Blue Redemption   作:白黒モンブラン

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──常識の乖離──


1899年より、油を絶やすことなかれ 5.6

血が宙を舞う。

致命的な量ではない。

しかし決して少なくない量の血が、確かに舞った。

 

「え…?」

 

漏れ出した困惑の声。

ピタリと止む銃声。

 

「何で…」

 

銃弾一発程度では致命傷にはならない。

ただ痛いだけに終わる。

それが普通であり、それが常識なのだ。

だが、真っ赤に染まった血がそこにある机や物に付着していた。

自らを主張しているかのように、べったりと。

自分たちが知る常識を否定するかのように、はっきりと

 

「血が…?」

 

逸らしたくても、逸らすことのできない。

見えない何かによって、見せつけられている現実。

だが未だ呑み込めずにいる現実へと向かって問いかける声は僅かにだが震えていた。

 

「う、撃っただけ…撃っただけなのに…何で、ち…血が出るの…」

 

数秒前の出来事を振り返るように、再び問いかける様に。

既に起きた現実を信じられずにいる中で、手に持った銃を落としてしまったヘルメット団員は思い出す。

二人いた内の一人…灰色のコートを着た人にヘイローはあっただろうかと。

 

「うっ…!」

 

それを思ってしまった時、強烈な吐き気が彼女を襲った。

力を失ったように両膝から崩れ、手が地面を付く。

吐きそうで、吐けそうにないもどかしさ。だが、被ったヘルメットを脱ぐほどの気力が無い。

想像したくない事が脳裏を駆け巡っていく。

このまま吐いてしまった方が楽になるだろうか。

そんな事が頭の中を駆け抜けた時、誰かが歩いてくる音に気付き顔を上げる。

 

「あ…」

 

そこに居たのは、あの灰色のコートを着たカウボーイを彷彿とさせる風貌の男。

弾丸を掠めたであろう二の腕辺りが赤く染まっている。

だが、何より一番に安心したのは生きているという事だった。

自身はまだ犯していない。その真実が自分自身を安心させる材料となっていた。

 

「…失せな、ガキ共」

 

「え…?」

 

「やり合うつもりがないなら、こっちもその気はない。…失せな」

 

やや粗暴な言い方に思わず、戸惑いを見せるヘルメット団員。

戦うつもりはない。それは理解できた。

けど、ここを離れる事が出来ない理由が彼女たちにはあった。

 

「逃げたって無理だよ…あいつらは絶対に探しに来る…」

 

「捕まったら、見せしめにリンチされる…。あいつらがこの列車に居る時点で、そんな事は出来ない…!」

 

あいつらというのに、彼女らは恐れていた。

その様子を見て、アーサーは思い返す。

 

(…そう言えばスズキもそんな事を言っていたか)

 

逃げ出した団員を見つけ出して連れ戻し、見せしめにリンチを行う。

その意味は当然、恐怖を与える為であり、新たな脱走者を出さない為であろうと彼は予想する。

ここまで怯え方を見る限り、"あいつら"という者たちの影響力は相当であることは容易に察せられた。

とは言え、どうしたものかと彼は悩む。

戦意喪失した相手に向かって銃を突きつけるつもりなんてない。厳しい言い方はしても相手は逃げ出さない。

 

(引っ張ってでも外に放り出すべきか…?)

 

もうそれしかないと思った時だった。

 

「おい、てめぇら。こんな事でなにサボってやがんだ?」

 

新たな声が響いた。

その声にヘルメット団員らは青ざめ、そして声の主の方へと向くアーサー。

他のヘルメット団員らとは違う風貌。

衣服もそれなりに改造を加えており、黒と赤のツートンカラーが禍々しさを与える。

あいつらの内の一人であることは分かる。一方で相手が持つ銃を見てアーサーの表情は険しくなった。

 

(最悪だ…ガトリングガンを平然と担いでやがる)

 

生前でも、ガトリングガンやマキシム機関銃の脅威は知っている。

あれを持ち出されただけで戦況は一気にひっくり返る。

それを敵の一人が持っているのだから、まさしく最悪と言えた。

 

「敵が居んじゃねぇか…それなのにそいつがピンピンしてんのはどういう事なんだ!?ああ!?」

 

怒号が飛ぶ。

肩を跳ね上げ、只々震えるヘルメット団員。

すると、一人が恐る恐ると告げた。

 

「そ、その人…ヘイローが、ないんです、隊長。う、撃ったら…死んでしまう…」

 

「あ?それがどうしたよ」

 

「え…?がっ!?」

 

淡々と、殺人を容認するような物言いに困惑するヘルメット団員。

その直後、強烈な蹴りが叩き付けられ彼女の腹部にめり込んだ。

強烈な痛みに襲われ、肺から空気がすべて吐き出される。

何が起きたのかすら理解できていないヘルメット団員に追い打ちをかける様に、隊長の足がその体に踏みつけられた。

 

「ヘイローがないから撃てねぇ!?だからどうしたよ!?仮に出てもなぁ、そこら辺に埋めればいいんだよ!!」

 

容赦のない踏みつけに、ヘルメット団員は手足も出ない。

他のヘルメット団員も震えるばかりで助けに行く様子もない。

 

「…」

 

そんな相手を痛めつける様な行いがアーサーの前に繰り広げられる。

かつて自身を彷彿とさせる一方で、かつて見たコルム一味の連中を彷彿とさせる。

そして何よりも、胸糞悪かった。

その瞬間、アーサーの中で何かが切れる音がした。

 

「──」

 

体をめぐる全神経を総動員させ、銀のキャトルマンリボルバーのグリップへと手が伸ばす。

視界は次第に緩やかな映像へと変化し、景色は色落ちするかの様に次第に色褪せていく。

指先がグリップに触れるか、触れない辺りまでやってきた時、アーサーは思う。

 

(…もう、子供じゃない)

 

スズキの話を聞いて、分かり切った事だ。

 

(子供扱いはできない。こいつは…あの猫野郎やオートマタの男と同じだ)

 

ならば──

 

(遠慮はいらんな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今だけは躊躇いを捨てる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

 

全ての音が、全ての色が爆ぜた様に消える。

全てが緩やかな時の中へと呑み込まれ、その中を唯一彼だけが何時もの速さで動いていた。

誰も彼が動いたことに気付けない。

ヘルメット団員も、仲間を踏みつけていたぶる彼女も、身を隠してその様子を伺っていたアキラも。

誰一人とて、アーサー・モーガンがホルスターから銃を抜いた事に気付けない。

ホルスターから銀のキャトルマンリボルバーを抜き放たれ、同時に親指が撃鉄を起こす。

体を僅かに後ろへと逸らし、左手を添え、引き金に指が掛かった瞬間──

 

──銃声が()()()()()()()()()()()

 

アーサーの目に映る世界が元の速さと元の色を取り戻す。

そしてそこに残ったのはヘルメットの側面を撃ち抜かれ、思わず体をよろけさせる隊長の姿。

 

(仕留め切れなかった…!)

 

「テメェ!!!」

 

鉛玉を叩き付けられた事で激高する隊長。

担いでいたガトリングガンへと手を伸ばすのを見て、アーサーは駆け出した。

この時、彼は机の上に置かれた一丁の銃を見た瞬間、咄嗟の判断で左手で握っていた。

 

(馬鹿デカいリボルバーだが…こいつなら)

 

キャトルマンリボルバーよりも大きく、シリンダーに装填されている弾丸は普通とは違う。

銃身が下に付いていると言う少し変わったリボルバーだが、そんなことはどうでもいい。

──仕留め切れる。

そう確信したアーサーはガトリングガンが向けられそうになる寸での所で隊長との間合いを詰めた。

 

(こう近づけられたら…撃てねぇ!)

 

ただでさえ取り回しの悪いものを得物としているのだ。

撃てない事に気づいた隊長の表情が険しくなる。

 

「撃てねぇなら…!!」

 

だが撃てないだけであり、何もできない訳ではない。

撃てないのなら、得物で殴ればいいのだ。

 

「らぁッ!!」

 

迫りくるアーサーに向かって力任せにガトリングガンを鈍器代わりにして横へと薙ぎ払おうとする隊長。

振るわれる鈍器がすぐそこまで迫った瞬間、アーサーの体は流れる様に動いた。

身を屈めながら攻撃を回避しつつ、僅かな隙間を縫うように体を滑り込ませる。

側面を移動しつつ片足を使って相手の足を引っかけて転倒させ、その隙に後ろへと回り込んで背後を取ると左手に握った巨大なリボルバーを隊長の被るヘルメットの後頭部へと突き付けた。

 

「……」

 

既に撃鉄は起こされ、交わす言葉はそこにはない。

只々無言を貫く。

死にはしないものの、痛みは相当なものだろう。

だが慈悲はない。情けもかけない。

子供という立場に甘んじた言い訳など、今は聞くつもりなどない。

 

「このっ…糞や──」

 

銃声とは思えない轟音が鳴り響いた。

強烈な反動に思わず後退ってしまい腕が吹き飛ばされそうな感覚に襲われるアーサーだが、地面に崩れる隊長を見てその威力は確かなものだと確信した。

 

(良い銃だな…。こいつはもらっておくか)

 

そう胸の内で呟きつつ、アーサーは先ほどまで踏みつけられていたヘルメット団員へと駆け寄った。

地面に崩れるヘルメット団員の傍には、先ほどまで動けずにいたヘルメット団員らもいる。

どこか安全な場所に連れていってやりたいと思うも、今のアーサーにはそうする事は出来ない。

 

「今の内に逃げろ」

 

「で、でも…逃げた所で…」

 

「なら、ここ以外の何処かに隠れて戦闘をやり過ごせ。その後はどうするかを今の内に自分たちで考えな」

 

行け、と伝えるとヘルメット団員らは互いに頷き合い、傷ついたヘルメット団員を担ぐと急いで車内から出ていき、そのまま姿を消していった。

そんな彼女らを見届けたアーサーは軽く息を吐いた。

キャトルマンリボルバーをホルスターに収め、左手に持った巨大なリボルバーを近くの机に置き、そのまま机の上に腰かける。

コートの懐から煙草を一本取り出し口に咥えると、マッチを使って先端に火をつけた。

 

「ふぅ…」

 

ゆらゆらと揺れる紫煙。慣れ親しんだ味が肺を汚す。

 

「…まだいるか?」

 

「ええ、ここに」

 

その声に答える様に、物陰からアキラが姿を現す。

しかしその表情は浮かない顔をしており、視線はアーサーの二の腕…赤く染まった部分へと向けられていた。

 

「痛みは?まだ血が出ていますが」

 

「大丈夫だ。この程度、大したもんじゃない」

 

生前の方がよっぽど酷いが、とアーサーは胸の内で呟く。

敵に捕まってショットガンで肩を撃たれた事もあれば、嵐みたいな弾丸の雨を被弾しながらも何とか生き延びたのだ。

彼の言う通り、昔と比べるとさして大したものではないのかもしれない。

 

「って、おい。何している?」

 

「喋らないで。少し痛みますよ」

 

だがアキラにとっては違った。

アーサーに気づかれる前に傍に歩み寄ると、何処から出したのか刺繡が施された真っ白な手拭いを彼の腕に巻き付けていた。

 

「…何故あのような事を?」

 

「何の事か、分からんな」

 

「惚けないでください。…どうして私を庇う様な真似をしたのです。下手すれば貴方が…──」

 

そこから先の言葉はアキラの口からは出なかった。

だが何が言いたいのか、アーサーはそれをちゃんと察していた。

耳がタコになる程まで聞いてきたキヴォトスの常識。

キヴォトスの住人たちは銃弾一発程度じゃ死ぬことはない。

アキラも当然、キヴォトスの住人の一人だ。

であれば、あの状況で彼女を庇う必要なんてなかったと言えるだろう。

自分は物陰に隠れれば良いだけ。アキラもそこら辺の連中の攻撃など無傷で切り抜けられるだけの力はあるのだ。

しかしアーサーはそれをしなかった。そうだと分かっていながら、庇う事を選んだのだ。

 

「…大事な人や恩人、仲間が目の前で撃たれて死んだり、惨い死に方をしたのを何度も見てきた」

 

「…」

 

「俺が近くにいた時もあれば、どうしようもない時もあった…気づいた時にはという時もあった。そいつらは俺を助けてくれたんだ、命を救ってくれた。だが俺は助けられたままで、そいつらを助けてやる事が出来なかった。恩を返せないまま、そいつらは死んでいった」

 

アーサーの目の前で、或いは気づいた時には。

状況が様々であれど、彼らは死んでいった。

遺体を持ち帰り、弔ってやる事が出来なかった時もあった。

その都度…彼は後悔し、後悔し続けた。

 

「…あの時はその事が脳裏を過ぎったんだ。死なない、と…そう分かっていたのにそうせざるを得なかった」

 

「代わりに自分が死ぬ、或いは普段通りの生活が出来なくなる体になるかも知れないとしてでもですか?」

 

その問いにアーサーは、ああと答える。

そしてそっとアキラの頭に手をポンと置いた。

 

「こればかりは大人なりの我儘だ。心配させて悪かった」

 

「そう言うのであれば無茶しないで下さい。…話せる相手が死ぬ姿など絶対に見たくはないので」

 

「…ああ」

 

未だ何処から銃声が聞こえる。

ハヅキ達だろうか、スズキ達だろうか、それともクロカとアル達だろうか。

いや、恐らく全員だろう。

そう言い聞かせながらも、アーサーはその場で離れる事はせず吸い切るまで煙草を味わう事にした。

 

「これで大丈夫でしょう。洗って返してくださいね?これ、私物なので」

 

そんな事を思っている内に止血の処置を終えたアキラがにこやかに笑いながらそう告げると、踵を返してその場から去ろうとしていた。

が、アーサーが彼女を呼び止めた。

 

「カイナで起きている事件。どこで知ったんだ?」

 

「ちょっとした伝手がありまして、それで知りました。あの時の恩を返すには丁度いいと思っていたのですが、どうやらまた借りを作ってしまいましたがね」

 

「こんなもの借りとは言わん」

 

「貴方がそう思っても私はそうは思わないのです。…またお会いしましょう、タキトゥス・キルゴアさん」

 

「?…おい、待て。どこで俺の名を──」

 

言い切る前にアキラは風の如く、アーサーの前から消え去った。

一人その場に残されるアーサーだったが知らない内に傍に置かれた一枚のカードに気づき、それを手に取った。

見れば、そこにはあるメッセージが書き綴られていた。

 

──連絡先を残しておきます。必ず登録しておいてくださいね──

 

「…これは後でハヅキ達にやり方を教えてもらわないとな」

 

未だスマホという物を慣れていないアーサーは、そんな事を静かに呟くのであった。




はい…。
5.5に続き5.6になります。
書きたいことがあったんで…まぁ、そういう事です。
色々ありますが、この時点でアーサーは躊躇ないがなくなっています。
また同時にアーサーすらも気づいていない技を披露しております。それに関しては…いずれ。

そして新たな武器の登場です。大口径で銃身が下にあるリボルバー…これに関しては何となく想像が付くかと。

中々進まない展開に、読まれなくなったりするよな、感想もなかったりするよなぁ…
と、そんな不安を抱えながらも頑張ります。
ではでは次回ノシ
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