応させているけど、彼女達だけでは手が終えない状況になったら私も出なくちゃならないから」
そこから言わんとしている事がタキトゥスには何となくだが理解できた。
彼女が今回の事件に関わる、その理由とやらが。
まるでその答えを確かめる様に彼は言葉を紡ぐ。
「つまり…放っておくとゲヘナとやらが大惨事になるからか」
「…まぁ、そんなところ。普段から昼夜問わず銃声やら爆発やら、笑い声やらが絶えないから」
「あまりゲヘナとやらには詳しくないが……なんだ、世紀末みたいな所なのか?」
「流石にそこまでじゃないけど…」
だろうなとタキトゥスは胸の内で納得した。
1899年のアメリカでもそんな世紀末じみた場所など無い筈だ…と彼は思っている。
もしあったとしたら、そこはどうなっているんだと思わず疑問を口にした所であろう。
その一方でタキトゥスはゲヘナに一人で向かうのは避けた方が良いだろうと判断した。
日常生活の代わりに銃弾やら、爆弾やらが転がるような場所に居たら幾ら命があっても足りない。
生前でも銃撃戦に身を投じ、撃たれたこともあるのだ。当然その痛みは尋常ではないのは我が身が知っている。
キヴォトスに暮らす者たちとは違い、銃弾一発で消える命を守るためならば懸命な判断とも言えるだろう。
「それに」
「ん?」
「今回の一件……"命"が掛かっていると見ているわ。その為ならば協力は惜しまない」
偶然知ったとは言え。
席を長く空けておけば治安が悪化するからとは言え。
手をこまねいていれば、助からない命があると言うのであれば。
ゲヘナという名を、生徒という名を、風紀委員長という名を放り出すだけの覚悟が彼女にはあった。
「…そうか。協力してくれて感謝する、空崎」
それほどまでにこの事件を重く見ている。
小柄の少女に宿る善性と覚悟を感じ取ったタキトゥスは被った帽子の庇をつまみながら静かに礼を告げた。
その眩しさを視界から遮断する様に。
大の大人である自身が何とも情けないとそんな様な思いを胸の内に抱えながら。
「そのゲヘナの事だけど、少し良い?」
会話が途切れるのを待っていたのだろうか。
タキトゥスの隣に立っていたスズキが手を挙げた。
ヒナの視線が彼女の方へと向けられる。
睨んでいる訳ではないが、その目つきはやや鋭さがあった。
しかしスズキはそれに臆する事無く、平然としていた。
「…あなたは?」
「沖河スズキ。カイナの三年生、よろしく」
「こちらこそ。それで…ゲヘナの事で何かしら」
「つい四時間前までゲヘナに居て、人探ししてたら不良共に絡まれたり、飲食店を爆破する集団や温泉開発とか言って派手にやる連中の所業に巻き込まれたから"そういった"奴らを片っ端から叩き潰して、風紀委員会とやらに叩き出した。それを言いたかっただけ」
とんでもないセリフが飛び出た気がした。
単なる聞き間違いかと思われたが、クロカ、セツラ、ハズキが見せる三者三様の反応にそれが聞き間違いではない言は明らかだった。
「……何と言いますか」
「…ふらっと何処かに行っていると思えば」
「何かに巻き込まれながらも、平然と突破しているのはスズキらしいですね」
まるで何時もの事だと苦笑いと微笑を浮かべる三人。
その一方で単身でそういった奴らを無力化した沖河スズキを見て思わず目を見開く便利屋のメンバー。
そして──
「………待って…どういうこと…!?」
数秒遅れて、ヒナが困惑気味に口を開いた。
けど何故か頭が理解しようとしない。それどころか理解をする前に困惑が大きい。
長く紡がれた台詞から分かる事と言えば、彼女はとんでもない事をサラッと口にしたという事だけ。
本当に何をやったのか、今一度スズキへと問おうとするヒナであったが、間が悪い事に羽織っていた服のポケットに入れたスマホが震えた。
けれどそんなものを後回しで良い。だがそれはやってはいけないとヒナの中での勘が囁いた。
どっちを取るか。そんなもの決まっ……いや、でも……しかし…いやいや…。
コンマ一秒という僅かな時間で繰り返された二つの感情のせめぎ合い。
そして最終的に勝ったのは──
「…もしもし?」
理性だった。
そしてこの後にヒナは自身の勘を信じた数秒前の自身をよくやったと褒めることになるのを知らない。
「……ええ、そう。……彼女なら私の目の前に居るわ。……やはりそうだったのね…取り敢えず逃がさないようにして。…それと暫く戻れそうにないの。そうよ、マコトから。…負担をかけるわね…すぐに戻るようにするから」
通話相手から話を一通り聞いた後に、暫く戻れない事を伝えてからヒナは通話を切った。
そしてその手に持つスマホを懐へと収めると彼女は自身の目の前に立つ、沖河スズキという少女を見る。
──信じたくはなかったけど…本当にやってのけるとはね──
先ほどの通話から齎された情報。
信じたくはなかったが、スズキのセリフとあの情報を聞けばそれを信じる他ない。
「…派手にやってくれたみたいね。お陰で牢屋はパンク寸前に加えて当分は書類処理に追われることになりそうなのだけど」
「それは巻き込まれた方が悪いとほざく連中に言ってほしいものね。寧ろ私は平穏を愛する方だから」
「本当のところは…?」
「喧嘩を売ってくるなら話は違う」
「はぁ…」
悪そびれる様子はスズキにはなく、やりすぎだと思いながらもこの後に襲ってくるであろう書類の山を想像してヒナはため息をつく。
が、その一方で彼女はスズキという人物に妙な違和感を覚えていた。
(…少数なら兎も角、温泉開発部を単身で…)
ゲヘナにおいて問題児は非常に多い。
その中で最も大規模と言えるのが、温泉開発部と呼ばれる集団である。
温泉を愛する一方で、温泉開発の為ならば周辺被害を気にしない一面は他校からテロリストと呼ばれている。
また部長たる「鬼怒川カスミ」のカリスマ性も相まって、構成部員の結束力は非常に高いことからゲヘナきっての最強と呼ばれるヒナ率いる風紀委員会ですら手を焼く存在だ。
それをスズキは単身で沈めたというのだから、その実力は目を張るものがあった。
下手すれば三桁はいるであろう部員数。加えて開発で使用される大量の爆薬や重機を相手にして傷一つなく制圧出来る技量…そんな人物がなぜ今まで話に上がってこなかったという謎がヒナの中で残る。
(…彼女は一体…)
気にならないと言えば、それは嘘になるだろう。
が、それをここで言及する状況じゃないのを彼女はよく理解している。
取り敢えずこの話題を切り上げるべきだろうと判断し、スズキの隣にいたタキトゥスへと視線を飛ばした。
その視線から何を言いたいのかを察したタキトゥスは頷き、ハクタクへと話しかける。
「話は脱線したが…取り敢えず風紀委員長とやらを家に泊めるという方向で良いんだな?」
「ええ。とは言え、ヒナさんもこうなることは想定外だったらしいので一旦私の知り合いを通じて泊まるに必要なものを用意しましょう。その荷物はこの後にタキトゥスさんの家までお届けいたします。…それに私の事も話さねばなりませんので」
「分かった。……それで今後の事だが」
「…暫くは情報収集でしょうな。それにカイナに潜む内通者の件もどうにかしなくてはなりません」
暫くなど、そんな悠長な事は言ってはいられない。
事件発生から三、四日経っているのだ。
はっきりと言って…ハルノの安否は絶望的とも言っていい。
が、そんな事をクロカ達に告げる勇気などタキトゥスにはなかった。
だが、彼はまだ信じたかったのだ。生前、信じる事が出来なかった"奇跡"とやらを。
とは言え、その奇跡を信じるとしてハルノへと繋がる情報をどうやって得るのか。
その時点で壁にぶつかっている状況だ。のんびりなどしていられない。
(…待て。本当にそうなのか?)
まだ行き詰ってはいない。そんな予感がタキトゥスにはあった。
僅かな可能性がまだ残っている。そんな気がしてならなかった。
(いや…まだ情報を得る手はある)
ふと思い出した"とある生徒"の顔。
あの一件以来、あの容態を鑑みて話をすべきではないと思っていた。
だが、今やそうも言っていられない。
「店主。悪いが早急にあのトリニティの生徒が面会可能か調べてほしい。明日にはその病院に向かう」
「……タキトゥスさん」
「言いたいことは分かるが……今は何も言うなよ。俺もどっちかと言えば平穏を望んでいる方だ」
この時、ハクタクだけが気づいた。
その証拠に彼の目つきと、その身に纏う雰囲気ががらりと変わっていたのだから。
まるでずっと眠りについていたのが、何かをきっかけに目を覚ましたかのように…。
「…ただこれはハルノに、トリニティの生徒に手を出した糞野郎共が問答無用で売ってきた喧嘩だ。それなら──」
──この世に生まれて来た事を後悔させてやる──
決して目覚めさせていけない。タキトゥス・キルゴアの一面…いや、本来の一面とも言うべきだろうか。
過去にもその片鱗を晒していた、本来の一面……今、この時を持って──
──アーサー・モーガンという本来の一面が目を覚ました──
更新が遅くなって申し訳ありません。
仕事に加えて、体調を崩しておりました。(この時期は鼻炎はきつくて…)
何やかんやありつつも、ヒナちゃの参戦に加えて…。
キヴォトスに生きるタキトゥス・キルゴアではなく、1899年を駆け抜けた男「アーサー・モーガン」が目を覚まします。
暴力装置として、尚且つ誰かを助ける義賊として…。
ではでは次回ノシ