その日の夜。
時間も遅いと言う理由から学園に来ていた面々は解散となり、タキトゥスはヒナと便利屋たちを連れて家に戻っていた。
夕食を済ませた後、先に便利屋が風呂に入っている内にタキトゥスはヒナの案内を務めていた。
「部屋はここを使ってくれ。一応一通り揃っているが…足りない所は我慢してくれ」
「十分よ。にしてもリビングや貴方の部屋よりも客室の方が物が揃っているというのはどういう事なの?」
タキトゥスの家に訪れて、ヒナが一番に感じたのが物の少なさだった。
極端に少ないと訳ではない。あるにはあるが物足りないといった所。
普通は逆であるのだが、その理由をタキトゥスが答える。
「地元の奴らから使わない寝具や家具を貰えたのは良いんだが、一人で使うには少し大きくてな。それにこの家は元々民泊施設として使われていたから、自然とそういったのが客室に集中した」
「普通は自分で使おうと思う筈なのだけど」
「大きすぎるのは自分の中じゃ落ち着かなくてな。まぁ…おかけで過去に二人ほど泊めてやる事が出来たがな」
「そうなの?」
「ああ。二人とも何処かの生徒だとは思う。獣みたいな耳を生やしていたな」
(…思えば不思議な二人だったな)
まだ農場が安定する前の頃。日誌をつける暇すらなかったあの忙しい日々。
タキトゥスは二人の生徒を別々の日で宿泊させていた。
それは雨が降る夜。一人は列車を乗り過ごしてしまい帰れなくなった生徒で、不思議な少女だった。
話をする分には面白く、どこか芸術とやらに詳しく、自分なりの美学というのを持った少女でもあった。
もう一人は同じく雨が降る夜の中を傘も差さずにずぶ濡れになりながら彷徨っていた生徒。
生徒にしては制服らしくない服を着ており、左右の瞳が違う少女。
無口であるが始まったばかりの農場を手伝ったりしてくれた。
二、三日ほど泊まった後にお礼と恩はいずれ返すと綴られた置手紙を残して去っていった。
(今頃どうしているのだろうな)
数か月経った訳だが、再会は果たせていない。
不思議な少女は表に出せない何かを背負っていたので心配だったが、あの左右の瞳が違う少女に関しては特に心配していた。
泣きたいのに泣くのを我慢している。心はボロボロで、そして何もかもを失い、最早もう後戻りできない所まで来てしまっていると言わんばかりにそんな雰囲気を放っていたのだから。
(行くところが無いなら住んでもいいとは言ったんだがな…)
そんな今にも消えてしまいそうな少女をタキトゥスは放ってはおけなかった。
誰かが寄り添って、支えてやらないといけない。そんな気持ちだったのだから。
(…無理していないと良いが)
ただただ心配になる。
けど、胸の内にで呟いた言葉が決して届くことはない。
そんな分かり切った事とは言え、思わず呟かずにはいられなかった。
「さて…あいつらが風呂を出るまではもう少しかかる。…コーヒーでも飲むか?」
「ええ、頂くわ」
取り敢えず今はハルノの件に集中しよう。
そう言い聞かせてタキトゥスはヒナの分のコーヒーを淹れる為、キッチンへ向かうのだった。
アル達が風呂から上がり、変わるようにしてヒナが風呂でリラックスしている一方でタキトゥスは家の外に出て、小さな椅子に腰かけて焚火をしていた。
生前では散々やってきた事だが、このキヴォトスに流れ着いてからはしなくなった。
普段はテラスに置いてあるロッキングチェアに揺られながら星空を見つめている事が多い。
にも関わらずそれをしているのは、ちゃんとした理由があった。
「…星空の下でキャンプとは。随分と風情がありますな」
ゆらゆらと燃える焚き火の炎。
それが灯りとなって周囲を照らしていると、ヒナの為に荷物を届けに来たであろうハクタクが歩み寄ってきた。
既に荷物を渡した後なのだろう。それを受け取り家の中へと戻っていくヒナの姿を視界の端で捉えるタキトゥス。
「まぁな。こんな状況じゃなかったら、アンタの言う「風情」というのがあるんだろうが」
「確かに…星空はこんなにも綺麗なのに現実がそれを眺める時間をくれないというのは何とも無粋ですな」
「そうだな。立ちっぱなしも何だ、座りな。…色々話さないといけない事があるんだろ?」
「そうでしたな。では、お言葉に甘えて」
失礼と一言告げてハクタクは焚火の前に置かれた小さな椅子に腰かける。
揺れる炎とパチパチと音を立て、舞い上げる火の粉。
星空の下で煌々と燃える炎。こんな状況じゃなかったら酒を片手にリラックスできていた所であろう。
しかし今はそんな状況じゃない。
ただこうして生前を再現する様に焚火をしていたのは、ハクタクの事を聞かなくてはならないから。
この焚火にはそういった意味があったのだ。
「聞かせて貰えるか、店主。あの生徒会室で語った店主の話というのをな」
「はい。…少し長くなりますが、お付き合いくださいませ」
「ああ…存分に聞いてやるさ」
焚火が生み出す暖かな灯りに包まれ、満点に輝く星空の下でハクタクは語る。
友人を、隣人を、愛する者を守りたいというたった一つの思いから集い、そして結成された小さな自警団。
それでも権力や金の暴力からは守りたいものは守れないという現実を知り、戦い方を変えて善人の皮を被りながら違法行為に手を出していきながらも未来を生きる子供たちを、そして大事な人達を守り続けてきた「キヴォトス監査局第13監査課」。
ある意味では一種の義賊集団だったのかもしれない。
しかし時が経つにつれて、組織の中から歪みというのが生まれてしまう。
本来守ろうとしていたものを敵と見做そうとする動きを切っ掛けに組織は自ら解散という選択をした。
歪みさえなければ、まだ守れたものがあったかも知れない。
しかし罪と言うものを手を出した以上、それはまだ温情のある終わり方だったかもしれない。
その時に抱いた感情を吐露しながらも、ハクタクはすべてを語った。
「…と、まぁ今はこうしてしがない店主をやっているのです」
「そうか。…聞かせてくれて有難う」
「いえいえ、いずれ話さなくてはならないと思っていましたからな。少しだけ胸の突っかかりも取れたというものです」
その証拠に店主の顔は穏やかだった。
本当に胸の突っかかりが取れたのだろうと思い、タキトゥスは笑みを浮かべる。
「…いずれタキトゥスさんの事も聞かせて欲しいですな」
「ただの農場主さ。語れるようなものは無いな」
「ほっほっ…嘘は行けませんぞ。こう見えて長生きしているのです。そういった目はあるのですよ」
「…そうか」
店主相手なら誤魔化しきれないというのはタキトゥス自身、自覚していた。
だがその一方で踏み込んでこないというのも、理解していた。
お互いに仄暗い過去を持つ同士。そういった事に対する線引きは理解しているのだ。
だが、自身の過去を語る事に関してはタキトゥスからすれば躊躇いがあった。
躊躇いがある。あるのだと分かっているというのに、今の雰囲気がそうさせたのか──
「……アンタの組織がやってきた事より、俺は外の世界で救いようの無い事をしてきた」
呟くようにして、そっとタキトゥスは言葉を零した。
「……色々やってきた。それでこそ、このキヴォトスじゃ禁忌とされていることもな」
「…それは」
「……」
その問いにタキトゥスは答えなかった。
しかしその無言の意味を察したのか、ハクタクはそうですかと頷き、口を開いた。
「この事は私の胸の内に留めておくとしましょう。子供達には聞かせる訳にはいきませんので」
「…悪いな」
「お気になさらず。……少し話題を変えましょうか。明日の事もお伝えしないとなりませんので」
「そうだな」
これ以上は語るべきではないし、語られるべきでもない。
そう判断したハクタクは別の話題へと切り替える事を提案した。
その提案に乗ったタキトゥスはそのまま焚火の前でハクタクから情報を得ていくのであった。
星空の下。
ゆらゆらと揺れる焚火の炎の前で、胸の内を明かす男たち。
こういうのもあって良いかと思うのです。
前まで書いていた作品でもそうなのですが、割かしコラボをやっていた身。
ひっさしぶりにコラボしてぇなぁ…と思いながらも、そのしんどさを知っているから辞めるかぁと思っている日々でございます。
ではでは次回ノシ