つい先ほどの喧騒は何だったのだろうか。
そう思えてしまう程の静けさがその場に舞い戻っていた。
巨人は二つに分かれながら崩れ、硝煙とむせ返る様な黒煙が風に乗りながら漂い続ける。
雲によって隠されていた月が風によってその姿を晒し、激闘を終えた者達へと柔らかい光を降り注ぐ。
照らされる月光の中で、ハヅキは静かに息を吐いて耳に着けていたインカムへと手を当てた。
「戦闘終了。各員、被害状況を知らせてください」
『こちら後方車両。被害は軽微、また囚われていた生徒の保護し、現在応急処置を済ませた生徒から学園へと搬送中です。進捗状況は約75パーセントと言った所です』
「了解です。…その囚われていた生徒たちの中にハルノの姿は?」
『…確認できず。錦戸ミレイさんからの情報通り、例の場所にいるかと。…申し訳ありません』
分かり切った事だった。
それでもハヅキの中でハルノが居ると言う一縷の望みをかけたかったのは本心だった。
「謝らないでください。寧ろ謝るのはこちらの方です。困らせるような事をさせてしまい申し訳ありません」
『会長…』
「搬送が済むまで警戒を。それが完了と同時にそちらは学園へと一度戻ってください。その間に我々は出来る限り今回の事件の首謀者へと繋がる情報を探し出します。まだ全て終わったとは言えませんから」
『そうですね。事後処理が済み次第こちらもそちらへ戻る様にいたします。必ずや大事な後輩を助け出しましょう』
「はい。…通信終了します」
どっと疲れが押し寄せてくる。
軽く息を吐きながらハヅキは近くのコンテナに銃を置くとやや疲れつつも穏やかな笑みを浮かべながら振り返った。
「少し休みましょうか」
それを機に何人かが脱力するかのようにその場に座り込み、そして感じ取った。
この列車強盗は終わったのだと。
「全く…とんでもない戦いだったな」
脱力してその場に座り込んだ一人であるタキトゥスは帽子を手で正しながら呟いた。
ヘルメット団という何らかの理由で学籍を無くした子供たちで構成された武装不良集団に、鉄の巨人。
数による戦力差を物とはしない個々の技量、そして鉄の巨人と相対し戦う生徒に、まるでおとぎ話の如く一振りの刀で両断してみせる生徒。
銃を突きつけ合って、撃ち合って命の奪い合いをする生前と比べると命の奪い合いはないものの今の戦いがとんでもなさが明らかに顕著になっていた。
(…そんな世界に流れ着いて、生き残れている自分を褒めるべきなんだろうか)
そんな自分を宥めるかのようにタキトゥスは羽織ったコートの懐から煙草を取り出した。
数は少なくなったが幾らかある内の一本を口に咥え、火が付いたマッチで先端へと宛がう。
タバコの先端に灯る赤い光。
ゆらりと上る紫煙が硝煙と静かな風の中へと搔き消え、慣れ親しんだ味が肺へを送り込まれていく。
「ふぅ…」
吐いた紫煙が、また風に乗ってゆらりと搔き消えていく。
小さな音と立てながら煙草の先端がじわじわと黒く焦げ、灰が崩れ散る。
それに見合うだけの仕事を成した男へと与えられたささやかな一服。
体を汚し、そして生を実感させる一服。
百害あって一利なしの褒美はタキトゥスに対して無言の生存報告を告げていく。
ゆらりと上り、夜空に浮かぶ闇の中へと搔き消えていく紫煙と共に。
「傷の方は大丈夫かしら」
夜空を眺めながら紫煙が吹かすタキトゥスの傍にアルが歩み寄ってくる。
煙草の臭いが移るのは不味いと思ったのか、火を着けたばかりの煙草を携帯用灰皿へと押し込もうとするタキトゥスを見てアルはそっと手を挙げた。
「そのままで良いわ。折角火を着けたのだから、直ぐに消してしまうのは勿体ないわ」
「立派なコートに臭いが移るぞ」
「こちとら煙草の煙を顔に吹きかけてくる輩を相手した事があるのよ?」
便利屋としてその名を売っている以上、礼儀に欠ける依頼主と相対した事は少なくはないアル。
今の彼女にとっては衣服に煙草の臭いが移るのは些細な事なのかもしれないが、タキトゥスはそれを許す事無く、咥えていた煙草を携帯用灰皿へと押し込んだ。
「もう…気にしないのに」
「俺が気にするんだ。それで傷がどうかの話だったか?」
「ええ。大丈夫かしら」
「幸いな事に掠った程度だ。おかげで今は何事もなく動く」
傷を負った左腕を軽々と振るうタキトゥス。
始まりは少々違うもののこんなやり取りはしたのは二回目だったか。
そんな事を胸の内で呟くタキトゥスをジッと見つめるアル。
そして意を決したように彼女はタキトゥスへと問う。
「その傷、誰か庇って出来たものだったりしない?」
「…」
突然の問い。
現場に居たであろう者しか知りえない事を言い当てられたタキトゥスだが、辛うじてそれを表に出さずに沈黙で貫いて見せた。
「まさか。ただ反応に遅れただけだ」
「そう…あまり無理しちゃ駄目よ」
嘘を言っている気がする。
しかし本当に油断しただけだと言っているような気もする。
その二つの感情が混ざり合った時…アルはこれまでのタキトゥスの行動を見てきて思った事を口にした。
「一つ聞いていい?」
「ん?」
「何だか自ら傷付きに行こうとしている様に見えるのは私の勘違いかしら、タキトゥスさん」
「……」
アルの言及に押し黙るタキトゥス。
そう思われても無理もない。
生前から続く贖罪に加えて大人としての責任感。
それが今の彼を動かしている。
しかし事情を知る筈もないアルからすればそう見えても可笑しくないだろう。
「…大人としての責任だ」
だから、せめて都合のいい口実だけを彼は口にした。
一度死んだ人間だから。
生前犯した罪の清算しなくてはならないから。
生前から続く贖罪をしなくてはならないから。
何より、それで死んでも構わないとすら思っている。
誰にも許される事無く、自分自身にすら許されることもなく死ねるというのであれば。
ある意味で、それは本望なのだ。
だが、そんな個人的なことは語るべきではない。ましてやそれが子供というのであれば尚の事である。
「大人としての責任と言えど…少々自分を蔑ろにし過ぎな気もするわ。私たちがそんなに頼りない?」
「今でも十分に頼りにしているさ。じゃなきゃ此処まで来れていないだろうからな」
便利屋68という存在はとても大きい。
この事件を解決へと導く過程においてその存在は無くてはならないのだから。
無くてはならない存在だからこそ、タキトゥスは信用しているし頼りにもしている。
「頼りにしているからこそ、だ」
だからこそ──
「お前たちガキ共の前を立ってやる必要がある。撃たれても大丈夫とか、爆発に巻き込まれても大丈夫とか…そんな情けない理由で後ろに立つような事は俺には出来ん」
その価値観が違えど、今は前に立ってやる必要がある。
自分の為ではない。子供の為に立ってやらなければならないのだ。
「だからといって、自ら傷つきに行くのは違うわ」
「だろうな。だが、それぐらいしか出来る事がないんだ」
ブラザー・ドーキンスの様に、シスター・カルデロンの様に。
暴力を使わずに誰かを導くようなことはタキトゥスにはできない。
結局のところ、残るのは暴力以外にないのだ。
「それでもよ。もっと自分を大事にして。貴方が何を抱えているか分からないけれど…もしタキトゥスさんが何かしらの許されない理由で、自分自身にすら許す事の出来ない理由で傷つこうするのであれば──」
その瞳がタキトゥスを捉える。
そこには心配というものがあった。だけど、それ以上のものが確かにあった。
それが何なのかは陸八魔アルには分からない。分からないこそ、この言葉が適切なのかは分からない。
それでも──
「私が許すから」
許しの言葉が彼に必要な気がしたのだ。
「…!」
許す。
その言葉に思わず、そして僅かにだがタキトゥスは反応した。
(許す、か…)
その言葉が妙なくらいに胸の中で響く。
それが何故なのか、今のタキトゥスにはどうしても分からなかった。
(…許されていいんだろうか、俺は)
そう問うも、答えは決して返ってこない。
それどころか、幻聴の様に聞こえてくる声がタキトゥスへと囁く。
──お前は許されてはいけない──
(……)
自分自身で決めたルールだった筈だ。
それを、誰かに許しを与えられたから簡単に捻じ曲げても良いのだろうか。
(…分からない)
分からない。只々、分からない。
誰も教えてくれる訳でもないから、故に分からない。
まるで子供の様に泣きじゃくりながら、それでも答えが欲しいと言わんばかりに問いかける様に。
彼の胸の内はその『分からない』という言葉だけか埋め尽くしていった。
大物を仕留めて、ひと段落。
一時の休息で起きたタキトゥスとアルとの会話。
大人としての責任、故に傷付こうとするタキトゥス。
そんな姿を咎め、決して彼の過去や事情を知る訳でもないが「許し」を与えたアル。
誰にも許される筈もなく、自分自身で許すこともない。
そう思っていた筈の彼に与えられた「許し」。
さて…その「許し」が彼をどう導くのでしょうね。
次回は情報収集かな。
では次回ノシ